第372話 水咲奪還戦 Ⅷ
カメラのスイッチは、激しく荒ぶる摩周社長を映しながらようやく切られた。
放送事故で配信が切れた瞬間、大越を押しのける形で、応接室に社員が殺到してきた。
居土さんに神崎さん、御堂さん、鎌田さん、阿部さんが加わり水咲の社員だけでなく、ヴァーミットの社員も勢ぞろいしている。
怒りを滲ませた社員の先頭に立っているのは、旧水咲アミューズメント社長水咲遊人さん。
「摩周社長失態だね。生放送の視聴者は10万を超えていた。君は10万人の前で、最高の吸い上げシステムを自慢げに叫んだわけだ。ヴァーミットゲームの評判は地に落ちたと言ってもいいだろう」
「遊やん、お前もグルか。……この前ネットで炎上させとったのも今日の為か」
摩周社長が、人殺しのようなまなざしを向ける。
「なんのことかさっぱりわからんね。我々旧水咲、ヴァーミットゲーム社員一同より嘆願書を用意してきたよ」
居土さんが机の上に、どんっと書類を置く。それは社員一同からの社長の退陣要求だった。
「この要求が受け入れられなければ、ここに署名した全社員は無期限のストライキを開始する。本来なら社員による会社に打撃を与える行為は法に触れるが、今回は君の責任が非常に大きい。訴えても無駄だよ」
「ぐぅっ。ありえん、ありえん、このワシがこんなガキ一人にハメられるなんぞ」
「その子供一人が一番ゲームを愛し、楽しいを作り出すことに誇りをもっていたんだ」
「やかましいわ! そんなもんで飯が食えるか!」
摩周社長が吠えると、その時社員の群れがさっと二つに割れる。
まるでモーセの十戒を歩くかのごとく、一人の女性がカツカツとヒールを鳴らして歩いてくる。
「あ、あんたは……」
ビジネススーツを着こなし、絹布のようなロングヘアを揺らす女性。
切れ長の瞳に絶対零度を宿し、警視庁のガサ入れのごとく厳しい表情をしている。
摩周社長が今現在最も恐れる人物。
「これはどういうことかお話いただきましょうか」
底冷えのする冷たい声、とても20代前半とは思えないほどの貫録。
「だ、伊達はん。ちゃうんや、これにはわけがあってやな! ワシはハメられたんや!」
「ハメられたのはこっちのセリフです。あれほど生放送で失態を犯さないようにと釘をさしておいたのに、貴方はこの会社を潰したいようにしか見えない」
「ちゃうんや、話を聞いてくれ!」
「ええ、聞きましょう。これより緊急の株主総会を始めます」
「き、緊急て……」
「他の株主には既に連絡してあります。あなたの進退について協議しましょう。水咲ブランドを失墜させた責任はとっていただきますよ」
「そ、そんなアホな……」
摩周社長は糸が切れた人形のように、その場にぺたんと座り込んだ。
◇
ヴァーミットビルでの出来事から一週間後
ネットは盛大に荒れに荒れ、ヴァーミットゲームの株価はとんでもない勢いで下落した。しかし逆に摩周がいなくなれば、ヴァーミットはよくなるのでは? と気づいた投資家たちによって買い支えられ、結局元の値を少し下げた程度で落ち着く。
緊急で開かれた株主総会にて、摩周社長は社外人物への暴行及び、日常的なパワハラを認め、懲戒解雇が正式に決定。
空いた役職には水咲遊人さんが代理として入ることに決まった。
一応次の社長が決まるまでの代理という事になっているのだが、恐らく遊人さんのかわりになる人物なんて早々でてくることはないだろう。
また社長変更に伴い、社名が【ヴァーミットアミューズメント】から【水咲V】へと変更されることになった。
ちなみに大越は摩周社長の懲戒処分が決まってから、すぐに退職届をだし日本を出て海外に移動したらしい。
最後まで自分がプロデューサーになることにこだわっていたので、多分海外でダイヤの原石とやらを探しているのかもしれない。できることなら二度と帰ってきてほしくない人だ。
それから俺達の同人ゲームフレームアームズは、ユーザーからの要望により大手ダウンロード販売サイトで販売されることが決定。
追加コンテンツは無料配信にかわり、ゲームを起動すると、まだダウンロードされていないソフトには自動でインストールされることになった。
