第291話 カタカタ、ターン!
ほぼ勢ぞろいしたウチのメンバーを見て、摩周(兄)はウヒョーと喜ぶ。
「それがミッチーの開発メンバーかよ!?」
「まぁな」
「すげぇじゃん、美人ばっか!」
摩周は火恋先輩に近づくと「ねぇお姉さん、ウチのサークルに入んない? 給料絶対そっちより高いぜ?」と、声をかけだした。
「いや、私は開発といってもただのサポートで」
「良い良い、お姉さんくらい美人ならいてくれるだけで。黒髪綺麗だね、どこ住み? ツイッターやってる? 巨乳だね、名前は?」
「伊達火恋だが」
「火恋ちゃん! 絶対悪いようにはしないよ! ウチは福利厚生で、美人は週1回リーダーの俺様と食事いけるんだ。美味しい店紹介するよ!」
地獄みたいな福利厚生だ。
途中から開発に誘いたいのか、飯に誘いたいのかわからなくなっている。
「なにリーダーの前で、堂々と引き抜きかけてんだお前は」
俺は狼の尻尾と耳が見えている摩周(兄)の肩を掴んで、無理やり引き剥がす。
「かたいこと言うなよミッチ~。火恋ちゃんのちょっとSっぽい瞳が、俺様のセンサーにビンビンくるぜ」
下ネタやめろ。
あとあの人見た目Sだけど、中身引くくらいMだから。
「ってか卑怯だろ、そんな美人クリエーターばっか集めて! 畜生、俺様がミッチーに負けてるところは一つもないけど、開発チームの美人度だけはボロ負けだぜ!」
なにげに酷いこと言ってるなコイツ。
「いいじゃん一人くらいくれよ~」
「やらん。絶対やらん。ウチのメンバーをいやらしい目で見るな、あっち行け」
「ねぇねぇ合コンしよ合コン!」
俺は
このままだと連絡先とか聞いてきそうだし、さっさと帰ろう。そう思った時、
「ちょっとこれ不良品なんだけど!」
唐突に聞こえた怒声に、俺たちは後ろを振りむく。
そこにはチェックシャツ、眼鏡、バンダナ、指だしグローブ、背中のリュックにポスターを二本さした、オールドタイプのオタクが怒り心頭の様子で立っていた。
彼はノートパソコン片手に、摩周兄に詰め寄ってくる。
「これ処理落ちしまくってゲームどころじゃないんだけど!」
クレームをつけにきたオタクのノートパソコンには、ブレイクタイム工房の新作ゲームが映し出されている。
どうやら今買ったばかりのゲームをインストールして、遊ぼうと思ったら不具合が出ているようだ。
ゲーム映像は確かにキャラクターがカクカクのスローモーションになっているし、ピクセルアートのキャラグラも動く度に崩れているように見える。
「えー、お客さんのPCスペックが低いだけじゃないのぉ?」
摩周兄は鬱陶しそうに答えるが、クレーマーの怒りはおさまらない。
「このノートPCは推奨スペックを完全に満たしてるんだぞ! こんな状態で格ゲーなんかできるか!」
確かに格ゲーは1フレームを争う戦いなので、こんなガックガクで勝負になるわけがない。
「キャラグラもPVと全然違うじゃないか! プロモは8頭身のキャラなのに、ゲームは5頭身くらいになってるぞ!」
「あぁプロモはプロモ用なんで。ほら見て、ここに映像はイメージですって書いてあるだろ?」
摩周(兄)がプロモ映像の右端を指差すと、小さく『この映像は、新作ゲームのイメージです』と記載されている。
こんなもん優良誤認だろ。
「ふ、ふざけるな! 楽しみにしてたんだぞ!」
「うっせーな。健太~プログラムお前だろ、なんとかなんねぇの?」
「今回時間なかったしね、そういう現象もおこるってことだよね」
プログラマーらしき摩周弟もスペースから出てくると「同人ゲーでそんなに怒るなよ」と、神経を逆なでするようなことを言いだす始末。
俺もゲーム画面を見る限り、目に見えるバグが残っておりHPゲージなんか枠を貫通して画面外にはみ出している。
「これちゃんとデバッグやってないな」
