第189話 当たって砕けろ

 俺と雷火ちゃんは敵の猛攻を完璧に弾き続け、やがて……。


「クソ、MPが切れてきたぞ」

「俺もだ……」


 サイキックジョーの攻撃が弱くなってきた。そりゃあんだけ雨霰のように攻撃を続けてればMPも切れるだろう。

 俺の耐久力も残り3割というところだが、このままいけば敵のMPを枯らすことができそうだ。


「耐久系はこういうところがあるから怖いんだよね~」


 内海さんはあいからわず飄々とした顔をしているが、明らかに決定打がなくて困っている。隣にいる海賊服の女性が手伝ってくれれば、押し勝てそうなのだが生憎動く気はなさそうだ。


「私は手伝わんぞ。この数で奴らを落とせんなら、それはお前の負けだ」


 玲愛さんはグリッチ使ってセコいことやって負けるなんて許されんぞと内海さんを見やる。


「僕がグリッチしてるわけじゃないけどね。まぁ勿論100対2で押し勝てなかったら僕の負けだよ」

「疑問だが、なぜ奴らはMPが切れない? 単純にMP総量ではこちらが圧倒しているはずだろ」

「このゲームHPは回復しないけどMPは自動回復だからね、うまく二人で温存しあってるんだよ。三石君が防御スキルを多く使っているときは、妹ちゃんがロックシールドの中でMPを回復してる。三石君のMPが切れそうになったら、今度は妹ちゃんが多めにシールドを張る」

