第177話 玲愛と首輪XⅧ

 ゲームカウント1-1で、試合は運命の第三ラストゲームに突入する。

 サーバーは玲愛さんで、レシーバーは俺。

 第二ゲームは奇跡的に取得することができ、このまま玲愛さんの調子が崩れてくれれば十分俺たちに勝利の可能性はある。


「悠介君、油断しないように」

「ええ、でもこのチャンスを逃さないようにします」


 対角線上の玲愛さんはテニスボールを1、2回地面にバウンドさせると、上空にボールを放り投げる。次の瞬間パンと水面を打つような音が響き、気づけばボールは俺の顔の真横を掠めていった。


「はは……速すぎんだろ」


 反応すらできず、乾いた笑いがこぼれた。ありゃ電磁ビーム砲だよ電磁砲。とある玲愛の超電磁砲だ。体感だが200キロ近いスピードが出ているように思える。それでいてこのコントロールの良さ、もはや笑うしかない。

 ラストゲームに入ってから、どうやら完全にメンタルを戻したようで彼女から手加減の一切を感じなくなった。

 心なしか玲愛さんの周囲を、電流のようなものが舞っているような気すらする。

 氷結電流使いレベル5の球をスキルアウトの俺が打ち返せるはずがなく、というか常人に捉えられるレベルじゃない。


「内海、伊達(玲)ペアポイント0—15」


 審判が淡々と得点を告げる。

 玲愛さんはサーブポジションを移動し、レシーバーの火恋先輩と対角線になると、ほとんど間を置かずに電磁砲を放つ。


「くっ!」


 火恋先輩はなんとか反応して打ち返すが、若干振り遅れ、山なりのロブになってしまう。

 それをネット際に詰めていた内海さんが、オーライオーライとラケットを構え、鋭く叩きおろす。俺はがむしゃらに脚を動かして喰らいつこうとするが、ボールは俺をあざ笑うようにバックスピンで遠ざかっていく。


「ぐっ、スマッシュでもスパイダーネットを打てるのか」

「まさか互角になるとは思ってなかったからね。手加減はしないよ」


 内海さんは嬉しくないウインクを決める。くそ、大人げない人だ。


「内海、伊達(玲)ペアポイント0—30」


 審判のアナウンスに申し訳なさそうにする火恋先輩。


「すまない」

「いえ、大丈夫です。俺も追いつけませんでした」


 このまま後2回サービスエースをとられたら終わりだ。しかも次のレシーバーは俺。

 さて、どうする。あの電磁砲を打ち返せるヴィジョンは見えないぞ。

 すると火恋先輩が再びタイムを申告する。

 あれ、これってもしかして?

 予想通り火恋先輩は再びちゅっと口づけしてくると、タイム終了を宣言した。

 これには観客も内海さんもごちそうさんと苦笑い。

 多分これは玲愛さんのメンタルに揺さぶりをかけるIQ2000の頭脳テニスだと思うのだが、果たして同じことが二度も通じるのか? そもそも本当に効いているのかすら疑問である。


サーブミスダブルフォルト! 三石、伊達(火)ポイント。15—30」

「き、効いてる……」


 玲愛さんは、ダークソウルばりに目を赤く輝かせながらサーブを見舞ったが、オーバーパワー過ぎて二回連続でネットに引っかかり俺たちのポイントになった。


 これもしかして、火恋先輩とちゅっちゅしてるだけで勝ててしまうのでは?


 しかしそう甘いものではなく、次のサーブは速度を若干落としてしっかりと決めてきた。

 火恋先輩がレシーブに成功すると、姉妹で激しいラリーが成立する。

 両者ともにコート後方にいたと思ったらネット際に詰めていたり、弾速だけならプロ顔負けの打ち合いが続く。


「はぁっ!」

「踏み込みが甘い!」


 観客も最初は横っ飛びで捕球する火恋先輩や、まだ速度が上がるのかという玲愛さんのスマッシュに凄い凄いと歓声を送っていたが、徐々に黙り込んでしまうほど緊張感あふれる試合が展開される。

