第290話 ニーズ
急遽、天VS摩周(妹)とのイラスト勝負が開かれ、二人はスケブを手にイラストを描いていく。
たった10分という短い制限時間の中、天はスラスラと鉛筆を泳がせるように描く。
対する摩周(妹)は、ガリガリとスケブを削るように強い筆圧で描いている。
「わたしは、わたしはあの女に勝つのよ、絶対に勝つのよ、勝って勝って、うへへへ」
ブツブツと呪詛のように勝利を口にしている姿は、鬼気迫りすぎて怖いまである。
俺は天の後ろに回って、イラストメイキングを見やる。
最初何描いてんだ? と思っていた線が次々に繋がり、少女の顔が出来上がっていく。
一見無意味に見えた線が背景へと変化し、少女と草原の全体像が浮き上がった時は感動すら覚えた。
「絵上手いやつって、描くの早いんだよな」
開始から5分ほどでほぼ完成した天のイラストは、絵画のようなリアルな少女のイラストだった。
鉛筆の滲みを使って表現されたタッチは柔らかく、アートが理解できない俺でも芸術的な雰囲気を感じる。
この絵、コレクターに売ったら高値がつきそうと思うのだが――。
「ん~……」
俺は複雑な表情を浮かべつつ、天の後ろから摩周(妹)の後ろへと移動する。
摩周(妹)の絵は、フェイスの看板キャラクターアーサーの騎士甲冑姿だ。
短い時間できっちりとディティールを描き上げており、アニメ雑誌のピンナップラフと言われても不思議ではない。
凛々しく描かれたイラストは版権キャラクターのイメージを崩さない、完璧な二次創作絵といえる。
俺は天の絵を見てまずいなと思い、摩周(妹)の絵を見て完全に勝てないと悟った。
制限時間残り3分、天はイラストを描き終え軽い修正作業に入っている。
「天」
「なにー?」
「描き直して」
「えっ?」
天は俺からのリテイク宣告に目を丸くする。
「もう完成しちゃうよ?」
「その絵じゃ勝てない」
勝負する前から勝てないとバッサリ言われ、天はイケメンフェイスを曇らせる。
「時間がないからダメな理由をザッと言うぞ。お前の絵は絵画的すぎる。リアルタッチが強すぎるんだ。芸術を競うならお前の圧勝だが、ここにいるオタクたちはそんなの求めてない。アニメやゲーム好きな連中には受けない絵柄なんだ。おまけにここはブレイクタイム工房のスペース、摩周妹の信者の巣窟なんだ。そこで絵画的なオリジナル絵は絶対に受けない」
「……じゃあ、なに描けばいいの?」
「それはな……」
俺がアドバイスを行うと、天は「ほんとに~?」と首を傾げる。
「これで負けたら全部俺のせいにしていい」
「むぅ~そんなことはしないけどさ」
「俺はお前を勝たせたい。オタクを信じろ」
まっすぐ彼女の瞳を見つめると、赤面し視線から逃げるように顔を逸らした。
「も、もぉ~、ボクの絵にケチつけてくるのなんて兄君ぐらいだよ」
天は「しょうがないな、ちょっと本気出すか」と強キャラみたいなことを言って、残り時間たった3分で新しいイラストにとりかかる。
摩周妹は、そんな俺たちの様子を見て鼻で笑う。
「堕ちたものね水咲天、勝負時にイチャついてんじゃないわよ」
「ごめんね~”彼”と熱くって」
「キィィィィィィ! あなたには絶対負けないわ! わたしがわたしであるために!」
そんなに煽ると、摩周(妹)また病んじゃうぞ。
3分後――
「さぁ、制限時間終了よ。コピーするからイラストを渡して」
俺は天にかわって、摩周妹に2種のイラストを手渡す。
「2枚?」
「ああ、別に1枚じゃなくてもいいんだろ? ってか片方は多分ダメだろうなとわかってるんだ」
対戦ルールは摩周(妹)の絵と、天の絵を100枚ずつコピーして、オタク達に選択形式で配布する。
先に配布終了したほうが勝ちという勝利条件で、種類を増やすのは愚の骨頂だ。
