第175話 玲愛と首輪XⅥ
午後1時丁度にスタートしたテニスは、バレーと違い一試合が長いが、その分コート数が多いので、順調に試合を消化していった。
試合を待っている最中、付け焼き刃ながら火恋先輩にサーブの打ち方や、コートでの動き方を教えてもらう。
とにかく俺は相手のコートにボールを返してくれればいいとのこと。
しかしながらヘロヘロの球を返しても、相手にチャンスボールを与えてしまうだけなのでは? と思ったが、そこは火恋先輩に策があるようだった。
「安心したまえ、君が打ち返しさえしてくれれば私が全て決めてみせよう」
やだカッコイイと思いながら練習を続けていると、内海×玲愛ペアの第一試合が始まった。
俺と火恋先輩はその様子を観戦することにしたのだが、結論から言うと何も参考にならなかった。
対戦相手は玲愛さんの豪速サーブに全く反応できず、ほぼ全てのポイントをサービスエースで取得。
力でねじ伏せる玲愛さんに対して、内海さんは変化が得意なようで、彼が打った球はほぼ全てに回転がかかっている。右に左にグネグネと弾道が曲がって、対戦者はとてもやりづらそうだった。
「うわ、なんか力の玲愛さん、技の内海さんって感じだ」
「姉さんのサーブは別名レーザーサーブとも呼ばれていて、レシーブしようとした選手をラケットごと吹き飛ばしたこともあるんだ」
「もう人間やめてるじゃないですか」
玲愛さんがZ戦士やマーベルの中に登場しても驚かないぞ。
対戦相手はそこそこ運動神経の良さそうな大学生ぽかったが、玲愛×内海ペアに手も足も出ない。結果1セットも落とすことなく玲愛ペアの完勝。
「ほんとにあれに勝てるのか……」
玲愛さんの実力を見せつけられ弱気になっていると、第一試合の順番が回ってきた。
「伊達、三石ペア、小野坂、安田ペアAコートへどうぞ」
審判に呼ばれ、最初の対戦ペアと顔を合わせる。
相手は夏場にインスタで炎上してそうな、軽めの男性二人組だった。ほんとにカップルイベントとは名ばかりな大会だ。
一人はリーゼントにピアスを耳にジャラつかせた、若……くないな……30代後半くらい? で、もう一人は金髪パーマの30代半ばくらいで、友達というよりかはリーゼントの舎弟っぽい雰囲気がある。両者ともにガタイは良く、運動はできそうだ。
ネットを挟んでサーブ権を決めていると、対戦相手のリーゼントがこちらに話しかけてきた。
「おい、お前美人にフラれたガキンチョだろ?」
全くでもって遠慮のない物言いに驚くが、適当に笑って返す。
「それなのにもう別の子猫ちゃん連れてるじゃねぇか。お友達か? いいねぇ高校生はすぐアベックになってよ」
こ、子猫ちゃん…………
「なぁオレ様が勝ったら、そっちの子猫ちゃんとデートさせてくんね? 黒髪でちょっと性格きつそうなのがマブいぜ」
男はネットにだらりともたれかかりながら、無遠慮にラケットで火恋先輩の乳を指す。
このラケットが1ミリでも触れていれば、場外乱闘必至だった。
「悪いが男性は間に合っているので」
火恋先輩がツンとした表情で返す。
「そんなこと言うなよ子猫ちゃん、オレ様ってば湘南では結構名前が知られてんだぜ。デビル英己って言えば泣く子も黙るデビルよ」
意味重複してんだけど、気づいてんのかな。夏っぽいからってすぐに湘南の名前をだすのはやめてほしい。
なんとかしてくれペアの人と思い金髪パーマを見ると
「兄貴がこう言ってんだ、兄貴に逆らうとおっかねぇぞ~マジデビルだからな」
だからなんなんだそのデビルってのは。俺が知ってるデビ様はコアラ型のVtyuberだけだぞ。
めんどくさいのに絡まれたな。
「そっちの子猫ちゃんもホイホイついてっちゃう清楚系ビッチなんだろ? こんなガキンチョより、オレ様がベッドでガイアの輝きを見せてやんぜ?」
うへへっとセクハラしてくるデビル英己。
いちいち言い回しのセンスが古く、今すぐお前のガイアもげろと思う。
下品な言い方に腹を立てるが、こんなところで揉め事をおこしても、なんの得にもならない。
そう思ったのは火恋先輩も同じようで、サーブ権を貰うとさっさとポジションにつくことにした。
「それでは……プレイ!」
審判の開始の合図で、俺×火恋ペアVS昭和デビルペアの試合が始まる。
