第260話 商店街年賀祭 後編

 俺と静さんと成瀬さんは、ブラブラと出店で綿菓子やりんご飴を買いながら商店街奥へと到着。

 ここには小さな商売繁盛の神社があり、一応この柊商店街年賀祭の主役である。


「鈴鳴らしていこっか」

「そうね」


 俺たちが参拝者の列に並んで、本坪鈴の順番待ちをしていると、絵馬売り場でおみくじをやっていることに気づく。


「恋愛おみくじやってまーす、このおみくじの効果で結ばれた方多数です。最強幸運パワーあふれてまーす!」


 巫女さんが、宝くじ売り場みたいなことを言いながら宣伝を行っている。


「おみくじ効果で結ばれるって、うさんくさいよね」

「最強幸運ってフレーズがな。パワーストーンと同じ匂いがする」


 俺と成瀬さんは嘘くさいなって話していたが、


「…………」


 静さんは糸目で絵馬売り場を見つめると、俺の体を優しく押してくる。

 どうやらおみくじをやりたいらしい。


「静さん、せっかく並んだし鈴鳴らしてからにしようよ。別におみくじは逃げたりしないしさ」

「そ、そうね」

「おっと、縁結び特大吉が出ました! おめでとうございます!」


 巫女がカランカランと鈴を鳴らすと、くじを引いたらしきカップルが喜んでいた。


「これで最強縁結び特大吉は残り3枚! おみくじをするならお早めに! なくなったらご利益ありませんよ!」

「…………」


 静さんは俺の体を優しく押す。どうやら大吉の残り枚数が少ないことに危機感を覚えているらしい。

いや、なんで大吉残り枚数制なんだ。おみくじで参拝客の射幸心を煽ってくるなよ。


「ママさんやりたいんだろ? 行ってきたらどうだ、あたし順番待ちしとくし」

「すみません」


 成瀬さんに気を使ってもらい、俺と静さんはおみくじ売り場へと向かう。


「あの、おみくじを」

「はい、ありがとうございます。健康くじ、恋愛くじ、商売繁盛くじ、開運くじとあり、各1回1000円となります! 大吉を引いたらハッピーになれますよ!」


 おみくじにしては結構たけぇな。

 しかもジャンルも4っつに分かれてるし、無駄にガチャ種類の多いソシャゲ感がある。全部開運くじに入れとけよ。

 静さんはこほんと咳払いすると、ハートの形をしたおみくじ入れを指差す。


「恋愛くじでよろしいでしょうか!? 縁結び最強効果、恋愛くじでよろしいでしょうか!?」

「そんなおっきな声で言わないで」


 静さんの顔が羞恥でカッと赤くなる。姉に言う言葉ではないがかわいい。

 料金を支払ってくじ箱をふると、30番の数字が出てきた。

 

「30番を下さい」

「はい、30番ですね!」


 巫女からくじを受け取ると、静さんは中を開いて見る。

 1分ほどかけてじっくり読むと、なぜかくじを折りたたんで木に結んでしまう。


「恋愛くじを下さい」

「はい、恋愛くじですね!」


 あれ? 何事もなかったかのように静さんもう一回おみくじ振ってるんだけど。くじの連チャンとかありなの?

 俺はこっそり木に結ばれたおみくじを開いて、何が書かれていたか確認してみる。


「恋愛大吉、待ち人:すぐ来たる。恋愛:全てうまくいく。年齢20代~30代くらいのイケメン、高身長、高収入、スポーツ万能、王子様があなたを迎えにくることでしょう」


 これの何が嫌なんだ? 運気も大吉だし、文句のつけようがないと思うが。

 俺がおみくじを確認している間に、静さんは3枚め4枚めとおみくじを引いていく。

 なんだろう、何か狙ってる内容でもあるのだろうか?

 ガチャじゃあるまいし、おみくじで狙うってのもおかしな話だが。

 静さんは諭吉3枚目で良いものを引いたらしく、ぱっと笑顔を浮かべる。

 俺は後ろから覗いてみると


『小吉、待ち人:出会い身近にいる。恋愛:恋愛を意識させるアプローチの必要あり。ライバル多し。勝負の年』


 さっきと比べてガクッと内容の質が下がった気がするが。


「小吉が良かったの?」

「そうじゃなくて、待ち人がね……」

「待ち人?」


 身近な人が良かったのかな?


「悠君もやってみる?」

「じゃあ一枚だけ」


 俺も恋愛くじを引いてみる。


『大吉 待ち人:年下の女性と縁あり。ロングヘア、妹系。恋愛:趣味があう女性とうまくいくでしょう』


「うぉ大吉だ」


 こういうので初めて大吉引いた。

 やったぜと喜んでいると、静さんはそのおみくじを俺から抜き取ると、折りたたんで木に結んでしまう。


「あ、あれ静さん? こういうのって財布に……」

「これじゃない」


 違うと首を振る。

 これじゃないって、静さんの運勢じゃないんですけど。今の雷火ちゃんっぽい内容だったんだけどな。

 彼女は1000円払って、また俺におみくじを引かせる。


『大吉 待ち人:歳上の女性とうまくいく。学校や会社の先輩など親しい人物。恋愛:凛々しく勇ましい女性に引っ張ってもらえる。また相手を立てる人物なので、結婚後も円満な関係が築けるでしょう』


