第262話 家出少女

「「はぁ……」」


 キャリーバッグを引きずった伊達姉妹は、ショッピングセンターへと続く歩道橋で深い溜め息をついていた。

 父と喧嘩して家出をしたまでは良かったが、キャッシュカードを使用不可にされていたのだ。

 それどころか、伊達の黒服から別荘の鍵と新幹線の切符を手渡され、家出するのでしたらそちらにどうぞと家出先まで案内されてしまった。

 当然そんなもの家出ではないので従わない二人だったが、お金を止められてしまった以上身動きすることもできない。


「姉さん、悠介さんに助けてもらいますか?」

「それはできない。我々のせいで迷惑をかけているのに、その上住居まで世話になるなんて」

「厚顔無恥ですよね……。でも、今のままじゃわたし達ホームレスですよ」

「一応、私は10万ほど現金で持っている」

「わたしは5万くらいですね」


 部屋の中からかきあつめてきた現金15万円。

 二人共ホテルに泊まろうと思えば泊まれるが、そんなことをすれば一ヶ月も経たないうちに破産することはわかっていた。


「二人分の食費と住居費が必要だな」

「くぅ~わたしの口座が凍結されてなかったら、プログラムの特許で稼いだお金が使えるのに」


 二人共個人口座に数百万のお金は入っているが、それを取り出すことはできない。

 銀行に交渉してみたものの、剣心の力は強く「例え娘でも引き出すことはできません」と断られてしまった。


「ちなみに雷火、食費って一日いくらくらいかかるもんなんだ?」

「…………1万くらい?」

「やっぱりそれくらいか」


 二人の金銭感覚はわりとバグっていた。


「新卒の給料は大体約20数万と聞く」

「えっ、それじゃ生活できないじゃないですか!?」

「恐らく……月に数日、何も食べない日があるんだ」

「そんな……日本ってそんなに貧しい国だったんですね」

「あぁ、だからJKビジネスというのが蔓延っているのだ」


 二人の金銭感覚はわりとバグっていた。


「見ろあのサラリーマンを。死ぬほど疲れた目をしている。あれは恐らく断食三日目くらいなのだろう」

「あの歳でも断食が必要だなんて……」


 二人が悲しい気持ちになっていると、後ろから男が声をかけてくる。


「ヘイ彼女、そんな旅行バッグ持って観光? オレっちがいいとこ連れてってあげよっか?」


 振り返ると20代くらいの、チャラくてアホそうな男二人組みが、馴れ馴れしく近づいてくる。

 ナンパだと気づいて火恋は失せろと手を振る。


「なになにその態度? ウケル系」

「君たちJK? 顔ちょっと似てるね? ひょっとして姉妹?」

「だとしたら何だ」

「ウヒョー姉妹丼キタコレ。ねぇねぇどっか遊び行こうよ、オレっち達がおごるからさ。取り急ぎ向こうにあるお城みたいな建物いかない? すんごい楽しいことが起きるよ」


 ウヘヘと無理やり手を伸ばしてくる男に、火恋は反撃を入れようとするが、雷火がそれを制する。


「邪魔をするな雷火」

「こんなとこで揉めて警察に補導されたら終わりですよ。こういうのはですね……キャァァァァ痛いぃ!!」


 突然雷火が叫ぶと、ショッピングセンターを行き交う人間の視線が一気に集中する。

 当然美女に絡むチャラ男なんて、どっちが悪者かなんてすぐに判別される。


「いや、オレっちなんもしてねぇよ!」

「いたたたたた、あー痛いーー両手両足骨折したーー!!」


 行き交う人達は『両手両足!?』なんて酷いことをする連中なのだと、怒りの視線を向ける。


「なんもしてねぇっての!!」


 チャラ男たちは、このままだと通報されると思い慌てて逃げ去っていく。


「お前どこでそんな小技を覚えたんだ」

「悠介さんから習いました。アキバで変なのに絡まれた時、悠介さんが悲鳴を上げて道路をのたうち回りながら骨が折れたーって叫ぶと、相手が逃げていったので」

「さすが悠介君だ。戦わずして勝ってしまうとは頼もしい」


 普通ボーイフレンドがそんな情けない手を使って危機回避したら幻滅するところだが、生憎伊達姉妹は普通ではなく、むしろ好感度が上がっていた。


「家出をするにしても、とにかくお金が必要だな……」

「姉さん、どこか住み込みで働けるバイトを見つけましょう!」

「そうだな、こうなったら私はなんでもやるぞ!」


 二人は自分たちの力だけで生きると意気込む。

 しかし――


「未成年は親の同意が必要、あっそうですか……」


 二人は求人サイトを使って電話連絡を行うも、どこも親の同意が必要で、住み込みの仕事となると更に間口は狭い。

 20件以上に断られ、二人は更にうなだれる。


「まさか面接にすらいけないとは思いませんでした……」

「悠介君はポンポンバイトをしていたが、あれは実は凄かったんだな……」

「わたしたちの状況が悪いだけだと思います。普通家出少女を雇うバイト先なんかありませんよ」


 火恋はスマホで求人情報を見ていると、画面下部にポンっと広告が現れる。

 女性の半裸の画像と『らくらくすぐ稼げる。日給10万円。女性歓迎』と書かれた、いかがわしいポップアップ型広告。

 これが卑猥な仕事だとはわかっているが、資金に困った火恋の指は広告に吸い寄せられていく。


「姉さん!」

「はっ!」

「ダメですよ。悠介さんに怒られますよ」

「そ、そうだな……しかし、もうこれぐらいじゃないと生きていけないぞ……」

「モルカリに下着を3万で買ってくれる人がいるので、こっちならまだ健全です」

「……健全か?」



「るるる~、俺は静さんに頼まれてお買い物中~」


 俺が説明口調で歩いていると、たまたま通りがかったショッピングセンターの歩道橋で、美少女二人がたそがれている。

 というか、あのでかいキャリーバッグ持ってるの雷火ちゃんと火恋先輩では?

