第298話 玲愛と猫カフェ 後編

 俺は吊り下げられているハンモックに腰を下ろすと、ぴょんとジャンプして灰猫が上がってきた。


「よーしよしよし」

「なー」


 あっさり首の下も撫でさせてくれるし、人に慣れしていて可愛い。

 気づくと更に二匹、ハンモックに猫が飛び乗ってくる。

 膝の上に勝手に乗ってきたり背中に猫パンチしてきたりと、これがリアル猫パラダイス、略して猫パラ。


「人懐っこい猫ばかりでいいですね」


 玲愛さんも楽しんでるかなと思ったが、彼女の周りには全く猫が寄り付いていなかった。


「……1匹も来んが?」

「さっきまでひれ伏してたのに……」


 猫を一匹ハンモックからおろして玲愛さんの方に送り込むも、別方向に逃げて行ってしまった。

 なぜだ、ボスと認めたんじゃなかったのか?

 彼女がにじり寄ると、猫は姿勢を低くして一歩ずつ後ずさっていく。

 もう完全に捕食動物ライオンと出会ってしまったときと同じ動きである。


「さぁこっちに来い」

「シャー!」


 警戒した猫は素早く飛びずさり、ソファーの後ろに隠れてしまった。


「なぜ逃げる?」


 そんな怖い目で見られましても。


「玲愛さん、多分強敵オーラが出すぎなんですよ。野生動物はそれを感じとれるんです。一旦サイヤ人のオーラを消して下さい」

「そんなオーラ出しとらん」

「俺に考えがあります」

「言ってみろ」

「はい、猫への警戒心を解くためには、こちらも猫を真似る必要があります」

「ふむ」

「ここに猫耳バンドがあります。これをつけてニャー、もしくはニャンニャンと鳴くことで、この猫カフェにいる95%の猫の警戒心を解くことが出来ます」

「時折お前は、私をバカにしているのではないかと思う提案をしてくるな。そんなことしなくても、たかが猫一匹懐柔してくれる」


 玲愛さんは腕を少し広げて再び猫に向き直ると、猫は先ほどと同様逃げようとする。


「動くな」


 彼女の鋭い瞳で見られた白猫は、その場にぬいつけられたように動かなくなった。


「ほら捕まえた」


 玲愛さんは人形みたいに動かなくなった白猫を抱き上げると、誇らしげに笑みを浮かべる。


「そんなのダメですよ、猫がかわいそう!」

「どこがだ! ちゃんと大人しくしてるだろ」

「大人しくというか、体ガッチガチじゃないですか。猫のはく製みたいになってますよ!」


 俺が灰猫を抱き上げると、胴体がデローンと伸びて脱力している。

 対して白猫は四肢を縮ませ、体はダンゴムシの如く硬く丸まっている。

 もう死ぬほど嫌だけど、逆らうと殺されるから嫌々従ってるようにしか見えない。


「完全にフリーザーに捕まったネメック星人みたいになってるじゃないですか」

「ならどうしろと言うのだ」

「もっと優しくするんですよ」


 俺は床にあぐらをかいて、ぽけーっと待つ。

 すると猫が1匹やってきて「お前エサ持ってないんか?」って顔で、俺の膝の上に乗っかる。


「にゃー」


 俺は相野から貰った、魚の匂いがするクッキーみたいなエサを取り出し、手の平に握りこんで猫に差し出す。

 すると匂いに気づき更に数匹猫が集まってきて、俺の握りこぶしに猫パンチしてきた。

「ここにエサがあるのはわかっている。早く出せ」と言わんばかりだ。

 やんちゃな猫は、俺の拳に飛びついてくる。


「「「なー」」」

「じらして悪かったよ」


 手のひらを開くと、猫たちは我先にとエサに食らいつく。


「おぉ凄い食欲だ。あっという間になくなる」

「…………私もそれしたい」


 玲愛さんはエサやりの様子を、横目でチラ見する。


「お前はずるい、私とてエサをやれば」


 彼女は俺と同じようにエサを握りこんで、猫に拳を差し出してみる。

 しかし


「…………なぜ誰もこない」


 猫たちはそこにエサがあるとわかっているのに、全く寄り付いてこない。

 なんなら俺のところに集まってきて「おいお前、まだ食い物持ってるだろ、出せ」と見あげてくる。


「ほら、あっちのお姉さんがエサ持ってるぞ。貰ってきな」

「なー」


 猫たちはリアルに首を左右に振り「あれは罠だ。近寄ると捕まる」と、理解しているかのように鳴き声を上げる。こいつらわかってんな。


「ぐぐぐぐ。なんでだ……」


 玲愛さんは床に手と膝をつき、orzの体勢で落ち込んでいた。

 この人がこんなに翻弄される姿、初めて見たな。

 すると、そんな玲愛さんを不憫に思ったのか一匹の三毛猫が近づいていく。


「お、おぉ……」


 しかし、三毛猫は玲愛さんと目線が合うとビクッと身をかがめる。

 まずい、ニャルガクルガのポーズになってる。このままでは逃げられてしまう。

 俺は咄嗟に玲愛さんの頭に猫耳バンドをつけた。


「優しく、優しく、にゃーって言ってみましょう」

「にゃ、にゃー」


 プライドをかなぐり捨てた鳴きまねに、三毛猫は同じく「にゃー」と返した。

 意思疎通が出来たのかはわからないが、三毛猫はそのまま近づいてきて、エサを握りこんだ彼女の拳に猫パンチする。

 ゆっくりと拳を開くと、三毛猫はエサにかじりついた。

 カシカシとエサを食べる猫を見て、玲愛さんの頬が赤く染まる。その表情は母性的で優しく、嬉しそうだ。


「…………」

『カシャッ』


 あまりにもレアな玲愛の表情をついスマホで撮ってしまった。


「なぜ撮る?」

「凄くいい表情をしていたので」

「……そうか」


 ほんの少し視線をそらす玲愛さん。どうやら照れたようだ。

 すると、他の猫たちもゆっくりと彼女の元に集まってきた。


「むっ、どうした急に」

「オーラが消えたんですよ」

「そうか……悠、エサを買ってきてくれ。私の分は全部この子が食べてしまった」

「わかりました」


 それから俺たちは二人で猫にエサやりを行い、楽しい時間を過ごした。

 子猫のミルクやりも体験させてもらい、玲愛さんが哺乳瓶と子猫を持って「どうやってやるんだ? のどに詰まらせて死なないか?」とオロオロしている姿が、珍しくて楽しかった。

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