第263話 家出少女 Ⅱ

 婆ちゃんと共に、俺と雷火ちゃんと火恋先輩は幽霊屋敷へと入っていく。

 ミシミシ音を立てる横開きの扉を開くと、広い玄関と薄暗く嫌な雰囲気が漂う廊下が目に入る。


「こえぇよマジで。なんで昼間なのにこんな闇なんだよ。絶対奥行くとゾンビ出てくるやつじゃん」


 呪怨のロケ地と冗談で言ったが、わりとマジで色白の少年が扉の隙間から顔を覗かせてもおかしくない。


「二人共大丈夫?」

「あ、あぁ、お、おもむきがあっていいんじゃないだろうか?」

「え、えぇ、さすが悠介さんのお婆ちゃんですね」


 二人共ババアの手前、なんとか取り繕っているが脚が震えている。


「こんな事故物件ふざけんなって言っていいんだよ」

「事故っとらんわ、さっさと中へ行かんか」


 婆ちゃんにケツを押され、俺たちは中へと入る。

 なにこの家、漆黒が広がってるんだけど。マジで数メートル先も見えん。


「暗すぎる! 電気どこだよ!?」

「一番奥の風呂場にあるブレーカー上げんと電気はつかん」


 クソが、ホラーゲームかよ。

 俺はスマホのライトをつける。すると視界の端に何か一瞬動くものが見えた。


「今何か動いた?」

「や、やめてくださいよ悠介さん」

「やめよう悠介くん、霊なんて非科学的だ」


 霊とは一言も言っていないが。

 伊達姉妹は俺の両脇を固めて、ゆっくり中へと入っていく。

 腕に当たる柔らかな感触で、ちょっとだけ冷静になった。


「ふ、二人共そんなにくっつくと、胸がですね」

「あー悠介さんやらしいんだー」

「ごめん、雷火ちゃんの方は結構あばらが当たって、痛いぃ!」


 雷火ちゃんは俺の足を思いっきり踏んだ。


「どうせ胸なしあばら女ですよ。どうぞ塗り壁とでも呼んでください」


 この子胸に関しては凄まじく卑屈だな。


「ちょっとした冗談なのに。火恋先輩って意外と幽霊ダメなんですね。俺てっきり全然信じてない人かと思ってました」

「私は大体のものは殴り倒せる自信があるが、霊は透明だから殴れないだろ?」


 怖がる理由がパワー系すぎる。

 ギシギシと廊下をきしませながら進むと、不意にでかい鏡が現れた。


「うぉ、びっくりした。鏡か」


 古びた大鏡には、スマホを持った俺たち全員の姿が映し出されている。


「レトロチックというか、触ったら異世界転移しそうな鏡だな……」

「悠介さん、0っていうカメラ持って幽霊の写真とるゲーム知ってます?」

「知ってる、なぜかコスチュームがやたらエロいやつだよね」

「このアパート、それとめちゃくちゃ雰囲気が似てるんですよね」

「試しに一枚撮ってみる?」


 俺はカメラアプリを起動してみる。


「やめましょう、変なのが映ったらわたし責任とれませんし」

「そ、そうだね」


 しかし指がシャッターボタンに触れて、カシャッという音と共にフラッシュが光る。

 画像フォルダに、写真を保存しましたとメッセージが表示された。


「やばい、撮っちゃった」

「悠介さん見ないまま削除しましょう」

「いや、ここはあえて何もいないことを確認しよう」


 俺は今撮ったばかりの写真を呼び出してみると、フラッシュで照らされた大鏡が映し出されていた。


「な、なんにも映ってないよ」

「本当ですか?」


 雷火ちゃんが画像を覗き込んでホッとする。しかし一緒に見ていた火恋先輩が、画面の隅を指さした。


「これはなんだい?」


 フラッシュの光から逃れた柱時計の後ろに、金色に輝く球体が二つ。恐らく何者かの瞳だ。

 俺は柱時計の後ろを確認するが、そこには何もない。いや、もしかしたら見えてないだけで、何かはいるのかもしれないが……。


「「「…………」」」


 俺は音速でその画像を削除した。


「俺たちは何も見ていない。決して心霊写真なんかじゃない。いいね?」

「「((コクコク))」」


 画像は見なかったことにして俺は再度先頭を歩きながら、木造の廊下を見渡す。


「婆ちゃん、これアパートって言うよりでっかい家じゃない? 玄関ここだけでしょ? 廊下で全部の部屋が繋がってるし」

「そうじゃな、一階8部屋で2階6部屋、共同風呂、共同トイレじゃからな」

「ロビーみたいなのもありましたし、旅館っぽい感じがしますよね」

「2階にはサロンもあるぞ。ユウ坊、風呂場はその扉じゃ」


 言われて俺は引き戸を開いてみると、赤黒い何かが畳にべったりとついた怖い部屋だった。


「…………」

「おや、そこじゃなかったか。もう一つ向こうじゃな」

「おいババア、本当に殺人事件起きてないんだろうな」

「しつこいね、そんなもん起きてるわけないだろ」

「じゃあ住んでいた人間が、次々頭がおかしくなって殺し合ったとか」

