第105話 火恋とテスト対策Ⅰ
暗くなった空。窓の外には冷たい風が吹き、去年ならばこの寒い中コンビニ弁当買いに行かなきゃなと思っていた頃だろう。
しかし現在はエプロンをつけた義姉が、鼻歌と共にシチューを作ってくれている。
栗色の長い髪を揺らしながら料理を作る後ろ姿は、女子力を越えてママ力を感じる。
「ユウ君できたわよ~」
「はーい」
静さんのクリームシチューを食べながら、録画した深夜アニメの鑑賞。三石家の夕食という感じだ。
寒い季節に美味しい夕食を食べられるというのは、それだけで心暖まる。
しかし――
「定期……試験?」
作画が苦しくなり始めている深夜アニメの音声を流しつつ、対面の静さんが心配そうに切り出す。
それは学生にとっては誰もが耳を塞ぎたくなる悪夢の制度。
「そう、もうじきよね?」
「えっ?」
「あのユウ君、なんで初めて聞く話みたいな顔してるの? これまでずっと受けてきたよね?」
「あ、あぁ、まぁそうだね……そういう見方もあると思う」
「ユウ君、成績大丈夫?」
「ん~まぁ極端に山が外れない限り、赤点はないんじゃないかなぁ」
英語と数学が怪しいところではあるが。概ね全教科平均点のプラマイ5点くらいのラインをウロウロしてるし。
しかし静さんは糸目を更に細め、暴力的な爆乳と共に首を振る。
「その……赤点の心配じゃなくてね、伊達さんと許嫁になったでしょ? 多分成績は全部報告しなきゃいけないと思うの」
俺はカランと音を立ててスプーンを落とした。
やばい、赤点回避で安堵してる場合ではなかった。
そうだ、未だ俺に不信感を持つ剣心さんを説得するには、それなりに良い点が必要だ。
赤点なんかとってみろ「こんなバカ伊達にはいらんわ」と冷たく切り捨てられる可能性は十分ある。
「やっべぇ……」
「お勉強大丈夫?」
「伊達さん、何点くらいとったら許してくれるかな?」
「……80点くらいかしら?」
静さんは甘めのボーダーを設けるが、多分最低の最低の許容点がそれくらいだろう。
ってことは大体全教科プラス10点以上? 苦手な数英に関しては20点以上上げなきゃいけないのか?
ハハ御冗談を……。
「オワタ」
「ユウ君、そんなに心配なら家庭教師さんに来てもらう?」
「家庭、教師…………それだ!」
俺の頭に電球が光る。
「えっ?」
「明日家庭教師してくれそうな人を呼んでみるよ」
この学校のテストに精通して、尚且優しく教えてくれそうな人に心当たりがある。
「お姉さん今週から恋夜のアニメの打ち合わせで、編集部に行くんだけど遅くなっても大丈夫?」
「うん、なんとか頑張るよ」
「偉いわユウ君。もしダメだったらラインしてね。すぐに帰るから」
そこはちゃんと打ち合わせしてきて下さい。
俺が静さん帰ってきてって言ったら、打ち合わせの最中でも切り上げて帰ってくるつもりなのだろうか。
相変わらず過保護な静さん。だけどそれが良い。
翌日、放課後――
俺が席を立つと、ダメ人間筆頭相野がオイ磯野遊びに行こうぜと声をかけてくる。
「おう、悠介遊びに行こうぜ」
「行かん、それどころではない」
「なにかあったのか?」
相野はもしかして金欠か? と的はずれなことを言う。
「いや、もうじき定期考査だろ」
「なんだよ。今更慌てたって無駄だぜ? オレと一緒に逃れられない運命を享受しようぜ」
「死を受け入れてる奴は気が楽でいいな。こっちはそうはいかんのだ」
「悠介考えてみろ。一生懸命勉強して成績上がらなかったら、全力疾走のバカって言われるぜ?」
「ぐっ」
定期試験では誰もが「俺勉強してないし」と予防線を張りつつ、良い点がとれたら「あれ勉強してないのにな~」俺なんかしちゃいました? と頭良いアピールをする。
逆に悪い点なら「かー、勉強してないからなー」と予防線が仕事をしてくれる。