 俺は二人に近づき、後ろから声をかける。


「ヘイ彼女、なにしてんのぉ?」


 チャラ男風に声をかけてみると、一瞬で振り返った火恋先輩が俺の腕を固めて地面に叩きつける。


「私にはフィアンセがいる。二度と話しかけるな、失せ――ゆ、悠介君!?」

「痛ひ」

「うぇっ!?」


 地面に叩きつけられた惨めな男が俺だと気づき、慌てて起こしてくれる。


「す、すまない。ちゃんと確認もせずに」

「いえ、紛らわしい挨拶してすみません」

「どうしてここにいるんですか!?」

「いや、ほんとたまたま偶然。誰か黄昏れてるなと思って近づいたら、雷火ちゃんたちだったから声かけた」


 そしたら地面に叩きつけられた。

 二人は驚いていたが、申し訳無さそうに顔をそらす。


「どしたの? なんでこんなとこで黄昏れてたの?」

「それは……その……」

「すまない悠介君。絶対に父上を説得してみせると言ったのに」

「ごめんなさい悠介さん。成功……しませんでした」


 俺は二人から詳しい事情を聞く。

 なんとか毎日説得を試みたが、剣心さんには全く響かず許嫁復帰には至らなかった。

 もはや家出をして抗議を行うぐらいしか手がなくなってしまったと。

 よく見ると二人共少し痩せたのではないだろうか? あまり健康状態がよくないように思える。


「なるほどね」

「悠介君、詫びとして思いっきりビンタしてくれて構わない」

「わたしも、血が出るくらいビンタして下さい」

「しないよそんなこと! 俺をなんだと思ってるんだ」

「大丈夫です、痛くても耐えられるんで」

「ああ、傷は治るからね」

「そんな日常的にDVしてるみたいに言わないでよ!」


 それにしても家出してきちゃったのか、困ったな。


「家出ってアテないんだよね?」

「……はい」


 あったらこんなところで黄昏れてるわけないもんな。


「その、お金も止められてまして……」

「そりゃハードだ。静さんに話してみようか? 多分あの人なら衣食住用意してくれると思うし」


 俺の頭に『大丈夫よ、お姉ちゃんに全部任せておいて』と爆乳を叩く頼もしい静さんの姿が浮かぶ。


「それはダメだ。ただでさえ負担になってるのに、そこまで甘えるわけにはいかない」

「そうですよ。悠介さんと同居なんて」

「俺と同居とは言ってないけどね」


 まぁ部屋用意できるまで同居になるかもしれないが。

 火恋先輩たちはかなり渋っており、首を縦に振ってくれない。俺も逆の立場だったら甘えにくいか。


「住み込みで働ける場所があればいいんですけど……」

「家出娘を受け入れてくれるところはなくてね……」

「そりゃまぁそうですよね」


 俺は働き先と聞いて、一つ思い当たる先があった。


「二人共仕事ってなんでもいい?」

「え、ええ」

「君が許可するのであれば、いかがわしいところでも大丈夫だ」

「わ、わたしもです。パンツ3万で売ります」

「許可しないので、今後ともいかがわしいところはダメです」


 俺は二人を連れて、働き先へと向かう。



 カランコロンとドアベルの音をたてて入ったのは、喫茶鈴蘭。

 コーヒーの良い香りが漂い、相変わらず客席はガラガラ。


「婆ちゃんいるー?」

「なんじゃユウ坊。おや、そっちの子は」

「ど、どうも」

「ちょっと訳ありで、助けてほしいんだ」


 俺はなんとか家出してきた二人を、働かせてやれないかと交渉してみる。


「ほーん……本当なら家出娘なんか追い出すところだけど、まぁアタシの老後を見る義理の娘だ、構わんよ」


 彼女たちにそんな世話のかかることはさせない。絶対老人ホームにぶち込んでやるからな。


「あんた達、ウチは最近の流行を取り入れて制服はメイドだけど良いね」

「は、はい!」

「全然大丈夫です!」

「前回の失敗からスカート丈を短くしたんだけど、今度は短すぎたかもしれんね。あんたら足長いからパンチーが見えるかもしれん」


 後で絶対制服姿見せてもらおう。


「婆ちゃん、二人の住むとこなんだけど」

「ウチの貸アパートがあるよ」

「そんなのあるの?」

「築50年のオンボロだけどね。改築しようと思ってたから誰も住んでない。そこでよけりゃ――」

「「いいです!」」


 二人は食い気味に返答した。


「屋根と壁さえあればどこでもいいです!」

「ありがとうございます!」


 ということで、早速婆ちゃんの貸アパートとやらに向かってみた。


「ついたよ」

「おいババア、どこに貸アパートがあるんだ」

「目の前にあるじゃろがい」

「幽霊屋敷しかないが」


 目の前のボロッボロの家は、お世辞にもアパートと呼べるものではない。

 一応二階建てなのだが、外階段は錆びついておりいつ砕けてもおかしくなさそうだし、壁には不気味な黒いシミが無数についていて怖い。


「なんだこの呪怨のロケ地みたいな家は」

「失礼なこと言うんじゃないよ。雨漏りするけどちゃんと住めるよ。おまけに家具までついてる。最高じゃないか」

「いや、絶対何人かここで死んでるだろ」








幽霊屋敷イメージ図


https://kakuyomu.jp/users/alince/news/16817330651923658418

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