まずそうなバグだけ潰して、細かいバグはもういいだろの精神でリリースしたっぽい。
雷火ちゃんがズイッと顔を出し、怒り心頭中のクレーマーのパソコンをのぞき込む。
「何ですかこの画面のチラつき。もしかして毎秒更新処理入れてるとか言わないですよね? そんなことしてたらどれだけメモリあったって処理落ちしますよ」
雷火ちゃんのダメだしを聞いて、一気に不機嫌になる摩周弟。
「……何君? プログラムのプの字もわからないような素人が、カリスマプログラマーの僕に意見しちゃう気なの?」
摩周弟は、ふっと息を吐いて自分の前髪を浮かせると「素人は黙っててくれ」と肩をすくめてみせた。
コイツも兄貴と一緒で、ナルシストっぽいな。
「ソースは?」
「ソース? あぁプログラムコードのこと? そんなの他人に見せられるわけないだろ」
「ライブラリなんか見ませんよ。描画処理だけ下さい」
摩周弟は舌打ちしてからノートPCを取り出すと「素人に理解できるもんならやってみろ」と、プログラムの記述が書かれたソースコードを雷火ちゃんに提示する。
彼女はコードを読み解いていくと、まるでぐっちゃぐちゃの子供部屋を見たように顔をしかめた。
「何このスパゲティコード……全然美しくない。やっぱり毎秒で更新処理いれてるし、これで今までよくやってこれましたね。何この注釈……解説はhttp//って、まさか初心者用のプログラムコードネットからコピペしてる、嘘でしょ!? あなた理知的に見えて、動けばいいや的な書き方してますね。カリスマが聞いて呆れますよ」
前に鎌田さんが言ってたが、プログラムの書き方ってプログラマーの性格が反映されるらしく、正しく整理して書いてる人もいれば、ぐっちゃぐちゃでなんで動いてんのかよくわかんないけど、動いてるからヨシという無茶苦茶に書く人もいるとか。
雷火ちゃんは物凄い勢いで、カタカタ、ターン! とキーボードを叩きコードを書き換えると、画面に現在コンパイル中と表示される。
「ちょっと時間かかります」
修正したプログラムを反映させる為、ビルドを待つこと数10分。
本当に時間がかかるんだなと思っていたが、ようやく画面にコンパイル終了とでる。
「できました」
書き出しされた実行ファイルをクリックしてゲームを起動すると、画面のチラつきは消え、スムーズに動くキャラクターの姿があった。
このわずかな時間で、目に見えるバグが修正され、摩周弟は唖然としていた。
「悠介さん、このゲーム買うのやめた方がいいです。基本もできてないようなプログラマーが作ってますし、明らかなバグも放置してます。ユーザーにデバッグさせるつもりだったんでしょうね。買う価値ないですよ」
彼女の言葉を聞いて、列をなしていた客達にどよめきが広がる
「そういやここ、毎回大きいイベントの前にバグだらけのゲームを小さいイベントでだすよな……」
「まさかプロトタイプのデバッグを俺たちにさせてる?」などの声が聞こえてくる。
「ちょちょお客さーん! どうしたのブレイクタイム工房の最新作だよ! コミケより先にプレイできるんだよ!」
摩周(兄)が慌てて引き止めるも、集まった客たちは「俺たちはデバッガじゃねぇよ」と、不信感を露わにして列から離れていく。
「お、おい健太、硝子お前らも呼び込めよ!」
「雷火さん……凄いプログラマーだ……。そして美しい」
「天、許さないわ。絶対に、今度こそわたしが、わたしががが」
摩周(兄)は、心ここにあらずな妹弟を見て商売にならないと察した。
摩周のサークルは凄いメンバーだが、あんないい加減なゲーム作るなら勝つチャンスは絶対あるぞ。
そう確信して、俺たちも即売会を後にすることにした。
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