「なら片方のMPが切れかけた時に全力攻撃を仕掛ければいいだろ」

「それが三石君ってばうまいこと足使ったり、地面を叩いて砂煙起こしたり弱い安い攻撃はあえて喰らったりして攻撃をさばいてくるんだ。ありゃ耐久のプロだよ」

「あいつはゲームの中ですら耐久してくるのか。このままだと敵チームの本隊が攻撃を仕掛けてくるぞ」

「それまでに三石君指揮官を落としたいね~」


 内海さんの口調はいつもどおりだが、本当にたった二人に負けるが現実味を帯びてきて明らかに焦りが滲んでいる。


「(悠介さん)」

「ああ、このまま敵のMPを枯らしたところに、火恋先輩たちの本隊が突入すれば必ず勝てる」


 作戦がうまくいきそうだと思っていると、網膜UIに表示されているマップにブルーのマーカーが映る。

 それは俺達の味方のマーカーで、待機していた火恋先輩たち本隊が動き出したことを意味している。


「まずい、動くのが早い。まだ全員のMP枯らしてないから、今来たら操られちゃうぞ」


 既に味方プレイヤーは肉眼でも確認できる位置にいて、スッパマンや五色戦隊風など、サイキックジョーしかいない内海軍とは違い、様々なヒーローアバターが見える。

 俺はてっきり綺羅星たちが待ちきれずに援軍に来たとばかり思っていたのだが、やって来た味方部隊は、突如俺たちに向かって攻撃を始めたのだった。


「なっ!? えっ!?」

「(どうしたんですか悠介さん!?)」

「味方がこっちに向かって攻撃してきた」

「(それ嫌な予感がするんですけど)」


 俺もする。


「す、すまん様子が気になって動いたら操られちまった……」


 先頭の緑色スーツ姿のプレイヤーが、申し訳なさげに味方軍はコントロールが乗っ取られていることを告げる。

 グリッチ技を喰らわないように、味方は全員自軍フラッグで待機してもらってたはずなのだが、興味が勝ってしまったらしい。

 これには玲愛さんたちも驚いたようで、俺達の部隊を見やる。


「あれはどうなっている。なぜ敵が私達の味方をしているんだ?」

「多分グリッチで操ってるね」

「我々のチームメンバーは、全員悠介に釘付けにされていたはずだ。誰が操った?」


 玲愛は問うが、誰も操っている様子はない。


「今回の本当の犯人だと思うよ」

「チッ、それはちゃんとした反則だろ」


 俺のチームメイトたちは、雷火ちゃんのいる岩のシェルターロックシールドに攻撃を加えていく。


「(キャアッ!)」

「雷火ちゃん!」


 俺は攻撃から守るため、シールドの前に出て防御態勢に入る。

 サイキックジョーの攻撃と違い、操られているプレイヤーの攻撃は強力でゴリゴリとHPが削られていく。

 畜生、せっかく一矢報いることができそうだったのに。

 後もう少しで手が届きそうなのに、こんな卑怯な手にやられるのか。

 俺のHPゲージはミリまで減り、あと1回でも攻撃をくらえば光の粒子となって消滅するだろう。


「(悠介さん……)」

「大丈夫だよ雷火ちゃん。俺が必ず君を守る」


 俺は最終手段、当たって砕けろ作戦を敢行する。

 このアースロックマンには、切り札である5秒間だけあらゆる攻撃を無効化するアストロンアーマーがある。

 それを使用して敵軍を突破しフラッグを目指す、あれさえ破壊すれば俺たちの勝ちなんだ。

 荒野の風になびく赤のフラッグまで、距離は約40メートルってところで、生身なら5秒でもなんとかなりそうだ。しかし鈍重なアースロックマンの足だとたどり着くのは難しいだろう。


「でもやるしかないんだ」


 俺はフラッグに狙いを定め、自分のHPが削りきられる直前でスタートを切る。


「アストロンアーマー!」


 視界に表示されるダメージエフェクトが全て無効を示すINVARIDに変更され、HPゲージが減らなくなる。

 俺の網膜UIにリミットである【05:00】秒のカウントが始まり、フラッグを目指して猛進する。


「うおおぉぉぉぉぉ!!」


 ズシンズシンと岩を纏った体を全力で動かす。

 電脳アバターに別段肉体的重さがあるわけじゃないが、防御重視にステータスを振られたキャラクターの速度パラメーターは低く、脳の想像したスピードと実際のスピードが食い違っていてもどかしくなる。


「ぐおおお遅い! 走れぇぇぇ!!」


 敵軍もこちらの意図に気づき、集中砲火を浴びせてくる。虹色の光線や、炎の渦、電撃、風の刃が俺を襲う。

 俺の体が無敵であるうちに走るんだ!

 だが5秒なんてものは本当にあっという間で、あと3メートルほどでフラッグに手が届きそうなところでタイムアウトの【00:00】が表示される。


「もぎとるんだ!!」


 俺はヘッドスライディングしながら岩石の腕をめいいっぱい伸ばし、フラッグをへし折ってやろうとする。

 しかし、俺の体は無数のプレイヤーに押さえつけられ地面に組み伏せられていた。

 まるで生者に群がるゾンビのようで、絶対にフラッグ希望には手をかけさせんと言っているようだ。


「くそぉ……くそぉ……」 


 無数のアバターにのしかかられ、無力に蠢くしかない俺の体を見下ろす内海さん。


「……すまんな少年。大人になると当たって砕けちゃダメなんだよ」


 彼は目を伏せ、俺の額をビーム斬鉄剣で貫いた。

 HPが完全に0になった俺の体はパリンとガラスのように割れ、光の粒子となって消えていく。



「………子供はね、汚い手を使う大人には絶対勝てないんだよ」


 これは無効試合になっても文句は言えんなと思う内海だったが、ふと疑問が湧く。

 なぜ運営は止めなかった? 本来対戦ゲームというものは1人でもプレイヤーが欠ければ実施するべきではない。にも関わらず続行し、経過を見守り続けた。

 主催者、水咲月は一体何を考えている? ただイベントスケジュールを消化したいだけなのか、犯人を泳がせて捕まえたいのか、それとも三石悠介に勝ってほしくないだけなのか。


