第24話 オタと三角様

 屋上での話から数日、あっという間に土曜日となった。


 俺は鏡に映った自分の装備を確認する。

 オヤジにデート中の写真が撮りたいと言って借りた(間違いではない)一眼レフカメラに、コスチュームをしこたま入れた紙袋。

 真っ赤なバンダナに瓶底丸眼鏡、指出しのグローブを装備。

 当然服はチェックのシャツで決めて、俺は最前線で戦うカメラマン、フロントライン君へと変身する。

 やはりコスプレを撮影するならば、こちらもそれに相応しい格好をしなければならないだろう。


 伊達家へと向かう最中、ご近所さんから奇異の目で見られたがそんなものは関係ない。必要なのは自分を貫き通す意思と折れない心、そうストロングハート。

 まぁ俺も、近所をこんな古のオタクが歩いてたら「なんやあいつ……こわっ」って言ってしまうと思うけど。


 衆人環視の目を無視して伊達家屋敷へと到着。

 門にとりつけられた最新型インターホンを鳴らす。


「三石でゴザル」

『はい、あっ待ってました。すぐ行きますから、玄関まで来てください』

「了解でゴザル」


 インターホンから雷火ちゃんの声が聞こえ、俺は自動で開いた門をくぐり玄関へと向かう。


「いらっしゃ~い」


 ニコやかに雷火ちゃんは玄関のドアを開く。


「やぁ今日は撮影日和でゴザルな」


 彼女は俺の姿を見ると眉を寄せ、口をおにぎりみたいな三角形にかえる。


「どな……た?」

「三石でゴザル」


 彼女は無言で、開いたドアをピシャっと閉じた。


「えっ、何で開けてよ雷火ちゃん! 開けるでゴザル!」


 閉め出されて、ドンドンとドアをノックする俺。


「変質者の方にはお引き取り願ってますので」

「違うよ、俺だよ三石でゴザルよ!」

「三石さんはそこまでイケてなくありません! あと喋り方がキモイです!」

「えっ? そこまでってどういうこと!? ちょっとイケてないってことだよね!」


 ドンドンとドアを叩いていると、火恋先輩が出てきたようで中から声が聞こえる。


「何をしているんだ、悠介君が来たのだろう? 早く開けないか」


 再びドアが開かれると、今度は火恋先輩と眼と眼が合う。

 彼女は一瞬ピクリと止まると視線をキョロキョロと彷徨わせながら「な……なかなか個性的な服装だね」と、優しくイケてないぞお前と言った。

 すみません着替えます。


 グローブとバンダナをとり、メガネもはずして家の中へと入れてもらう。通してもらった先は、畳敷きの純和室だった。

 恐らく火恋先輩の部屋だろう。女子の部屋に入るのは初めてなので緊張する。

 ぐるりと内装を見渡してみると【一刀両断】と書かれた掛け軸に薄紫の生花、桐でできた衣装箪笥、剣道部の大会でとったと思われるトロフィーと木刀。

 きっちり整理整頓されているのは、火恋先輩の性格が出ていると言えるだろう。

 オタ度0%の女性の部屋。強いてオタポイントを上げるなら、勉強机の上にノートパソコンが乗っているのと、難しい小説が並ぶ本棚にサザンカちゃんのBD1巻と2巻がポツンと並んでいることくらい。


「ここ火恋先輩の部屋ですよね?」

「ああ、散らかっているがゆっくりしてくれ」


 先輩は座布団を敷くと、飲み物をとってくると言って台所に向かった。残されたのは俺と雷火ちゃん。


「今日、実はどっちの部屋に招くかで揉めたんです」

「えっ? どうして?」


 あの人を連れてくるなんて部屋が汚れるから嫌とか、箪笥荒らしてパンツ頭に被って「三角様サイレントヒルだよ」とか言いそう。などと思われていたら泣ける。


「二人で自分の部屋がいいって引かなくて」

「あっそうなんだ、ちょっと安心した。それで雷火ちゃんが折れたんだ」

「単純にわたしの部屋、物が多いんです。後で行きます? すごいですよ。オタグッズだけじゃなくて大型のスピーカーとかプロジェクターとかあるんで、撮影するには不向きだって事になったんですよ」

