第45話 オタとマンガ家

「ハァハァハァ、あのババア全部間違ってるくせに、なんであんな自信満々なんだよ」


 俺は店へと帰ると、言われたとおりの作業を進め、クローズの準備を始める。

 その頃には店内にいたお客さんは、ほとんど捌けていた。

 そこでようやく最後に残った客が、雷火ちゃんとひかりだということに気づく。


「あれ? 二人共いつからいたの?」

「二時間半ほど前かしら?」

「それくらいですね」

「言ってくれればよかったのに」

「悠介さん忙しそうだったので」


 空気を読ませてしまったのか。申し訳ないことをしたな。


「あの方は悠介さんのお婆さんなんですか?」

「まぁね。三石家のお婆ちゃん、三石みついし玉緒たまおさん」

「三石さんのお父様方と、一緒にお住まいじゃなかったんですね」

息子オヤジの世話になるのは、棺桶に入れてもらうときだけってのが婆ちゃんの口癖でね……」

「すごいお祖母様ですね……」

「ただもうかなり足腰が悪くてね。多分お店はそんなに長く続けられないんだ」

「勿体ないわね。あんな良いお店なのに……」

「それで悠介さんがバイトに入ったんですね」

「えっ?」


 雷火ちゃんの言葉につい驚いてしまった。


「あれ? 喫茶店のバイトですよね?」

「あ~、これはただの手伝いなんだ。バイトはこれから」

「えっ、ほんとですか?」

「うん。ほんとは、この店を手伝ってた俺の義理の姉にあたる人がいるんだ。三石しずかさんって言うんだけど」

「そうなんですか? その方は今日はお休みですか?」

「いや、365日フル稼働。それと言うのも……副業が忙しくなっちゃって」

「副業ですか?」

「もうどっちが本業かわかんないんだけどね」


 俺が店の掃除を終え、戸締まりを終えたのは午後7時半過ぎ。

 日は完全に落ちてしまっているが、意外と外は寒くない。


「そのバイトとは?」

「静さんマンガ家なんだ」

「えぇっ!? 本当ですか!?」

「すごいじゃない」

「webで投稿してたのが人気が出て、出版社に目をつけてもらえたんだ」

「あっ、わかりました。単行本の作業とかで忙しくなって、お店を手伝えなくなってしまったんですね」

「なるほどね。嬉しい悲鳴って奴じゃない」


 ウンウンとうなずく二人。


「ん~、どっちかっていうといい話じゃなくてトラブル寄りなんだ」

「トラブル……ですか?」

「行ってみればわかるか。って言ってももう時間が遅いか」


 時刻は午後8時前。今からだとかなり遅くなる。

 こんな時間までお嬢様を連れ回すのはよくないだろう。


「わたしは連絡入れたら大丈夫ですけど」

「あたしも。帰るときは車で送ってあげるわよ」

「ならいいか」


 アシスタント二人確保。


「ついて行ってもいいんですか?」

「いいよ。暇なら原稿作り手伝ってほしいんだ」

「やりますやります! 生でマンガ家さんのお仕事見られるなんて、すごく貴重ですから!」

「ええ、あたしも行くわ。プロのシナリオづくりに興味あるし」


 俺は二人を連れて、静さんの住むマンションへと向かう。


「それにしても悠介さんのお姉さんがマンガ家なんて意外です」

「元は美容師だったんだけど、ヘアデザインとかやってるうちにイラストも描こうってなったみたいで」

「へー凄いです、お姉さんそっちの才能もあったんですね」

「だから今日ヘアサロンの方は閉まってたの?」


 月の言葉にコクリと頷く。


「美容師免許を持ってるのは静さんだけだからね。今はあけられないんだ」

「なるほど……でもマンガの方が落ち着けば、また開けられるかもしれませんね」

「ん~……」

「あれ? なんか悠介さんあんまりな感じですね。こういう話、わたしより大好きだと思ってました」

「結構、無理してる感じだから……。正直頑張りなよって言うのがキツいんだ」

「あっ……漫画家さんって仕事過酷って言いますしね」

「アシスタントとか雇ってないの?」

「月刊webマンガだからね。本当にやばいときしか呼ばないんだ。今は本当にやばいときなんだけど、アシスタントさん見つからなくて困ってる」

「なるほど、大変ですね」

「ちなみにどんな作品を描いてるのかしら?」