「かまわないけど、両方100枚印刷するわよ」
「ああ、それでいい」
摩周妹は眉を潜めながらスケブを受け取り、イラストを確認する。
1枚はアドバイスなしの絵画的少女のイラスト。
もう1枚はアドバイス有りの3分で描いたイラスト。
「これは……あなたの入れ知恵? 天はこんなの絶対描かないでしょ?」
「俺はオタクの趣味を伝えただけだ」
「…………」
コピー機がガッションガッションと動き、各100枚ずつの印刷が終わる。
「イラストのコピーが終わったわ。客は一人一枚、あたしか水咲天のイラストを選んで受け取る。先になくなったほうが勝ちよ」
「もう一回聞くけど、天のイラストは2種類ある。どっちか片方がなくなったら勝ちでいいんだな?」
「……ええ、いいわよ。注意しておくけど、50枚ずつ配布して100枚はダメよ。あくまで1種類が100枚はけないとダメ」
「わかってる」
摩周(兄)が摩周(妹)の描いたイラストと、天の描いたイラスト2種、計3種の紙束を長机に置くと、妹にかわって客に呼びかける。
「ブレイクタイム工房に来てくれたお客さん! 今から数量限定でスケブイラストの無料配布をやるよ! イラストは3種類、気に入った奴を持っていってくれ! ただし一人1枚制限だから、よーく考えて持っていってくれよな!」
するとオタクたちがどっと押し寄せ、配布イラストを次々受け取っていく。
摩周妹の絵、天の絵が順次配布され、紙束は徐々に小さくなっていく。
開始から約15分ほどで、3つの紙束のうち一つが完全になくなった。
一番先に完売したのは――。
「天の勝ちでいいかな?」
天のアドバイスありのイラストが、真っ先になくなった。
摩周妹のイラストも残り4分の1くらいまで枚数を減らし、かなりギリギリの戦いだった。
「うぐぐぐぐぐ! 卑怯よ、こんな絵!」
摩周妹は、忌々しげに天のイラストを握りしめる。
そこにはフェイスのヒロイン、女アーサーのセクシーバストアップが描かれていた。
そう、俺が天にしたアドバイスは、エロ絵にすることとキャラクターをアーサーに変えること。
たった3分で摩周妹に勝つには、それしか無いと踏んだのだ。
あえてキャラクターを摩周妹の描いたキャラと同じにすることで、エロなしアーサーとエロ有りアーサーで差別化した。
「即売会に来るオタクのニーズに応えたイラストだ」
「ほとんど裸絵だからね、描くのは楽だったよ」
天が勝ち誇ると、悔しげに歯噛みする摩周(妹)。
「ぐぐぐぐ、あんたさえいなければ勝てたのにぃ!」
事実、天が最初に描いた絵画風イラストは100枚中5枚くらいしか減っていない。
「ボクが好きに描いたやつ全然減ってないじゃん。即売会でオリジナルって弱いんだね」
「美術館とかで配布したら、結果は違ったと思うけどな。悪いな、趣味じゃない絵描かせて」
「負けたくなかったから全然良いよ。あとボクにダメだしする人なんてほとんどいなかったから、ちょっと新鮮だった」
天が熱っぽい瞳で、こちらに身を寄せてくる。
「やっぱりボクをコントロールできるのは君しかいないよね」
人目をはばからず、至近距離までイケメンフェイスを近づけてくる天。
すると雷火ちゃんが、俺たちの間を割くように割って入る。
「はいはい、ちょっと見てない間にバトルとラブコメ両方こなすのやめてください」
気づくと一式が、ブレイクタイム工房のスペース前にウチのメンバー全員を集めていた。
――――――
オタオタの総文字数が100万字超えたので、ここまで読んでる方は文庫本10巻分くらい読了したことになります。
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