第335話 デッドライン

 ゲーム制作祈願から数日後――

 雷火ちゃんの部屋にて


「くぅ……出ちゃったかぁ……」

「はい、出ちゃいました……」


 俺と雷火ちゃんは、開発しているゲームのテスト画面に表示されたエラーメッセージを見つめ、がっくりと肩を落とす。

 現在開発しているゲームの進捗率は約95%、もうじき完成じゃないかと思われるかも知れないが、ゲーム開発はここからがなかなか進まない。

 それは俺が身にしみて感じているデバッグ作業のせいだ。

 水咲での開発でも、モグラたたきのように潰しても潰してもポンポコ出てくるバグに胃が痛くなったものだ。


 その中で今回発見されてしまった、進行不能クリティカルバグ。

 こういうのは雷火ちゃんが人知れず始末してくれるのだが、今回のは根が深いバグで、修正にかなりの時間がかかるとのこと。


「これ、トゥルーエンドへのルート分岐ステージだよね?」

「はい、このステージの分岐フラグがどっかでバグっちゃってるみたいで、このステージに入るとなぜかキャラクターのレベルと、育ててきたロボットのレベルが両方初期化されるんです」

「最終ステージ直前で、レベルリセットなんかされたら絶対勝てないよね……」

「ヤムチャとセルジュニアが戦うくらい無謀です」

「なぶり殺しじゃないか……」


 困ったな。


「仮にレベル1の状態でステージをクリアしても、ゲームがフリーズしちゃいます」

「つまり30時間くらいプレイして、エンディング直前で1からやり直しになると」

「はい。しかも同じルートに入っちゃうと、またバグります」


 出ちゃったかクリティカルバグ。

 アドベンチャーゲームに、急遽作ったシミュレーションゲームパート実装して順調に動いてきたんだもん、そりゃでかいの1つや2つ出るよな。


「すみません、バグのないゲームを心がけて組んできたんですけど」

「いや、バグのトリガーなんてわかんないからね。雷火ちゃんのプログラムはバグがめちゃくちゃ少ない方だよ」


 ゲームは規模によるが、同人の小さいゲームでも数百個は出るし、千個出たなんてザラだ。

 このでかいバグが、ここで見つかったのは幸運と思わなきゃいけないな。


「来週にはβ版を、水咲のデバッグ会社に提出しなきゃいけないんだけど、それまでに直りそう?」


 β版とはある程度デカいバグはなくなり、一通りスタートからエンディングまで到達できる状態のことを言う。

 デバッグ会社は、β版をプレイして俺たちが追いきれない細かなバグを発見してくれるのだ。


「多分一週間くらいかかるかもしれません、ちょっといくつかデータの再構築しなきゃいけないんで、バグのトレースと修正で一週間くらいかかっちゃうかもです」

「ギリギリだねぇ。一応最悪の事態も考えておこう、このバグ強制リリースできる?」


 強制リリースとは、無理やりバグっているルートを塞いでプレイヤーにバグのトリガーを引かせないようにすることだ。


「できますよ、トゥルールートに分岐しないようにすれば大丈夫です」

「そっか。一応キャラエンドは迎えられるんだね」

「はい、ノーマルエンドってやつですね」


 現在開発しているゲームは、ヒロインを全員攻略することでトゥルーエンドという真のエンディングに分岐する。

 本来ラスボス戦には好感度が高いキャラしか登場しないのだが、このルートでは全ヒロインが登場し、大団円を迎える。

 ようはハーレムルートがバグっているのである。


「このルート消したくねぇ」

「わたしもそう思います。このルート入らないと、真下さんの挿入歌聞けませんよ。ノーマルだとエンディングもオフボーカルですし」


 く~どうする? 今からノーマルエンドでもボーカル曲が流れるようにするか?

 いや、でも真エンディングしかボーカル曲流れない方が熱いだろ。

 ラストバトル直前で成瀬さんのオープニングが流れて、戦闘中に真下姉妹の挿入歌がかかり、エピローグでそれまでオフボーカルだったエンディング曲にボーカルが入る。

 神ゲーは大体この構成だろ。


「とにかく修正お願いできるかな? 最終締め切りデッドラインまで、まだ後一週間くらいはあるよね?」

「そうですね。全力でやります」



 その2日後――アパートは悲運に包まれていた。


「大丈夫?」

「……ほんとすみません……ほんとにすみません。あんな大口叩いておいて……」


 マスク越しにぜぇぜぇと苦しそうに息をする雷火ちゃん。

 真っ赤な顔をして、現在布団に倒れ伏してしまっている。

 昨日ぐらいから雷火ちゃんと、天が体調不良を訴えていたのだが「軽い風邪だし、大丈夫ですよ」と本人たちは言っていた。

 しかし、今朝方体調が悪化し、二人共高熱を出してダウンしていた。

 更に真下姉妹、静さん、真凛亞さんも咳が出ており、月からも風邪引いたとラインが来ている。


「集団感染か……」


 直近で感染が考えられるのはあのお祭りなんだが、俺は今のところ症状が出ていない。

 ピピッと鳴った体温計を、雷火ちゃんの脇から抜き取るとデジタル板は39度4分を表示。かなりの高熱だ。

 病院に行ったほうがいい体温なのだが、俺一人で全員を連れて行くことはできない。

 手段を選んでる場合じゃないと思い、俺と同じく発症していない玲愛さんに電話することにした。



「はい、はい、はい、すみませんお願いします」


 俺は仕事している玲愛さんに無理言って繋いでもらい、アパートがバイオハザード状態になってることを伝える。


「はい……ですが……はい、わかりました」


 彼女との通話を終えて、雷火ちゃんに向き直る。


「玲愛さんが、お医者さんとケアマネージャーっていう病気中看護してくださる人を手配してくれたから。お医者さんはすぐに来てくれるよ」

「そうですか、すみません」

「玲愛さんは、俺が発症してないならすぐにアパートからマンションに戻れって言ってるんだけど」

「そ、そうしてください! わたし本当に悠介さんに移したくないです!」


 ヒューヒューとやばめな呼吸音をしながら、雷火ちゃんは大きく首をふる。


「このアパートにいたら、絶対移ります。開発遅延がこれ以上出たら、完成しなくなっちゃいますよ」

「……今はゲームのことは考えなくていいから。ゆっくり休んで」

「はい……本当にごめんなさい。すぐに治して、すぐに開発に戻りますから。明日治します、もう絶対明日治します」

「君は責任感が強すぎるよ、今は治すことだけを考えて休んで。これから他のメンバーにも同じ話してくるからね」

「わかりました。悠介さんは絶対このアパートから出て下さい。ここは菌の温床になってますから」


 俺は発症している天、他の感染してると思しきメンバーにも同じ話を行う。

 皆口を揃えて、俺には退避してくれと身を気遣ってくれた。

 とにかくアパートから退避するにしても、往診してくださるお医者さんの話を聞いてからにしようと思い、ひとまず診断を待つことにした。



 夜7時過ぎにやって来たお医者さんの診察が終わった。

 結果は雷火ちゃん天共にインフルエンザ陽性。感染を疑われた他メンバーからも陽性反応が確認された。

 なぜ俺は感染してないんですか? と聞くと、俺はこのインフルエンザに既にかかっている可能性が高く、どうやら免疫があるようだ。

 ただし確証はないので、隔離できるなら隔離した方がいいと言われる。


 今流行っているインフルエンザはかなり強力らしく、お医者さんから最低5日間の療養を言い渡される。

 俺たちのゲーム開発は完全にストップし、デッドラインを超えることがほぼ確定的になった。

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