火恋先輩が、ポンとボールを放り投げると威力のあるサーブを見舞う。
それをデビル英己が打ち返し、俺は前に出てネット際に詰める。
「これぐらいなら」
なんとかボレーで、相手コートにボールを打ち返す。
バレーやさっきの試合で玲愛さんの規格外のスピードを見ていてよかった。目が慣れているおかげで、普通のスピードならなんとかなるぞ。
「生意気……なん、だよ!」
デビル英己が再びパコンとボールを打ち返すが、火恋先輩が居合斬りみたいにラケットを腰低く構えた状態でスタンバっていた。
「秘剣……陽炎」
バックハンドで火恋先輩が打ち返すと、ボールが一瞬ブレて消えたように見えた。
目の錯覚か? と思った時には、ボールは相手コートに黒い摩擦熱を残し、後ろのフェンスに突き刺さっていた。
デビルペアは全く反応できず、シュウシュウと煙をあげるボールを見てポカンと口を開く。
「な、なんだ今のは? ボールが消えやがった!」
「兄貴、あの女やりますぜ!」
動揺するデビルペア。どうやら俺だけの錯覚ではなく、誰が見ても消えたように見えたらしい。
「15—0 伊達、三石ポイント!」
審判の声に合わせて、俺と火恋先輩はハイタッチをかわす。
「さすがです。まさか必殺技を使えるとは思いませんでした」
「乙女は魔球の一つくらい打てるものだよ」
多分貴女だけです。
「ちなみに消えるのはどういう原理なんですか?」
「サーブした時の熱エネルギーをボール全体に纏わせ、空気中の温度差で光の屈折を起こし、疑似蜃気楼を生み出しているんだ」
なるほど、わからん。
とりあえず凄いということだけわかればそれでよし。
その後も火恋先輩の魔球陽炎が炸裂し、デビルペアから得点をもぎとっていく。
「ポイント伊達三石ペア、ゲームカウント1-0。コートチェンジ」
「やりましたね」
「1セット先取だ」
次のゲームもとれば、俺たちのストレート勝ちになる。
見た感じデビルペアの運動能力は歳相応という感じなので、多分負けはないんじゃないだろうか。
そう思いつつ今度は相手ペアにサーブ権が移る。
対角線上のデビル英己が、ポンとボールを放り投げつつ一瞬俺を見て笑ったような気がする。気のせいか?
「くたばれ!」
「なっ!?」
デビル英己の放ったサーブは、俺の正面左でバウンドすると俺の顔面めがけて飛んできた。
「軌道がかわった!?」
「出た、兄貴のデビルショット!」
ツイストサーブって奴か!
咄嗟にラケットを出すが間に合わず、回転のかかったボールは俺の左目に命中した。
俺は顔面をぶん殴られたような衝撃に、その場に倒れた。
「悠介君!」
「0-15 お、小野坂、安田ペアポイント。大丈夫かい?」
審判と火恋先輩が慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫です」
瞼をさすると、ポタポタと血が滴っていた。
「血が出ている。もしかしたら眼球が破裂しているかもしれない」
「そうだったら、多分もっとのたうち回ってると思います。瞼が切れただけですよ」
水咲の医療班がやってきて、テキパキと手当を行い、俺は眼帯をして続行することになった。
「本当に大丈夫かい?」
「はい、全然。眼帯って中二っぽくて、ちょっとかっこよくないですか?」
「ほんとに君は……」
その様子を見てデビル英己が、クククと笑みを浮かべる。
「悪ぃ悪ぃ、オレ様のデビルショットは切れ味が鋭くてよ。トーシロには反応できないんだわ」
「ククク、兄貴はこのショットで何人も病院送りにしてきたからな」
なにこの極悪テニスプレイヤー。
「相手の体を狙うボールは危険球だ。やめていただきたい」
火恋先輩が憤りをぶつけると、デビル英己はヤレヤレと呆れる。
「普通にサーブ打って何が悪いんだ? 別に背中に向かって打ってるわけじゃないぜ? どん臭いそのガキが悪いんだよ」
「くっ、言わせておけば」
火恋先輩がキレかけるのを何とか制する。
「やめときましょう。向こうの言い分が正しいです」
「しかし!」
「没収試合になると勿体ないです。試合に勝ちましょう」
「ぐっ」
「ひゃひゃひゃひゃ、そっちのガキんちょの方がお利口なようだな。熱くなんのはベッドの上だけにしてくれよ子猫ちゃん」
