第2話 オタ邂逅

 翌日――

 俺は学校から帰ると、早く帰ってきなさいと言われていたが、日課になっている電気街の散策を行っていた。


「トラブルブラッドネスの画集でてるぅ。ミスった他を拾うのに必死過ぎてビックタイトルを見落とすなんて、俺とした事が……迂闊ぅ!」


 今月苦しいが、ここは作者矢作神のファンとして買わざるを得ない。

 俺が画集に手を伸ばすのと同時に、横から誰かが手を伸ばしていた。

 オタク同士の触れ合い、という残念な展開にはならず僅差で俺の方が先に画集をゲットすることができた。

 俺が勝った相手にドヤ顔してやろうと振り返ると、相手が凄く可愛い女の子でした。死にたい。


 やべぇ女の子相手に本を取り合いになって、勝ち誇った顔ドヤしちゃったぞ。しかも肌色成分多めのトラブルブラッドネスの画集。恥ずかしい死にたい。

 改めて少女の容姿を見やる。女の子は長いダークブラウンの髪に、小顔のわりに大きな瞳をしている。少し気の強そうな目尻が特徴的で、端正な顔立ちだ。

 服装は上がカッターシャツに黒の細いネクタイ。下はすらっと長い足に、この寒空の中でもミニのチェック柄のスカートだった。


「どうぞ」


 俺はすっと少女に画集を差し出した。

 これは別に女の子怒らせて恐かったとかそんなのではなく、これ程のビッグタイトルならここで買わなくても他で買えばよいと思っただけだ。

 譲り合いの精神なのだ、決して外では気弱チワワになってしまうからではない。

 差し出された少女は少し困惑しながら。


「いいですいいです。他で買いますから」


 予想外の行動だったようで、困惑していた。

 ここで自然な流れで「そうですか? ではすみません」と折れれば良かったのだが、変な食い下がり方をしてしまう。


「あっいや、僕あんまりトラブルブラッドネス好きじゃないんで」

「えっ? 貴方好きじゃないのに買うんですか?」

「いや、そういうわけじゃないですけど」

「ファンじゃないんですか?」

「いや、ファンです」

「どっちなんですか?」


 腰に手を当てて怒る少女。

 何で俺は画集で美少女に怒られてるんだ。

 ちょっと興奮してくるじゃないか。


「貴方が譲ってくれるのは嬉しいですけど、ファンなら他のファンに譲る必要ないですよ。買えなかったわたしファンの手が遅かったのが悪いだけですから」

「は、はぁ」


 どうやらこの子にはオタクなりのルールがあるようだ。

 人差し指を立ててニコッと笑う少女。

 可愛い、正直惚れてしまいそうである。

 いかんオタク特有の優しくされるとすぐ人を好きになるパッシブアビリティが発動している。


「じゃあわたしは他で買いますから」


 少女は譲った画集を俺の手元に戻すと、足早にスイカブックを出て行った。


「変わった子だったな、相野あいのの話のネタにしよう」


 その後、画集を購入しガ○プラを買いあさってから、マママップを出た。


「ふむ、なかなかに豊作でした。まさか今更マスターモデルのアポリー専用リックアディスンが出るとはな。気に恐ろしきはマママップの手広さよ、パソコンから同人誌にガ○プラまで手に入る。この汎用性の高さは専門店を殺しかねんな」


 赤い彗星の声真似をして遊んでいると、既に一時間以上経過していることに気づく。


「行きたくないけど、そろそろ行くか」


 俺が両手に同人誌入紙袋。リュックにポスター二本差しというガンキャノンスタイルで本家に向かうという暴挙を行おうとしていたとき、目の前の書店から先程の少女が出てきた。

 彼女はうなだれてがっくりと肩を落としており、何やら訳有の様子。

 何気なしに両方で目と目があった。二人で会釈しあう、何だこれ。

 まぁ別段また会いましたね、という間柄でもない。時間も押してきているし少女の脇を通ろうとすると、少しかすれた声で。


「すみません……場所……らないですか?」

「はい?」

「トラブルブラッドネス売ってる場所知らないですか?」


 頬を紅潮させ、大きめの声でトラブルの在処を聞いてきた。


「………」


 俯いて凹んでいるところを見ると、どうやら他店も売り切れていたようだ。


「りゅうのあなは?」

「行きました」

「ガンダーラは?」

「行きました」

「家康書店は?」

「行きました」

「Lブックは?」

「行きました」

「ピーチブックは?」

「行きました」

「もう密林で通販するしか」

「待ちたくないです」

「……」


 意外とわがまま。ただ気持ちはわかる、何故かオタクは待つのが嫌い。


「じゃあ……マママップは?」

「……あそこパソコンとゲームだけじゃないんですか?」

「あるよ、同人誌もラノベもマンガも、多分画集もある」

「行ってきます」


 彼女は水を得た魚の如くダッシュで俺の脇をかけていった。


「気になるから見に行こう」


 俺はガンキャノンスタイルで、少女の後に続く。

 そのうち少女の後をガンキャノン男がついてくる事案が発生、とかで通報されそうだ。

 案の定パソコンの群れの中を泳いでいる少女を発見。

 俺は手招きしながら上の階を指す。


「上の階だよ」

「そ、そうなんですか? ここ上あるんですね……」

「おいで、こっちにエスカレーターあるから」


 少女はまた恥ずかしげに俺の後ろをついてくる。



 3階にあるマンガコーナーについたが、目的の物トラブルは見つからなかった。


「ないなぁ」

「ないですね」

「確かトラブルって無印の時も画集出てたよね」

「出てましたね、トラブル女神Sのタイトルで」

「何でそれもないんだろ……。古いのならあるはずなんだけど」


 単に売り切れなのか? 俺はふとエスカレーターの方を見るとピンと来た。


「ちょっと上行ってくる」


 そう言い残して俺は上の階に上がった。

 4階は一転してピンク色の空間が広がっており、これは酷いとしか言い様がないくらい大量のエロ本が陳列されていた。


「発見」


 エロ本コーナーの一角に置かれている画集と単行本全巻を発見した。


「たまに全然違うコーナーに欲しいものが置いてる時あるよね」


 別に誰に言うでもなく呟いた。


「ありました?」


 背中越しに少女の声が聞こえる。マジか、このエロ本だらけの男のエデンに突っ込んできたのか彼女は。

 俺は平静を装いながら、上ずった声であったとだけ伝える。


「良かったです」


 彼女の心底嬉しそうな声と、花が咲いたような可愛らしい笑顔がとても良かった。ここがエロ本コーナーでなければ。


「何で階が違ったんでしょうね」

「よせ見るんじゃない!」


 ここはR指定だ!


「どうかしたんですか?」


 俺の抵抗も虚しく、彼女は辺りに売られている商品の違いに気づく。


「………」

「………」


 二、三回首を振って周りを確認すると、彼女はボンと火がついたように真っ赤になった。

 元が白いから真っ赤になると凄いねと思ったが、彼女なんか半泣きでこっちを見てらっしゃる。保護欲をかきたてられるのと同時に、段々眉が逆ハの字になってきた。怒ってらっしゃる?


「どこに連れてきてるんですか!」


 パーンと良い音がするビンタ。


 えぇ……理不尽。と思ったが、行き場のない羞恥心がこっちで爆発したのだろう。

 少女は凄いスピードで会計を済ませると、脱兎の如く走り去った。


「悪いことしちゃった……のか?」


 これも話のネタにしよう、信じてくれるかな。


 その後店を出てショーウインドウを見ると、俺の頬には真っ赤な紅葉が咲いていた。

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