第103話 綺羅星はデートに行きたいⅣ

 アキバから地元の駅へと戻っても、雨は全く降り止む気配はなかった。

 それどころか更に勢いは増し、ズドドドドと怖い音をたてて駅の屋根を叩く。

 一応駅中のコンビニでビニール傘を買うことができたが、同じく突然のスコールに困った人たちと争奪戦になり一本しか買えなかった。


「どうすっかなー。ウチまで走るって手もあるけど、自殺行為か?」

「タクもチョー混んでますね。まぁせんぱい任せて、藤乃呼ぶから」


 そういやこの子お嬢様だったな。見た目と言動ですっかり忘れてたわ。

 綺羅星はスマホを取り出し、藤乃さんへと電話をかける。


「あっ、藤乃? あーし。今せんぱいと駅にいるんだけど、チョー雨降ってて動けないの。迎えに来て……チャンス? 何が? …………あー……そういう。……わ、わかった」


 綺羅星は通話を切ると、とぼけた顔をしながら口笛を吹く。


「どうだった?」

「え、えっと、あの、藤乃ちょっと用があって来れないって……」

「ならしょうがない。もう覚悟決めて走るか」

「う、うん」

 

 俺は傘を開き、綺羅星はガンプラを胸に抱きつつ二人で駅から自宅マンションへとダッシュすることにした。



 全力疾走して、なんとか自宅マンションまで退避。

 しかしこの豪雨の中、やはり一本の傘で二人助かろうとしたのは考えが甘かったようで、俺も綺羅星もズブ濡れである。


「くぁーひどい目にあった」

「傘意味ないし!」


 台風かと言いたくなる風の強さだったので、ほんとに傘が役割を果たしていなかった。

 俺は綺羅星にバスタオルを手渡し、濡れた体を拭いていく。


「あーあ、パンツまでグッショリ」

「あーしも」


 ふと彼女の方を見やると、白のキャミソールが透けてヒョウ柄の派手な下着が露わになっていた。

 本人は気づいていないらしく、俺は慌てて視線をそらす。


「服、乾燥機かけとくから風呂入ってきなよ」

「風呂入ってこいって、せんぱいえっろ」

「バカなこと行ってないで、早く入れ!」

「キャーせんぱい怒ったー♪」


 アハハハと笑いながら脱衣所へと入っていく綺羅星。

 静さんいるかなと思ったが、よくよく考えると今日昼から鈴蘭で美容室開けるって言ってたのを思い出した。

 案の定メールが届いており『大雨で鈴蘭から動けなくて、もしかしたらお婆ちゃんの家に泊まることになるかも』と書かれていた。


「あれ? もしかして綺羅星と二人きり……?」

「~♪~♫」


 風呂場から上機嫌の鼻歌が聞こえる。

 いかん変に意識してきた。

 考えるのはやめよう。多分遅くなったら藤乃さんが迎えに来るだろう。……来るよな?


 彼女が上がってくる前に、俺は濡れた服を脱衣所から回収する。


「下着は乾燥機入れちゃマズイんだっけな」


 生地の薄いものは入れちゃダメって静さんが言ってたな。

 とりあえず服だけを乾燥機に入れ、派手なパンツとブラジャーは部屋干しにしておく。


「暖房入れとけば乾くだろ」


 それから15分ほどして綺羅星が風呂から上がってきた。


「せーんぱい、次どうぞー」

「おう」


 ふと振り返ると、綺羅星はバスタオルを一枚体に巻いただけの姿で出てきやがった。

 サイドテールを解いたロングストレートの髪を拭きつつ、肌を上気させている姿は否が応にも女性を意識させる。


「ふ、服を着ろ! 静さんの置いておいただろ!?」

「えー、あーしお風呂上がりはしばらく服着ないんですけど」

「人の家で自分の家ルールを適用するんじゃない!」

「あっ、もしかしてせんぱいあーしの湯上がり見て興奮してます?」


 彼女の小麦色の胸の谷間に、滴が大きく弧を描きながら滑り落ちていく。

 デ、デカイ……。とても年下とは思えないエロゲボディ。


「し、知らん。俺は風呂に入る」

「アッハッハッ、顔あかーい♪」


 くっ、完全にからかわれている。

 赤い顔を誤魔化すために、俺は風呂場へと逃げ込んだ。

 熱いシャワーを頭から浴びつつ、悶々とした空気が漂う。


「全く、俺が狼になったらどうするつもりなんだ」


 水咲家が怖いので、絶対そんなことにはならないが。

 なんとか頭をクールダウンさせてから風呂を出る。


「せんぱい冷蔵庫の中にあった牛乳勝手に貰ってますね」

「あぁ別にいいケド……」


 俺は綺羅星の格好を見て再び固まった。


「なぜ下着しかつけていない?」


 彼女が着用しているのはヒョウ柄の下着に、金のネックレスとピアスだけ。

 牛乳片手にベッドの上であぐらをかいている。


「センパイが全部乾燥機入れちゃったからっすよ」

「だから静さんの服はどうしたんだよぅ!!?」

「びっくりするくらいサイズが合わないんで、着るのやめた♪」


 そんなことはないだろ。静さんのはどことは言わないが、キングスライムサイズなので他の女性が着てキツイなんてことは起こり得ないはず。


「暖房きいて温かいんで、このままでいいっすよ」

「俺がよくないんだよぅ!」


 とは言うものの、フリーダムな綺羅星は服を着る様子はない。

 これは誘惑してるとかそういうのではなく、ただ単にズボラなだけか?

 ここで焦って服着ろって言うと、俺の童貞さが露呈して「せんぱいって可愛いとこあるんですね」って、悪意なく煽られそう。


「ぐっ、ビッチめ」

「そんなことよりせんぱい、せっかくなんでこれ作りましょうよ」


 綺羅星は雨に濡れて、少し湿ったプラモの箱を取り出す。


「いいけど」


 その格好でやるつもりなのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る