「ないわそんなもん」


 今度こそ給湯室に到着して、俺は古びたブレーカーのスイッチを上げる。

 するとアパート内の電気がまばらにつく。

 廊下にもオレンジの電球がいくつか点灯すると、思ったほど恐ろしい感じはなかった。


「なんというか昭和レトロ感があるな」

「ええ、電気がつくと雰囲気が結構かわりましたね」


 ゲームでチェックポイント過ぎて、安全区域になった感がある。

 それから一階の部屋を一つ一つチェックしていくと、俺が見た血(?)のついた部屋以外は、わりとどの部屋も状態はよい。

 ただ掃除が必要な部屋が多く、今日すぐに泊まれそうな部屋は1階の二部屋しかなかった。


「ユウ坊、あたしゃガスを見てくるよ」

「私は向こう側の部屋を見てくる」

「わかりました」


 婆ちゃんと火恋先輩とわかれ、俺は雷火ちゃんと住めそうな部屋へと入る。


「雷火ちゃんここ住める?」

「え、えぇ、大丈夫ですよ」


 広さは8畳くらいで掃除も必要ないくらい綺麗な和室だ。しかも水道とコンロだけでなく、テーブルやタンスの家具も一通り揃っている。


「電気がついたら、わりと良い雰囲気だなって思えてきました」

「俺も、結構いいとこなんじゃないかって気になってきたよ」

「もし声かけてもらえなかったら、公園にテントはってキャンプ生活しようかと思ってましたから、それに比べたら天国です」


 良かった良かったと思っていると、雷火ちゃんは部屋にある押し入れに気づく。


「収納があるって良いですよね」

「そうだね。それだけで1畳分くらい得するし」


 彼女は押入れを開けてみて「ひっ!」と小さな悲鳴を上げる。

 何かと思うと、仕切り板の無い押入れに凄まじい威圧感を放つ武者鎧が置かれている。

 背面に二本の交差した戦斧、立派なヒゲ付きの面鎧にサビ汚れのある胴鎧。

 なんだろう、この戦国時代で生き血をすすってきたような凄みがある鎧は。


「前の住人のものでしょうか……」

「多分……置いていったのかな?」

「「…………」」


 いや、こぇぇよ! サビ汚れが血の汚れみたいに見えて、血濡れの鎧武者に見える。


「とりあえず、この鎧外に出す?」

「そ、そうですね」


 俺は雷火ちゃんと共に、鎧武者を運び出そうとするがめちゃくちゃ重い。

 多分総重量4、50キロくらいだと思うから、さすがにピクリとも動かないのはおかしいのだが。

 

「くっ、なんだこれ。押し入れから出てこないぞ」

「悠介さん、多分後ろの斧が重いんですよ」

「戦国BASADAみたいな武器持ちやがって」


 俺は戦斧を外してみようとするが、どこかに固定されているわけでもないのに全然はずれない。

 鎧も同じように、固定されていないのに兜や篭手などが分離できず、一式で運ぶしかないようだ。


「ぐぉぉぉぉぉ動けぇぇぇぇぇ!!」

「だ、大丈夫ですよ悠介さん。一晩くらい一緒でも」


 不思議な力で固定されてるとしか思えない鎧の移動を諦めると、今度は火恋先輩が俺たちを呼びに来た。


「あ、あの悠介君。私の部屋なのだが……少し不気味なものが」

「そっちもか」


 まぁでも戦国鎧よりかはマシだろうと思いつつ、俺たちは火恋先輩の部屋に行くと悲鳴を上げかけた。

 なぜなら部屋の隅に、着物を着た人間が立っていたからだ。


「な、なにあれ……人?」

「マネキンなんだ。着物を着たね」

「へ、へー、もしかしたら服飾の人が住んでたのかな?」


 近づいて見てみると、そのマネキンは頭部に能面をつけており死ぬほど不気味だ。


「これあれだな影牢の敵キャラだな」

「あのシャンシャン鈴鳴らしながら走ってくるヤツですよね……」


 オタクはなんでもゲームで例えてしまう。


「こ、こえぇ。こんなの夜中見たらちびるぞ……」

「姉さんこんな怖いの外に出して下さいよ」

「それが、その……後ろを見てくれ」


 マネキンの後ろに回ると、帯の部分に紙が2枚挟まっている。

 取り出してみると、一つは何書かれてるかよくわかんない、すんごい怖い御札と、もう一枚は【触るな祟るぞ】と手書きされたメモだった。


「「「……………」」」


 俺はマネキンに御札とメモを返す。


「ふー……じゃ、俺そろそろアニメの時間なんで家帰りますね」


 俺が踵を返そうとすると、伊達姉妹に肩を掴まれた。


「悠介君、引越し祝いだ。今日泊まっていくといいよ」

「そうですね、それがいいです。そうしましょう。ってか逃しませんよ」


 彼女たちの目が「絶対この手は離さんぞ」と物語っていた。

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