第363話 火は燃え移る

 遊人が復帰してから一週間後。


 ネット上でこんな話がトレンドに上がっていた。

 サークル三石家がツイッター上で発表した、『コミケで販売されたソフトのDLCに関して、当サークルは有料で販売されることを知らず、当日参加者から聞かされて初めて発覚した』というポスト。

 ユーザーからは「見え見えの責任逃れ」「知らないわけがない」と批判が殺到し激しく燃え上がっていた。

 これに対して今までだんまりを決め込んでいた、ヴァーミットが回答を出したのだ。


『サークル三石家様がポストした内容は全て正しく、当初三石家様は水咲アミューズメントの推しサークルとして活動していたものの、コミケ当日にヴァーミットとの合併が発表され、販売権利が水咲からヴァーミットへと移行しました。


 DLCは水咲アミューズメントから無料で提供される予定でしたが、検討の結果有料コンテンツとして配信することに決定しました。

 料金設定、配信方法は弊社独自の基準で設定した為、サークル三石家には情報が報されていません。


 弊社の伝達漏れによって誤解が生じ、ユーザーの皆様に混乱を招いたことを深くお詫びいたします。』


 という謝罪文。

 これを見たユーザーたちは、一気に反応を返した。


『はっ? えっ、ヴァーミットの謝罪文見たけど、合併するってことすら知らなかったってこと?』

『つまり合併のゴタゴタに紛れて、三石家が作ってた無料DLCを勝手に売っちゃったってことだよね?』

『何回読んでも”DLCは水咲から無料で提供される予定でしたが、検討の結果有料コンテンツとして配信することに決定しました”の意味がわからん。なんで水咲なら無料なのにヴァーミットだと有料になるんだよ』

『いやいやいや、謝るのは俺たちじゃなくてサークルにだろ。この謝罪文考えた奴バカなのか?』


 企業とは思えない、あまりにも的はずれな謝罪に憤るユーザーが続出し、炎上の炎は三石家から一気にヴァーミットへと移る。


 その日のうちにヴァーミットはユーザーの混乱に対し、再び声明を出した。


『先程のポストによって誤解を招くことになり謝罪申し上げます。

 しかしながらサークル三石家様の作品の権利につきましては、弊社ヴァーミットが所有しており、法的にはなんら問題ございません。

 作品を奪ったという事実はございませんので、間違った情報を流さないようお願い致します。

 現在多くの意見が弊社に寄せられています、あまりにも酷い誹謗中傷は弁護士に相談させていただきます。』


 とポスト。この開き直りにもとれる火に油を注ぐ回答に、当然ユーザーは更に炎を燃やす。


『ふざけんな、何逆ギレしてんだこの会社』

『ヴァーミットってやべぇやべぇって思ってたけど、マジでやべぇ企業だったんだな』

『法的に問題なかったら何やってもいいの?』

『起訴チラつかせてくんのウザすぎるだろ』


 このあまりにも喧嘩腰なポストは削除されたが、すでにネット上では拡散されており、SNSの中では有名な話となってしまう。

 検索欄にもヴァーミットと入力すれば、サジェストに『炎上、最悪、酷い、悪徳、泥棒』と並ぶようになった。

 この大きな炎は当然摩周社長の耳にも入り、ツィートをした犯人探しが行われた。だがその犯人は呆気なく見つかる。


「お前か遊やん。こんなわけわからん文出したのは?」


 ポストを行ったのは現在ヴァーミットの開発室で、ひたすらゲームで遊んでいる水咲遊人のことだった。

 開発室に摩周が青筋をたてて入ってくると、そのあまりの剣幕にほとんどの開発者が起立して、戦々恐々としながら目を合わさぬよう俯く。


「これはどういうこっちゃ。ワシに内緒で勝手に謝罪文なんか出しおって。こんな無茶苦茶なこと書いたら、いくら客がアホやゆーてもキレよるで」


 遊人の目の前に立ち、デスクをだんっと大きな音をたてて叩く摩周。


「いやいや、僕は嘘偽りないことを書いただけだよ? 何せ僕今仕事ないからね、せめてユーザーと直に話せる機会があるなら大切にしようと思ってツイッターをやってたんだ。そしたらこのサンダーボルトちゃんっていうアカウントがさ、”サークル三石家が言ってることは本当なんですか?” って聞いてきたから答えただけなんだけど」

