第176話 玲愛と首輪XⅦ
次の試合も火恋先輩のサーブとスマッシュが次々に決まっていく。
相手は高校生くらいの男子二人組ペアだったのだが、二人共揺れるスカートが気になってしょうがないようで、火恋先輩が派手なジャンピングサーブを打つ度に体が硬直してしまっていた。
いや、確かに男はスカートがふわっとなると条件反射で見てしまう。これは抗えない性である。
しかしながら試合を終わった後、高校生ペアは「畜生、何であれだけ派手に動いてるのに全く見えないんだ」と悔やし涙を流していた。
「凄いですね、あれだけ飛び跳ねても見えないなんて」
「フフッ、これでもどの角度なら見えないかとか気を使ってるんだよ」
「ふむふむ」
俺は頷きながら火恋先輩のスカートを掴んでペロンとめくるが、全くのノーガードだった。
水着とわかってても、スカートの下にあるとエロいよね。
その後順調に試合を勝ち上がり、Aグループ決勝戦へと進出することができた。
即ちあの二人との対戦になるのだった。
目の前に立つのは、昨日まで俺の隣に立っていた女性。ここで勝たなければ彼女に追いつく芽はないだろう。
お互いネット際で頭を下げる。
内海さんは海パンのまま、玲愛さんは水着の上に黒Tシャツ姿。
二人の表情は、内海さんはにこやかに、玲愛さんは無表情。対する俺たちは緊張交じりで顔がこわばる。
「よろしく……お願いします」
玲愛さんはこちらを一瞥すると。
「……火恋では私は倒せないぞ」
底冷えのするような冷たい声、本当にラスボスみたいな台詞に背筋が冷たくなる。
「姉さん、圧ばかりかけてないで、いい加減素直になったらどう?」
「黙れ、火恋。私に歯向かうとはいい度胸だ。勝てると思っているのか?」
「私が負ければ悠介君が否定されてしまう、それだけは絶対にさせない」
「お前の身体能力は把握している。魔球陽炎も私には届かない」
何このバトル漫画みたいなノリ?
「強い女性は好みだけど、これじゃ怪獣大決戦だねぇ」
内海さんは困ったねとウインクを俺によこす。この人はこの人で食えないんだよな。
姉妹が視線をバチバチぶつかり合わせた後、全員がサーブ位置につく。
ダブルスは1ゲーム中サーバーが変わらず、レシーバーだけが交互に変わっていく。最初のサーブ権は内海さんからで、レシーバーは俺。
先ほどの試合を見た感じ、変化球を多用してくるだろう。
「行くよ~」
内海さんのサーブは軽く打ったように見えるが、恐らく強い回転がかかっているだろう。問題は着弾時に右に跳ねるのか左に跳ねるのか。
プロなら打つモーションでどんな回転がかかってるかわかるのかもしれないが、俺には普通のサーブと全く同じにしか見えない。
デビル英己の場合、俺の体を狙っているとわかっていたので軌道が読めたが、内海さんのは本当に二択だ。
「左だ!」
「残念右だよ」
俺は左を予想して体を動かすが、ボールはハズレとあざ笑うかのようにコート外側へと跳ねていく。
「内海、伊達(玲)ポイント0—15」
「うぐ、すみません」
「ドンマイ、気にしなくて大丈夫だ」
レシーバーがかわり、内海さんの対角線上にいる火恋先輩は、腰を落としラケットを構える。
内海さんは先ほどとかわらないモーションでサーブを打つが、今度は弾速が速い。回転にスピードを上乗せしてきたボールに対して、火恋先輩は。
「はっ!」
パカンっと小刻み良いインパクト音が響く。
「リターンエース、三石、伊達(火)ペアポイント。15-15オール」
火恋先輩はボールが来る直前に、コート左側サイドラインまで下がり、まるで吸い寄せられるように飛んできたボールを内海さんに跳ね返したのだった。
見事なカウンターレシーブが決まり、俺とハイタッチする。
「凄いです、なんでそっちに跳ねるってわかったんですか?」
「ボールの回転を見れば、どちらに跳ねるかわかるよ」
嘘だぁ、あんな速くて高速回転してるボールが、どっちに回転してるかなんて見分けられるはずがない。
しかし火恋先輩限定で言うのなら可能なのだろう。動体視力が良いってレベルじゃないぞ。
「私にカットボールは通用しないよ」
ニコっと微笑む先輩、マジ天使。
対する玲愛さんサイドでは、玲愛さんが内海さんに冷たい視線を送っていた。
「おい、打ち返されてるぞ」
「いやぁ、まさか初球からあんな簡単に読まれちゃうとは思わなかった。君の妹だってすっかり忘れていたよ。まぁでも次はいけるでしょ」
チラリと俺を見やる内海さん。クソ完全になめられてるな。
再びレシーバーは俺に戻り、内海さんはセットポジションからサーブを見舞う。
「右か左かを考えるんじゃない。デビル英己の時みたいに変化する前を叩く!」
俺は着弾点に向かって走り、ラケットを引いて構える。バウンドした瞬間即打ち返してやる!
