第107話 火恋のテスト対策Ⅲ

 それから数日、火恋先輩とのドキドキハッピーレッスンは続いた。

 しかし、なかなか結果はついてこず……。


「ん、ん~……」

「申し訳ありません」


 火恋先輩の用意した数学の模擬テスト。

 たった今採点が終わったのだが、結果は45点と散々。

 俺の苦手なところばかりを集めた問題だったが、それでも酷い数字だ。

 これではこの数日一体何を聞いていたんだ? と怒られてもおかしくはない。


「困ったね」

「ひっじょうに申し訳ありません」


 火恋先輩の説明はわかりやすく、素晴らしいものなのですが、いかんせん俺のレベルが3段階くらい低いのです。

 基礎知識に差がありすぎる為、10説明してもらっても俺が吸収できるのは2か3くらいになってしまう。


「いや、点数もそうなんだけど君の顔の方も……」


 火恋先輩は心配そうに俺の顔を見やる。

 鏡に映った俺の額は、シャーペンの突き刺し傷だらけになっていた。


「全く、どうしたと言うんだい?」

「すみません……」


 わからんと首を傾げるブラジャー姿の火恋先輩。その大きな胸がぷるんと揺れる。

 もうね腕動かす度に地震が起きてて、消しゴム使う時なんてすっごいの。天変地異レベル。

 結果に結びつかないのは俺の理解力の低さもあるのだが、チラッと隣を見るだけでたわわな胸が目に入ってしまうこの状況。

 隣に無自覚なエロ魔人がいて、これで集中しろというのは健全な青少年には酷な話だと思う。

 火恋先輩も、俺が若干腰を引き気味に座ってる意味を察してくれると嬉しいのだが。

 勇気を持って服を着て下さいと言おう。そうすれば俺の集中力も回復して勉強に専念できるだろう。


「あの……火恋先輩」

「なんだい?」

「いや、あの……」


 言え、真横でおっぱいがユラユラして集中力が保てるかと。


「その……寒くないですか?」

「暖房がきいているから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「そ、そうですか」


 ぐっ、言えなかった。

 そして実は火恋先輩が、わざと俺を誘惑しているんじゃないか? という線も消えた。

 そうだよな、火恋先輩は恋愛で駆け引きをするタイプではなく、その気になったら全速前進で突っ込んでくる暴走列車タイプだし。

 誘惑なんて面倒なことせず、無理やり押し倒してくると思う。

 そう考えると火恋先輩って男らしすぎん?



 それからまた数日経ったが、結局俺の学力は相変わらず。

 あまりにも進歩がなさすぎて、火恋先輩も困り果ててしまう。


「すみません。つきっきりになってもらってるのに……」

「気にしないでほしい。勉学は努力の蓄積だ、そう簡単に実るものではないよ」

「すみません……」

「気にしないで大丈夫だ。まだもう少し時間はある、基礎問題からゆっくり問いていこう」

「すみません……」


 火恋先輩に優しくされればされるほど、申し訳無さが勝ってしまう。

 それと同時に頭に浮かぶ、自分との釣り合いのとれてなさ。

 人間偏差値が離れすぎていると会話が噛み合わないと言うが、自分のレベルに合わせてもらってる、相手の足を引っ張っているという自覚があるのは恋愛パートナー関係においてかなり辛い。

 好意を持っている女性の目の前で問題を間違え続ける醜態を晒し続けることは、ある種拷問にも等しく感じる。


「あの……火恋先輩。俺から頼んでおいて、本当に申し訳ないことを言わせてもらいます」


 俺は意を決して正座すると、頭を床にこすりつけて「ここから先は一人で頑張ります」と伝えた。



 翌日、昼休み――

 3年教室にて、大きなため息を吐く火恋に古賀が声をかける。


「どしたの火恋? そんなデカイため息なんかついて」

「ん……まぁ、少しね」

「わかった。男だな」

「…………」

「当たりかよ。アタシやぁ男のことで、ウジウジしてる伊達火恋なんか見たくないんだが」


 古賀は火恋の机の上に腰を下ろしつつ、オーバーリアクション気味に額を押さえる。


「昴は殿方と無縁そうでいいな」


 火恋が放った言葉のナイフが、古賀の胸をグサッと抉る。


「ほ、ほぉ……聞かせてもらおうか、その男の悩みとやらを」

「…………家庭教師をクビになったのだ」

「クビ?」


 火恋はこれまでの経緯を伝える。

 悠介に頼まれて家庭教師を行ったものの、全く学力が向上せずクビになってしまったことを。


「私にもっと教える力があれば……」

「それバカな男が悪いんじゃね?」


 古賀が正論で一刀両断すると、火恋は悪意の波動に目覚めたように黒いオーラを発する。


「そんな怒んなよ! お前男のことになると沸点低すぎるぞ!」

「私の失態だ。彼の時間を無為に使わせてしまった。もっと彼にあった勉強をできていれば、学力向上に繋がっただろう。これでもし彼が赤点をとったら、その責任は全て私にある」

