第102話 綺羅星はデートに行きたいⅢ

 昼食後――


 綺羅星キララの要望でやってきた原宿竹下通り。

 周囲を行き交う男女はオシャレな若者が多く、休日出勤らしきサラリーマンですらカッコいい。我がホームタウン魔都秋葉原とは真逆の街。それがパリピタウン原宿。


「せんぱい次あっち行こうよ……って、なんでそんな酸欠の鯉みたいな顔してるの?」

「お前、ここ陽キャの巣窟やぞ。なんじゃこの人の数は、全国の陽キャが集ってきてるのか?」


 こんな完全敵地アウェイを一時間も連れ回されたら、酸欠にもなるわ。

 後ろでクスクス笑われると、あれ? もしかして俺が笑われてるのか? と滅茶苦茶不安になる。


「せんぱいそれ疑心暗鬼って奴っすよ」

「とにかくこの場を離れたい」


 心臓が謎の痛みを訴えている。多分ストレスで穴あいてると思う。


「それ死んでるっしょ」


 どうやら心の声が漏れていたらしい。


「じゃあ今度はせんぱいの好きなとこ連れてって」

「俺が好きなとこって言ったら、アキバしかないぞ」

「アキバでいいっすよ。あーし行ったことないし」

「ほんとにいいのか? 絶対興味ないと思うが」

「彼女としては彼氏の趣味を知っとく必要があるんで」


 ニッと笑う綺羅星に何も答えず、俺は駅へと向かう。


「ちょっ、せんぱい無視は酷くない??」

「彼氏じゃないと、いちいち突っ込む気にもならん」

「ツッコんでるじゃーん」


 そう言いながらもニッコニコな綺羅星。

 なんというか、冗談好きの親戚の女の子に付きまとわれている気分だ。


 パリピタウン原宿を切り上げ、電車に乗ってアキバへと到着。

 やはりアキバは良い。黒服とメガネのオタたちを見るだけで、実家のような安心感がある。


「ここがアキバかー。ねぇねぇ、アキバ来たってことは、あーしもオタクの仲間入り?」

「来ただけでオタクにされたら、多分ここは呪いのスポットって言われるぞ。ちなみに何か好きなゲームやアニメとかある?」

「ゲームはゲーセンのちょっとやるくらい。好きなアニメはガンニョム」


 そういや、にわかガンニョマーだったな。

 じゃあ興味ある分野でアプローチかけるか。


「そんじゃこっちおいで」

「はーい♡」


 綺羅星は嬉しそうに俺の腕をとると、肩に頭を擦り寄せる。

 その瞬間周囲の同士オタたちのメガネが光り、明らかに空気が殺気立つ。


(女連れでアキバ来てんじゃねぇぞ。ここは戦場ぞ)

(なんだそのエロい女、見せつけてんのか? こいつほんま、ほんま……)

(キモオタがAV女優みたいな巨乳のギャル連れてデートしてるのをアキバで見た。ワイにもワンちゃんあるない←ツィッター書き込み中)


 地面にツバを吐き捨てるオタ達。

 違うんだ、ほんとにそんな誤解されるような仲じゃないんだ!

 俺は皆の仲間なんだ、信じてくれ!


