第338話 アペンド

 我が開発室がインフルエンザに襲われてから5日間が過ぎ、全員が快復した。

 玲愛さんを除くメンバーが、囲炉裏のある談話室に集まり緊張した面持ちで待っていた。

 それも当然、皆俺が遊人さんから妥協で作品を進めるのか、それとも開発中止にするのか、選択を迫られていることを知っているからだ。


「おまたせ、それじゃあサークル三石家の今後について、緊急会議をしたいと思う」


 囲炉裏を挟んで伊達家、水咲家、三石家に分かれたメンバーは大きく頷く。


「まず初めにだけど、ゲームの開発は中止しない。既にバグルートを封鎖したβ版は水咲のデバッグ会社に送っていて、明日くらいからバグの報告が来ると思う」


 開発続行に、全員がほっと胸をなでおろす。

 ただバグルート(真エンディング)を封鎖したバージョンで行くと決めた俺に、雷火ちゃんが心底申し訳無さそうな顔をする。


「本当にすみません、全然治せなくて……」

「雷火ちゃんは40度近い熱が出てたからね、体力もなかなか戻らなかったし仕方がない」


 むしろプログラマ一人に全てやってもらってた、開発の甘さがあったと思う。

 グラフィッカーとサウンドに関しては3人ずついるのに、プログラム組めるのが一人しかいないというのも、ウチのサークルの弱点だということがわかった。


「は、発売できるだけでもね……」

「そ、そうだよ、あーしら皆頑張ってたし……」


 天と綺羅星が精一杯フォローを入れるが、俺はそれに大きく首をふる。


「いや、このままじゃダメなんだ。ライバルは居土さん率いるヴァーミット、絶対に凄いものが出てくるのはわかってる。対してこっちは新エンディングが封鎖されたゲーム。戦わなくても結果は見えてる」

「「…………」」


 俺は自身のゲームの客観的評価を下す。


「多分、ユーザーは真エンディングがないことに気づきはしないんだ。ちゃんとヒロインの個別エンドはあるし、通常の同人ゲームで考えれば十分すぎるほどボリュームがある。恐らく良ゲーくらいの評価に落ち着くと思う。だけど、俺はこのゲームはやっぱり真エンディングを見てこそ正しい評価が下せると思う」


 静さんがおずおずと発言する。


「でも悠君、もうゲームはデバッグに回しちゃったんでしょ?」

「うん、だけどまだ開発はできる。アペンドDLCとして」

「DLCって、あのキャラクターやコスチュームの追加とかですよね?」


 雷火ちゃんの質問に頷く。


「そう、俺は今から君たちに謝らなければならない」


 俺は持ってきたノートPCを開き、アペンド版の開発スケジュールを見せる。


「こ、これは……」

「新規キャラクター二体追加」

「ロボットと固有武装追加……無料DLC作成計画」


 夏コミ付近までびっちりと詰まった開発内容に、全員が「うわ……」って表情をする。


「真エンディングはノーマルエンドを全てクリアすることで、新キャラクターとトゥルーエンドへのアンロックキーが解放される仕様に変更した」

「つまり、わたしたちの開発遅延をDLC扱いにするってことですか?」

「その通り、アペンドと銘打っているが、本当は真エンドが間に合わなかったから無料DLCとして出す」


 月はふむと頷き腕組みする。


「ユーザーはバグで間に合いませんでしたって言うとふざけんなってなるけど、拡張版が出るよって言うと喜ぶわね」

「確かに……元からあったものがなくなると怒りますけど、なかったものが増えるなら嬉しいだけですよね」

「真実を知ってる俺たちからすると嘘ついてるわけなんだけど、その分本当に新キャラクターを追加して、さらなるパワーアップを行う。ちなみにこの話はもう遊人さんにした」

「嘘でしょ、もうパパにやるって言っちゃったの?」


 月の問いに俺は頷く。


「うん、妥協版で進めますが、このような方法でDLCを出して完全版にしようと思っていますって」

「パパなんて?」

「DLC用のダウンロードサーバー用意しといてくれるって」

「パパ、どんだけあんたに肩入れしてんのよ……」


 俺は全員に向き直り、床に膝をついて大きく頭を下げる。


「ごめん、無茶言ってるのはわかってるんだけど、俺には妥協で出来たゲームをそのままリリースするってのはできなかったんだ。本当ならデバッグ会社にβ版を回したら、夏コミまではゆとりをもって過ごすつもりだったんだけど、悪いけど俺のエゴに付き合って死んでくれ!!」