だが、大ぶりのラケットは空を切った。弾道予測を間違えたのではなく、ボールがほとんどバウンドせず、俺の後ろへと転がっていったのだ。
「内海、伊達(玲)ポイント15—30」
「チッチッチ、甘いねぇ三石君、変化は右と左だけじゃないよ」
「うぐぐぐぐ」
ってことはバックスピンも使えるだろうし、2択ではなく4択。いや、あの人その気になったら斜め回転とかかけてきそうだ。
そうなると8択か? 冗談だろ。
「三石君、僕はこのスピンボールを友達から蜘蛛の子みたいにいろんな方向に逃げると言われて、
くっいい歳して、自分のサーブに念能力みたいな技名をつけるなんて意外と痛い人だ。
しかし実際このスパイダーを捕まえられない。
「内海、伊達(玲)ポイント。セットカウント0—1」
その後なんとか火恋先輩が打ち返してくれるものの、ラリーが続くとどうしてもミスが出てしまい第一ゲームを落としてしまった。
「すみません」
「謝らなくて大丈夫だよ。サーブ側が有利だからね、取り返していこう」
第二ゲームはサーブ権がこちらに移り、火恋先輩がサーバー、内海さんがレシーバーになる。このゲームを落とすとストレート負けだ、絶対落とせないぞ。
「秘剣……陽炎」
出た、火恋先輩の必殺技! 疑似蜃気楼を使ってなんやかんやしてアレする、打てない球だ!
俺のゴミ解説と共に、消えたようにしか見えない魔球が炸裂する。
「!」
内海さんはパコンと軽い音をたてて打ち損じると、弾かれたボールはコート外へてんてんと転がっていく。
「三石、伊達(火)ペアポイント15—0」
「いやぁ凄いね、あんなの普通打てないよ」
「やりましたね! 必殺球通じてますよ!」
「…………」
喜ぶ俺とは対照的に、火恋先輩の顔は渋い。
「どうかしました?」
「一球で合わせてきた。恐らく次は通じない」
「マジっすか?」
「ああ、それに姉さんには最初から通じないだろう」
次のレシーバー玲愛さんにも魔球陽炎を使ってみるが、火恋先輩の言う通りだった。
俺には玲愛さんが何もない虚空をスイングしたようにしか見えなかったのだが、ボールはパコンと音を立てて俺たちのコートに返ってきた。なんであれで打ち返せるんだ。
「内海、伊達(玲)ポイント。15—15オール」
レーザーのような鋭いリターンでポイントを戻され、再びレシーバーが内海さんにかわる。
先ほど火恋先輩が言った通り、今度は内海さんも魔球陽炎を返してきたのだった。
「ホイと。スパイダーネット!」
8方向のどれかに逃げる変化球に対応できず、相手側のポイントになってしまう。
なんであんな簡単に返せるんだ。少年マンガだったら多分4週くらいかけて攻略する魔球だぞ。
「内海、伊達(玲)ポイント15—30」
マズイ、後2点とられたらこっちの負けだ。
しかも次のレシーバーは玲愛さん。
観客からも「あちゃー」「こりゃまたダメっぽいな」と声が上がる。
「まずいぞ。なんとか挽回しないと」
火恋先輩がサーブを見舞うと、玲愛さんは軽く打ち返し、今度は何度かラリーが継続する。その中で内海さんが「あっ」と声を上げ、ポーンとボールを高く舞いあげてしまう。
これはアウトかな? と思ったが、火恋先輩が鋭い視線で頭上のボールを見上げると叫んだ。
「悠介君、一番後ろまで下がって!」
俺は言われて火恋先輩と共に後ろに下がる。
前ガラ空きですけどいいんですかね? と思ったが、長い滞空時間を経て、ようやく落ちてきたボールは、一番後ろのアウトラインギリギリに乗り、打ち返す間もなく大きくバウンドして俺たちの頭上を超えていく。
「内海、伊達(玲)ペアポイント。15-40マッチポイント」
「あって言ったからミスったと思ったかい?
