第286話 没は没だ

 メンバー集め、開発費問題をクリアした俺たちは本格的にゲーム制作を始動する為に、アパートに集まってもらっていた。

 談話室という名のゲーム制作会議室で、雷火ちゃん、火恋先輩、天、月、綺羅星、一式が揃う。

 話し合いに入る前に、俺たちは月から突然紙束を渡された。

 それは印刷されたゲームシナリオだった。


「たった2日でシナリオを書き上げるあたしって、やっぱりプロよね」


 ドヤ顔してるところ悪いが、言いたいことがある。


「月、俺指示書作ってないんだが?」


 指示書とはゲームを作る上で、設計図となるもので、シナリオだと世界観や主人公の性格、ヒロインの特徴などを簡単に記したものになる。

 まさかゲーム開発を開始しますと言った直後に、シナリオが上がってくるとは思っていなかった。

 一体どんなものが来たのか、パラパラと読み進めていくと俺は首を傾げた。


「俺始める前に、世界観は現代日本でキャラクターは主人公1、ヒロイン3で予定してるって言ってたよな?」

「そうね」

「おもっくそファンタジー世界なんだが?」


 印刷されたシナリオをペチペチと叩く。


「最初の行で、ドラゴンが空を飛ぶって書いてますね」

「無数の火球の雨が降り注ぎ、多数の死者を出したって」


 雷火ちゃんと天の言う通り、冒頭いきなり壮大なファンタジーバトルから始まる。

 俺としては学園ギャルゲ的なものにするつもりだったのに、ドラゴンのブレスで焼死体が大量に登場し、ラブコメどころの話ではない。


「とにかく、文句言うなら全部読んでからにして」

「わかった」


 作者の言う通り、俺たちはじっくり1時間ほどかけてシナリオを読みこんだ。


 あらすじは中世のとある国で、ユウス・ケリーヌという庶民が、ムーン・ウォーターフラワーという王女に恋をするという話だ。


 最初は庶民であったユウスは功績を重ねることで国民に認められ、騎士に認められ、やがて王に認められ、ムーン王女と婚約するにまで至った。

 しかしユウスの活躍を知った他国の5人の王女が、ムーン王女とユウスの仲を引き裂こうとするのだ。

 様々な誘惑を受けるも、ユウスは「俺の愛する人はムーン王女ただ一人だ」と一途に愛を貫く。

 他国の王女は嫉妬に狂い、ユウス達に襲いかかってくるが、二人は協力して返り討ちにする。

 やがてムーン王女の国以外が滅び、世界はユウスとムーンのものになった。

 二人は幸せになり、世界の中心で愛を誓い合うのだった。


                      ――Fin


「没」


 雷火ちゃんがハイライトの消えた目で、finじゃねーよfinじゃとシナリオの紙束を放り捨てる。


「なんでよ!? 王道ラブストーリーでしょう!?」

「この稲妻の国のライデリカ・エクスキューショナーって王女、絶対わたしがモチーフですよね!? 説明書きが完全にわたしのプロフィールと一致してますよ!」

「それは創作だし、多少現実と似通うことはあるでしょ」

「仮にそうだとしても、このライデリカの毒リンゴを食べると、バストがAカップになるってなんなんですか!?」


 そうだぞ、雷火ちゃんは着やせするだけであって、Dあるんだぞ。


「この夜の国のアマツ・シスターノってボクだよね。幼馴染でありながら、負け犬臭が漂う王女って説明されてるのって明らかにボクだよね?」

「気のせいでしょ。幼なじみキャラなんてごまんといるし」

「外見の説明が明らかにボクなんだよぅ!」


 他にも体だけでユウスを誘惑するレイドリア王女に、大和撫子でありながらユウスの童貞を狙う淫乱王女のヒレン、あーぱーで何も考えていない天然のビューティースター王女と、どこかで聞いたことあるような名前と設定が並んでいる。


