オタな俺とオタクな彼女

ありんす

1 三姉妹編

第1話 オタの恋は実らない

 1ルームマンションの一室。

 ベッドと机、パソコン。ケースに収められたフィギュアにロボットの玩具。床に散らばる漫画、ゲームソフト。一目見てそっちの人だとわかる部屋の中に、二人の少年が思い思いに過ごしている。

 一人は眼鏡をかけ制服のままベッドに寝転がり、漫画を読んでいる。

 ボサボサの髪と薄い目の下のクマが少年の不健康さを表している。

 もう一人は同じように制服姿で、机に置かれたパソコンのキーボードをカチャカチャとタイプしている。



「この野郎、だからわかんねー奴だな」

「どうしたの悠介?」


 ベッドの上で寝転んでいた友人、相野が体を起こす。


「いや、さっきから魔法少女板に張り付いてるんだが」

「掲示板?」

「そうそう」


 俺が指さすモニターにはスレッドと呼ばれる掲示板が表示されており、今もリアルタイムにレス(返信)が続いていた。


「それがどうした?」

「魔法少女で最強なのは誰なのか? って話になってさ、みんな魔法少女リリカルサザンカのサザンカちゃんだって言ってんのに、一人だけ魔法少女円堂マギカの円ちゃんだとか言ってくる奴がいてさ。あれは確かに凄いけどサザンカちゃん第3シーズンのサザンカさんの強さは半端ないと思うんだ」

「知らんがな」


 相野は呆れ顔で俺の顔を見る。


「元々リリカルサザンカで縛らなかったから、違う世界線の魔法少女が来ちゃったんだろ」

「いや、でも魔法少女と言えばサザンカちゃんだろ」

「そんなの俺たちの世代がそうなだけで、魔法少女って言ったらマリーちゃんって言う人もいるだろ」

「あのテクマクなんとかって言ってコンパクトで変身する奴か」

「それはシークレットアツコちゃんだ」


 そう言ってる間にスレッドは次々と更新されていく。

 ただ俺と同年代の人間がこの掲示板には多かったのか[そこはサザンカちゃんだろ常識的に考えて]や[円堂マギカとか新参乙]等、煽り文句を書く人間が多かった。


「あ、あぁ……」

「どうした?」


 俺は無言で画面を指すと、そこには[でも最強はスマイルリリキュアのしずくちゃんだけどね]と返信されていた。


「リリキュアって魔法少女のカテゴリーなのか?」

「違う。こいつがさっき言ってた円堂マギカの奴」

「多分世代が違うんじゃないのか?」

「そうだと思う」

「こいつID名前に変えてるのか?」


 見るとレスの横には更新時間と固有で振られるIDにサンダーボルトと書かれていた。

 通常何も弄らなければ、ここは名前無しになっているが、わざわざ名前を振っているのは珍しい。


「オレの見立てでここに名前を入れてる奴は、大体子供キッズだ」

「えっ? 俺入れてるよ」


 俺は自分のレスを見せると、名前欄にはハウスダストと記入されている。


「まぁお前ハウスダストみたいなもんだけどさ」

「酷いなオイ」


 予想通りサンダーボルトは『それは魔法少女じゃないだろ』と総攻撃を食らっていた。


「やっぱりな」


 俺は最初の方は攻撃されているサンダーボルトが必死に抵抗しているのを見ていたが、段々攻撃の内容が魔法少女の話から逸れてサンダーボルトへの人格攻撃に切り替わり始めていた。


[魔法少女との違いもわからないんですか? 頭悪いですね]

[キッズがこんな掲示板張り付いてんじゃねーよ]

[論破ハゲワロスでゴザル]

[小学校行かなくていいの?]


 サンダーボルトに対しての罵詈雑言が並んでいく。


「この敵とみなした人間を執拗に攻撃するのは、掲示板のよくないとこだな」


 相野は苦い顔で掲示板の推移を眺めている。


「まぁ流れを無視して、自分の主張を続けてるとこうなる。サンダーボルトもこんだけ攻撃されてるんだから抜ければいいのに、何故火に油を投下し続けるのか」


[死ね]

【死にません】

[消えてくんないかな]