だが、周りから見て「あの人めっちゃ頑張って勉強してるじゃん」と勉強しているアピールをしておきながらも、結果が悪いと「うわ、あの人全力で勉強してバカなんだ……」と哀れみと蔑まれた目で見られてしまう。
空回った無駄な努力、人それを全力疾走のバカと呼ぶ。
「そういうわけにもいかないんだよ。伊達家に成績報告しなきゃいけないんだ」
勉強せずに悪い点をとったら、バカな上に努力をしない怠惰な人間というレッテルが貼られてしまう。
ただでさえマイナススタートなのに、更に剣心さんの心象を下げるのは回避しなくてはならない。
「はー、許嫁も大変だな。じゃあ遊びに行こうぜ」
「俺の話聞いてた?」
俺は泥沼から足を掴んでくる相野を振り切り、教室の外へと出る。
この学校のテストに精通し、尚且優しく勉強を教えてくれそうな人物、それは――
「メーン!」
「ドォ!」
「コテェ!」
冬場でも熱気あふれる武道場では、剣道部が激しい練習を行っていた。
俺が武道場に顔を出すと、丁度火恋先輩が練習試合を行っている最中だった。
対戦相手は同学年のようで、前垂れには『
武道場内にパンパンパンと竹刀同士が激しくぶつかり合う音が響く。
素人目から見ても両者共にかなりの実力者。しかし若干火恋先輩の方が上か?
どのような攻撃もガードする火恋先輩に、古賀先輩はしびれを切らし大ぶりな動きをしてしまう。火恋先輩はその隙を見逃さず、一瞬で懐まで踏み込んだ。
「ドォ!!」
パーンと竹刀の良い打撃音と共に、胴打ちが決まる。
居合斬りのような鋭さで、俺には火恋先輩の竹刀が目で追いきれなかった。
審判らしき学生が「一本!」と勝利宣言を行うと、その瞬間後輩たちから黄色い歓声が上がった。
「ふぅ……」
火恋先輩が光る爽やかな汗と共に面を外すと、すぐさま下級生が取り囲み、タオルやスポーツドリンクを手渡す。
そしてキラキラした目で「さっきの試合凄かったです」と、もてはやす。
「ああいうのを見ると火恋先輩は陽キャだな」
綺羅星とは完全に別のベクトルだが、スポーツ分野で輝く人ってオタにとっては陽キャに映る。
なにかに打ち込んでる人は、例えどのような姿であっても美しくカッコいい。
特に火恋先輩は普段大和撫子的な立ち振舞から、剣道部ではあの鋭く凛々しい強さ。そのギャップに憧れや恋慕を抱く生徒は多い。
「くあー、まーた負けた!」
悔しげに声を上げるのは、対戦者の古賀先輩。
彼女は面を取ると、黒髪ショートのキリッとした顔を見せる。
眼鏡の下に切れ長の瞳と泣きぼくろ。パッと見はお硬い委員長風だが、彼女は手にした面を床に放り投げた。
「スバル物に当たるな」
「うるせー! あぁ、なんで勝てないんだよ! ほんとムカつくんですけど!」
「明鏡止水の心を持て」
「わけわかんねぇこと言うな、はっ倒すぞ!」
「一点の曇りもない水のような静かな心のことだ」
「説明されてもわかんねーよ! バーカ!」
古賀昴先輩。……どうやら見た目に反して、かなり口が悪いらしい。
「もう一戦! もう一戦!」
「断る。お前に付き合うと、何時間も相手をさせられる」
「なんだテメー、アタシが恐いのか?」
「とても恐い。お前のアホさが」
「んだこの野郎、やんのか!?」
「やらん」
そのやり取りをみて、多分古賀先輩と火恋先輩は仲良いなとすぐにわかった。
すると武道場の入り口で待機する俺に、火恋先輩が気づいた。
「昴、私はもう帰る」
「はっ? 勝ち逃げか?」
「なんとでも言え」
古賀先輩も俺に気づいたようで、舌打ちをする。
「チッ、男かよ」
「彼氏持ちの伊達先輩に負けた古賀先輩可哀想……」
後輩がボソリと呟く。
「うるせー! 一年は素振り1000回しろ!」
と後輩に当たっていた。
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