第371話 水咲奪還戦 Ⅶ

 摩周社長と向かい合った俺は、改めて炎上の経緯について話す。


「知らない方もいると思うので説明しておきます。俺たちのゲームはプレス工場の納期までにバグとりを終えられず、その結果一番重要な真エンディングルートを封鎖した状態で発売しました。ですがコミケまでには修正ファイルが間に合いましたので、無料で配信する予定でした。また、遅れが出てしまったお詫びの意味を込めて、追加キャラ及び追加機体も同じく無料で配信される予定でした」

「ちょい待ち兄ちゃん、この話は今することやないやろ? 後でちゃんと時間とったるさかい、なっなっ?」


 摩周社長が慌てて話を止めにかかるが

 配信画面は『ふざけるな、今やれ』『どうせ逃げるだろ』『ここでできない理由あるの社長?』と大荒れ。俺も途中でやめるつもりなんかサラサラない。


「水咲側にもちゃんとこの要望は聞き届けられ、コミケ当日に配信されるはずでした。しかしイベント当日になると、有料DLCにかわっていました。水咲とヴァーミットの合併の兼ね合いでこうなったと聞かされましたが、今日まで正式な説明は一つもありません。コミケで直接社長と話す機会があったので、なんとか無料にしていただきたい、これは追加コンテンツではなく、修正ファイルなんですと頼み込んだものの、とりあってはもらえませんでした」


 摩周社長の顔にどんどん汗がにじみ出てきている。


「この放送の前にヴァーミットさんのツイッターで、弊社で協議した結果DLCの値段を決定したと書かれていました。何をいつ、誰とどう協議したのか、今この場でお聞かせいただきたいのですが」


 俺が質問すると、社長は歯切れが悪そうに「んー、あー」っと唸って困っている。

 当然だ。有料DLCになった理由なんて、コイツが自分で語っていた。売れるゲームからとことん金をとる。それ以外に何もない。

 そんなゲスな事しか考えていないから、いざこうやって明確な理由を求められた時に困るんだ。


「そ、それはDLC配信にもサーバーのコストがかかるわけやしな。例え修正ファイルやったとしても配信料金ってもんが」

「それにしては高すぎますよね? 1キャラ1000円、真ルートのアンロックに関しては2000円。正直他のDLCと比べてもかなり高い部類です。俺にはこのDLCで、利益をあげようとしているようにしか見えません」

「そら兄ちゃんが業界ってもんを知らんだけやで。そっちは修正ファイルのつもりで出したかもしれんけど、会社にとってはそれも商品や。商品にどんな値段をつけるかはあくまで会社が決めるわけや」

「ならヴァーミットは、修正ファイルであろうとお金をとるという考えで良いですか?」

「そうは言っとらん。あくまで今回はたまたまや、たまたま。無料で出すこともあるかもしれへんし、有料にすることもあるかもしれん」


 摩周社長の自分にのみ都合のいい発言に、配信画面でも視聴者の怒りを買っていた。


『この社長何も考えてないのでは?』

『ヴァーミットが腐ってる理由がわかった』

『こいつの言ってることで一つも納得できる部分がない』

『ようは、素人サークルだから文句言ってこないと思って、がめついことしたんだろ』


 視聴者の言ってる事のほとんどが正解だ。


「今一度、摩周社長がユーザーと開発者をどう見ているのかお聞かせ願いたいです。俺にはあなたが楽しいを提供しようとしているとは思えない。ただ金に強欲で、ユーザーとクリエーターを軽視しているようにしか見えません」