「確かにオタク部屋っぽいね。ちゃんとエロ同人は隠した?」

「任せてください。その点は抜かりなく」


 ニヤリと笑う雷火ちゃん。さすがオタ、エロ同人くらいで赤面したりはしないか。


「三石さん、やっぱりわたしってオタクっぽいですか?」

「いや、全然。たまにイケメンとかがディープなオタクな時とかあるでしょ? それと同じ衝撃」

「イケメンって」

「可愛いってことだよ」


 雷火ちゃんは正座しながらバンバンと畳を叩き出した、仕草は可愛いのだが壊れたようで少し恐い。


「ハァハァ……。いきなり悶絶させるのやめてください。結婚したくなるじゃないですか」

「ご、ごめん?」

「三石さん、あんまり可愛い可愛いって言ってると、効果がなくなりますよ」

「そうかな? でも雷火ちゃんは可愛い」


 再びバンバンと顔を赤くして畳を叩く。

 あんまり強く叩くと畳が破けるよ。

 ドンキーばりに床を叩く雷火ちゃんを見ていると、火恋先輩が暖かいお茶とお菓子を持って帰ってきた。


「お待たせしたね……。何してるんだ雷火」

「な、何でもない」


 素知らぬ顔をする雷火ちゃんだが、顔が赤いので怪しすぎる。

 しばし三人で雑談をするが、二人共コスの入った紙袋の中身が気になるようでチラチラと中を伺っている。


「あまり焦らすのもあれなんで、早速始めてもいいですか?」


 そう聞くと、二人は神妙な顔で頷いた。別に酷いことするつもりはないから気楽にしてほしい。

 俺はガサガサと紙袋を漁ると、沢山でてくるコスチューム達。


「うわ……。いっぱいありますね。この鎧本物の鉄ですか?」

「フリフリキラキラ……」


 普通の人に見せれば、それ服なの? と言われてしまいそうなコスチュームだが、知っている人に見せればよく作ったなと賛辞をいただけるだろう。


「いろいろ持ってきましたよ。人気アニメにソシャゲからVチューバー系まで。どれからいきましょうか?」

「このメイドコスってもしかしてForteフォルテ真下一式ましたいっしきちゃんのですか?」

「うん、そうだよ。加賀かがちゃんのもあるかな」

「すごいですね! わたしForte好きなんですよ!」


 広げられたコスチュームを見て雷火ちゃんは目を輝かせているが、火恋先輩は着た姿が想像できないようで、コスを裏にしたり表にしたり上下逆さにしたりして困惑している。


「これは……インナーなのかい?」


 ヒモに三角がついただけにしか見えない下着を見て、赤面している火恋先輩。


「そうですよ、でもスカートあるんで見えないから安心して下さい」

「見えないなら普通の下着でいいんじゃないのかな? それか一応ブルマがあるんだが、それを穿いて……」


 雷火ちゃんがわかってないなと口の端を吊り上げる。


「姉さん、そういうのは見えないところまでコスするのがこだわりなの」

「そういうものなのか?」

「ええ。もし見えた時に普通の下着、いえ見せパンブルマだったら見てる方は絶対がっかりするわ。撮影する三石さんはパンチラした時に”はぁ……ブルマかよ。わかってねーな。(クソデカため息)撮影やめよ”ってなりますよね?」


 ならんけどな。


「そ、そう……か。しかし、これはなかなか度胸がいるな……」


 火恋先輩は俺と紐付き三角を交互に見比べる。


「いや、そこまで無理しなくてもブルマでいいですよ」

「君はこれを穿くと嬉しいのだろうか?」

「そりゃまぁ、男ですので……」


 俺がそう言うと、火恋先輩はよしと頷く。


「大丈夫だ、君の為ならやろう」


 彼女は覚悟を決めた武士のような表情になる。

 俺が、いや我が校ほぼ全ての男子生徒が憧れた、カッコよく気高い表情。

 ピンクの三角形を持っているせいで、台無し感が半端じゃないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る