第196話 ハッピーボーイ

 イベント三日目の朝――


「さぁ……来たぞ運命の三日目」


 昨晩内海さんと話を終え、ついに三日目へと突入。

 ゲームイベント自体は昨日全て終了しており、今日はコスプレミスコンと優勝セレモニーだけ。

 優勝セレモニーは、水咲チャーチホールで行われる予定になっており、俺はそこで玲愛さんとキキキキッスをすることに……。

 下心なんかより遥かに緊張が勝ち、言っては何だが猛獣ライオンとキスするような気分である。


「しかもテレビ中継付きでのキッス……」


 オタクにはハードルが高すぎる。

 しかし俺は玲愛さんとゲーム前に約束を交わした――


【何度でも言う、お前では内海には勝てない。私は内海以下の人間を認めるわけにはいかないんだ】

【じゃあ俺がこのイベントで、玲愛さんと内海さんのペアをぶち抜いて優勝したら、俺と挙式して下さい!】

【いいだろう。何をしてもいい、持てる力全て使って私に勝って見せろ。そのかわりお前が負けたら、以後私との面会を禁止する。二度と私の前に現れるな】

【ええ、勝ってみせますよ】


 そうして本当に勝った。つまりは


「キ、キッスだけでなく挙式まで? 俺はそこで……雷火ちゃん、火恋先輩、玲愛さん、4人で結婚しましょうと……言う、い、言えるのか?」


 大丈夫かそれ、優勝セレモニーで3股宣言とかお茶の間凍りつかないか?

 ツイッターのまとめ人に【放送事故】のタイトルでネタ記事にされ、ネットで炎上しそうだ。緊張でゲボ吐きそうになってきた。

 いや、今更ヘタレるな、俺は伊達姉妹全員を幸せにするんだ。覚悟を決めろ。

 これが最後の選択だぞ。


 ・伊達姉妹を幸せにする。

 ・水咲家に亡命する。

 ・静さんに幸せにしてもらう。←


 もう全部忘れて静さんに幸せにしてもらおっか。

 それが賢者の道な気がしてきた。静さんの胸の中で、ひたすらオギャってれば幸せな人生を送れるかもしれない。

 ダメだダメだ、つい現実逃避の選択肢を選んでしまったが、今更そんなことは許されない。

 俺はパンパンと頬を叩き、表情を引き締める。

 結婚とか飛躍しすぎだ。ちゃんとABCの段階を踏まないと。結婚なんかAB飛ばして、いきなりCして下さいって言うようなもんだしな。


「れ、レレレ、玲愛さん。お、俺と結婚を前提としたおつ、おつ、どつき合いをして下さい!」


 ハードル下げてもダメそうだった。

 悩んでもしょうがないし、皆の様子でも見に行こう。

 今雷火ちゃん達はコスプレミスコンの準備をしているはずなので、俺はイベントホールにある衣装室へと向かうことにした。



 その頃――ホテル内にて内海は、玲愛に自分の気持を打ち明けていた。


「玲愛ちゃん、ショックだとは思うけど、気落ちせず聞いてほしい。僕は……一ノ瀬君と結ばれたい」

「そうかおめでとう」

「即答!? もうちょっと引き止めてよ! 他の女にいくなんて許せない! 私はどうなるのよ! とかないの!?」

「ない、元から私とそういう感情で結ばれるわけではないとわかっていただろう。ただ意外だったのは、お前は家の意思を最後まで守ると思っていた」

「君からすると責任感のないクズだと思うんだけどね、一生に一度の人生を傀儡で居続けるのは勿体ない」

「それは私への皮肉か?」

「とんでもない、君には君の使命がある。それこそ僕が背負っているものなんかと比べ物にならない大きな重責が。だけど君の人生は君だけのものだ。愛のために全て捨ててみるというのもいいんじゃないだろうか?」


 憑き物が落ちたかのような顔をした内海は、玲愛の瞳の奥を見やる。


「家の肩書を捨て、愛する人とボロアパートで身を寄せ合ってすごす、そんな生活もいいじゃないか?」

「…………できるかそんなこと」

「あっ、今間があったよね! 三石君との駆け落ち生活考えちゃった!? 考えちゃったよね!?」


 指をさして心底嬉しそうな内海にヒールスタンプを決める玲愛。


「調子に乗るな、子供かお前は」

「すみません。ってか、三石君が僕たちペアに勝ったんだから君は彼に従わないといけないんじゃないの?」

「あんな口約束どうとでもなる」

「ダメだよ、大人が約束したからにはちゃんと履行しないと」

「お前は安全圏から楽しそうだな」

「僕は愛する女性以外全て失った無敵の人だからね」

「実家の後ろ盾も、伊達からの支援も受けられなくなるんだぞ」

「構わない、よくよく考えてみたらそれが普通なんだよ。0から始まりコツコツキャリアを積み上げていく。いきなり下駄はいた状態から始まるから苦しくなるんだ」


 内海は早く玲愛ちゃんもこっちにおいでよと笑っていると、部屋のインターホンが鳴る。


「あっ、一ノ瀬君僕を待ちきれずに来ちゃったかな? 彼女君に妬いてるからなぁ」

「早速惚気か?」

「ごめんね熱くて~」


 上機嫌な内海がドアを開くと、そこには一之瀬ではなく黒スーツにサングラス姿の男が立っていた。愛想のない顔は水咲のスタッフには見えないのだが、胸にはSTAFFと書かれたプレートをつけている。