「いや、赤点の責任はそいつの責任だろ。アタシは火恋に問題があったと言うよりかは、男側に問題があったと思うけど」

「そんなことはない。彼は一生懸命学ぼうとしていた。ただ少し集中できていないみたいだったが……」

「集中できないって?」

「勉強中、たまに奇声を発しながら自分の額を突き刺すんだ」

「完全にやべぇ奴じゃん。集中云々の話じゃねぇだろ」

「私の方をチラチラと見ると、頭にシャーペンを突き刺すんだ。……血が出るくらい」

「完全にやべぇ奴じゃんて。なんでそんなことすんだよ?」

「私にも意図がわからなくて困っている」

「さすがに意味もなく自分の頭突き刺したりしねぇだろ。チラチラ見ながらってことは、お前が何かしらの原因つくってんじゃないのか? 例えばパンツ見えてたとか」

「そんなはしたないことするか。そうだな……そう言えば学習する際、私は常に上半身裸で行っていたのだが、もしかしてそれだろうか?」

「は? 裸?」

「ああ、裸と言ってもちゃんと下着はつけている」

「いやいや、そういうこっちゃねぇよ!」


 アホかお前は100%それだよ! と古賀は火恋の鼻先を指さす。


「危機意識が低すぎるというか、よくまぁ襲われなかったというか、男が草しか食べん生き物だったのか」

「彼は不意に女性を襲ったりする人間ではない」

「……アタシゃ今、猛烈にあんたの男に同情してるよ」


 そりゃ頭突き刺して自制しようとするわけだと呆れ返る。


「とにかく原因はお前だ。裸の女が隣にいて、勉強どころじゃねぇってなってんだろ」

「では、私が服を着れば全て解決するのか?」

「いや、それで解決するなら服着てくれって言うと思うし、多分もうお前に教わる事自体が嫌になっちまってんだと思う」

「そ、そんな……なぜだ?」

「男ってわりかしプライドで生きてるとこあるから、好きな女の前でバカさらしたくないんだよ」

「私はどれだけ間違えようと、学ぶ意思を決してバカにしたりしない」

「それは教える側の意見。お前はなんでもスラスラ解けちまうからあんまり経験ないと思うけど、同じ質問を何回もするって精神的に応えるんだよ」

「わ、私は怒ったりしないぞ?」

「そうやって優しくされるのも辛い。こんなに優しく教えてもらってるのに、なんで自分は失敗ばかりするんだっていう自己嫌悪に陥る。これは男のスペックとお前のスペックに差がありすぎるってのが原因だけどな」


 古賀は更に火恋に追い打ちをかける。


「聞いた話によると、カップルの破局理由に劣等感ってのがあって、片方の能力が高すぎるとうまくいかないんだって」

「は、きょ、く……」


 火恋の精神に『破局』の二文字が岩石となって落ちてくる。


「じゃ、じゃあどうすればいいんだ!?」

「なにもしなければいい。男の方から一人でやるって言ってんだろ? なら頑張らせとけばいいだろ」

「私は彼に男を立てるのは女の役目と言ったのだ、こんな中途半端な形では終われん!」

「時代錯誤。……まぁそうだな、集中乱した原因はお前にあるし。何かするなら勉強を教えてやるより、別のこと手伝ってやったほうがいいんじゃないか?」

「別のこと?」

「掃除とか、料理作るとか。この問題が解けたら手料理食わせてやるとか、ご褒美になってモチベ向上に繋がんじゃねーの? 男いたことないから知らんけど」

「な、なるほど、ご褒美か……」


 火恋はチラリと自分の胸元を見やる。


「お前なんかエロいこと考えてないか?」

「大丈夫だ。アドバイスありがとう、早速試してみる」


 意気込む火恋と、それを不安げに見やる古賀。

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