第41話 オタリベンジ計画


「ならばお主が本当に娘に相応しいか証明してみせよ」

「証明ですか?」

「水咲よ」


 呼ばれて先程の派手な少女が私室に入ってくると、剣心さんの隣に腰を下ろす。


「この者には悩みがある。男たるもの女の悩みの1つや2つ、たくましく解決してやらねばならん」

「は、はぁ……悩みというのは?」

「あたしには妹がいるんだけど、すんごく仲が悪いの。口を開けば喧嘩ばっかり。父親のカードを使って、毎日遊び呆けてるし、男もとっかえひっかえで人生なめてるわ」


 彼女は俺にスマホを手渡す。

 そこには妹さんらしき少女の写真が写っているのだが……。


「ギャルだ……」


 俺と一生接点がないであろう人種、陽キャの中でもトップヒエラルキーの存在ギャル。

 着崩した制服に、極限まで短くしたスカート、目を異常なまでに大きく見せる盛り盛りのまつ毛。日サロ焼けしたっぽい小麦色の肌に、チラリと見えるヘソには星型のピアス。

 明日地球が滅びても全然OK、俺たち無敵のパリピギャルウェーイ的なピース。


 この者、間違いなく陽のモノ。

 陰を司るオタと対を成す存在。


水咲みさき綺羅星きらぼし。あたしの妹」


 月に星か……。


「もう見た目通りほんとに脳みそ空っぽなんだけど、このまま行くとクズ人間まっしぐら。そうなる前に、なんとかこの子の目を覚まさせてほしい」

「でもこういうのってご家族の問題では?」

「パパはなんにも言わないし、あたしが何度言っても聞かない。今じゃもう顔合わせるだけで口論になる関係になっちゃったの」

「目を覚まさせるというのは……具体的に何をすれば?」


 言っちゃ悪いが、陽のモノに対するデッキなんか持ってないぞ。


「この子口を開くたびに、年齢=彼氏いない歴は黙っててってなめたことを言ってくるの。あたしの男性経験のなさでマウントをとってくるから、それをやめさせたい」

「なるほど、妹さんに話を合わせるには男が必要と……」

「悠介よ、お前がこの子と擬似的に交際するのだ」


 剣心さんが重々しく言う。

 交際?


「俺と水咲さんがですか?」

「うむ」

「えっ? そんなことしていいんですか?」


 許嫁なのに?


「何を驚く、問題を解決するための手段であろう? それともなにか、お主は何かよからぬことでも企んでいるのか?」

「いえ、全くそんな事はありません!」

「では良いな」

「は、はぁ……」


 俺が丸め込まれつつあると、障子をバンと開いて雷火ちゃんと火恋先輩が乱入してきた。


「よくないです! 何を言ってるんですか、悠介さんはわたしの許嫁なんですよ!」

「私のでもあるからな」

「姉さん、今はそんな細かいこと言わないで」

「いや、雷火そこはちゃんとしよう」

「もう話が進まないでしょ」

「こういう小さいところから軋轢はうまれるのだ。しっかりやろう」


 入ってきてすぐに口論を始める伊達姉妹。

 それを見てひかりは深いため息をつく。


「はぁ、ヤレヤレね。ちょっと借りるだけでしょ? あたし別にこいつに興味なんかないし」

「じゃあいいか」


 ほっと胸を撫で下ろす火恋先輩。


「姉さん騙されないで! 興味ないなら別の人でいいじゃないですか!」

「それはあなたのお父さんに言ってくれるかしら?」

「雷火、火恋、これはこ奴の男としての器を見るテストなのだ」

「器なら居土さんからわたしたちを守ってくれたので十分でしょ!」

「多少度胸はあるようだが、それだけでは足りぬ。知識、気品、才能、自信……伊達に求められるものは多い」


 剣心さんは袖の下からキセルを取り出すと、煙草に火をつけ深く息を吸う。一拍おいて白い煙を吐き出した。


「最低限容姿見てくれくらいは伊達と釣り合ってもらわねば、他の財界の人間のいい笑いものだ」


 野良犬を見るような目で俺を見やる剣心さん。申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、火恋先輩が声を荒げた。