 俺が直球で思ってることを言うと、摩周社長の顔は困った恵比寿顔から仁王のような怒りの表情にかわる。


「兄ちゃん、あんましワシの顔に泥塗ったらあかんで」

「その泥はご自身の身から出たものじゃないですか?」


 両者で一瞬の沈黙とにらみ合い。

 摩周社長は後ろをチラリと確認する。背後にあるのは生放送用のカメラだ。当然あれがある限り本音なんてださないだろう、だからあえて都合の良い展開を用意する。


「一旦カメラ止めましょうか。あれがあるとちゃんとした話し合いにならないでしょう」


 俺はカメラを指さす。


「せやな、一旦止めてくれや。その間新作のPVでも流しときゃいい」

「了解しましたでゴザル」


 聞き覚えがある語尾が聞こえたが、摩周社長が気づいた様子はない。

 スタッフがカメラを操作し、俺も配信画面が映っているノートPCをパタンと閉じる。


「カメラ止まったでふ」


 監視の目がなくなった瞬間、俺は胸ぐらをつかまれ一気に壁に押し付けられた。

 その場にいた全員が悲鳴を上げる。


「こんのガキ、どんだけワシをバカにしくさったら気が済むんじゃボケが!」


 弐号機が腰を落として跳び蹴りの体勢に入り、火恋先輩が応接室に置かれていたゴルフクラブを手にする。

 俺は躊躇なく後ろから襲いかかりそうな彼女たちに、首をふって介入しないように頼む。


「お前みたいなクソガキ、一回痛い目見んと学習せんな」

「貴方がいい加減なことをして、ユーザーの信頼を裏切り続けているからでしょうが! 俺の質問に何も答えられないのは、あなたが信念も理念もなく思いつきで金稼ぎをしているせいだ!」

「やかましいわドアホが、ケツの青いガキになにがわかるんじゃ! 前にもゆーたやろうが、アホからしぼるんが普通なんじゃ。楽しいを提供? アホかお前は、寝言は寝てほざけ。金のことを考えへん経営者は二流以下なんじゃ!」

「水咲は違う! あそこは社長も社員も皆が楽しいを作ることを考えていた! どれだけ苦しくても、楽しいと言ってもらえるものを作り上げてたんだ!」

「やかましいわ、あいつもアホやからワシに食われたんじゃ! そんな生ぬるいことで、この業界を生きていけると思うな!」

「人あっての会社でしょう! 人を大切にできない会社なんて潰れてしまえばいい!」

「なんやとこのクソガキが!」

「ユーザーも開発者も、貴方の為にお金を落とすものじゃない! ましてや金を吸い上げるだけのゲームを作らされる開発者のことを考えろ! 自分の作ったもので人ががっかりするのが、クリエーターにとってどれだけ苦痛なのかわかってるのか!?」

「開発者なんか所詮は会社の駒でしかない。嫌なら辞めてしまえ! ゲーム作りたいゆーてくるアホは、世の中わんさかいるんじゃ!」


 この野郎、お前みたいなのがいるからいつまでもクリエーターが弱い立場なんだ。

 摩周社長はウシガエルみたいな顔をニヤリと歪める。


「せや、おもろいこと考えついたわ。ゲームクリエーター養成学校でも作って、ウチに斡旋したろう。学費で金とれて、安い金で雇用できる最高のやり甲斐搾取システム思いついたわ」

「あんたって人は!」


 摩周がゲラゲラと笑うと、応接室の扉が勢いよく開かれた。


「社長!」


 入ってきたのは、大越だった。横流しの髪が乱れるほど焦って走ってきたのだろう。息は上がっているが、顔面は蒼白だ。


「なんや? えろー焦って」

「放送が続いています! カメラが切れていません!」

「はっ?」


 摩周が振り返ると、そこには机の上に鎮座しているカメラの姿が。

 そのカメラは赤いランプがついており、記録中と一目でわかった。


「ありゃ、拙者確かにスイッチ切ったはずでゴザルが」

「鎌田君はパソコン以外の機器になるとてんでダメでふね。でひゃひゃひゃひゃ」


 カメラを持っている二人を見て、摩周社長は気づく。


「お前ら会社の前で、デモやってた……」


 雷火ちゃんが閉じられたノートPCを開くと、そこには摩周社長が俺の胸ぐらを掴んでいる映像が映しだされており、動画プレイヤーにはLIVEの文字が点灯している。

『イェーイ社長見ってるー?v^^』

『恐喝、暴行に詐欺罪追加と』

『10万人見てるよ社長ー^^』

『通報した』

 とすさまじい勢いでコメントが流れていく。


「どうやら機材トラブルで、今のやりとりが配信に載っていたようですね」


 なんて不幸な事故なんだ。俺が棒読み気味に言うと、摩周社長は顔を真赤にして怒鳴る。


「お前ら、ワシをはめたなーーーーー!!!!」

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