不愉快な笑い声を残し、仕切り直して試合が再開される。
再びデビル英己がサーブを放つと、今度は火恋先輩がリターンを返す。
「女は狙わねぇぜ。てめぇが穴なのはバレーの時にバレてんだよ。くたばれクソガキ!!」
デビル英己は俺の左サイドを狙ってラリーを続ける。こっちは眼帯のせいで視野が狭く、片目でピントもあわない。
「くっ、見えない!」
「0—30 小野坂、安田ペアポイント 」
「卑怯な奴らめ、執拗に悠介君の左ばかりを狙ってくる」
マズイ、バレーの再来だ。どれだけ火恋先輩が強力でも、俺が足を引っ張ったら負ける。
「へへへ、くたばれクソガキ。デビルショットォォォォ!!」
再び放たれたツイストサーブは俺の左腕に命中し、相手の得点になってしまう。
ぐっ、襲ってくるボールにビビッて体を引いてしまったせいだ。
ダメだ、向こうのペースになってる。
「0—40 小野坂、安田ペアポイント 。セットポイント」
ダメだ、また役立たずに……。ちらりと視線を彷徨わせると、玲愛さんは冷たい表情でこちらを見ていた。
俺は、また足手まといになってしまうのか……。その時——
「フレフレユウく~~ん」
「殺せ悠介!! アタシの教えたバーニングショットを使え!」
「なる先輩落ち着いて」
他のグループから静さんや水咲姉妹が駆けつけ、フェンス越しに応援を送ってくれる。
「なにやってんのよあんた! そんなイモ球打ち返しなさいよ!」
「ダ~リ~ン、レシーブはこうガーってやってパコーンって打つの!」
「兄君冷静に! 返せない球じゃないよ!」
「悠介さん、反射角を計算して全て同じ位置に返ってくるように打ち返してください! 今こそ三石ゾーンを使う時です!」
雷火ちゃん、それマンガの技だよ。
なんか変な笑みがこぼれてきた。
彼女たちの声を聞いたら、さっきまでの嫌な緊張感が消えた。
「今ならどんな球でも打ち返せる気がする」
「悠介君、敵のデビルショットは変化球だ」
「あー……なるほど、わかりました」
俺はアドバイスに大きくうなずいて、ラケットを構える。
「水着女にモテモテだなクソガキ。気に食わねぇ、今度はその面にぶつけてやるぜ。覚悟しろ」
デビル英己はポンっとボールを放り投げ、デビルショットを放つ。
その瞬間俺は前に出た。
「なっ!?」
デビルショットが回転による変化サーブなら、攻略法はわりかし簡単。
地面にはねた瞬間、変化する前に返してしまえばいい。
「おらぁぁぁぁ! 俺はお荷物なんかじゃない!!」
魂の咆哮と共に、めいいっぱいの力でラケットをスイングすると、パーンと良い音が響く。
ボールは相手コートでバウンドして、デビル英己の真横を通り過ぎ、後ろのネットに突き刺さる。
「リターンエース、15-40伊達、三石ポイント!」
「やったユウ君!!」
「しゃあああ悠介、反撃の狼煙だ、ボールぶつけて殺せ!」
「なる先輩それ失格」
女性陣の歓声にむず痒いものを感じつつ、セットポジションに立つ。
「ぐっ、たまたまだ! 一回返したくらいでいい気になってんじゃねぇ!」
だが、その後何度やられてもデビルショットは通じなかった。
よくよく考えたら、自分の方に向かってくるってわかってんだから、それを見越して動けば打ち返せる。
後は自分めがけて飛んでくるボールをねじ伏せる度胸だけ。
「誰が伊達のお荷物じゃいぃぃぃ!!」
「30-40! 伊達、三石ポイント!」
「兄貴簡単に返されてます!」
「なんなんだあのガキ、急に動きがかわりやがった!」
サーブ後なら
「なぁぁぁにがツイストサーブじゃい、内海さんのはもっと鋭かったぞ!」
「40オールデュース!」
「凄い凄い悠介さん覚醒してますよ! 種弾けてます!」
雷火ちゃんちょっとそれ古い。
「ゲームセット! ゲームカウント2-0伊達三石ペアの勝利!」
怒涛の追い上げで、相手に追加点を許さず俺たちは勝利した。
最後の方デビルペアは、歳のせいかラリーを繰り返すとスタミナ切れでバテてしまっていた。
「ち、畜生め……」
「兄貴、もう……動けない」
コートで四つん這いになっているデビルペアだった。
第一試合をなんとか勝利し、次に駒を進めるのだった。
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