第253話 月はオタク嫌い Ⅳ
「い、以上でオデの発表を終わります」
入江の発表が終わると、会場からパチパチと拍手が巻き起こっていた。
「続きまして……」
その後数名の発表が終わると、全員回ったのかフロアの電気がつけられ参加者間のフリートークとなった。
この時間は良い写真を撮った人と直接話をして、写真を譲ってもらったり、名刺交換をしながら
丁度入江の手があいたので、俺たちは軽く挨拶を行う。
「よっ、いきなり来て悪かったな」
「構わねぇべ。これがきっかけで写真に興味をもってもらえれば、この発表会の本懐だべ」
「こ、こんにちは」
月がおずおずと俺の背後から登場する。
意外と人見知りなやつだ。
「なんだおめー、また違う女の子連れてんのか? 見る度に違う子連れてる気がすっけどオデの気のせいか?」
「気のせいだよ。月、こいつは写真オタの入江。俺の同級生だ」
「は、初めまして」
ぺこりと両者で頭を下げる。
「おめぇの憎たらしいところは、連れてる子が全員度肝抜くくらい可愛いってことだな。いっぺん爆発してみっといいべ」
「それに近い状況にはなってるがな。それよか写真見せてくれよ」
「おういいっぺよ、ちょっと待て美少女フィギュアは高度すぎるから、素人向け写真があっから……」
どうやらオタク以外の人に見られても大丈夫な、対一般人用の写真も持っているらしい。
わりとこういったカモフラージュの為の、トークネタやスキルを持つオタクは多い。
「あったべ」
SDカードを入れ替えて、月にデジカメを手渡す入江。
「コスプレイヤーのローアングル写真とか写ってないだろうな」
「バカ言うな、オデがそんなミスするかよ。……ミスってないよな」
不安になったのかカバンをもう一度確認する入江。
本当にコスプレイヤーの写真あんのかよ、後でくれよ。
「うん、大丈夫だ。わりとそこそこの写真だから見でくれ」
「凄い……」
月が感嘆の声をあげる。デジカメの液晶に映し出されたのは、白鳥が朝日をバックに湖から飛び立つ姿だった。
真っ赤な日を背に、水しぶきを上げながら翼を広げる白鳥は神々しさすら感じる。
「それは滋賀まで撮りにいった時のもんだな」
「白鳥ってそんな南まで来るの?」
「来るみてーだ。滋賀より新潟とかの方が有名だべな。ただそれ撮ったときは、関西でのイベント帰りだったから立ち寄った」
「ついでかよ……」
しかしながら写真はどれも見事に撮れていて、躍動感あふれるものになっている。
「凄いな、そこそこなんて謙遜しなくてもいい写真だぞ」
「んなことねーべ、ただ被写体がいいだけで、ピンボケ手ぶれ、構図も全部似てるしミスだらけだ」
「そうか? よく撮れてると思うけどな」
「やっぱオデは戦車とスカートを撮ってる時が一番落ち着く。生粋のパンツァーだからよ」
戦車のドイツ語読みとパンチラをかけた、ただの下ネタなのになぜだかかっこよさを感じる。
「遠征はよくするのかしら?」
「たまにだけど、そこでしか撮れないものがあれば行くべ」
「その失礼かもしれないけど……移動費とか結構かかるんじゃないの?」
「それはしょうがないべ、それを言うと趣味なんて何もできないし、バイトでもなんでもすればいいだけだ」
「ちなみに入江のカメラ10万超えてるから」
「10万!?」
月からしたら大した額ではないかもしれないけど、学生が使うには十分高価なものだ。
「まだまだ安物だべ、いいものなら本体だけで50万くらいするし、それにレンズをプラスしたら三桁超えちまう。まぁオデにはこれでも十分すぎる性能だけどな」
「ここにいる人たちは、皆凄いカメラ持ってる人ばっかなんだよな?」
「ああ。ちょっと歳いってる人たちはすんごいぞ、100万もするカメラを何台も持って、日本中お宝探しにいくかんな」
月は「お宝?」と首を傾げる。
「今回のに限ればレトロ玩具とかだよな?」
「だべだべ、販売中止になったり、もう生産が終わってるものをネットで探すんだ。今はSNSがすんげぇからな、レトロ玩具持ってる人にコンタクトとって撮影しに行くんだべ」
「遠くから玩具の撮影しに行くのよね? 撮った後はどうするの?」
「そりゃ撮影協力してくれた人にお礼して、写真渡して帰るべよ」
「出会えたお宝玩具は欲しくならないの?」
「欲しくないと言えば嘘だけど、オデたちにはその玩具を綺麗に保存する知識がねぇし、今まで保存してくれた持ち主に物欲だけで譲ってもらうのは失礼ってもんだべ」
「…………」
「だから今の所有者が末永く、その玩具を保管してくれることを祈る。そして、もしその玩具が形を壊してしまった時に、オデたちの写真があれば思い出すことができるべ。だからオデたちは精一杯見栄え良く写真を撮るんだべさ」
家族やペットの写真を残すことは多いが、物の写真を残すことは少ない。しかし大事にしてきた物には、きっと忘れられない思い出もつまっていることだろう。
彼らの写真には、そういったオタクたちが大事にしてきた過去と、未来への期待が写し出されている。
「…………ちょっとさっきの発表会の見方かわったかも」
「良い歳した男が、薄暗い部屋でフィギュアのパンチラ眺めてんだ。遠慮なくキメェって言っていいんだべ。オデもなんも知らなかったらキメェって思うしな」
月の言葉に照れる入江。
フリートークも一段落ついたのか、参加者はポツポツと帰り始めていた。
「ありがとう、面白かった。俺たちもそろそろ次行くわ」
「おう、なんかあったらまた言ってくれ。こんぐらいしかオデには協力はできねーけどな」
俺と月は入江に別れを告げ、ビルの外に出る。
「どうだ、ディープな世界だっただろ?」
「ええ、そうね。なんて言っていいかわかんないけど……良いオタクだった」
「渋いだろ」
「うん、渋い」
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