 土下座でデスマーチ開催をお願いすると、雷火ちゃんが立ち上がり声を張る。


「や、やります! わたしやります! ずっとわたしのせいでゲームが完成しない、完成したとしてもちゃんとした評価がもらえない作品になっちゃうと思って、凄く悔しくて悲しくて、リーダーの悠介さんに申し訳なかったです! DLC製作で完全版が出せるなら、わたしは絶対やります!」

「ボクも、しこりが残ったまま終わるのは嫌だからね」

「あたしもせっかく書いたトゥルーエンドがゲームに載らないのは悔しいわ」

「あーしも、これ本当は未完成品なんだよねぇって思いながら売るのやだし、マジ120%の完全版作っちゃえばよくない?」

「お姉ちゃんは、悠君のお願いならなんでも聞いちゃうから」

「自分も夏コミまでに歌を仕上げたいと思います」

「完璧なものをユーザーに届ける、妥協した作品をリリースすると言ったら失望していましたわ」


 こうして全員の了解がとれて、俺たちは夏コミまでのデスマーチが決定した。



 数週間後――


 デスマーチが終わり、なんとかDLC版の開発は完了。しかしながら開発室は死屍累々だった。


「新キャラ2キャラとか言わなかったらよかった」

「1キャラでもきつかったですね……」


 記念すべき処女作でここまで地獄を見るとは。そんなことを思っていると、宅配便が小さな箱を持ってやって来た。

 中身を開けてみると、でてきたのはゲームディスクと説明書。

 全員が一丸となって作り上げたゲームの、マスターディスクが出来上がったのだった。

 水咲の製造工場でプレスされたDVDROMには、ゲームのキャラクターがプリントされていて、市販のゲームと遜色なく見える。


「これがマスターディスク……雷火ちゃん全員呼んできて」

「は、はい!」


 談話室に全員が集まると、開発室に届いたゲームディスクを穴があくほど見やる。


「完成しましたね……とうとう」

「これが私たちの……」

「あーし、なんか泣きそうになってきたんですけどぉ」


 努力の結晶が、ようやく完全な形となって今手元にやってきたのだ。俺も感動して泣きそうだ。


「ちなみにここにはDLCの内容は入ってないのよね?」


 月の問に俺は頷く。


「追加DLCはさっき出来たところだからね。これを配信するって、販促用のツイッターでも大々的に告知してるから」

「そっちはわたしに任せておいてください。DLCはイベント当日、もしくは次の日には出せるよう手配できてます」

「やったー、これであーしもクリエイターだー」


 綺羅星がテンション上がりすぎて、後ろからジャンプして背中にのってくる。危うくディスクを落としてしまうところだった。


「おっ、アタシも混ぜろ」


 成瀬さんがカニばさみのように俺の足を自分の足で挟むと、無理やり倒そうとしてくる。

 君ら自分の作ったディスクを破壊したいのか!


「で、悠他のディスクはどこにあるんだ? 工場で生産はもう終わってるんだろ?」

「終わってます。でも俺も実際何枚生産したのか知らないんですよ。イベント当日に搬入されるらしいんですけど」

「水咲の製品として売り出すわけだから、100や200じゃないだろうな」

「えっ、てことは1000くらい?」

「万もありえるんじゃないんですか?」

「いや、さすがに万は物理的にないでしょ」

「もしかして全く気にしてなかったけど、あーしら超金持ちになれる?」


 君は元からお金持ちでしょうがと綺羅星に言いたかったが抑えた。真のお金持ちというのは自覚がなかったりする。


「お金の関係、どうなるのか全く聞いてなかった……」


 おいっと玲愛さんはあきれ顔だ。

 だって作るのに必死だったんだからしょうがないじゃないか。


「1本3000円で販売したとして、1000本売れたら300万?」

「まぁプレス工場とか、デバッグ会社とか使ってますからその分のコストは差し引かれますよね」

「売上も楽しみにしておこう」

「ねぇねぇダーリン、お金入ったらハワイ行こうよハワイ」

「リフレッシュ休暇でハワイ行けるくらい儲かるといいな」


 様々な制作での思い出が詰まったゲームが出来上がり、後はコミケを待つだけになった。




――――――――

次回からオタオタ最終章コミケ編へ

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