第288話 好きなものを好きと言える人でありたい
皆が散開して同人即売会を楽しんでいる中、俺と一式は二人でブラブラとスペースを見回っていた。
「あの、写真いいですか?」
「すみません、コスプレじゃないんです……」
メイド姿の一式が、カメコに写真撮影を頼まれること既に10数回。
その度に断らなければいけなくて大変だ。
「一式、凄い人気だな」
「メイド服が珍しいだけですよ」
壁際で待機している、撮影声かけられ待ちのコスプレイヤーさんの前で、同じこと言ったら怒られるぞ。
ゴリゴリにアニメコスプレした方たちが「なんでメイドなんてアキバにゴロゴロ転がってるような、激弱コスしてるあんたばっか声かけられてんの?」って目で見てらっしゃる。
「外に出る時は、メイド服やめて私服にしてみたらどうだ?」
「いえ、これが自分の戦闘服ですので」
そういうポリシー的なものがあるなら仕方がない。
「まぁ俺も一式のメイド姿好きだからいいんだけど」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
一式が美人というのもあるが、声かけやすい雰囲気があるんだよな。常に微笑みをたやさないし、声かけても怒られなさそうというか。
良く言うと、めちゃくちゃ優しそう。
悪く言うと、強く押せばワンチャンありそうと思われてる。
この子は大人になったら、静さんと同じ道進みそう。
そんなことを考えていると、髪の毛ピンク色のチャラそうな兄ちゃんが一式に声をかけてくる。
「ねぇねぇ彼女ぉ↑ 遊びいかなぁい?」
「すみません。予定がありますので」
一式が申し訳無さそうにやんわり断るも、ピンク髪はしつこく迫ってくる。
「そんなすぐ断らずにさぁ↑ ワソピ知ってる? 有名なんだよワソピ。ルピィわかるルピィ?」
即売会に来るほどのオタクに向かって、今やサザ工さんレベルのワソピで話題をふるのは、自分の無知をさらけ出してるのと一緒だろ。
「すみません。ご一緒できません」
「ご一緒できませんて、かわうぃうぃねぇ↑ そうカタいこと言わずさぁ~遊ぼうよ~」
頭ピンクは全く乗ってこない一式にしびれを切らしたのか、1万円札を取り出し渡そうとしてくる。
「ねぇねぇお金あげるし個撮させてよ」
個撮とは個人撮影のことで、カメコとレイヤー二人きりで、ホテルなど場所を借りて撮影を行うことである。
撮影とは言っているものの、ホテルで二人きりという状況から、いかがわしい行為を要求してくることも多いと聞く。
俺はこういうのに詳しいからわかるが、頭ピンクでレイヤーに声をかけてくる奴なんか、9割方オタクではなくただレイヤーを食いに来ただけのヤリ○ンである(偏見)。
「あの、すみません。本当にコスプレイヤーじゃないんです」
「えぇ、じゃあ本物のメイドさんってコトォ? いいじゃんいいじゃんオレにもご奉仕してよ~」
ピンク髪が一式の腕をつかもうとするので、俺が先に一式を後ろからエプロンドレスを掴んで引き寄せた。
「御主人様……」
「これ、俺のだから」
なに人のものに堂々と手出してくれてんだコイツは。
「なにお前ぇ? もしかして彼氏ぃ↓?」
「あんまりしつこいと警察呼ぶぞ」
ここはもう運営呼ぶなどと言葉を濁さず、警察と言ってしまった方がいい。
「チッ……んだよ、プレイ中かよ」
ピンク髪は、金をしまうと舌打ちを残して去っていく。
最近の即売会、オタク女子を食いに来た出会い目的の連中が多すぎる。
オタクは引っ込み思案の人間が多いので、強気に出て来ないとわかってて強引な誘いをかけてくる。
コミケや即売会の参加者が増えたことは喜ばしいが、それに寄ってくる人間もいるので注意しなければならない。
「ごめんね、変なこと言って」
「いえ、事実ですので……」
『これ俺のだから』……は、まずかったな。もうちょっと言い方考えないとダメだったと反省していると、目の前のスペースでアクセサリーを販売していた女性が、俺たちに声をかけてくる。
「熱いね、彼氏、熱いよアンタ」
30代くらいだろうか? 金髪ウェーブヘアで耳にピアスをいっぱいつけた、パンクロッカーみたいな風貌の女性だ。
「彼氏じゃないですが」
「御主人様とメイド? それとも奴隷?」
「全然違いますよ!」
「照れなくていいのよ、アタイにもあったの、男に飼われたいって思う時期がね」
この女性は初対面の相手に何を言っているの?
「大事な
「それはまぁそうなんですが」
「じゃあアタイがいいもん持ってる。彼女もきっと気に入るよ」
俺たちはアクセサリー屋さんから、勧められるまま商品を購入してしまった。
◇
「男から言い寄られることは全くなくなったけど」
「めちゃくちゃ視線を感じますね……」
アクセサリー屋から購入した『奴隷セット』は、抜群の男避け性能を発揮していた。
今現在一式はアイマスクに手錠、首には鎖付きの首輪を装着している。
俺は、首輪から伸びる鎖を引っ張っていた。
「アイマスク、前見えてる?」
「はい、メッシュなので視界は全然大丈夫です」
メイドに鎖つけて連れ回してるって、もう完全にSMプレイのお散歩である。
ここが即売会じゃなかったら、普通に職質されてタイーホである。
「一式、この格好はやっぱりまずいんじゃないだろうか?」
「いえ、自分は大丈夫です」
「本当に大丈夫なの? コスプレにしてもわりと酷い格好だよ?」
「この格好、炎の奴隷メイド学園の制服と似ていますし」
「あぁ、確かにメインヒロインに似て……ん?」
炎の奴隷メイド学園とは、昨年発売されたかなり強烈な凌辱ゲーである。
主人公である学園長が、入学してきたメイド志望の少女たちを調教し、身も心も快楽堕ちさせ性奴隷化する作品だ。
なにより俺は、そのタイトルが一式の口から出てきたことに驚きを隠せなかった。
まさか彼女がそんなスケベなゲームをやってるわけがないと思い、カマをかけてみることにした。
「奴隷メイドはメインヒロインの声がいいよね」
「そうですね、ボイスにすごく艶があってとってもいいですよね!」
「一式(鬼畜)エロゲとかやるんだね……」
「はっ!? 違うんです! ホームページのサンプルで聞いただけで」
「一式、奴隷メイド、ホームページにサンプルボイスないよ」
「――!」
奴隷メイド学園は度重なる発売延期で、ホームページで宣伝を行える余力がなかった。
そのため、ボイスを知っているということはプレイ済みということである。
あっさり既プレイがバレた一式は、赤面して狼狽える。
「一式、結構ハードなの好きなんだね……」
「その……あれはまだソフト性奴隷で……」
ソフト性奴隷ってなんだ。
あの凌辱ゲーをソフトと言えるってことは、もっとハードコアなエロゲやってるだろ。
羞恥でカっと赤くなった一式は、恥ずかしそうに俯く。
これもうSMプレイと言われても、言い逃れできんな。
「大丈夫だよ一式。俺は君がどんなものが好きでも大丈夫だから」
「そんな優しい声で言わないで下さい!」
別に凌辱ゲーが好きなメイドがいてもいいじゃない。
俺の専属メイドには相応しいと思う。
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