「そんなもん個人のアカウントでやれや! なんでヴァーミットのアカウントでやるんや。広報にちゃんと許可とったんか!?」

「なんでって、僕はヴァーミットの取締役だよ? なんで取締役が部下に許可とらなきゃいけないんだい?」

「遊やん、会社とられて恨んでるんやろうけど、アホのふりしてワシの足引っ張ってくんのやめろ。はよ辞めたいんやったらいつでも言ってくれや」


 摩周は親指を立て、首の前で水平に切る。


「いやー悪かったよ、僕もこの年で無職にはなりたくないからね。もうやらないよ」

「…………」


(ええわ、半年くらい生かしといたろうと思ったけど、この炎上が落ち着いたら遊やんには責任とって消えてもらおう)


 そもそも遊人が出社してきたのも意外だった。

 会社を乗っ取られたのに、のこのこ出社してきて会社のツィッター荒らすとかどんな神経しているんだと思う。

 摩周が開発室から去った後、遊人は小さく独り言を呟く。


「さて布石はうった。この炎上をうまく使ってくれよ」


 水咲遊人は頬をつり上げつつ、ゲームを見つめるのだった。



 ヴァーミットゲーム公式ツィッターが炎上した翌日のことだった。

 摩周に一本の電話が入ってきた。それはとても声の低い女で、摩周が今現在もっとも目をつけられたくない玲愛人物だった。


『ネットで随分と騒がれているようですが、大丈夫ですか?』


 言葉こそ優しいものの、玲愛の口調は厳しい。

 意訳としては、伊達が大株主になった瞬間、何公式炎上させてるんだ。株価下がってんだろカスという威圧である。


(耳の早い女やで)


「ご、ご心配なく。あれは元水咲の社員がやらかしよったことですし、そんな大した問題でもありまへん。2,3日も経てば落ち着きますで」

『そうですか? 私が見た感じ相当恨みを買っているのか、2,3日程度でおさまるとは到底思えませんが?』

「大丈夫です、ご心配なさらず。一応責任とらす奴は決まってますんで」


 電話越しにぺこぺこと頭を下げる摩周。

 普段はこのような低姿勢をとらないが、数十億の融資を受けた直後にこれだ。伊達が怒るのは無理からぬことである。


「ツィッターの内容は私も確認しましたが、事実ではないですよね?」

「当たり前ですわ! あんなもん水咲社員のただの嫌がらせでっせ、ウチはなんも後ろめたいことなんかありゃしまへん」

「デマなら構いません。ですが本当だとしたら信用問題になります。大衆の意思を逆なでするような、迂闊な真似だけはしないようご注意下さい」

「そない怖い声ださんでも、わかってますがな……」

「そうだ、近日中にブレイクタイム工房と、問題になっている三石家へ取材が入ります。ヴァーミットで場所を作ってください」

「取材でっか?」

「新進気鋭のクリエーター特集だそうです。WEB配信サイトの生放送番組なので、大したものではありませんがね。会社の方に取材班がいきますので、両サークルを準備させておいてください」

「面倒ですな……」

「対談には摩周さんにも5分程度出演願いますと聞いているので、変なことを口走らないよう気をつけて下さい。例え進行が三石家を悪者扱いしても、同調しないよう注意してください」


 玲愛はそれだけ言い切ると電話を切った。


「チッ、小娘が偉そうな口を叩きおって」


 舌打ちして受話器を見つめる摩周。気分的には小うるさい上司ができたようで面白くはなかった。

 大体DLC程度で、ガタガタ言うユーザーの方にも腹が立つ。


「嫌なら買わんかったらええんじゃボケが」


 苛立ちを隠さず、受話器を叩きつける。


「遊やん肝いりの三石家か……憂さ晴らしに多少恥かいてもらうか」





―――――

すみません体調不良の為、次回は多分金曜か土曜です。

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