第207話 伊達姉妹のXDAY Ⅳ
0時を回り、俺の部屋では自作されたケーキに蝋燭がたてられて、小さな光が揺らいでいた。
「「「メリークリスマース」」」
俺はケーキを切り分け、玲愛さんはシャンメリーをグラスに注ぐ。
伊達姉妹との一日早いクリスマス。いつもはこの時期になると相野達と共に、世界中のカップルが不幸になるように呪いをかけるのだが、今年は呪術を使う必要はなさそうだ。
皆俺の自己評価60点くらいのケーキを美味しいといって食べてくれた。
皆がケーキを食べ終えた後、雷火ちゃんがぱんっと手を打つ。
「それじゃあ、わたし達から悠介さんへのプレゼントを渡しましょうか」
「それなんだけど、普通クリスマスってプレゼント交換じゃない?」
俺の誕生日でもないのに、プレゼントを貰うってのは違和感があるが。
「いいんです、皆悠介さん用のプレゼントを持ってきてますから」
「そうだよ。許嫁からのプレゼントだ。気にせず全部貰ってくれ」
一番最初に雷火ちゃんが手製のブルーレイROMをくれる。
「わたしからは自作ゲームのプレゼントです」
「凄いな、ありがとう」
「時間と愛情はこめてますので、プレイしたらしっかりレビューしてください」
「嬉しいよ、絶対すぐクリアする」
「あんまりクリア早いと作った甲斐がないので、ゆっくり遊んでくださいね」
「それもそうだね」
「じゃあ次は私の」
火恋先輩は、紙袋をとりだし俺に手渡す。
中を見ると、ピンクのセーターが入っていた。
「これもまた凄い。自作ですか?」
「ああ、空いた時間をみて作ってみたんだが。どうだろうか」
「ありがとうございます。手編みセーターなんて彼女から貰うようなものを……嬉しいな」
俺が感謝を述べると火恋先輩はガッツポーズして、雷火ちゃんと玲愛さんは苦虫を噛んだ顔をする。
「やはり一番女子力が高いのは火恋か……」
「姉さん卑怯よ、手編みとか、手料理とか……」
「フッ文句があるなら、二人ともできるようになればいい」
珍しく胸をはって勝ち誇る火恋先輩。
しかしこのセーターよくよく見ると、でっかいハートにLOVEって入ってるな……外で着るには勇気がいるかもしれない。
「それじゃあ最後は私だな」
玲愛さんから、小さめの紙袋を手渡される。
「なんだろ、服系かな? 手袋とかマフラーとか?」
紙袋の中をごそごそと漁ると、まだラッピング袋から開封されていない物がでてきた。
「ん? なんだこれ?」
玲愛さんもそれが何かよくわかってない様子。
ラッピングの裏面に、商品名が書いてあるのだが海外のものなのか全て英語表記だ。
「セクシーサンタコス……って書いてますね」
はっ?(威圧)って顔の雷火ちゃんに、明後日の方角を見ている火恋先輩。
自分でプレゼントしておきながらなにそれ? って顔の玲愛さん。
「あの……これ女性用みたいなので、俺が使うものではないと思います……」
プレゼントを返すと、玲愛さんは怪訝そうな顔をしながら、ラッピングをバリバリと破り真っ赤な衣装を取り出す。
コスチュームはサンタの概念を崩すボディコン型で、どう見ても玲愛さんの体を隠すには小さい。
真っ白なガーターベルト付きのストッキングに、申し訳無さ程度のサンタ帽。
これで「サンタです通してください」と言っても、絶対通してもらえなさそうなセクシーコスチュームだ。
「…………火恋」
なぜか忠臣に裏切りを受けた武将みたいな形相で、火恋先輩を睨む玲愛さん。
「着てくる」
「えっ、いや、無理しなくていいですよ! 多分何かの手違いだったんでしょう?」
「私だけプレゼントなしでいくわけにはいかない」
「無理しないでください! 貴女世界的大企業のトップなんですよ! 社員が泣きますよ!」