また、それまでにダウンロードで購入してしまった人には、返金処理が行われた。
居土さんは、水咲V第1開発室部長へと就任。
同じく第2開発室部長に就任した神崎さんと、籍を入れることが決定したらしい。
鎌田さんは居土さんとまた一緒に仕事ができると喜んでいたのも束の間、遊人さんから「第三開発室部長、君だから^^」と告げられ青い顔をしていた。
阿部さんはそれを見て「でひゃひゃひゃひゃ、鎌田君はもうどこ行っても責任ある役職から逃げられないでふ」とゲラゲラ笑っていた。
しかしこちらも遊人さんから社員増員に伴い、第4開発室を新設。部長を阿部さんにすると言われ、青い顔をしていた。
◇◇◇
水咲Vビル社長室にて。
社長職が遊人に戻り、社長室はまた玩具やゲームで散らかり放題になっていた。
そこにノックが鳴ると、どうぞという前に女性が入室してきた。
それはビジネススーツではなく、ロングセーターに黒タイツの私服姿で来た玲愛だった。
首元には以前プレゼントされた首輪を巻いており、首輪に取り付けられているハート型の錠前が輝いている。
「いらっしゃい、ご足労いただきありがとう」
「そういうなら少しは部屋を綺麗にしていただきたいですね」
「本来はこちらから出向かなきゃいけないけど、何分合併直後に社長解任だからね。こっちもなかなか時間が取れなくてね」
「私の方が身軽なので構いませんよ」
玲愛はよく沈む来賓用のソファーに腰かける。
遊人も社長席から、玲愛の対面にあるソファーに腰かけた。
「まずは謝罪と感謝を。伊達さんには多大なご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。そして本当に感謝してもしきれない。貴方たちの力がなければ僕はこうやって社長席につくことはおろか、自宅でひきこもっていたことだろう」
そう言って遊人は深く頭を下げた。
「小娘に敬語なんて必要ありませんよ。それに感謝するのは私ではなく、悠にするべきです。彼が動かなければ私も動かなかった」
「大人しそうな子なのに、本当に人は見かけによらない」
「私も時々彼の行動力に驚かされます。普通考えついてもやらないことを平気でやりますので」
「剣心さんも、まさか僕を助けてくれるなんて」
「父も多少は娘に誇れる親になりたいそうです。その甲斐あってか家出していた妹二人が、週に何度か帰って来るようになりましたし、それだけで大きな意味はあったのでしょう」
玲愛は鞄から書類を取り出す。
「伊達の水咲株の取得状況です。現状伊達が水咲株の過半数を取得しています。このままでは水咲が伊達の子会社化しますが、そちらが望むならウチが筆頭株主にならないように調整しても構いません」
「このままで構わないよ。ウチは伊達の子会社として再出発する」
「そうですか、では最後に」
これが本題だと玲愛は遊人を見据える。
「悠を返してもらう」
「申し訳ない玲愛嬢、伊達の靴を舐めろと言われたら喜んで舐めるし、尻尾も高く振るが、それだけはできない」
「これだけ我々に借りを作っているのにですか?」
「厚顔無恥と罵ってくれて構わない。彼にはウチを継いでもらう」
「跡取りには興味なかったのでは?」
「僕はもう彼以外にいないと思ってるからね。それを持っていかれるととても困る」
「確認もとっていないのに、急に跡取りにされると悠も困るでしょう」
「本人の意思は尊重するけど、僕はもうやってもらうと決めてるからね」
「フフフ、水咲さん、せっかく社長席に戻れたのに、また引きこもりになりたいんですか?」
「フフフ、何を言おうと彼はウチの娘と結婚するよ」
「フフフ、寝ぼけたことを言うのはやめていただきたいですね」
「「フフフフフ、ハハハハハハハ」」
社長室内で、激しい火花を散らす遊人と玲愛だった。
――――――――――
長かったオタオタもエピローグを残すのみとなりました。
後少しですので、最後までお付き合いいただけると幸いです。
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