第307話 蜘蛛の引っ越し

「玲愛さん、この島で虫がいない場所って砂浜くらいしかないですよね?」

「外側から島を見た感じだと、内陸はほぼ森林だったが、地形の起伏がかなり激しかった。恐らく探せば洞窟のようなものが見つかるはずだ」

「なるほど、そこなら虫も少なそうだ」


 俺たちは洞窟と水源を同時に探しながら、島の奥へと入っていく。

 すると30分くらい歩いたところで、灰色の岩山の下に洞窟を見つけた。

 入り口はかがんで進まないと入れないくらい狭いが、中を覗くと広い空洞になっているのがわかる。


「安全かな」


 入り口の狭さから見て、クマの巣ってことはないと思うが。


「わたし中見てきますよ」


 一番小柄な雷火ちゃんが、月から借りたスマホ片手に四つん這いになって入り口に入っていく。

 その時彼女のスカートがめくれ上がって、レモン色の水着が露出する。

 下着じゃないとわかってはいるのだが、目のやり場に困る。


「うわ、すごーい!」


 洞窟の中に入った雷火ちゃんから、感嘆の声が漏れた。


「中、大丈夫そう?」

「めちゃくちゃ広いですよ! ちょっと湿ってますけど綺麗ですし」


 この中なら虫もこなさそうだしいいかな。

 そう思った直後「ギャーース!」と雷火ちゃんの悲鳴が聞こえてきた。


「大丈夫!?」

「引っ張ってください!」


 雷火ちゃんが小さな入口から手を伸ばしてくるので、俺は勢いよく彼女を引きずり出した。


「はっはっはっ、びっくりしたびっくりした」

「なにがあったの?」

「壁におっきな蜘蛛がいっぱいいたんです。心臓止まるかと思った」


 彼女は洞窟内をスマホで撮影していたようで、動画を見てみると一見綺麗な洞窟だが、大量の蜘蛛の巣になっていることがわかる。

 腹の色が黄色と黒の縞々で、多分毒とかはないと思うが、足が長くかなりでかい。


「ここは危険ですね」

「ここに寝泊まりするのは難しいか」


 多分静さん泡ふいてひっくり返っちゃうな。

 仕方なく別の場所を探すことになり、獣道を歩いていると小さな川が流れているのを発見した。

 チョロチョロと流れる勢いの弱い川だが、ここを辿れば水源につくだろう。

 そう思い歩いていると、直径5メートルくらいの小さな泉を見つけた。

 水の色は透明で、周囲には草葉が生い茂っており、小鳥が泉を突っついている。


「ここよくないですか? 水源目の前って」

「見てみてダーリン、魚いるよここー」


 綺羅星が水面を指差すと、なかなか大きい魚の影が見えた。

 釣具は持っていないが、手づかみでも捕まえられそうだ。


「よし、じゃあここにテントを設営しよう」


 俺たちが荷物をおろして作業に取り掛かろうとすると、茂みがガサゴソと動いた。

 獣かと思ったら、あまり出会いたくない足立チームが姿を現した。

 向こうも水源を探して島の中央に向かっていたところ、ここに行き着いたようだ。


「三石君じゃないか」

「足立さん」

「ここ水源なんだね」

「ええ、水綺麗ですよ」


 一式が、泉にバケツを沈めると綺麗な水が汲める。


「なるほど、いいところだね。……三石君たち、ここにキャンプを作るのかい?」

「ええ、そうですね」

「悪いんだけど、ここ譲ってもらえないかい?」

「え?」

「すごくいい立地だからさ。僕らもここにキャンプを作りたいんだ」

「それは俺たちに、ここから出ていってほしいってことですか?」

「そうなるね」


 後から来て凄いこと言うなこの人。


「君たちはアイテムいっぱい持ってるんだから、場所くらい僕らに譲ってくれてもよくないかい?」

「いや、別にそんな所有権を主張しなくても、貴重な水源なので皆で使えばよくないですか?」

「それじゃあ企画にならないじゃないか。ライバルチームが同じところで生活するってのもおかしな話だろ?」


 言ってることはわかるが、人はそれを横取りと言う。

 足立さんの無茶苦茶な言い分に、玲愛さんは眉を吊り上げながら近づく。

 まずい、この人が攻撃を始めると戦争になる。


「おい、寝ぼけたことを言うなよ。企画どうこう言うなら、我々がこの場を譲る理由は一つもない。お前らが別の場所を探せ」

「だからそれだと勝負にならないじゃないですか」

「我々が良いロケーションを明け渡したら、それこそヤラセだろうが。最初のアイテム決めも、お前たちは我々を逆恨みして筋が通ってないことを――むぐ」


 俺は玲愛さんの口を塞いで首を振る。


「わかりました。俺たちはこの場を渡しますけど、次は絶対譲りませんからね」


 慌てて広げた道具を回収して、俺たちはその場を明け渡す。


「悠、なぜ譲歩する。こちらが甘い顔をするから、奴のようなモンスターが出来上がるんだぞ。製造者の顔が見てみたい」


 親のこと製造者って言うのやめてください。