ドヤ顔の内海さん。
しまったこの人はそういう人だ。ミスも演出、戦術にしてしまう。誰が彼の技がスパイダーネットだけって言ったんだ。
「す、すみません。指示してもらったのに……」
「まずいね、次とられたら負けだ」
「はい」
やばい、
多分今の俺には普通のボールすら返すことができないと思う。
「す、すみません。足ばっかり引っ張って……」
「タイム!」
俺がまた顔を曇らせて、自分の不甲斐なさを悔やんでいると、火恋先輩が審判にタイムを申し入れて俺の前に立つ。
いっそビンタの一発でも入れて喝を入れてくれれば動けるようになるかもしれない。しかし先輩は俯いている俺の顎に手をかけ、クイっと上を向かせる。そしてそのままちゅっと、軽い音をたててキスをした。
「?……!?」
そして何事もなかったかのように「タイム終了」と言って、ゲームを再開させてしまう。
俺は頭の中で「えっ、何で今キスしたの?」とメダパニ状態のピヨピヨ状態だった。頭の上をヒヨコがハートを追いかけてグルグル回っている。
なんの意図があったと言うのです? と強引に唇を奪われた少女マンガのヒロインばりに動揺している俺を無視して、火恋先輩はラストになるかもしれないサーブを気負うことなく放つ。
レシーバーの内海さんは
俺は呆けている場合じゃねぇと頬を叩いてラケットを構える。
すると内海さんの放ったスパイダーネットが目の前に来ていた。
「悠介君、着弾させずにダイレクトで返すんだ!」
「ちゃ、着弾させず直接返す!」
火恋先輩のアドバイスで、俺は回転するボールをダイレクトレシーブするために前に出る。
打ち返すのはいい、どこに返せばいい? 内海さん側か、それとも玲愛さん側か!?
内海さんはスパイダーネットにムーンボレー、玲愛さんにはレーザーがある。どっちに返してもやばい。
くっ、ボールが飛んでくる一瞬で最適解を出せるはずもなく、俺のレシーブは玲愛さん方向に飛ぶ。
カウンターレーザーが来る! そう思い身構えるが、玲愛さんのスイングは空を切り、ボールはコロコロと彼女の後ろに転がった。
「から……ぶり?」
「三石、伊達(火)ペアポイント。30—40。引き続き内海ペアマッチポイント」
嘘だろ? あの機械みたいに正確なショットを打つ玲愛さんが空振り? そんなバカな。
玲愛さんはラケットを見ながら「おっかしいな、ラケット縮んだ?」と首をひねっている。
だが、その後も——
「三石、伊達(火)ペアポイント。40—40デュース」
玲愛さんの凡ミスは続き、とうとう
「三石、伊達(火)ペアポイント。セットカウント1—1。コートチェンジ」
俺たちは第2ゲームを勝ちとることができた。
明らかに火恋先輩が俺にちゅっとやってから玲愛さんの様子がおかしい。
「あれ? これもしかして玲愛さん動揺してる?」
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