4 姉、帰る

第127話 異世界編?

 ガラステーブルを挟んで話す、熟年の男性二人。

 テーブルの上にはブランデーのグラスが置かれており、琥珀色の液体の中にまん丸の氷が揺れる。

 ソファーに腰掛けているのは和服姿の強面、伊達家当主、伊達剣心だて けんしん

 その対面でグラスに酒を注ぐ、細身の体躯にスーツ姿の男。【水咲みさきアミューズメントウォッチャー】代表取締役社長、水咲遊人みさき ゆうと


 目を閉じて座る剣心の眉間には深い溝が入っており、不機嫌さを隠そうともしていない。


「遊人よ。いつになったらアレを引き受けてくれるのだ」


 アレとは言わずもがな、悠介のことだ。


「一応娘にはアタックをかけさせたのですがねぇ、逆に撃墜されたようで」


 遊人がハハッと笑うと、剣心はテーブルをダンっと叩いた。


「笑っている場合ではなかろう! 娘の話す話題の8割があの男になっていて、ワシは心底不快だ!」

「まぁまぁ、娘の旦那を受け入れられなくて孤立していくしゅうとみたいですよ」

「旦那ではない!」

「す、すみません」

「……料理に全く興味がなかった末の子が、今日は悠介さんにお弁当作ルンルン♪ と鼻歌歌いながらエプロン身につける姿を見て、ワシはなんと言えばいいのだ!?」

「いや、それは頑張ってでいいんじゃ……」

「よくないわバカモン!! パパのために弁当を作れ!!」

「まぁそれをきっかけに、料理を振る舞ってもらえるかもしれませんよ」

「男のついでに作ってもらっても嬉しくないわ!」


 剣心は怒りに任せて、ガラステーブルをひっくり返す。遊人はさっと酒とグラスを持って、ちゃぶ台返しを躱す。


「次女は紐みたいな下着をつけとるし、切れ込みこんなんだぞ、こんなん!」


 剣心は大御所芸人のお笑いギャグのように、がに股で股間のV字ラインをなぞる。


「いや、親が娘の下着事情把握しないで下さいよ」

「あいつと関わってから娘がおかしくなった! 引っ込み思案で勉強以外に興味がなかった雷火は、ファッションに興味を持ち料理の腕を上げ女を磨いておる。火恋は義務や使命感で嫁になる決意をしていたが、今は日々楽しんで花嫁修業に励んでおる」

「良いことばかりでは?」

「良くないわ! 娘の努力の方向が、どこの馬の骨か知れぬ男に向いておるのだぞ! これでは玲愛の思惑通りではないか!」


 遊人は目の前のめんどくさい親バカに「はぁっ」と大きな息をついた。


「玲愛嬢は今どこに?」

「なんとかロシアで足止めしているが、現地の社員からはもう限界ですと泣き言が入ってきておる。帰ってくるのは時間の問題だ」

「それは恐ろしい」

「他人ごとのように言うな。大体お前のところはどうなのだ? 悠介の籠絡を頼んだのに、逆に籠絡されてどうするのだ」

「あの年頃の子はすぐに人を好きになりますから。伊達さん、10代でできた彼氏とそのままゴールする確率って10%程度なんですよ。残りの90%は別れるんです」

「むぅ……」

「まして許嫁二人という複雑な環境。しかも男女の権力バランスが圧倒的に女性側に傾いている。……うまくいくはずがありません」

「そ、そうだな」

「男は伊達財閥を背負うことに絶対尻込みします。娘さんはその時目を覚ますでしょう。この男では私に釣り合わないと……。今は娘さんが男性経験を積んでいるだけと思って、もう少し余裕を持ちましょう」

「わ、ワシは別に焦ってなどおらぬがな」


 どの口が言うのかとは言えない遊人だった。


「しかしまぁ、玲愛嬢がその10%にねじ込んできても困るので、ウチの娘にはもう少し積極的なプローチをかけるように言っておきます。幸い上の子は彼を気に入っているようなので、過激な手を使うことに躊躇いはないでしょう」

「言い逃れできんような不祥事を起こすのだ。さもなければ事業融資の話、なかったことにするぞ」

「わかりました。そのことで娘さんが傷ついても構いませんね?」

「構わん。奴を引きはがせるなら必要な痛みだ」


 遊人はコクリと頷くと、スマホを操作するのだった。



 成瀬さんのイベントから数日後、俺は異世界へと来ていた。


「ふー……とうとう来ちまったか。異世界……」


 特にダンプカーに轢かれたとかそういう記憶はないのだが、俺の腰に挿された鉄の剣、装備している革の鎧はファンタジーモノのそれ。

 目の前に広がる青空と草原、鬱蒼と生い茂る森。遠くの方に見える中世ヨーロッパ感のある城。

 これは誰がどう見ても異世界。その証拠に、現実世界ではありえないまん丸い軟体生物がこちらに近づいてくる。


「出たなスライムめ……俺の経験値の糧となれや!」


 俺はスライムを斬り殺すと、剣を鞘に納める。


「ふぅ……他愛もない……」


 経験値3くらい入ったかな。

 しかし戦闘が終わってもリザルト画面などは現れない。

 俺の背にヒューッと風が吹く。


「……って他愛もないじゃねーよ! なんだよこれ! 俺異世界に飛ばしてくれなんて頼んでないよ! えっ、マジで? ほんとに帰れないの!? 俺現実世界でやり残したこといっぱいあるんだが!?」


 一通り空に向かってキレちらかした後、ぺたりとその場に座り込む。


「どうすんだこれから……」


 こんなのとんでもないチート能力でも持ってなかったら割に合わんぞ。

 なんで俺はこんなところに来てしまったんだ?