「内海様、伊達様、当イベント優勝おめでとうございます。これより優勝セレモニーの会場へとご案内いたします。そこで一旦リハーサルをしていただき――」

「待ってくれ、何を言ってるんだ君は? 僕らは優勝なんかしてないぞ」

「いえ、内海様、伊達様が優勝で合っています。昨日の最終ゲームに反則があった為、協議の結果無効試合となり点数が反映されません。よって、最終ゲーム直前に1位だったペアが優勝となります」


 淡々と話すスタッフに、内海は憤りを覚える。


「何を言ってるんだ、三石君たちは不利な状況下でも僕らに勝ったんだ、彼らが優勝で間違いないだろ!」

「そもそも反則があった時点で中止すべき案件でした。その点に関してはご迷惑をおかけします。ですが優勝は内海様、伊達様ペアで決定でございます」


 内海は段々と、このスタッフの思惑が【お前たちにはここで結婚してもらう】ということだと気づく。


「悪いが僕は辞退する。優勝の権利は三石君に譲る」

「それは出来かねます。ご家族もお越しになられますので」

「家族?」

「はい、内海様のご両親は既にこちらへと向かっています」

「!? 僕は呼んでいない! 今すぐ帰るように言ってくれ!」

「もうあと数分でご到着されますので……」


 言っているうちに、礼装を着た美形の中年夫婦が現れる。

 それは現閣僚、環境大臣の内海誠司と、その妻内海エステライザだ。


「慎二、よくやった。それでこそ内海家を継ぐものだ」

「慎二さん母さん嬉しいわ。まさかここで挙式まであげてくれるなんて」


 内海母は涙ぐんで喜んでおり、内海父もよくやったと息子の肩を強く叩く。


「挙式ってどういうことなんだ父さん!?」

「何を言っている、イベントで優勝したら式をあげることになっているんだろ?」

「はっ!? いや、それは正式なものではないだろ!?」

「慎二さん、お父様にお下品な言葉を使ってはいけませんよ」


 内海父は玲愛に気づくと、深く頭を下げ挨拶を行う。


「伊達さん、慎二の父誠司です。この度はご結婚を決めてくださり、本当にありがとうございます」

「…………」


 玲愛はちらりと誠司を伺う。元内閣首相の叔父を持ち、若くして環境大臣に抜擢され世間から期待を集めた人物。しかし英文を交えた独特の言い回しがネットで炎上し、能力が正当に評価されず現在選挙で苦戦を強いられている。


「母のエステライザです。ふつつかな息子ですが、最低限伊達家に釣り合うように教育を施したつもりです」

「父の私が言うのもなんですが、慎二は飄々としてディフィカルトにみえますが義理に厚く、責任感の強い男です。必ずや伊達家をハッピーにすることでしょう!」

「慎二さん、あなたちゃんと伊達さんにプロポーズしたの? あなたその辺いいかげんなんだから!」

「か、母さん……」

「まっしてないのね!? すみませんね、この子照れ屋だから。慎二さん、お母さんが後でちゃんとしたプロポーズの言葉を考えてあげるから! 式ではちゃんとそれを読むのよ!」


 玲愛はこれが慎二を操っている親かと確認し、彼が逃げ出そうとするのに納得する。

 仕方ない、このままでは本当に結婚になってしまうと思い誤解を解こうとすると、その時和服姿の男が黒スーツの部下を伴って部屋へと現れる。


「父剣心颯爽登場」

「父上……」


 玲愛はこの茶番を誰が仕掛けたのかを理解し、同時に先手を打たれたことを察する。


「剣心様! この度はウチの息子に婚約を決めていただきありがとうございます! ウチの子はハッピーボーイですよ!」

「これで内海家は安泰です」

「フハハハ、儂も娘がようやく身を固めてくれて安堵しておる。”危うくどこぞの馬の骨にもっていかれそうになっておったからな”」

「それはこちらも同じですね」


 両親二人の視線が一瞬鋭くなる。

 その目は、誰が”一之瀬”なんか”三石”なんかに大事な子供をやるかと、全ての事情を悟っていた。


「イベントは優勝ペアで接吻だけということになっていたが、ワシがこの際だから挙式もあげてしまえと運営に打診しておいた。これは水咲のプロモーションにも大きく貢献するだろう」

「さすが剣心様です、そこまでのご配慮を」

「剣心様バンザイ、剣心様バンザイ!」


 内海家はもろてをあげて喜び、包囲網は完成する。


「さぁ、テレビ中継されながら挙式をあげようではないか。これは伊達家にとって大きな一歩になるだろう」

「慎二、玲愛さんをハッピーエンドにするんだぞ!」

「そうよ慎二さん、あなたの肩に内海家全てが乗っているのよ!」

「か、母さん、結婚式はあげられないんだ」

「……何を言ってるの慎二さん?」

「実は心に決めた人がいるんだ」


 意を決して放たれた言葉に、内海家両親の顔が曇る。


「それは玲愛さんのことだろう、なぁ慎二、そうだよな慎二?」


 内海父の声音は低く、それ以上言わせないぞと恫喝しているようだ。


「慎二さん、本当にバカなことはやめてね。あなたが変なことをしたら内海家はめちゃくちゃになってしまうわ」

「そうだぞ慎二、次の選挙には伊達家の応援が不可欠なんだ。ちゃんと親に恩返しをしなさい」

「玲愛、お前もだぞ。伊達家として責務を果たしなさい」


 逃げ出そうとしていた内海だけでなく、玲愛すら親に首根っこを掴まれてしまう。

 この監視下の中、駆け落ちを切り出すことは不可能で、傀儡の二人は親に鎖を繋がれて断頭台のような結婚式へと向かうのだった。

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