「結局父上は悠介君が気に入らないだけでしょう! 彼はこの素朴な感じがいいんじゃないですか!」

「そうです悠介さんにイケメン要素なんて必要ありません!」


 すごく庇ってもらってるのはわかるけど、男心にガリガリと傷を入れられている気がする。


「それに器を試すなら、わたしたちで試せばいいじゃない!」

「ならん。お主らの目は既に色がかかっておる。正常な判断を下すことができんだろう」

「娘の言うことを信用できないって言うんですか!」


 横暴を許すなーと、抗議を行う雷火ちゃんと火恋先輩。

 しかし徐々に剣心さんの怒りが沸点に到達し――


「もう決めたことだ、お主らは黙っておれ!!」


 剣心さんはテーブルをバンと叩き、雷の一喝が飛ばすと、彼女たちは押し黙った。

 さすが一家の大黒柱というやつか。なんだかんだで二人とも剣心さんが怖い……。


(どうせこれパパが勝手に決めたことよ)

(後で絶対玲愛姉さんにチクろう)


 二人でヒソヒソと報復案を話し合っていた。



「じゃ、じゃあとりあえず協力します」

「ええ、あまり期待してないけど偽物の彼氏よろしく」


 月はフフンと胡散臭い笑みを浮かべる。


「さしあたっては何をすればいいのでしょうか?」

「そうね、妹から見ても自然なカップルに見えるようにデートの練習がしたいわ」


(デートの)

(練習?)

(くぅ、わたしだってまだまともに悠介さんとデートしたことないのに)

(許せない、許せないよ悠介君。でも、なぜだろう……彼が他の女と仲良くしているとイライラするけど、同時にゾクゾクもしてくる……)


「じゃ、じゃあ今度出かけようか……」

「ええ、一応行きたいところはもう決めてあるの」

「そうなの?」

「ええ、とても楽しい場所だから」


 彼女は嬉しそうに笑うと、本懐は達したと立ち上がる。


「まぁその前に、最低限そのダサい服と見た目はなんとかしてね」


 月はウフフと笑いながら、チクリと棘を刺して伊達家を去っていく。

 残された俺はダサい服を見ながらボサボサの髪をかいた。


「困ったことになったな……」



 月は伊達邸宅の外へと出ると、前に止められたリムジンへと乗り込む。

 運転席で待機していた執事の藤乃ふじのは、バックミラーで主人を見やった。


「どうでしたかお嬢様、二年ぶりの再会は?」


 そう聞くと彼女は顔を赤くし、胸をおさえながらハァハァと荒い息をついてたかと思いきや、いきなりシートに横になって脚をジタバタと振り始めた。


「くぅぅぅぅぅ~なんなのよあいつ! あたしはこの2年一日も忘れたことなんかなかったのに、全然覚えてなかった! めちゃくちゃムカつくんですけど!」

「でしょうね。向こうからすれば、大会の度に絡んでくる変な女の子程度の認識でしょう」

「憎い、憎いわ。許せない。なんとしてもあたしを認識させたい」

「最初は興味から始まり、徐々に相手にされない憎しみへとかわり、気づかぬうちに恋心になっているとは三石様も思わないでしょうね」

「なにか言った藤乃?」

「いえ、なんでもございません。それより伊達家の許嫁の方はどのように?」

「予想以上に骨抜きにされてたわ。趣味悪くない? あんなゆるキャラみたいな男に熱あげちゃってさ」

「お嬢様、後頭部にブーメランが突き刺さっております」

「ま、でも多少恨まれても奪うわ。そしてあの男があたしに惚れたところで、ボロ雑巾のようにして捨てるの。あたしは最初からあんたに興味ないのって、クールにね」

「三石様を好きすぎるお嬢様には不可能というところを除けば、完璧なリベンジでございましょう」

「でしょう? 今からあたしの脚にすがりながら、ひかり様捨てないでくださいって言う姿が目に浮かぶわ」


 フフンとツインテを弾く月。


「お嬢様、逆恨みも構いませんが、剣心様とのお約束お忘れなきよう」

「ええ、既成事実を作って許嫁関係を破棄させる。シナリオは完璧よ」


 月は取り出した自作の台本をペラりとめくる。

 表紙には【恋人のふりなのにいつの間にか好きになって……(仮)】と書かれている。


「あたしに惚れちゃうんだもの、許嫁関係破棄は当然よ」

「さすがは奥様も一目置く天才作家でございます」

「ふん、いつかあいつがプレイしたギャルゲのクレジットにあたしの名前を載せてやるんだから。屈辱だと思わない? 感動したゲームが、ライバル視していたあたしの書いたシナリオだなんて」

「ライバル視しているのはおそらくお嬢様だけですが、リベンジ精神で才能を開花させるのはさすがとしか言いようがありません」

「でしょう? これからが楽しみだわフフフ……アハハハハハハ!」


 高笑いする月を乗せ、リムジンは進む。


「このまま直帰なされますか?」

「今日は気分がいいわ。甘いものを食べに行きましょう……ケーキがいいわね」

「かしこまりました」

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