第306話 静と猛毒カナブン

 大量にアイテムを入手して、滑り出し好調のサバイバル。

 俺はとっしぃさんに撮影用のカメラを手渡されてから、開始位置である島の西端に移動していた。


「アイテムいっぱいなのは嬉しいけど、荷物が多いな」

「嬉しい悲鳴ですけどね」


 バラしたテントを抱えた状態で、雷火ちゃんたちと共に西端の砂浜に到着。そこで5分ほど待つと、北側の空にロケット花火が飛ぶ。

 主催のとっしぃさんが打ち上げたもので、これがスタートの合図らしい。


「花火飛んだし、もう勝手に始めてもいいんですかね? 誰もわたし達のチーム撮影してませんけど」

「まぁ俺たちは賑やかしみたいだから、自分たちで撮った分の映像以外使われないと思うよ」


 メインはとっしぃズVS元軍人チームの動画であり、とっしぃズチャンネルの視聴者も俺たちの活躍など求めていないだろう。

 とっしぃズがサバイバルしてるところに、ちょいちょい俺たち参加者の映像が編集で挟まる程度だと思うし、その比率もライバル役の軍人チームにほとんどとられることだろう。

 視聴者を飽きさせないザッピング的な役割なので、気楽にやれて良い。


「いぇーい三石チーム、スタートしま~す!」


 綺羅星がカメラに向かってWピースを決めて、スタートの編集点をつくる。


「よし、それじゃあ皆手分けして作業を行おう。まず拠点となる場所を見つけて、焚き火と水の確保を行おう」

「悠介さん、砂浜にテントたてますか?」

「そうだね、海産物がとれてよさそうだし」


 俺がテントの部品を下ろそうとすると、玲愛さんに引き止められた。


「砂浜はやめろ。土が柔らかくてペグがすぐ抜ける。雨が降ったら浸水するし、遮蔽物がないから風で簡単に吹き飛ぶぞ」


 なるほど、さすが玲愛さん。軍隊にでもいたんじゃないかと思う意見だ。


「それじゃあ島の中に行こうか。水源も確保しなくちゃいけないしね」


 俺たちは道具を持って、砂浜を離れる。

 背の高い木々が生い茂った森林部は、地面が少しぬかるんでいて歩きにくい。

 直近で雨が降ったのか、葉っぱからポタポタと水雫がしたたり落ちている。


「ひゃう!」


 突然一式が飛び跳ねて、こちらに抱きついてきた。


「大丈夫?」

「今足の多い虫が、サンダルの上を……」


 蜘蛛かムカデでもいたのだろうか。

 やはり自然のある場所だと、虫は絶対いるよな。

 すると虫と聞いて、静さんが青い顔をしてへっぴり腰で俺の後ろにくっつく。


「悠君、虫はダメなの虫は」


 静さんは大の虫嫌いだからな。でかい蜘蛛とか出てきたら失神してしまう。

 しかし、不幸なことに静さんにアクシデントが起こる。


「キャアッ!」

「どうしたの!?」

「悠君、また胸に虫が入ったみたい」


 なんてことだ。きっと木の上にいた虫が、雨で足を滑らせ落ちてきたんだな。

 胸の谷間にホールインワンするとは許せん。


「動いてる~」


 パニクった静さんは、上着を脱いで黒の下着姿になってしまう。

 俺は慌てて撮影用のカメラを下げた。


「義姉上! その格好はまずいです!」

「や~ん、誰でもいいから虫とって~」

「悠介さん、とってあげてください!」

「ダーリン早く!」

「俺!? 別にいいんだけど、部位が部位だから女性がとったほうが良さそうだけど」

「あーしキモいの無理」

「わたしも全然無理です」

「ボクも得意じゃないなぁ」

「玲愛さん、あなたなら虫くらい素手で鷲掴みでしょ」

「お前私をサイボーグだと思ってるだろ。私だって人並みに虫は嫌いだ」

「一式、メイドとして害虫駆除はできるのか?」

「ご主人様、自分虫がほんとダメで」

「お前意外と弱点多いな!」


 仕方なく俺は、1メートル級の白い胸に相対する。

 挟まれた虫をとるには、両胸を広げる必要があるが……。


「悠君噛んだ! 虫が噛んだわ」

「なんだって!?」

「チクって」


 毒虫ムカデだとまずい。まごまごしている場合じゃないと思い、俺は静さんの爆乳を鷲掴み、谷間にいる虫を掴む。

 虫はわりとどこにでもいる黄金色のカナブンで、多分毒とかはないと思う。

 カナブンは元から食べ物を齧って食べる虫じゃなくて、ブラシみたいな口で蜜をなめたりするはず。

 噛んだりする歯がないので、多分足とか甲殻が肌に刺さってチクっとしただけだと思う。


「ありがとう悠君。胸大丈夫?」


 静さんが胸を左右に開いて見せてくると、右胸の内側に赤い点が見える。

 多分ここが噛まれたと思った場所だろう。


「噛んでないと思うけど、赤い点ができてるね」

「ほんと、毒とかあったりしないかしら?」

「多分大丈夫だけど、そんなに心配なら吸い出したらいいんじゃないかな」

「そう? じゃあお願い」


 俺ははっとした。しまった、胸の傷を自分で吸い出せるわけないから、誰かがやらなきゃいけない。

 静さんの目は完全に俺を見てるし、虫をとったことから俺がやる流れになっている。

 でも場所が場所だ、胸の谷間に顔を埋めてありもしない毒を吸い出すとか、完全にスケベ妖怪の所業だろう。

 誰かかわってと皆を見渡すと、白々しく「水源どこだろ」「あっちですかね?」と、完全に見て見ぬふりをしてくる。

 ぐっ……やるしかないのか。

 吸い出せばいいとか言うんじゃなかった。


「悠君……嫌?」

「…………」


 悲しげな表情をする静さん。

 照れてる場合じゃないな。実はさっきのカナブンが、俺の知らない猛毒カナブンかもしれないし。

 静さんが不安になってるんだ、これは医療行為、姉弟ですから。なんにもやましいことはありません。健全、健全ですから。

 俺は自己正当化の言葉をつぶやいてから覚悟を決め、毒の吸い出しを行う。



「ありがとう悠君」

「こちらこそ結構なものを」


 医療行為だと言うのに、俺と静さんの頬は少し赤らんでいた。

 しょうがないじゃないか、吸い出してる最中静さん変な声あげるんだから。


 胸の谷間が深いと、こういうアクシデントが起こるんだな。

 しかしながら、また同じような事が起きるかもしれない。

 さっきのが虫だったから良かったが、蛇とかだと大変だ。できる限り木から離れて歩いたほうがいいだろう。

 そんなことを思っていると、月が俺を見ながらスマホに何かを打ち込んでる。


「何してんだ?」

「サバイバル中に木の上から毒虫が降ってきて、ヒロインの胸を突き刺す。主人公は仕方なく、白い胸に口をつけ毒を吸い出す。そこには隊長と隊員を超えた感情が芽生え……」

「完全にネタにされとる」


 文字を打ち終えた月は、嬉しそうに俺に向き直る。


「あんた、もっとこういうトラブル起こしてくんない?」

「無茶言うな」


 シナリオライターが一番トラブルを喜んでいた。

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