「違うな、その逆だな」


 水咲月は三石悠介に期待している。彼ならばこの状況をひっくり返すのではないかと思い、ストップボタンを押しきれなかった。

 彼女の甘い期待が彼を殺した。今頃は最初の時点で止めておけばよかったと後悔していることだろう。


「逆転なんてものはそうそう起こらんのだよ」


 勝ちを確信し内海は振り返って目を見開く。悠介が消滅したと同時に、アースロックマンの張っていた岩のシェルターロックシールドは消えた。

 そこにいるのは無力なシスターだけのはずだったが「よくもやってくれましたね」と言わんばかりに、手にした杖に膨大な魔力を溜める少女の姿があった。

 内海は一瞬で、悠介の当たって砕けろ作戦はただの陽動であり本命は雷火だと知る。


「岩の中に匿い、詠唱を見せなかったのも作戦か。全員避けろ!!」

「これがわたしの全力全開……光の鉄槌グランド……クロス!!」


 雷火が己の魔力を支えきれずガクガクと震える杖を掲げると、臨界を迎えた範囲魔法が放たれ、悠介の周囲に固まっていたプレイヤーたちを直撃する。

 溜めに溜めた魔力の奔流、雷火の怒りを全て込めた断罪の光は荒野フィールドを十字に焼く。


「はぁはぁはぁ、びっくりした」


 咄嗟に味方を盾にした内海は、あまりの威力に閉口していた。

 荒野には味方のサイキックジョーが折り重なって倒れており、数秒置いて光の粒子となって消えていった。

 恐らく今の一撃で半数60人は吹っ飛ばされた。

 だが幸いなことに味方がフラッグ周りに固まっていたおかげで、肉の盾となりフラッグは無事だった。


「自分を餌にして、最後の攻撃を仕掛ける。究極の自爆攻撃じゃないか」


 あの少年は、なんて恐ろしいことを考えるんだと思う。

 しかし逆転の一撃も一歩及ばず、70人ほどのプレイヤーは生き残っていた。


「たった二人で半分倒したか……。いやはや天晴だよ、君たちは本当によくや……ふが?」


 よくやったと言いかけて、間抜けな声が出る。

 それは30人の敵を撃破する特定条件をクリアすることで開放される進化を行った雷火が、空に浮かんでいたのだ。

 シスター服の少女は6枚の白い翼を広げ、神々しい光を放ちながら内海たちを見下ろす。


「妹ちゃんその姿は」

「ホーリーシスターから、ミカエルウーマンに進化しました。ミカエルウーマンには特殊能力があります」

「だろうね、進化条件はかなり厳しかったはず」


 内海は恐らくあの天使は戦況をひっくり返せる、壊れスキルが絶対にあるはずと読む。


「わたしの能力は、戦闘で一回だけ特定プレイヤーをHP全快状態で戦闘フィールドに復帰させます」

「死者……蘇生」

「ミカエルウーマンの特殊能力を発動ライフリバース!」


 雷火が詠唱を行うと、光の柱が天高く雲を割りフィールドに立ちのぼる。

 当然復活するのは岩石を纏った不死身の少年。

 しかも岩石の少年も風貌が変化しており、ゴツゴツした岩のような体からスラリとした銀色の金属ボディに。

 頭部は西洋騎士のようなヘルム、胸部と肩部はメカメカしいアーマーに包まれ、その関節は薄いブルーに発光している。

 SFと騎士の融合とでも言うべきか、鎧なのにぴっちりとしたボディースーツ型装甲は、どこかマスクドヒーローを彷彿とさせる。

 彼も進化条件である、敵から1200発の攻撃を受けるをクリアしていた為、戦線復帰と同時にゲーム内で進化処理が行われたのだ。

 光の中から現れたメタルヒーローは、鋼鉄のブーツで荒れ地を踏みしめ、その両腕をクロスさせてからゆっくりと開く。



「…………俺、満を持して参上」


 雷火ちゃんが白い翼をはためかせ、ひらりと俺の隣に降り立つ。


「俺じゃなくて、わたし達ですよ」

「確かにそうだね。雷火ちゃん俺やりたいことがあるんだけど」

「わたしもあります。多分一緒だと思いますよ」

「じゃあ……マスクドーヒーローWエックス、第302話、復活のWXっぽく口上行くよ」

「はい!」

「アースロックマン改、ヘヴィメタルマン!」

「ホーリーシスター改、ミカエルウーマン!」

「「悪の野望を挫くため、正義の心をクロスさせ光の中より大復活!! Wクライマックスはこれからだぜ!!」」


 ばっちりポーズまで決める俺たちを見た内海さんは「オタカップル冗談きついわ」と顔をしかめた。

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