 思い出せ、ここまでの経緯を。


「学校帰り、相野とわかれて家に帰ってたら、途中で白いリムジンが目の前を遮って……」


 ダメだ。そこから何も覚えてない。

 まさかとは思うけど、覚えてないだけでほんとにトラックに轢かれたのか? いや、この場合トラックじゃなくてリムジンか。


「だとしても、そう簡単に異世界にはとばんやろ……」


 へたりこんでいても仕方ないので、俺はゆっくり立ち上がると遠方に見える文明圏を見やる。


「しょうがない……とりあえずあの街まで行くか……」


 行きたくねぇ。街人から「ここはアリアハンだよ」って、ファンタジーっぽい街の名前言われたら現実逃避できないじゃないか。


 重い足を引きずりながら、両サイドに木々が並ぶ街道を進むと、木陰がガサっと揺れた。

 なんだ、またスライムか? そう思い揺れた方を見やると、真緑の体色をした人型モンスターがぬっと姿を現す。


「で、でかっ……」


 身の丈は3メートル近く、でっぷりと突き出た腹に腰蓑。棘のついた無骨な棍棒を握っており、ハァハァと荒く息を吐いている。

 人間を丸呑みできそうなでかい口からは、長くて太い舌がだらしなく垂れており、舌先からヨダレがポタポタと滴っていた。


「あぁトロルって奴だな」


 ゲームによっては、トロールやボストロルなんて呼ばれたりする脳筋モンスター。

 コイツに痛恨の一撃を出されて死んだ勇者も多いのではないだろうか。


「フーフーフー」

「いやぁ……スライムの次に出会って良いモンスターじゃないだろ……」


 でも、実は見た目だけで意外と弱いという可能性も微レ存。

 俺は腰に刺した剣を抜いて切りかかってみる。


「どりゃあああああ! お前も経験値にしてくれるわ!!」


 だが、剣は棍棒の一振りで容易く折れた。


「……あっダメだこれ。逃げろ!」


 折れた剣を放り捨て、背を向けて全力で逃げ出す。するとトロルは棍棒を振り回しながら追いかけてきた。

 言葉は喋れないが俺にはわかる。間違いなく「晩飯待てー」と言っている。


「オンギャー! おた~すけ~!!」


 いやー! こんなところで食い殺されてたまるか!

 必死に走るが、石に蹴躓いて転倒してしまう。


「うげっ」

「フーフーフー」


 トロルは俺の前に立ち、棍棒を振り上げる。

 あぁ、あれで俺の頭はプチトマトみたいに潰されるんだろうな。そんで動かなくなった俺は、バリバリと食べられてしまうのだろう。短かったな、俺の異世界編……そう思った瞬間だった。


「こっちこっち~」


 後ろから少女の声が聞こえ、トロルは振り返る。すると遠くで、バニーガールの格好をした少女が手を振っていた。

 トロルは目をハートマークにして、バニーガールに突進していく。


「モンスターにも色仕掛けって通じるんだな……って言ってる場合じゃない。あの子が危ない!」


 慌てて立ち上がり走る。だが時既に遅く、トロルはバニー少女の前まで詰めていた。

 やばい、あの子が殺される!

 自分が死ぬのは嫌だが、目の前で女の子が殺されるのはもっと嫌だ。

 トロルは骨を砕く棍棒を振りかざす。


「避けろぉぉぉぉぉ!!」


 俺が叫ぶと――


「はぁっ!!」


 バニーガール少女とトロルの間に、金の騎士甲冑を着た女性が割って入った。

 トロルはいきなり出てきた人間に反応が遅れる。騎士少女はその一瞬を見逃さず、手にした槍を突き出す。

 稲妻めいた速度で走った槍は、トロルの胸を刺し穿ち風穴を開けた。

 槍が引き抜かれるとブシュッと紫の体液が飛び、断末魔もなく巨体から力が抜け膝から崩れ落ちた。

 ズーンと音をたててトロルが倒れると、騎士少女は槍をヒュンと回しドヤッと胸を張る。


「…………君は」

「あんた、おた~すけ~はないでしょ」


 クスクスと笑いながら女性はナイトヘルムを外すと、金髪ツインテがぶわっと広がる。

 意地悪な笑みを浮かべた少女、それは俺の知っている人物だった。


「はっ、えっ? ひ……かり?」


 目をパチクリとして困惑していると


「せ~んぱい♡」


 バニー少女からも聞き慣れた声が聞こえる。

 ちゃんと顔を見やると、小麦肌にサイドテールのギャルがニッと笑みを浮かべていた。


「キララ? ま、まさか君たちも異世界転生を? いや、ここまで知り合いが多いと転生じゃなくて転移なのかな……」


 そう聞くと、水咲姉妹は顔を見合わせてケラケラと大笑いした。


「何冷静に異世界考察してんのよ、アンタは」

「センパイもしかして本気で異世界転生したって思ってる?」

「はっ? えっ?」

「ゲームよ、ゲーム。ここは仮想バーチャル空間なの」

「仮想……世界?」

「全然わかってない顔ね。ここは水咲が開発している新規オンラインゲームの中なの」


 なるほど、ってことはこれから壮大なVRデスゲーム編が……。




―――――――――

始まりません。

異世界編でも、VRデスゲーム編でもなく玲愛編(序章)です。


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