第3話 オタは勝ち組にはなれない

 俺は日が落ちて真っ暗になる頃に本家に到着した。

 閑静な高級住宅街の更に奥にある伊達家本家邸宅。外観は純和風の屋敷で、敷地面積がなんとかドームが丸々1つ分入るんだとか。

 手入れの行き届いた日本庭園のような庭には、立派な鹿威しがカコーンと良い音を立てる。

 有り体に言えばスーパー金持ちの家だ。一体どんな悪いことをすれば、こんな家が建つのか?

 最初の頃は緊張していたが、ここ最近は何度も呼び出されていることもあって慣れてきた。

 和風仕立てのいかつい門にとりつけられた、最新式のカメラ付きインターホンを鳴らす。


「はい……悠介ちゃんね、入んなさい」


 くぐもった女性の声がスピーカーから聞こえると、自動で門の扉が開いた。

 俺は門をくぐり、玄関へと入ると家政婦の田島さんが顔を出した。

 白い割烹着の初老のおばちゃんに見えるが、他の家政婦をまとめる偉い人である。


「あら、悠介ちゃん遅かったわね」

「田島さん、もう始まってる?」

「まだよ、旦那様の支度がまだだからね。でももう皆集まってるから早く行った方がいいわよ」

「ありがとう、荷物置いといていい?」

「いいけど、忘れちゃダメよ」


 戦利品だから忘れないよ、と言いながら俺は面談が行われる客間へと向かった。



「あっ」

「ん?」


 客間に行く途中トイレから出てくる、義父オヤジ(商社勤務49歳男性、役職は専務)に出会った。

 乱れのないスーツに身を包み、黒縁のメガネをかけ髪を七三にした姿はエリート会社員に見えなくもない。


「お前、遅いんだよ! 今何時だと思ってるんだ、ギリギリに来るなと何回言わせる気だ! 社会に出たら30分前行動は当たり前だぞ!」


 早すぎる。アニメ一本見れてしまうじゃないか。

 俺の頭を腕でロックするとグリグリと締め上げた。


「痛い、痛いよパパん」

「都合のいい時だけパパとか言うんじゃない、馬鹿息子が」


 俺と血の繋がりはないが、両親が亡くなった時に引き取って育ててくれた最も感謝すべき存在。


「お前ここに来る前に親の金でエロ本買ってきたんじゃないだろうな」

「やめてくれ最高にクズみたいじゃないか」

「似たようなもんだろうが」

「すんません」


 親父はまた真剣な顔になると、眉を寄せた。


「お前、少し痩せたか?」

「いやぁバイトが忙しくてですね、飯食う暇もないわけですよ。出来れば仕送りの額を増やしていただけると助かるんですけどね」


 俺は冗談交じりに手もみしながらすりよると、オヤジは眼鏡のツルをくいっと上げる。


「わかった、考えよう。いくらいる? 正直今の仕送りではお前みたいな生活能力のないクズでは限界があると思っていた。後いくら必要だ?」


 そう言ってオヤジは指を二本立てた。

 昔オヤジに小遣いくれよとせびって、指一本立てた時に10万渡されたことがある。その後、この人の金銭感覚に対しての考えを改めた。


「あぁ……ごめん、やっぱいらない」

「何故だ? 今お前には家賃と学費しか払っていないんだぞ。これでは親としての義務を放棄しているのと一緒だ。お前はまだ学生で、金に対する負い目を感じる必要は全くない。むしろちゃんと子供に教育環境を整えてやるのは親の義務だ」


 あぁ、すげぇいい人に引き取ってもらったなと思わされる瞬間だ。


「いや、むしろ学費ぐらいは出したいんだけどね、遊んじゃってお金ないんだよ」


 ごめんねと手を合わせる。


「当たり前だ、父さんがお前と同じ時には勉強ばかりしていたからな。全く面白くない人生のままでここまできた。お前は遊べ、最近の新人共を見ていればわかる、多少はバカの方がまだまともな事を言う。若いくせに相手の出方を伺って一歩も前に……っと愚痴になるな」


 オヤジは何か思う事があったらしく、腕を組みながらしかめっ面をしている。


「はは……大変そうだね」

「大変なのはお前だろう? こう何度も呼び出されては」

「いやぁ、多分俺は許嫁になれないし」

「……お前婿入りの件諦めているのか? 父さんや母さんに遠慮しているなら、そんなものはお門違いだからな」


 オヤジは俺の肩をがっしり掴むと真剣な目で向かい合う。


「父さんも母さんもお前の事は息子だと思っている。だからな、お前が一番幸せになれる未来を願ってるんだ。伊達家の養子になれば、お前は幸せになれる」


 確かに大グループ伊達財閥の親族になるというのは、一般的に見ても”勝ち組”と言わざるを得ない。

 そんな簡単なものではないと思うが、今どき倒産やリストラの不安を抱えずにすむ人生というのは大きなアドバンテージだろう。

 

「伊達家に入れる見込みがあるなら、父さんや母さんは全力でお前の事を推してやりたいと思う。お前は嘘だと思うかもしれんが、多少悪いことをしてでもなんとかしてやりたいと思っているくらいだ」

