第28話 オタは煩悩にまみれている
二度目の夕食は、甘えん坊の雷火ちゃんの口にひたすら料理を運ぶことばかりしていた。まるで親鳥になった気分で、次アレ次コレとねだる雛鳥にせっせと食べさせてあげる。
「三石さん、やばいです。わたし今幸せすぎていろいろやばいです!」
「それは良かったけど、これくらいいつでも出来るよ?」
「いろんな人の目があるから出来ません」
「お姉さんの目はいいの?」
「姉さんは別にいいです。むしろ嬉々として見せつけたいですね」
「逆に同じことされたら?」
「ぐぬぬぬぬって感じですね」
「怒らないの?」
「まぁ同じことしてもらってますからね、それぐらいは許します」
パクパクと美味しそうに食べる姿は、見ている方も幸せにしてくれる。
そんな守りたいこの笑顔を眺めていると、さっき玲愛さんから言われた事が脳裏に浮かぶ。
『そんなに相手の気持ちが気になるなら、お前が二人に聞け』
俺がもし火恋先輩を選んだ時、雷火ちゃんはどうするのか……。
決断を下すのはまだ先にしても、今彼女がどう思っているのかくらいは聞いておいたほうがいいだろう。
「あの……雷火ちゃんは、もしこの許嫁の話で……選ばれなかったら、どう……する?」
「えっ?」
質問を飲み込むのに時間がかかっているようで、雷火ちゃんはしばらく目をパチパチと瞬かせていた。
「あ~三石さんが火恋姉さんと結婚したらって話ですね。そんなのスパッと切り替えるに決まってるじゃないですか。勿論お姉ちゃんとのことは応援しますよ」
二人が幸せならOKです! と親指を立てる雷火ちゃん。何て良い子なんだ、それ故に余計に罪悪感を感じてしまう。
しかし雷火ちゃんはアハハと笑っていたが、その瞳から涙が一雫線を描いた。
「!?」
「あっえっ? アレ? 何で……わたし泣いてるの? えっ、意味わかんないんですけど」
自分で自分の感情に驚いているようで、ボロボロと流れてくる涙を必死に拭う。泣き笑いのまま、おかしいなと連呼する雷火ちゃん。
「いや、ちょっと待って下さいね。すぐにやむんで」
そう言いながらも涙の量は増えるばかりで、おさまる気配は全くなかった。
「あ、あのわたしダメでした? ちょっとウザかったですか?」
涙声で、目を真っ赤にしてこちらを見る雷火ちゃん。
「というか今の発言がウザイですよね。本当にごめん……うっ……あっ……」
彼女の涙腺が完全に決壊し、声を出せなくなってしまう。
「いやいやいやいやいやいいやいやいやいやいやいや、違うよ、違うんだよ! ただ単純に好奇心……で聞いていい質問じゃなかったよね。本当にごめんね、ごめんね、ごめんね、俺が馬鹿な事言ったね。思いっきりぶん殴ってもいいからね、ごめんね、ごめんね」
必死に謝罪しながら土下座ヘッドバンキングを繰り返す。
自分が無神経な質問をしてしまった事を激しく後悔する。
「許……さないです」
「うん、そうだね。最低な事言ったね」
もう気がすむまでぶん殴ってくれても、ヒールで踏んでくれてもムチで打ってくれても構わない。
「あの、まだわたし大丈夫なんですよね? 許嫁でいいんですよね?」
「雷火ちゃんが許してくれるのでしたら」
「許すも何もないですよ」
雷火ちゃんはまた、美しい花が咲いたような笑顔を見せてくれる。
「何でもするよ。本当にごめん」
地に伏せるように頭を下げると、雷火ちゃんは「今なんでもって……」と噛み締めるように呟いた。
「それじゃあマスクドヒーローエックス、第45話嘆きのエックスのラストやって下さい」
「45話……確かあれはエックスの正体がバレて、それでも戦う事をやめないエックスをヒロインが後ろから抱きしめて止めるシーン?」
「はい、あれです。わたしがエックスで、三石さんがヒロインです」
嬉しそうに言う雷火ちゃん。
「う、うん、わかった。俺が抱きしめればいいんだね」
俺は雷火ちゃんの後ろに回り、汗ばんだ手をズボンでごしごしと拭きながら両手をそっと肩に回す。
抱きしめているように見えて、3ミリくらいの位置で触れていない。
「ダメです。こんなのではエックスは行ってしまいます。もっと強くギュッとです」
「こ、こう?」
「全然弱いです」
ええいままよ、と彼女の華奢な体を抱きしめる。
女性らしい柔らかさに髪からはシャンプーの良い匂いがする。そして何より後ろから抱きしめると、胸へのラインに目がいってしまう。
それに気づいているのか、彼女はブラウスの第二ボタンと第三ボタンをポツポツと開け始めた。
心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却心頭滅却煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散。
いくら煩悩を振り払おうとしても無駄だった。
白い胸元を包むレモン色の下着が見えて、俺の脳みその温度は急上昇していく。
着やせするタイプなのか、雷火ちゃんが女性である事を主張する曲線に目が釘付けになってしまう。
「三石さん、今エロい目をしてますね」
「うぐ、ソンナコトナイヨ」
しらばっくれてみたが、目の前に鏡があるのでバレバレだ。
鏡には楽しそうな雷火ちゃんの顔が写っていて、実はからかわれているだけなんじゃないかと思った。
「わたしの胸、姉さん程ないので見てもつまらないかもしれません……」
「そ、そんなことない!」
どこに勢いよく反応してるんだ俺は。
「綺麗……だと思う」
「ホント、ですか?」
鏡越しに見つめられるのに耐えられなくなった俺は、目を瞑り返事のかわりにぎゅっと抱きしめる。
雷火ちゃんの反応が全くなくて怖くなった。
恐る恐る目を開けてみると、彼女は俺と同じように耳まで真っ赤になって俯いていた。
「まずいです。三石さんの匂いがして……脳味噌溶けそうです」
モジモジと膝をこすり合わせている姿が扇情的で、また強く抱きしめてしまった。
「名前……悠介さんって呼んでいいですか?」
「う、うん」
「ありがとうございます」
名前一つで、本当に嬉しそうにはにかむ雷火ちゃん。
こんな可愛い生きもん、俺が
彼女を抱きしめたまま数分――。
「んっ、うん!」
露骨な咳払いが聞こえ、俺たちは肩を震わせて振り返る。すると玲愛さんが居心地悪そうに立っていた。
「あの、いや、これは、その……」
「違うの姉さん、決して不純な事はしてないの」
「雷火、とりあえず前を閉めろ」
雷火ちゃんはブラウスが第四ボタンまで外れていることに気づき、急いでボタンをしめた。
「違うの……」
説得力0である。
「明日には子供が出来てそうで私は恐い」
玲愛さんは呆れ顔でため息をつく。
俺たちは真っ赤になって俯いてしまう。
「あまり火恋をのけものにするな」
玲愛さんは冷蔵庫からゼリー飲料を手にとって去っていった。
残されたのは、素に返ってしまった俺たち。
「ご、ごめん俺トイレね!」
「わ、わたしも片付けとかあるので、多分お風呂の準備できてると思いますよ。一度お風呂に行ってみてはどうでしょう!?」
「う、うん、そうするよ!」
恥ずかしさから逃げるようにキッチンを出ると、あまり前を見ずにいたせいで誰かにぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
玲愛さんがまだいたのかな? と思ったが、目の前にいたのはオドオドしている火恋先輩だった。
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