「見てみてせんぱい、メイドいるメイド! スカート短っ! せんぱいあれ着たげようか? ああいうの好きっしょ?」


 空気を読めずアッハッハッハと笑う綺羅星に、俺は頭を押さえた。

 いつもはオレンジショルダーは同士の証と、無言で絆を深めあっていたオタたちが、今は戦犯を見るような目で俺を見てくる。


「い、いいから行くよ!」


 このままじゃ後ろから撃たれても文句言えん。

 少し強引に綺羅星を引きずって、目的の場所へと到着。

 そこは古びた模型店だった。


「ここなんすか?」

「プラモ屋。君の好きなガンニョムのプラモがいっぱいある」

「へー?」


 プラモ自体よくわかってない顔してるな。


「入ればわかるよ」


 店に入ると、中はプラモ箱の山だった。

 最新のモデルから、一体いつ発売されたんだと言いたくなるレトロな旧キットまで。

 大きさも1/144~1/60と、幅広く取り揃えられている。


「おーここがプラモ屋」

「プラモだけじゃなく染料とかも売ってて、ここに来ればモデラーに必要なもの全てが揃う」

「ほほー。あっ、これSAADのガンニョムストライクじゃないすか?」

「こっちにはライバルのイージーガンニョムもある」

「ほえー」

「ここに来た記念に、なんか一個買っちゃる」

「いいんすか?」

「そのかわり一緒に組み上げてもらうけどな」

「じゃ、じゃあこのガンニョムストライクにしよっかな。あぁちょっと待って、やっぱイージーもありっすね」

「好きに選んでいいよ。初心者だから、あんまりでかいキット買うと後悔するとだけアドバイスしとく」


 俺が待っていると、綺羅星は商品を見ながら棚から棚へウロウロする。

 その時別の男性客が、キットを見て悩んでいる姿が見えた。

 別段珍しい光景でもないのだが、綺羅星はテクテクと近づいていく。


「ん~む……」

「どしたの?」

「えっ?」


 声をかけられたオタクっぽい男性は、びっくりして挙動不審な動作を見せる。

 そりゃそうだろう、プラモ屋で店員以外に声をかけられるなんてないからな。


「えっ、いや、その……どっち買おうか迷ってて……」


 男性客は漆黒の三連星ザヌ3機セットと、08グミ小隊3機セットの箱を見比べる。


「おんなじの3個も作るの?」

「あ、はい、小隊セットだから……」

「へー……えっ、セット価格1万……たかっ!」

「一機3000円のキットだし……」

「えー、じゃあグミにしなよ。お兄さんグミみたいな顔してるし」


 アッハッハッハッと笑いながら肩を叩く綺羅星。

 普通に失礼だと思うのだが、男性客は「そ、そうかな……」となぜかちょっと嬉しそうにしながら、グミ3機セットをレジへと持っていった。


「君は天然の童貞オタ殺しだな」

「そうっすか?」


 俺が言うのもなんだが、いきなりギャルに気さくに話しかけられて、コレにしなよって言われたら、そのままレジに持っていく自信がある。

 女性に対する免疫が少ないほど有効な接客だと思う。


「それで、どれ買うか決めた?」

「ん、ん~これがいいなぁ……」


 綺羅星が差し出したのは、真新しい箱に入った初代ガンニョムのキット。

 最近また新verが出たらしく、ガンニョムさんこれで一体何キット目なのか。

 アニメ版の原型がなくなるくらいイケメン化してるぞ。


「これでいいの? ストライクじゃなくて」

「うん、これがいい」


 まぁ初心者にも優しいMGミニグレードモデルなので、丁度いいか。

 俺達はレジでキットを購入してから店を出た。


「ほい、作る時呼んでくれ。手伝うから」

「あ、ありです」


 ビニール袋に入ったプラモを見て、嬉しそうな笑みを浮かべる綺羅星。


「やったー、先輩からのプレゼントー」

「たった1000円のキットで大げさだな」

「んーせんぱい好きー♡」


 綺羅星懐きポイントが10上がった。


「さて、次はどこ行こう……か?」


 ゴロゴロ……。

 その時空に広がった灰色の雲から嫌な音が鳴った。


「あっ、やばいな降りそう」

「まだ大丈夫っしょ。今日雨降るって言ってなかったし」


 パラパラ……。

 しかし冷たい小雨がポツポツと降り、アスファルトを濡らす。


「降ってきたな」

「これくらい大丈――」


 ズダダダダダダ!!

 小雨はすぐに凄まじいスコールへと変わり、マシンガンの如く激しく打ちつける。


「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! なんじゃこれーー!!」」

「やばい、駅まで走れ!」

「もぉー天気のバカー!!」







―――――――

前中後編で終わらせるつもりだったんですが、

もうちょっとだけ続くんじゃよ。

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