第292話 離反
会場を出た俺たちは、入り口付近で邪魔にならないように戦利品を確認しあっていた。
雷火ちゃんはアクリルキーなどのグッズ。
火恋先輩はコスプレなどのメイク道具。
綺羅星はフィギュア(未組立)
天は同人誌。
一式は同人CDを買っていたので、皆自分の趣味のものをイベントで手に入れられて良かったと思う。
「悠介さんは何か買ったんですか?」
雷火ちゃんが戦利品片手に聞いてくる。
「うん、ちゃんとエロ同人買ったよ。見る?」
「巨乳モノだったら破り捨てますけどいいですか?」
じゃあダメだな。
ほんと言うとブレイクタイム工房の新作ゲームも欲しかったのだが、雷火ちゃんが未完成品であると見抜いてしまった為、購入には至らなかった。
今思うとバグゲーでも、敵の作品だし買って試遊してみた方が良かったかもしれない。
そろそろ帰ろうと駅に向かおうとした時、月のスマホが鳴る。
「はい、もしもし…………嘘でしょ! なんで理由は?」
珍しく動揺した様子を見せる月。
何かあったのだろうかと待っていると、月は通話を終え眉間にシワを寄せつつ重々しく息を吐いた。
どことなく彼女のツインテも、しゅんとしおれているように見える。
「どうした?」
「悪い話がある。今日水咲の本社で大きい会議があったんだけど、そこで居土さんが第3開発室主任を辞任した」
「はっ? 居土さん会社辞めたの?」
唐突な展開でわけがわからない。
「彼、水咲を退社して、ヴァーミットに移ることになったんだって」
「えっ? ヴァーミットって水咲に引き抜きかけてきたところだよね?」
水咲のライバル会社で、今回のコミケに出る発端となった事件を起こした会社だ。
「えぇ、今までグラフィッカーとかプログラマーとかが引き抜かれることはあったんだけど、まさか主任が引き抜かれるとは思ってなかったわ」
「なんでなんだ? 居土さん水咲に不満があったようには見えなかったけど」
「わからないわ。だけどヴァーミットは破格の待遇で居土さんを迎え入れるたみたい」
「それってつまり……」
言いたくはないが、お金につられたってことか?
俺はその時、摩周の言っていたことを思い出す。
『俺様たちにはすげぇコーチがつくから。ミッチーも知ってる人だぜ』
このタイミングでその発言の意味。
まさか……。あの時には既に、居土さんは水咲を辞めることが決定していた?
「詳しくはわからないけど、パパは本人の決意が固いから退社を受け入れたって」
マジか……。第2の主任が倒れて、今第3の居土さんが抜けたら、もう第1の神崎さんしかいないじゃないか。
「第3の鎌田プログラムチーフを、急遽第3開発室主任に昇進させるらしいわ」
ゴザルでお馴染みの鎌田さんが第3の主任に……。
いやそうするしかないだろう、水咲ゲーム部の三本柱のうち二本も折れた状況では新たな柱を無理にでも作るしか無い。
「鎌田さん大丈夫なの?」
「居土さんの退社と自分の昇進を同時に聞いた瞬間、泡吹いて倒れたって」
確かに鎌田さんなら「ありえないでゴザルゥ!」とか叫びながら泡吹いて倒れそうだ。
実力が認められて昇進と言うより、穴を無理やり埋めるための応急処置的な昇進だから、そりゃ鎌田さんも困るだろう。
「コミケの件だけど、どうやらヴァーミットが本腰を入れて
「潰しにかかるならゲームで勝負しろよ。なんで場外戦術で潰そうとしてくるんだ」
「それと未確認の情報だけど、ゲーム制作の同人グループをヴァーミットが雇用したって。多分ブレイクタイム工房の助っ人ね」
「またか。プロの助っ人ばっかりになって、素人がいなくなった草野球チームみたいだな」
「そのライバル会社無茶苦茶してきますね」
唸る雷火ちゃんの表情も苦い。
「しかし、勤めていた会社を簡単に捨ててしまう居土さんにも問題があるのではないだろうか? まして自分が辞めることで、会社が大変なことになるとわかっていたのだろう」
火恋先輩の言う事ももっともだ。
一緒にゲーム開発をしていて、水咲を捨てるような人には思えなかったのだが、居土さん的にはゲームを開発できればどこでもいいという考えなのだろうか?
「ごめん、俺ちょっと急用ができた。皆先に帰ってて!」
居土さんの真意を自分で確認するまで信じられそうになかったので、俺は急遽水咲本社ビルに向かうことにした。
◇
水咲本社ビルに入って、ゲストカードを貰って開発室に入ると、中には生気のない人形のような表情になっている人や、頭を抱えて悲壮感を漂わせる人達で溢れていた。
「完全に誰か死んだみたいな空気になってるな……」
お通夜状態の中で、一際負のオーラを放っている人物がいる。
近づいてみると膝を折り曲げ、椅子の上でガタガタ震えている瓶底眼鏡の鎌田さんだ。
彼をなだめるように、一之瀬さんと阿部さんがデスクを囲んでいる。
「むむむむむ、無理でゴザル、拙者に居土殿のような治世は行えないでゴザルよよよよよ」
「落ち着いて鎌田さん、誰も最初からできるなんて思ってませんよ」
「そうだよ鎌田君、むしろ昇進できてラッキー、給料上がるって考えるでふ」
「むむむむ無理でゴザル、給料全額返すからこの任を解いてほしいでゴザルぅぅぅっ」
開発室は俺の予想以上にテンパってるな。
それだけ居土さんが抜けた穴は大きいということなのだろう。
「もう終わりだ」「ウチは潰れるしかない」なんて暗い声があちらこちらで聞こえてくる。
第2の御堂さんが過労でいなくなったときもピンチを迎えていたと思うが、今回はそれの比ではないだろう。
御堂さんはいずれ帰ってくるが、居土さんは帰ってこない。そう考えると、このお通夜ムードもいたしかたないかもしれない。
部外者の俺の存在は気に留められることもなく、自由に開発室を見て回っているとパーティションで区切られた一角で、スーツ姿の女性がコーヒーを飲んでいた。
テーブルに片肘をつき、険しい表情をしているのは第1開発室主任の神崎さんだ。
向こうもちょうど俺を発見したようで、ちょいちょいと手招きされる。
人差し指でカンカンと机を叩く神崎さん。
どうやら座れと言ってるらしいので、俺は対面の椅子に腰かけた。
「やっ、バイト君。話を聞いて、急いで駆けつけたって感じね」
「はい」
「どう見える、今の開発室」
「中堅が次々に辞めていって絶望している中、最後の砦に近い怖いけど仕事できる上司が辞めて、更に絶望してる職場って感じですね」
「的確に言い過ぎよ」
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