「えぇい黙れ、やると言ったらやるんだ!」
ご乱心した玲愛さんは後に引けるかと、コスチュームを持って脱衣所に入ってしまう。
すると火恋先輩が申し訳なさそうに真実を教えてくれる。
「すまない、実はあれ私が用意したものなんだ」
「そうなんですか?」
「姉さん、まだプレゼントを用意している最中だったみたいだから……」
「別になくても良かったのに。でも火恋先輩はなぜあんなものを?」
「……それは聞かないでほしい」
話をしていると、玲愛さんはサンタコスに着替えて戻ってきた。
サンタコスというよりは、真っ赤なレースクイーンに近いだろう。
多分火恋先輩のサイズで購入されたため、サイズが合っていない。
上と下の丈が短すぎて、胸はギチギチに締め付けられ完全に北半球が出てるし、下は少し歩けば見えそうなくらいのタイトミニ。
腰にベルトを巻き、頭には唯一のサンタ要素である赤い三角帽を被っている、美人お姉さんのセクシーサンタコス。
「なんか言え」
玲愛さんも恥ずかしいのだろう、腕組みしながら怒っているように見えるがその頬は赤い。
彼女には口が裂けても言えないが、クリスマスAVに見えてしまう。
「いや、よく似合ってますよ……」
もうちょっと近づいて見ようとすると、突如として部屋中の電気が全て消えた。
「あれっ? ブレーカー落ちた?」
暖房ぐらいしかついてないはずなんだがと思っていると、雷火ちゃんが窓を開け外を確認する。
「外真っ暗ですよ。ってか雪降ってます」
家の明かりだけでなく街灯の電気まで落ちた真っ暗な世界に、真っ白い雪が降り注ぐ。
今日はホワイトクリスマスみたいだ。
「停電かな?」
俺はスマホで自分の街のホームページにアクセスする。
そこには電気ケーブルの断線により、一部地域が停電していると表示されていた。
「あぁ……ケーブル断線で停電してるみたいです」
「暖房使えませんね」
「石油ストーブないからねぇ……」
時刻は深夜1時を回り、一層冷え込んできている。
気温が下がりすぎて、部屋の中なのに白い息が出ちゃってるぞ。
俺はテーブルにロウソクを立て、火を灯すと部屋内がオレンジの光に照らされる。
「とりあえず玲愛さん、服着たらどうです?」
そう言うと玲愛さんは、布団を肩に羽織る。
そうそう、それで目のやり場に困らない。と思った直後、彼女は後ろから抱き付いてきた。
「これで寒くない」
二人羽織のようにぴったり密着すると、首筋に玲愛さんの吐息がかかった。
あまりにも薄着なせいで、背中で潰れるスライムの感触がよくわかってしまう。
「いや、その、この体勢はなんと言いますかいろいろ困ります」
「一緒に寝たこともあるんだ。今更だろ」
「それはそうなんですが」
「そういえば、この時間が一番男女の営みが盛んなんじゃなかったか?」
「まだ24時間早いですよ」
今は24日の午前1時半である。
その時間に突入するにはまだ1日分早い。
「妹の前でイチャイチャしないで下さい!」
「姉さんやっぱりその衣装返してほしい。私が着る」
「うるさい、まごまごして出し抜かれるお前らが悪い」
「「ひっどーい!」」
雷火ちゃんも火恋先輩もなぜか上に着ていたセーターやシャツを脱ぐと、玲愛さんと同じように布団を背中に背負って、両サイドから巻き付いてきた。
「これで寒くないですよね」
「うんうん」
がっちり三方向固められ、俺が身動きできるスペースはなかった。
「別に上を脱ぐ必要はないのでは?」
「姉さんに後れをとるわけにはいきませんので」
「雪山で遭難した時、全裸で抱き合うと良いと聞く」
それ低体温症で、自分で体温上げられない人にだけ有効なんじゃなかったっけ。
電気の無い部屋でロウソクの明かりだけを眺めてただぼんやりする。