「確かコミックが出てるよ。【恋の夜が来る!】って言うんだけど、知ってるかな――」

「「恋夜コイヨル!!!?」」


 二人は大声を張り上げる。なにその読者だけが知ってる略称。


「えっ、三石メイって三石さんのお姉さんだったんですか!?」

「う、うん。三石冥は静さんのペンネームだけど……。そんな人気なの?」

「人気もなにも、女子高生のほとんどが読んでるんじゃない。バイブルよバイブル」

「そ、そうなんだ。俺も一応買ってはいるんだけど、ゴリゴリの少女マンガだからちゃんと中身は見てなかったんだよね」

「「勿体なさすぎる!」」

「恋夜を読まないとか、リアルに人生の3割くらい損してますよ!」

「そんなに?」

「うわぁ……レジェンドがこんなにも身近にいたなんて……」

「しかもそれが悠介さんの義姉さん……」


 雷火と月の間にバチッと火花が散る。


「あたし義姉さんになにかお土産でも買っていこうかしら」

「わたしも急に、義姉さんに高額なものをプレゼントをしたくなりました」

「その金持ちが全力で媚を売るスタイルやめない?」



 そんな話をしながらマンションへと到着すると、1階のエレベーター前でスーツを着崩した茶髪の男性と出会う。


「やぁ三石君、早く来てくれないと困るよ。締め切り迫ってるのに~」

「はぁ……すみません」

「”例の件”、君からもお姉さんを説得してくれると嬉しいんだけど。よろしく頼むよ」


 茶髪の男性は、俺の肩を気安く叩いてマンションを出ていく。


「なにあの不良サラリーマンみたいな男?」

「月刊コスモスの賀上かがみさん。静さんの担当編集って言うのかな」

「わぁ凄いですね。こんな時間までお仕事されてるなんて」

「ただ常識がないだけだよ」

「……オタメガネなんか怒ってない?」

「いや、別に」


 よくないな。明らかに声音が低かった。

 俺は二人を連れて静さんの部屋へと入る。


「静さん来たよ~」


 玄関先で声をかけると、パタパタとスリッパの音をたてて静さんが外へと出てくる。


「ユウ君待ってた~」


 ガバっと人目をはばからず俺に抱きついてきた女性を見て、雷火ちゃんとひかりは白目をむく。

 服装はニットセーターに深いスリットの入ったロングスカート。長く艶のある髪。表情はいつもニコニコしているせいで、糸目と言われがち。

 見た目通り大人びていて、人柄は疑うことを知らない優しい女性。悪く言うと隙が多くてつけこみやすい。

 しかしそんな人物像が全く頭に入ってこないほど、雷火ちゃんと月は口をパクパクさせて驚いている。


「静さん、お客さんいるから」

「あら? あらあら?」


 ようやく雷火ちゃんたちの存在に気づく静さん。


「す、すみません……初対面でこんなこと言うのはあれなんですけど……。胸の遠近感狂ってませんか?」


 雷火ちゃんは指先を震わせながらその部位を指差す。


「よく言われるの」


 そう、誰もが二度見、三度見してしまうそのワガママボディ。

 セーターを突き上げるその胸は、すごいを通り越して「は? (困惑)」となってしまう。

 巨乳では収まりきらない、爆乳のカテゴリーに入るその胸。


「あの俺の許嫁の雷火ちゃんと……」

「友達の水咲月です」

「あらあらユウ君二人も女の子を連れてくるなんてモテモテね。今なにか用意するわ」

「いいっていいって! 締め切りやばいんでしょ」

「う、うん……」

「俺が適当なの作るから、作業に戻っていいよ」

「ん~……ユウく~ん」


 甘えた声を出す静さん。ほんとはもっと大人びたお姉さんなのだが、ピンチになるとこうして精神年齢が退行してしまう。


 俺たちが部屋の中へと入れてもらうと、雷火ちゃんがこっそりと俺に耳打ちする。


(義姉さんって、いつも締め切りギリギリになる感じなんですか?)

(いや……スケジュール管理はちゃんとしてるし筆も早い)

(じゃあどうして?)

(……言わないでほしいんだけど……変な編集に捕まったんだよ)


 俺は苦々しい顔で、さっきあった賀上さんのことを思い出していた。

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