「かと言って、喧嘩して雰囲気悪くなるのも良くないでしょう。多分水源なら他にもありますし、俺たちがあそこよりもっといい場所を見つければいいんです」

「それはそうだが」

「薪を集めながら、もう少し探検しましょう」


 足立チームと分かれて、火恋先輩がナタで植物を切り払いながらぬかるんだ地を進む。

 1時間ほどして皆に疲労が見られ、歩くペースが落ちてきた為岩陰で休むことになった。


「う~ん、雨上がりでジメジメしてんな」

「運動不足の……エロ漫画家には……きつい」


 成瀬さんと真凛亞さんが、地面にケツをおろしてグロッキー状態だ。二人共日頃の運動不足がたたっているようで、呼吸がかなり荒い。

 そろそろ選り好みせず、拠点を設営しないと夜になってしまう。


「悠介さん、まだ進みますか?」

「いや、引き返そうか。これ以上行くと、位置関係的に今度は軍人チームに遭遇しそうだし」


 雷火ちゃんもそうですねと頷く。


「悠、あの洞窟に戻ってみないか?」

「洞窟ですか?」

「あぁ、あそこもかなり立地が良い。風や獣から守られるし、夜も暖かいだろう」

「じゃあ問題は、あそこに巣食ってる蜘蛛をなんとかしなきゃですね」

「私に考えがある」



 休憩を終え、玲愛さんの意見を聞いて、俺たちは再び入り口の狭い洞窟へと戻ってきた。


「悠君、ここに入るの?」

「虫をなんとかできそうなんだって」


 俺たちは玲愛さんの指示で拾ってきた、しけた薪を洞窟前に並べる。


「薪、しけしけですけどいいんですか?」

「構わん、その方がいい。火をつけろ」


 俺はライターを使い、なかなか火がつかない薪に火をつける。

 すると、凄い勢いで煙が立ち上った。


「ゴホッゴホッ! 煙エグッ、目が痛い」


 湿気た薪は、燃えると中の水分が蒸発するのでとんでもないくらい煙が上がる。

 通常キャンプなどでは絶対使わないものだ。


「雷火、洞窟の中に獣はいなかったんだな?」

「ええ、いませんでしたけど」

「悠、薪を洞窟の中に放り投げろ」

「はい」


 俺は火がついた枝を、狭い入り口から中へとポイポイ放り投げる。

 すると、洞窟全体からもうもうと白い煙が上がる。


「全員離れろ」


 玲愛さんの指示で洞窟から離れると、煙にいぶされて中にいた蜘蛛がわんさか外へと出てくる。

 蜘蛛たちは「火事だー!」と言わんばかりに、身の危険を感じて飛び出してきたようだ。


「煙には害虫やダニなどを追い払う効果がある。もう少し内部をいぶしてから、中に入って焚き火を作る。そうすれば蜘蛛たちは返ってこないだろう」

「なるほど。自然のバルサ○みたいですね」


 玲愛さんの言った通り、30分ほど洞窟内部をいぶしてから中へ入ると、蜘蛛の姿は完全に消えていた。


「おぉ、凄い」


 洞窟内は広く、奥の方に向かって風が抜けている。

 ここにテントを張れば、非常に快適に過ごせるのは間違いないだろう。


「よし、ここに拠点を作ろう」


 全員がテキパキと行動し、テントの設営、薪集め、飲水の確保を行うのだった。



 その頃、泉を横取りした足立チームも、夜を越えるために枝や葉っぱを集めてシェルターを作っていた。

 枝葉を組み合わせた子供の秘密基地のようなシェルターだが、道具がない以上贅沢は言っていられない。

 隙間だらけだが、屋根があるだけでもマシなのである。


「疲れた~」

「魚とらなきゃだけど、ちょっと休憩」

「ほんと足立君がここをとってくれたから良かった~」

「このくらいリーダーとして当たり前だよ」

「足立君かっこいい」


 相手チームから横取りした足立をもてはやすチームメンバー。

 実際自分が有利になる場合、相手に不公平を押し付けてもなんとも思わないのが人間というものだった。

 足立チームが完成したシェルターで一休みしていると、西側の空に煙が上がっているのが見えた。


「どこかのチームが焚き火してるのかしら」

「湿気た木を燃やしてるね。多分素人だと思うから、三石チームだと思うよ」

「道具がいっぱいあっても、使う人が素人だとダメよね」


 あはははと笑う足立チームだったが、異変に気づいたのはすぐあとだった。


「ねぇ、なんか蜘蛛いっぱいいない?」

「え?」

「おっきな蜘蛛が、そこにも、そこにも」

「キャアアッ!!」


 女性メンバーが、自分の手に乗った蜘蛛を振り払う。

 突如大量に襲来した蜘蛛軍団。

 三石チームにいぶされた蜘蛛達が、水場を求めて大移動してきたのだ。


「ちょっとやめてよ、屋根にもいっぱいいる!」

「僕に任せてくれ」


 足立はジャンプして、屋根にとりついた蜘蛛を振り払おうとするが、勢い余って支えている支柱を叩いてしまう。

 シェルターは、ドリフのコントみたいにバタンと倒れたのだった。

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