「不正は絶対に許さない、ジャッジメント三石とか会社で言われてるくせに」

「親ってのはそんなもんだ」


 くいっと眼鏡のつるを持ち上げ、レンズを白く光らせるオヤジ。

 くそ、この話になると冗談が通じなくなるから苦手だ。


「それに許嫁の相手火恋ちゃんのこと好きなんだろ?」

「す、好きじゃなくて憧れだって言ってんだろ!」

「ハハハ、頑張れよ息子。父さんは学生時代、初恋の相手に告白できず後悔した記憶があるからな。深いこと考えず、好きな女の子に当たって砕けろ」

「他人事だと思って……砕けるのは俺なんだぞ」

「ハハハ、そうだな」


 気さくに笑うオヤジ。



 二人で客間へと入ると、中には既に一組の親子が正座で待機していた。


「遅かったね」


 そう声をかけてきたのは、部活で日焼けした浅黒い健康的な肌に真っ白な歯がのぞく居土先輩。きっちりと制服を着こなし、背丈も高く、カッコイイ人間を魔法陣で召喚すると出てきそうな人間だ。

 一応の主役である俺は居土先輩の隣に座り、父親組は部屋の後方で正座する。


「また電気街かい?」

「そうです、今度一緒に行きます? 良いギャルゲ紹介しますよ」

「はは、あんまりそういうのに疎くてね、遠慮しておくよ」


 俺は先輩の方を見るとピシッと背筋を伸ばして、ブレることのない前向きな視線を尊敬する。


「先輩も大変ですね、部活も休まないといけないし」

「まぁお家ごとだからね、おろそかにはできないよ。君はリラックスしてるみたいで凄いね、僕は未だに慣れなくてさ」

「そりゃまぁ、先輩は本命ですから。俺は穴馬にすらなれませんよ」

「そうかな? 君もチャンスあると思うけど」

「それより先輩、婿養子になれば多分大学も会社も入らずに人生勝者ルートに入れますね。一生ゲームして暮らせますよ」

「あはっ、世の中そんなに甘くないよ。婿養子になったとしても勉強は死ぬまで続けないといけないと思う」


 眩しすぎる、死ぬまで勉強は続けないといけないだって。俺は多分生まれ変わっても同じセリフを言えると思えない。

 しかも最初のあはって笑うだけでイケメン! って感じだ。

 俺があはって笑ったら、何笑ってんだよブサメンが! って怒られるかもしれない。流石にそれは悲観しすぎか……。


 そんな馬鹿な事を考えていると客間の襖が開き、白髪の混じったオールバックに和服姿の男性、伊達家当主である伊達剣心だて けんしんさんが入ってきた。

 その後ろにニットワンピース姿の長女玲愛れいあさんと、薄紫の着物を着た火恋かれん先輩が続く。


 火恋先輩は学校でも有名な文武両道才色兼備、高嶺の花という言葉が似合う美人だ。

 艷やかで長い黒髪を後ろでまとめたポニーテールがよく似合う、大和撫子。一切カールすることのない黒髪は下ろせば腰まで届くだろう。何年も大事にしてきたのだとよくわかる。

 また目つきは鋭いようで一見きつそうに見えるが、話すと頼りになるお姉さんという感じでキツさなど微塵も感じない。


 それと対象的なのが玲愛さん。歳は確か21だったかな。

 火恋先輩より身長が高く、髪はロングストレート。体型はグラビアアイドルも裸足で逃げ出すぐらいグラマー。ニットセーターを突き上げる大きな胸は、男なら誰しも二度見してしまうだろう。

 しかし、彼女を一切性的な目で見ることができないのは立ち込めるプレッシャー。多分俺がニュータイプなら、威圧感に耐えきれず吐き戻しているくらいの”圧”を感じる。


「玲愛さんって、いつも君の事見てるよね」


 居土先輩が囁く。俺はそのことに気づいていたがスルーしていた。


「あの人なぜか俺の事嫌いなんですよ」

「そんな感じするね、殺気みたいなのが出てる」


 伊達家のお母さんが倒れてから、家庭は全て玲愛さんが掌握していると言う話。

 実は今回の許嫁の件、三十代後半ぐらいの社会的地位のある男性がメイン候補に上がっていた。しかしそれを玲愛さんが揉み潰したという噂。

 その過程から見るに彼女の伊達家の発言力の高さはかなりのものだろう。

 分家では彼女に逆らえば消されるという話で、オヤジからは剣心さん当主より怖い人だから絶対に怒らせるなと厳命されている。


(何もしてなくても怒っている場合はどうすればいいのか……)


 火恋先輩は優雅な所作で居土先輩の隣で正座すると、こちらに目配せする。


「毎回すまないね」

「大丈夫です」


 謝る火恋先輩に居土先輩が答え、二人の談笑が少し始まる。

 俺は手持ち無沙汰になり、頭をかくぐらいしかなくない。

 クスクスと仲よさげに笑い合う居土先輩と火恋先輩。


 俺は火恋先輩が居土先輩を好きなことを知っている。

 なぜか? 言わなくてもわかるだろう。俺はただのオタクで、居土先輩は未来有望な好青年。

 しかも二人は同じ剣道部所属と、勝ってる要素が1つとしてない。


(家……帰って……ゲームしてぇな)


 思いを寄せている女性が、他の男性と仲良く話している姿を見るのはある種拷問に近い。


 ふと視線を上げると、正面で向かい合って座る玲愛さんと目があった。

 彼女の瞳は入室した時とは比べ物にならないくらい、殺意の波動に目覚めていた。


(えぇーーめっちゃ怒ってるーーーー!)


 そんなに嫌いなら何で俺なんか候補に入れたんですか? そう心の中で嘆きながら、面談が早く終わってくれる事を祈るしかなかった。

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