PCもテレビもなく、無音の世界だが寂しさはない。
ぴったりと寄り添ったまま隣で寝息をたてる雷火ちゃんと火恋先輩。
恐らくこの光景をクリスマス過激派に見られたら、俺は逆さ吊りにされムチ打ちを受けることだろう。
「玲愛さん起きてます?」
「あぁ……ぼんやりとしていた」
「珍しいですね」
「なんだか……平和だな。こうやって情報から断絶された部屋で、布団にくるまって蝋燭を眺めてる。少し前の私なら無駄な時間と言っていただろう」
「人間脳の電源を切って、あうあうあーって涎垂らしてる時間も必要ですよ」
多分伊達家にいたら、早急に電力を復旧しろって指示を出す立場だっただろうし。
「今までくだらない分家の誘いや、企業の付き合いで出席していたクリスマスって一体なんだったんだろうな」
「玲愛さんはいろんな人から人気がありますから」
「別に私が人気というわけではない、伊達という企業が人気なだけだ」
「そんなことないですよ、玲愛さんは魅力があります。クールに見えて負けず嫌いだったり、意地っ張りだったり、コン◯ムの箱を見て勘違いしたり」
「それは……言うな」
今も珍しく恥ずかしげにしている玲愛さん。
こんな人間味のある表情、きっと俺しか見れなくて得した気分になる。
「玲愛さんの雪解けって奴ですね」
「……意味がわからん」
玲愛さんは恥ずかしげにそっぽを向く。
「そういえば、お前のクリスマスプレゼントってケーキだけだな」
「うっすみません、貧乏学生なので……」
「いや、許さん」
「えー、それを言ったら玲愛さんは火恋先輩に用意してもらった物じゃないですか」
抗議の声を上げると、俺の背後から腕が伸びてきて顎を掴まれる。
そして無理やり後ろを向かされると、唇になにかが触れた。
それが玲愛さんの唇だと気づくのに数秒かかった。
しかも口の中に、冷たくうごめくものが侵入してくる。
「ん!?」
たっぷり10秒くらいかけられた大人のキスは、脳がとかされそうなくらい濃厚なもので俺の思考能力を完全に奪ってしまう。
「これで勘弁してやる」
玲愛さんの顔が離れると、ロウソクの光に照らされ一瞬白い糸がお互いの唇から伸びてすぐに切れる。
シンプルに……エロい。
「…………」
「なんか言え、殺すぞ」
そんな照れながら言っても迫力ありません。
「いえ……ありがとうございます」
「意味がわからん」
プイッと顔を逸らす玲愛さんがやたらに可愛く見えた。
キスって凄いんだな……と語彙力を喪失していると、両サイドからグイグイと引っ張られている。
もしやと思い、雷火ちゃんと火恋先輩の方に視線を向けると。
「ずるい」
「ずるいです」
やはり二人とも起きており、頬を赤らめている。
「わたしだってクリスマスプレゼントほしいです」
「わ、私だって」
すっと二人の顔が近づく。
あっこれは本格的に大人の階段を登る流れでは? と思っていると
「ユウく~ん、帰ったわ~。停電心配でタクシーで帰ってきちゃった~」
玄関からテンション高めの静さんの声が聞こえてきた。
「わわわ、先生帰ってきちゃった!」
俺は静さんが部屋に入ってくるまでに、素早く二人の頬にキスをした。
「とりあえず今はこれだけで」
「不服ですが我慢します」
「致し方なし」
「そんなことよりお前ら早く服を着ろ!」
「「はっ!」」
自分たちが半裸だと気づいた伊達姉妹は、大急ぎで着替えをする。
俺は慌てて静さんの足止めに玄関へと走るのだった。
こうして俺たちのクリスマスは、少しだけ前に進んだのだった。
伊達姉妹のXDAY 了
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