「おぉ! またしても大吉!」


 今度はちょっと火恋先輩を彷彿とさせる内容。

 だが、静さんが再びおみくじを奪うと、さっきと同様木にくくりつけてしまう。


「違う、これじゃない」


 静さんの糸目の奥が、ちょっと怒ってる。

 それから更に数回おみくじを引いて、5回目のチャレンジにて


『中吉 待ち人:歳上に縁あり。同居していたり近所に住んでいたりと、ごく身近な人物と進展の可能性高し。恋愛:優しく母性的な相手とうまくいく。相手に身を任せ甘えてみると良し』


 また静さんに奪われてしまうかと思ったが、今回は内容に納得したらしく、満足気に指で○のサインを出している。

 くじが終わって成瀬さんの元に戻ろうとしたのだが、巫女さんから甘酒を手渡された。


「3万円以上おみくじご購入の方に、甘酒のサービスです」

「ありがとうございます」


 天井ボーナスみたいな甘酒で嫌だな。


「こちら、ご自身で飲むのではなく、意中の方にプレゼントされると効果を発揮します」

「…………」


 静さんはすっと俺に甘酒を差し出す。

 あぁ、静さんに意中の男なんていないもんな。

 自分が飲むわけじゃなかったら消去法で俺になるだろう。


「悠君、甘酒飲める?」

「それくらい大丈夫だよ」


 俺はぐいっと甘酒を飲み干すと、急激に視界が歪んだ。

 あっ、やばい。この甘酒めちゃくちゃ濃い。一瞬でフラッフラに……。


「だ、大丈夫、悠君?」

「甘酒って普通アルコール入ってないよね?」

「ウチのは酒粕から作ってますから、もしかしたらアルコール残ってたかもしれませんねー」


 巫女がしれっと言う。


「ご、ごめん、ちょっとだけ休ませて」


 俺は静さんに肩を貸してもらって、神社の裏に腰を下ろす。

 ダメだ、強い眠気が襲ってきてる。

 巫女の言うように絶対アルコール入ってたと思う。今までこんな脚にきたことないぞ。

 俺はあらがえない眠気で目を閉じた。



 静が眠ってしまった悠介に付き添っていると


「その子、女難の相が出てるねぇ」


 急に声をかけられ振り返ると、背の低い巫女の格好をした老婆が立っていた。


「あたしゃここの神主、恋山縁こいやまゆかりだよ。あたしにはその子の悪運が見えるね」

「悪運? 悠君に何か悪いものがついてるんですか?」

「そうさ、邪気って奴がね。このままじゃやばいよ、最悪死ぬ」

「えぇっ!? じゃあお祓いとかしたほうが良いのかしら」

「お祓いするならこれを使いな」


 神主はラベルにGODと書かれた酒瓶を取り出す。


「この水はね、超聖水ミリオンゴッドさ」


 神主はパチンコみたいな名前の水を静に手渡す。


「この聖水を飲むことで邪気は祓われるよ。ただし、この水はただ飲むだけではいかん。一度女体が口に含んで清らかにしなくては」

「女体が口にふくむ?」

「口移しで飲ませな」


 静は財布から10万円を取り出した。


「買います」

「あんたノータイムで金出したね」


 神主はお金を受け取らず、首を振る。


「金なんかとりゃせんよ。おみくじ代でもう貰っとるし」

「えっ?」

「なんでもないよ。ほら早くしな、こうしてる今も邪気で溢れとるよ」

「で、でもいいのかしら。寝てる悠君にイタズラして……」

「これは悪戯じゃない、お祓いじゃよ」

「お祓い……わ、わかりました!」


 お祓いなら仕方ないと免罪符を貰った静は、くぴっと水を口に含み――



 俺は溺れる夢を見て目を覚ました。瞳を開けると静さんの顔のドアップが映った。

 紅潮した頬に艷やかで潤いのある唇、甘い女性らしい香りがする。

 なんだろう、鼻だけじゃなくて口の中にも甘くていい匂いが広がっている。なんでだ?


「うわ、びっくりした」

「もうちょっと寝てても良かったのよ」


 甘い匂いで満たされてるなと思ったら、俺は膝枕で寝かされていた。

 慌てて起き上がると、静さんは残念そうにする。


「何分くらい寝てた?」

「30分ちょっとくらいかしら」

「結構寝てたな。大分楽になったし、成瀬さんと帰ろうか」

「ええ、そうね」



 神社から出ていく悠介たちの姿を、神主と巫女が見送る。


「おばあちゃん、今年も良い縁結びしたね」

「ああ、甘酒で酔わせて、超聖水で介抱させる」

「超聖水って、ただの水だよね」

「そうじゃ。酔った男に水飲ませとるだけじゃ。口移しでな」

「3万円も貰ったらサービスしないとね」

「そうじゃな。フォッフォッフォッ」


 悪い笑みを浮かべる神主の手には、空になった超聖水の瓶が握られていたのだった。

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