第261話 事件沙汰はまずい
剣心は困り果てていた。
汚い手を使って悠介を伊達家から放り出してやったところまでは良かったが、火恋と雷火が一向に自分を許してくれない。
伊達邸宅には雷火のすすり泣く声が響いており、火恋が毎日自分に許嫁撤回の撤回を求めて喧嘩しにやってくる。
1、2週間もすればそれも落ち着くかと思っていたが、ぜーんぜん落ち着く気配がない。
この状態では新たな許嫁を見つけることもできず、にっちもさっちもいかない。
それどころかわりと深刻に精神の不安定さが見られ、もしかするとこのまま一生恨まれ続けるのではないかという気になってきた。
当然玲愛にも嫁の烈火にも相談できず、剣心は腕を組んだまま居間をウロウロするしかない。
「旦那様……」
家政婦の田島は、食事の乗ったカートを押していた。
雷火たちの食事だが、手を付けられた様子はない。
「いいかげん食べないと、健康に差し支えます」
「抗議のつもりなのだ。……下がって良い」
「はい」
田島は食事を冷蔵庫にしまうと、エプロンを置いて屋敷を出ていく。
不気味に静まった屋敷。剣心はこっそりと二階に上がって、雷火の部屋を扉の隙間から覗き見る。
「ぅっぐ……うぁぁぁぁぁ、どうして、どうして」
布団を被ったまま雷火のすすり泣く声だけが聞こえる。
泣きすぎて声が枯れており、泣き声なのか苦しんでいるのか判断に困る。
「…………」
そのまま部屋をスライドして火恋の部屋を覗き見る。
「……なぜ、なぜわかってくださらないのだ。我々はこんなにも彼を愛しているのに」
目の下にクマをつくった火恋は、髪をかきむしりながら悠介の写真を見つめている。
普段は凛として美しいはずが、今では重い病気でも持っているのかと疑ってしまうほどやつれてボロボロだ。
「…………」
娘の部屋を離れ、一階の居間に戻ると再びぐるぐると部屋内を回る。
娘がかなり限界までストレスを抱えていることはわかっており、このままだと本気で何をしでかすかわからない。
居間に備えられた大型テレビからニュースが聞こえてくる。
『昨日午後11時頃、娘が父を包丁で刺し殺すという事件が起きました。娘はあんな奴父ではないと繰り返しており、親子間でトラブルがあったものと見られます。また刺殺された父は、大手食品会社井上フーズ社長で波紋が広がっています。親しい方のインタビューをどうぞ』
『(親族A)いやぁ井上さんね、経営者としては立派でしたけど親としては最低でしたよ。娘さんいつも苦しんでましたし』
『(友人A)娘さんは真面目で立派な子だったよ。そんなことやるようには見えなかったけど、よっぽど追い詰められてたんだろうね』
『(容疑者の同級生A)あぁ井上彼氏ができたんだけど、父親にお前は娘に相応しく無いって言われて無理やり別れさせられたんだ。家に居場所がないから彼氏のことを相当慕ってたって聞くし、多分それが引き金じゃないかな』
「…………」
剣心は無言でテレビを消すと、しかめっ面をしながら、大きなため息をつき水咲遊人にスマホで連絡をすることにした。
「遊人か、ワシだ」
『おや、伊達さんどうかされましたか?』
「いや、悠介がどうしているかと気になってな」
『あぁ彼ですか、そこそこ上手くやってくれてますよ。わりと面白い才能も持っていましたし』
「才能?」
『打たれ強さというんですかね、彼ウチのゲーム製作でかなり貢献してくれまして』
「ほ、ほぉ?」
『また意外なタレント性もあったみたいで、同年代のオタクたちからカードゲームプレイヤーとして人気があるんですよ』
「所詮ゲームであろう?」
『いやいや侮ったものではありませんよ』
剣心は水咲の株価が上がったという話を聞いて、驚きに眉をひそめた。
「そん、なに、上がったの、か?」
『えぇ、正直許嫁云々よりウチのクリエーターかタレントか、どこかに囲っておきたいくらいです』
「し、しかし、お主も悠介のことは好いてはおらんだろ?」
『まぁ……そうですね』
「なんだ、その煮えきらん反応は?」
『んー……最初は娘が変なのに好意を抱いただけと思っていたんですがね、わりとちゃんと理由を持って気に入っていて。……実は彼のことで娘と話す機会が増えましてね』
「……どういうことだ?」
『娘は私のことを嫌っているんですが、彼のことだと嬉しそうに話してくれるんですよ。そこから休日の話など会話が広がって、家族らしい話ができるようになったんです』
遊人はいやはやお恥ずかしいと言うが、剣心はなんでワシが今一番欲しい暖かい家族を、お前が手に入れとるんじゃという気になった。
「し、しかし、お主は悠介を娘婿にするつもりなどないのだろ?」
『そう思っていたんですがね。彼も結果を残してるんで、私の毛嫌いだけで放り出すのは大人気ないかと』
剣心に遊人の言葉が次々と突き刺さる。
「な、なにか? お主は大事な娘をあんな奴にくれてやるつもりか?」
『まぁまぁゲーム開発で数十億の損害を防いだり、娘のトラウマを克服させた人間に、あんな奴とはさすがに言えなくなってきましてね』
「なにを懐柔されておるのだ!」
『落ち着いてください。彼を無理やり引き剥がすと、娘に一生恨まれそうという気がしますし。もし彼を放り出すとしても、娘がちゃんと彼に興味を失ってからにしないと精神がおかしくなってしまうこともあります』
「む、むぅ確かに」
大好きの絶頂期に無理やり引き剥がすという愚を犯した剣心は、心の底から手順を間違えたことを後悔していた。
「えーっとだな……遊人、もし一旦悠介を伊達に戻せと言ったらどうする?」
『ははは、ご冗談を。さすがにそれは無理ですよ。ウチを家庭崩壊させたいんですか?』
スマホ越しに笑い声が聞こえてくるが、今現在家庭崩壊している剣心は汗だくだった。
「そ、そうじゃな。忙しいところ悪かった」
そう言って通話を切ると、剣心は居間で四つん這いになって頭を抱えた。
そんなorz状態の剣心の元に、黒服の部下が現れる。
「総帥、お話が」
「なんだ」
「お嬢様が家出を企てている模様です」
「家出?」
「はい、これ以上話し合いが平行線なら、この家にいる意味は無いと」
「…………家出のアテはあるのか?」
「恐らくですが、三石家に向かおうとしているようです。ただ相手の迷惑になりたくないようで、また迷っているみたいです」
「…………」
「今なら出入り口を封鎖できますが」
剣心は封鎖しろと言いかけて、先程の父親刺殺事件の内容が脳裏をよぎる。
「……構わん、出してやれ」
「よろしいのですか?」
「居場所の監視だけは続けよ」
「はっ」
部下が去った後、剣心はなんで身近にいたときより離れたときのほうが苦しめられているんだと、悠介について深く頭を抱えた。
―――――――――
雷火、火恋のビジュアルイメージ
火恋
https://kakuyomu.jp/users/alince/news/16817330651837156238
雷火
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