【嫌です】


「おーどんどん内容が幼稚になっていって草生えるわ」


 相野はもう苦笑いしかでないようで、引きつった笑みを浮かべている。


「見ていて気持ちの良いもんじゃねーな」

「どうすんだ?」

「荒らす」


 俺は別の掲示板から、アスキーアートと呼ばれる、文字や記号だけで作成された掲示板用の絵をコピーして、さっきの魔法少女掲示板に貼っていく。


「なんなのこのクマ?」

「掲示板の流れがグダった時に現れる、そんなエサにつられないクマさんだ」


 相手の返信を許さないコピー&ペーストで一瞬のうちに掲示板は書き込み上限まで達した。


「グダった流れだったから、次の魔法少女板は作成されないだろ」

「本当にお前ら不毛なことしてんな……」


 俺が自己満足に浸っていると、携帯にメールが入った。

『明日実家に帰ってきなさい、例の話し合いがあります』

 俺はその簡潔な内容に顔をしかめる。


「まだやんのかよ」

「なんだ、不幸のメールか?」

「最近そんなの見たことないよ。まぁ……似たようなもんだが、明日実家に帰って来いって」

「あーお前最近ちょいちょい帰ってるもんな、何で?」

「聞いて驚け、俺には許嫁がいるのだ」

「マジで?」


 俺は抑揚のない声で言ったが、相野は唐突な話に驚いていた。


「えっ何? 結婚すんの? 漫画みてーすげー羨ましいんですけど」

「はっはっは、羨ましがれ」


 言葉の内容とは裏腹に、俺のテンションはすこぶる低い。


「めちゃくちゃテンション低くない?」

「低い、まぁ正確に言うとですね、許嫁を決めようって話なのよ。俺の家、複雑なの知ってるだろ?」

「なんか、本家とか分家とかあるんだろ」

「そうそう、本家の人が後継ほしいって言ってるんだけど、奥さんが病気で後継どころの話じゃないんだ。だから自分の娘と早々に結婚して、息子を作って欲しいらしい」

「なんだそれ、それなんてエロゲだよ」

「しかしエロゲのように行かないのが現実。先に許嫁の名前を教えてやろう、伊達火恋だてかれん先輩だ」

「えっ、オレそんなエサに釣られないよ? つかそれお前の初恋の人じゃん」


 相野は先程のアスキーアートのクマさんのような、黒く濁った瞳で俺を見た。


「本当だって。俺少し未来が違ってたら、伊達家の子供だったし。ちなみに現在も恋してるから、終わった恋みたいに言うのやめてくれないか」

「あぁ、なんか養子がどうとか言ってたな。そのへんディープな話だったから聞くの避けてたけどさ」

「幼稚園くらいまではよく遊んでたらしくて、向こうの親とも仲良かった。俺の両親が死んだ時に、伊達家に引き取ろうって話になったみたいなんだけど、火恋先輩のお姉さん、玲愛れいあさんって人に凄く嫌われててさ、その話はなくなった」

「幼稚園の頃から嫌われるって何してたんだ、お前?」

「わかんね、まぁ本家に男の養子をいれるのはどうなんだって、分家からの反対もあったみたいだし。今となっては男の跡取りが生まれなかったから、俺引き取らなくてよかったねって話」

「何で? お前跡取りにしたらいいんじゃないの?」

「あぁいうところは血がものを言うらしいよ。俺としては優秀な娘を跡取りにしてやればいいのにと思うけどね」

「血に、男ねぇ。一般庶民オレたちにはよくわかんねぇ話だ」


 相野はしかめっ面で首をかしげた。その気持ちはよくわかる。古い慣習は半ば呪いじみてると思う。


「それで本題だ、結局もう娘の息子でいいから跡取りほしいって本家が言い出したから、早いけど娘の旦那探ししようって事になったみたい」

「それでお前にも白羽の矢が立ったってか。オレが言うのもなんだが、もっと良いやついなかったのかよ? お前ただのオタクじゃん」

「その通りすぎてぐぅの音もでないね」

「休みの日はSNSに張り付いてるか、電気街歩いてガ○プラ漁るか、美少女フィギュアと同人誌買って悦に浸ってるだけだろ」

「生きてるのが悲しくなるんでヤメてください」

「ネットゲームでネカマに騙されて、アイテムあげすぎて泣く泣くそのゲーム卒業したじゃん」

「ほんとお願いですからやめてください」


 過去の黒歴史は山ほど出てくるので。真剣にやめていただきたい。


「お前のとこの本家、本当に大丈夫か? こんな奴の子供跡取りにして」

「まぁ、まだ続きがあるんですよ。跡取り候補にもう一人上がってましてね、居土先輩という学校でも有名な方が」

「あぁ……」


 相野はいろいろ納得した顔で、俺の肩をパンパンと叩いた。


「成程な、当て馬か」


 相野は非常に的を得た例えをする。全くでもってその通りだ。

 居土先輩、剣道部主将で全国大会にも出場実績があり、容姿は眉目秀麗、性格も頼りになる上に優しい。フツメン(自称)の俺には到底太刀打ちできる相手ではなかった。


「居土先輩も分家だったんだな」

「意外だろ、俺もつい最近知った」

「諦めろ居土先輩は無理だ、お前の顔じゃ太刀打ちできねーよ」


 そう言いながらも相野は笑いを隠そうとせず、凄く面白いもの見つけたような嬉しそうな表情だった。


「うるせー、わかってるよ」


 だから早く終わらせたいんだ、このデキレースを……。


「とりあえず結果は教えてくれよ。準備とか必要だし」

「準備?」

「長かった初恋が散った悠介くんを励まそうの会するから」

「そんなもんいるか!」


 俺はとてもいい友人(皮肉)を持ったようだ。



――――――

かなり前に書いた作品を、修正と新規追加して出しています。

ネタが古いところがありますが、ご了承下さい。


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