「それに主人公のユウス強過ぎですよ。なんで庶民だったはずなのに、破滅魔法メテオブラスターとか、そんな強そうな魔法使えるんですか」

「襲ってきたアンデットを、果物ナイフで粉みじんにしたってのも無理があるよねー」


 んなバカなと言いたくなる俺TUEEE展開に、雷火ちゃんと天は苦い顔をする。


「それはユウスの中にある前世の記憶が蘇って、秘められた伝説の勇者の力が解放されてるのよ」

「まさか、このところどころに入る”……思い、出した”ってセリフで伏線張ってるとか言わないですよね?」


 月はそうですけど? 何か? って顔をする。


「てか月姉、ユウスの趣味、なんで中世なのにマンガやゲームなの?」


 わりとなんでも飲み込む綺羅星にすら、世界観を突っ込まれている。


「中世にだってマンガやゲームのような娯楽はあるわよ。中世をなめないで」


 なんだその中世なめるなってツッコミは。

 俺も気づいた違和感をぽつりとこぼす。


「このユウスが、ムーン王女好きすぎるのもかなり違和感がある。他の王女には凄く冷たいのに、ムーン王女に会ったらすっごいデレデレして、すぐキスしてる」


『あぁ愛しいムーン、君に会えて嬉しいよ。君さえいれば世界なんか滅びても良い。キスしよう』

 ちなみにこれ、ユウスとムーンが初めて会ったときの会話である。

 初対面でキスしようとか言ってくる奴怖すぎるだろ。


「ムーン王女も二つ返事でキスしてますしね」

「それは前世で、この二人は恋人で(以下略」


 なんでもかんでも前世で片付けられると思わないでほしい。


「火恋先輩も何かつっこみどころありますか?」

「そうだね……見せ場のドラゴン戦、もう少し苦戦した方がいいんじゃないだろうか? 何千人もの騎士達が炎のブレスで即死したってあるのに、ユウスが指先から魔法を放つとドラゴンは木端微塵になったって。ユウス強すぎじゃないだろうか?」

「ほぼ魔王ですよね。ドラゴンよりユウスが討伐されそう」


 伊達姉妹の感想に、月は「むぐぐぐ」と旗色悪そうにうなる。


「全く、あんた達はこのシナリオの奥深さがわかってないわ!」


 俺たちに突っ込まれて、逆ギレしだす月。

 言っとくが、読者に理解できない奥深さとか無意味だからな。


「オタメガネ、確かにこのシナリオは色々賛否両論あると思う」


 否しかないと思うが。


「このシナリオでいきたいっていう意見も、あたしには十分すぎるくらいわかるの」


 このシナリオで行きたいっていってるのお前だけだが?


「どうする? このシナリオを使うか、それとも半分使って、半分は新規で書くか。あたしはどっちでもいいわよ」


 譲歩しているように見えて、全く譲歩していない。

 是が非でもこのシナリオを使いたいという意図が見える。


「まぁ……没かな」

「わかってる、没だけど使いたいってことよね?」


 いや、没は没だが?


 満場一致でリテイクが決まる。

 とりあえずシナリオに関してはもう一度会議が必要だ。

 月1人に書かせるの怖いし、誰かもう一人新しくシナリオ担当を用意したほうがいいかもしれない。


「そういえば月、居土さん知らないか? 携帯繋がらないんだけど」

「第三の主任? あたしは何も聞いてないけど……。今日開発室全体会議があるから、もしかしたらそこで何かあるのかも」

「会議あるのか……じゃあ今日水咲本社に行っても会えないよな?」

「無理ね、ほとんど会議室に缶詰状態だし」


 しょーがない、居土さんの件はまた先送りだな。

 そう思っていると、火恋先輩が手をあげる。


「悠介君、私はまだイマイチコミケというものがわからないんだが」

「あーしもー。コミケってゲーム屋さんなの?」

「ボクも行ったことないんだよね」

「お恥ずかしながらわたしもです」

「それなら丁度いい、今日小さい同人即売会が近くで開催されるんだ。それに行ってみないか?」


 実際の同人イベントを見るというのは、とても良い経験になると思う。

 俺が提案すると全員が頷いた。

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