 だが、そんな永遠にも続くような異次元ラリーを制したのは姉。

 電磁砲を弾き返そうとした火恋先輩だったが、あまりの威力にラケットを弾き飛ばされてしまったのだった。

 中空に舞ったラケットはカランと音を立ててコートに落ちると、審判がポイントを宣告する。


「内海、伊達(玲)ペアポイント15—40。内海ペアマッチポイント」


 さすが絶対強者伊達玲愛。その気になったらラケットをへし折ってきそうだ。


「タイム!」


 今度は俺が審判にタイムを申告し、火恋先輩と作戦を話し合う。

 だが、なぜか火恋先輩は何かを期待したような目でこちらを見ていた。


「キス……してくれるのかい?」

「しませんが」


 素で返すと、唇を尖らせる先輩。

 よくよく考えるとタイム宣言してキスするって頭おかしい。


「玲愛さんを攻略するのはかなり苦しいです。ラリーをするなら内海さんに絞った方がいいかと」


 あの人はあの人でスピンボールがくるのが辛いので、あくまで玲愛さんよりかはマシの状態だが。


「しかし姉さんは君を狙わないが、内海さんは君を狙う」

「はい、俺が穴なのはわかってます。でも、ダブルスは二人で勝つ競技です。なので……」


 俺はゴニョゴニョと作戦を話す。


「……わかった。やってみよう」

「お願いします」


 タイムを終了させ、再びレシーブ位置へとつく。

 火恋先輩にいろいろと俺の考えを伝えてみたが、ここで俺が返せなければそれで終わりだ。

 だけどさっきのダブルフォルトのおかげで、玲愛さんはサーブミスを恐れ、若干スピードが落ちている。

 そしてあの人、俺がデビル英己との試合で左目をケガしてから、左のラインを狙ってこない。正々堂々とするためなのか、手加減されてるのかはわからないが、弾速が落ちて、軌道がわかるのなら——


「返せる! っていうか返せ俺!!」


 玲愛さんはこれでゲームセットだと言わんばかりに、ボールを中空に放り投げる。

 俺はラケットを引き、装填された砲弾に身構えつつ、気づいたことに集中していた。

 玲愛さんの打った瞬間着弾しているようなサーブを、まともに目で見て打ち返そうなんて、そんなバカみたいなことを考えてはいけない。

 俺は気づいた、玲愛さんがサーブを打った直後の胸の揺れを。スポーツブラではないため、Tシャツ下の彼女の胸は——


「サーブのインパクトと同時に二度揺れる」


 二重の極みにも似た、俺でなければ見逃してしまう二度目の揺れ。

 そのタイミングを打つ!

 玲愛さんから電磁砲が放たれ、一瞬世界全てが灰色になり静止したかのように思えた。その中で俺は「見えた!」と目を見開いてボールを打ち返す。

 その場にいた全員が呆気にとられただろう、コートにいながら部外者みたいな俺が玲愛さんの電磁砲を打ち返したのだから。

 俺の狙いは内海さん。彼は絶対にこのサーブで決まると信じ切っていたようで、動き出すのに少し遅れてしまう。


「内海!」

「ごめん玲愛ちゃん、間に合わない!」


 俺のレシーブは綺麗に刺さり、ボールは内海さんの股下を抜けていった。


「み、三石、伊達(火)ペアポイント! 30—40。引き続き内海ペアマッチポイント」


 審判の宣言と共に、内海さんを見据える。


「内海さんがサーブに【縦横無尽の逃走スパイダーネット】と名前をつけるなら、俺はこのカウンターレシーブにこう名づけます。【静止した世界で見たものパイカウンター】と」

「な、なんて……頭が悪い名前なんだ……。でも同じ男としてはどこか誇らしいよ」


 内海さんはゴクリと生唾を飲む。

 その後今度は火恋先輩がレシーブに成功すると、捕球に回った内海さんは当然ながら俺を狙ってスパイダーネットを放つ。


「悪いね、これで終わりだ」

「そうでもありませんよ」


 俺は放たれたボールを華麗にかわすと、その後ろから火恋先輩が現れる。


「私にカットボールは通じませんよ」


 火恋先輩は完全にスパイダーネットの変化方向を読み切り、内海さんに鋭いレシーブを返す。

 絶対に打ち返せないと確信があったのだろう、内海さんは「ほえ?」っと一瞬ポカンとして、すぐに打ち返そうとするが態勢が悪く、ボールを明後日の方向に吹っ飛ばしてしまった。


「三石、伊達(火)ペアポイント! 40—40オール。デュース!」

「狙ってたか……さっき話し合っていたのはこれか」

「はい、ダブルスは二人でやる競技なんで」

「このコンビネーションは、私と悠介君の愛の証と言っても過言ではないかもしれません」


 過言です。


 それからパイカウンターと、コンビネーションを習得した俺たちは、玲愛さん達と一進一退の攻防を繰り広げる。

 デュース後は2ポイント先取で勝利となる為、ポイントをとっては取り返し、何度もデュースを繰り返していた。

 やっと俺たちがポイントを先取し、アドバンテージレシーバーをとった時には、俺も火恋先輩も体力の限界が近づいていた。それは向こうサイドも同じようで、内海さんも肩で息をしている。


