第89話 で、殺す?
リムジンに乗り込むと、
彼女は脚を組んだまま、チラチラと窓の外と俺を交互に見やる。
「その傷……大丈夫なの?」
「あぁ別に、特になんともなく」
「そう、なら良かった」
ちなみにこのやり取り、ケガをしてからほぼ毎日行っている。
彼女は
まぁ水咲の病院で精密検査を受けた時、彼女も様子を見に来てたから当たり前といえば当たり前なんだが。
「なにか困ってることある?」
「姉のスキンシップが激しくなった」
「それは諦めなさい。静先生のムスコンは治らないから」
初めて聞く言葉だ。ブラコンなら知ってるのだが。
「他には?」
「わりかしマジでない。ウーバーの配達員認定されてるくらい」
こちらはあっけらかんと答えるのだが、対面する少女はそわそわと落ち着かない。
なぜかは知らんがケガの責任を感じているらしい。その理由は――
「…………ねぇ、ほんとに山野井のこと、このままでいいの? さすがにケガまでさせられたら、こっちも黙ってらんないんだけど」
「先にふっかけたのは俺だからな。本人が別になんともないって言ってるのに、喧嘩を大きくするのはやめてほしい」
「喧嘩の度を超えてるわ。あんた後頭部何針縫ったのよ」
「目立たないところで良かった。額とかだとフランケンって言われるところだったな」
「真面目な話を茶化さないで。ほんとなら流血事件よ?」
「男が本気で殴り合いの喧嘩したら血くらいでるわ」
月はそうじゃなくて、と言いたげに呆れながら前髪をかきあげる。
「説得するって言ってたから気にはなってたけど、まさかこんなことになるとは思わなかったわ」
「ちなみに俺の説得はまだ続いてるからな。妹はあれからなんかかわったか?」
「…………あんたのこと何回か聞かれた」
「ほぉ、いいんじゃないか? 今まで顔を合わせたら喧嘩ばっかしてたんだろ?」
「…………」
「なら俺がケガした甲斐もあったってもんだ」
「ケガしてよかったなんて冗談でも言わないで。なんでそんな大して仲良くもない女の子のために、そこまで体張るのよ」
「あの子は、にわかだがガンニョマーだからな。ガンニョマーに悪い奴はいねぇんだよ」
「またはぐらかす。バカの仮面被って煙に巻こうとするのやめてくんない?」
「いや、わりかしほんとに理由がない。強いて言うなら、俺は女に手を挙げる男が死ぬほど嫌いだ」
「安い正義感振りかざして大怪我してたら世話ないわよ」
「安い正義感も振りかざせないクズにはなりたくない。ってかそんな気にしなくていいぞ、半分自業自得みたいなもんだし」
「気にするわよ。あんたが止めなきゃ、あたしは山野井という男を社会的に抹殺してたわ」
月は見えないりんごを握りつぶすように、手を握り込む。
「抹殺て」
「一応彼氏がやられたんだから、彼女としては相手を殺すのは普通でしょ」
「普通とは一体……」
この子はこの子でちょっと狂った所あるからな。
その時運転席の藤乃さんから声がかかった。
「三石様ご理解ください。お嬢様は三石様がケガをされて、本当は気が気でないのです。三石様が病院で精密検査を受けると聞いたときのお嬢様の取り乱しっぷりは、それはもう凄まじいもので」
「黙れ藤乃」
運転席に向かって自分のパンプスを投げつける月。
事故るからやめてほしい。
「あ、頭打ってバカになるんじゃないかってちょっと心配しただけよ。それだけよ、勘違いしないで」
フンとツイン縦ロールを弾く月。ツ、ツンデ――
いや、なにも言うまい。
「それで、話したいことって何?」
「そうだった……。これなんだけど」
月はスマホを取り出し、ラインのメッセージ画面を見せる。
そこには月と同級生らしき人物の、メッセージのやり取りが表示されている。
「親愛なる水咲月様、来週私を含めた数名の友人たちとアリスランドに遊びに行くことになったのですが、ご一緒にいかがでしょうか? ご多忙かと思いますが、うんたらかんたらと……。これがなにか?」
ただのグループでの遊びの誘いだと思うが。
「それ、あたしの友達の妹の友達の姉から来たラインなんだけど」
「それ最早他人では?」
「友人”たち”と遊びに行くってなってるでしょ?」
「そうだな」
「伏せられてるけど、その友人の中に山野井が入ってるのよ」
「えっ?」
「いきなりで怪しいと思って調べたんだけど、この子裏で六輪の子と繋がってて、あたしと山野井を引き合わせようとしてるの」
「はぁ……?」
「しかもその日、その子と他に呼ぶ友人はドタキャンする予定なの」
「つまり皆で遊びに行くって言っておきながら、君が行ったら山野井が待っていて、他の子はキャンセルしてると」
何その自作自演感が凄いセッティング。
「話が見えないな。なんでこの子は、山野井と君を引き合わせようとしてるんだ?」
「その件に関してはわたくしから説明致します」
かわって運転席の藤乃さんが答える。
「三石様は山野井君が綺羅星お嬢様以外に、意中の女性がいると覚えてらっしゃいますか?」
あー、そういやデパートで女性向けのプレゼントを買ってたな。
綺羅星のカードパンクさせたアクセ。
ビンタくらったからよく覚えてる。
「その意中の女性と言うのが、月お嬢様なのです」
「は? あいつ
確かにお上品系の女子にプレゼントするって言ってた気がするけど。
「はい。実は山野井君は、月お嬢様と綺羅星お嬢様が姉妹だと気づいておりません。恐らく朝上女学院で優等生を務める月お嬢様と、落第して六輪高校へと転校してきた綺羅星お嬢様が繋がらなかったのでしょう」
「まぁ確かに見た目も性格も全く違いますしね」
俺もTheツインドリルお嬢様の月と、Theパリピギャルの綺羅星が並んでても絶対姉妹なんて思わないもんな。
「あいつ好きな女の子の妹を財布代わりにしてたってことですか?」
「左様でございます」
「バカじゃん」
「左様でございます」
執事辛辣すぎてワロタ。
ってことはあいつ、綺羅星の金で月へのプレゼントを買ってたってわけか。
一周回って面白いな。いや、笑い事じゃないけど。
「それでこの誘いをどうしたらいいかわかんないのよ。どうしたらいいと思う?」
「ちなみにどうしようと思ってる?」
「OKして、待ち合わせ場所に来た山野井をコンクリ片で殴る」
殺人事件かな。
「あんたと同じ目に合わせるわ」
「絶対やめてさしあげろ」
普通に死ぬぞ。
「じゃあ、どうしたらいいのよ」
フンスと腕組みして足を組み替える月。
「いいんじゃないか? この誘い受けようぜ」
「殺すの?」
どうしてそう血生臭くなるのか。
「殺さない。まぁでも別の意味で死ぬかもしれんけど」
「どういうこと?」
「お友達と一緒に遊びにいきませんか? って誘いだろ。いいじゃん、俺交えて行こうぜ」
「は? また喧嘩する気?」
「いや、その逆」
だって面白いじゃないか。
先日ボコボコにした男が、好きな女の子と死ぬほどイチャついてたら。
きっとハンカチ噛み締めてくれるだろう。
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