「三石君、お願いだから諦めてよ。オジサン何度も走り回らせて楽しい? 明日筋肉痛で死ぬよ僕?」

「こっちのセリフですよ。いいかげん若い者に道を譲ってください。オタクいじめて楽しいんですか?」


 ふへへへと男同士、変な笑いがこみあげる。

 再びレシーバーは俺、サーバーは玲愛さん。

 どうするかと考えたが、ここはもう正々堂々汚い手を使うことにした。


 終わらせてやると怖い目をしている玲愛さんに向かって、俺は大声を張り上げる。


「玲愛さん! 俺のことが好きなら、全力でサーブして下さい! でも俺のことが嫌いならゆっくりサーブして下さい!」

「はっ?」


 玲愛さんの目が一瞬点になる。


「くだらん。何を馬鹿な事を」


 とクールに言ってますが玲愛さん、何でボールいっぱい持ってるんですか? 分身魔球ですか?

 慌ててボールを落として、今度は平静を装いながらボールを地面にバウンドさせようとするが、逆にボールを持っておらずエアバウンドさせてらっしゃる。


 き……きいてる……。

 驚く程に。(本日3回目)


 しかし玲愛さんは自分を落ち着かせるように、二、三回深呼吸すると、ボールを放り投げ、この試合で一番の剛速サーブを放った。

 自分でいっておきながら、”好き”と全力で答えてくれたような気がして、俺は嬉しくなる。

 何度も何度も俺の頬をかすめていったボールだが、このボールだけは逃しちゃいけない。

 全力には全力を、渾身のサーブに渾身のレシーブを、全てを外してもこいつだけは外しちゃいけない。


「こんにゃろぉぉ!」


 火恋先輩のラケットを弾き飛ばすような剛速球。

 砲弾のような重い球を捕まえ、吹っ飛ばされてたまるかと精一杯両手でグリップを握りしめる。ガットを突き破らんとするボールを、玲愛さんの愛だと自分に言い聞かせ、俺は愛の魔弾ラブファントムを返す。


「めがー!!」


 俺の想いを返すレシーブはボールにハートのキングが宿り、玲愛さんの方に舞い戻る。あっやばいカウンターがくるっと思ったが、呆然とした玲愛さんは球を打ち返すのも忘れて呆けていた。


「うそ……打ち返した……だと」


 ボールはそのままギュルルルと回転しながら、後ろのネットに突き刺さった。

 これって……。


「三石、伊達(火)ペアポイント。ゲームカウント2-1ゲームセット。三石ペアの勝利」


 審判がカウントを告げると、周りからワー!っと拍手が巻き起こった。

 どうやらさっきの玲愛さんのサーブは傍目から見ても凄かったようで、皆「や、やるじゃない……」と、驚きながら拍手をしてくれた。


「か、勝ててよかった……」


 一気に気が抜けて、コートに座り込む。

 大変だった。特にラストゲームはお互い意地の張り合いで点を取り合い、本当に長時間ゲームをしていたように感じる。

 事実トーナメントは他のグループは試合終了しており、Aグループの結果待ちの状態になっていた。


 ネットの前に両ペアが集まり、お互い握手をかわす。


「やるね三石君、今回は君に勝利をあげよう。でもその勝利は女の子の力ありきだってことを忘れちゃいけないよ」

「はい、勿論」


 ランバラルみたいなことを言って、頭をわさわさと撫でてくる内海さん。

 玲愛さんはまだ呆けている感じだったが、目と目があうと珍しく柔らかく微笑んでくれた。しかしまたすぐに無表情に戻る。


「あれは別にそういう意味じゃないからな」

「そういう意味とは?」

「強くサーブしたら、好きとか嫌いとかだ」

「大丈夫です、気持ち伝わりましたから!」

「だから違うって言ってるだろ!」


 ふんっと玲愛さんは鼻を鳴らして、スタコラとコートを出て行ってしまった。

 これは良いツンデ玲愛。

 しかし、なんとか勝てて助かった。

 俺は火恋先輩に礼を言う、本当にこの人がいなかったら勝利はなかった。


「ありがとうございます、火恋先輩」

「何、礼にはおよばないよ」

「あの、試合中キスしてきたのは、玲愛さんの動揺を誘う為だったんですよね?」


 俺が気になっていた事を聞くと、火恋先輩は首を横に振る。


「点をとられて落ち込んでいる君を見ていると、性的に興奮したから。全ては自分の欲求を満たすためだよ」


 とちょっと台無しな事を言う。


「そ、そうですか……と、とりあえずありがとうございます」


 あれで玲愛さんが動揺したことは事実だし、理由はどうあれ結果オーライってことで。結果オーライって便利な言葉だな。


 その後の試合は、優勝候補である月は何故か始まる前から真っ白になってたし、勝ち抜いてきた天、綺羅星ペアは、天が「世界滅びろ世界滅びろ」と戦意喪失していた為、なんなく一位をとることが出来た。

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