第384話 天下統一林間学習Ⅴ

 その日の夜。


 真下姉妹、天、俺は金属網の上で焼けていく、串に刺された肉と野菜を眺めていた。

 一式がパタパタと団扇で木炭に風を送り込んでいくと、赤い火花が散り焼けた肉の良い匂いが漂う。

 トウモロコシも良い焼目がついて、実に夏っぽくて良き。

 俺達の晩飯は材料を考えてバーベキューに決定。飯盒からは沸騰した白い水がこぼれ出る。


「よし、良い頃だ。食おうぜ」

「「「は~い」」」


 四人でバーベキュー串にかぶりつく。

 外での飯ならやっぱカレーかバーベキューが王道だな。

 そんなことを考えながら周囲を見渡すと、レトルトカレーはあるが米がない班や、玉ねぎとご飯しかない班など、わりと悲惨な組み合わせで晩飯を食っているところが多い。

 米、肉、野菜と全部揃ってるウチは当たりだなと思いながら肉を喰らう。

 すると、死んだ魚の眼をした相野が俺のすぐ後ろにいた。


「うぉっ、びっくりした!?」

「よぉ悠介、えらく豪華な晩飯だな」

「おう、うまいこと最後まで逃げ切ったからな。お前は……」


 見ると相野は両手に塩おにぎりを持っていた。


「捕まったのか?」

「いや、お前と別れた後柔道部の班に入ったんだが、全員馬鹿すぎてパズルが解けなかった」

「そうか……」


 どうやらおにぎりは、食材が獲得できなかった全員に配布されているようだ。


「なぁ悠介、俺と入江が可哀想と思わないか?」

「いや、別に?」

「いや、別に!? これでも同じ班だっただろ!」

「先に裏切ったのはお前だが? しかも2度」

「だとしても友達じゃないか!」


 俺は友達ねぇと、モシャモシャ肉を食っていると、飢えた相野が飛びかかってくる。


「そいつをよこせオラァ!」

「見苦しいぞ負けメガネ!」


 二人でもみ合いになっていると、後ろにいた山岸にドンっとぶつかってしまう。


「あっごめん」

「ちょっと暴れないでほしいもん。あれ? 相野君おにぎりだけなの?」

「お、おう、そうなんだよ」

「ジュースおごってくれたらきゅうりあげてもいいよ」


 山岸は自分がかじったと思われるきゅうりを一本見せる。


「おいおい、いくら相野がバカだからと言ってなめるなよ。キャンプ場の死ぬほど高いジュースと、かじったきゅうりが等価なわけ――」

「オレ買ってくるよ!」


 嘘だろ、お前きゅうりおかずにおにぎり食うのか。

 相野は結局山岸からかじったきゅうりと350円のジュースを交換する。


「へへっ、悠介オレが羨ましいか? このかじったきゅうりという、あまりにもエロすぎるアイテムを入手したオレが?」

「お前みたいなのが、将来ネットで女子高生のパンツとか買うんだろうな」


 相野はきゅうりをねぶりながら気持ち悪く食った。


 夕食を終え、テントに戻った俺と相野と入江。

 敷かれた薄いマットの上で、三人川の字になって寝転がる。


「磯辺達どうしたんだ?」

「今日男になるって」

「そうか、退学にならないといいな」


 どうやら女子のテントに夜這いに行ったらしい。


「なぁ悠介、山岸やっぱりオレに気があると思わないか?」

「いや?」

「普通自分がかじった食べ物を男子に渡さないだろ?」

「高いジュースと交換だろ。それに山岸がかじったとも限らんし」

「いーや、間違いなく山岸が食ったものだね。昼間のあの辛口な言葉も、実は照れ隠しという可能性が濃厚だな」

「お前きゅうり一つでチョロすぎんか?」

「よし、オレもう一回告ってくるわ。今夜は戻らない。山岸をオレの女にして名字を相野にかえさせる」

「わかった警察に捕まらないようにな」

「入江、オレの勇姿をカメラで撮ってくれ」

「仕方ねぇべな。ついでにエロいことしてるカップルがいないか探しに行くべ」


 相野と入江はテントを出ていった。

 一人になった俺は、若干の寂しさを感じつつも一人でテント専有できるしええかと手足を伸ばす。

 昼間の疲れもあって大きなあくびが出た。話し相手もいないし寝るかと思い、テントの吊り下げライトを消す。

 すると数分して暗闇の中、ガザガサとテントが揺れる。

 負け犬がもう帰ってきたのかと思ったが、複数名いるようだ。


「なんだ? まさか山岸連れて帰ってきたんじゃないだろうな」


 相野が山岸を射止める確率は万に一つもないと思うが、世の中絶対という言葉はない。急に好みが変わって猿顔男子が好きになることもあるかもしれない。

 そんなことを考えていると、テントのジッパーがゆっくりと開く。

 入ってきたのは天と真下姉妹だった。


「どうしたんだ三人とも?」

「その、男子が数名テントに来てしまいまして」

「ボクら追い出されちゃったんだよね。旦那のとこ行ってきてって」

「男子もアレですが、女子も満更でもなくて困りますわ」

「それは気の毒だな」

「朝になったら出ていくから、ここにいさせて」

「ウチも一人になったしいいぞ」


 俺は一番端に寝転がると、相野や入江たちのスクールバッグを縦に並べて仕切りを作る。


「兄君、なにこれ?」

「このラインからは侵入しないという国境線だ」

「いらないよこんなの」

「そうです、そもそも御主人様が真ん中ですから」


 三人はあっさり国境を取り払うと、俺を真ん中に寝かせる。

 三人はどの場所で眠るか、お互い向かい合う。


「じゃあ君たちが両サイドで、ボクが兄君の上に乗るから」

「「異議あり」」

「異議? 異議? メイドである君たちがボクに?」

「はい、御主人様の上はとても寝にくいと思いますので、ここは私が」

「いえ、嫌と言えないファーストだと、上に乗った瞬間どんな卑猥なことをされるかわかりませんわ。ここはすぐに反撃できる、このわたくしが」

「君たちとうとう本性を現したね」


 3人3すくみでにらみ合う。

 俺はしばしの間その様子を眺めるも、一向に決まる気配がない。


「決まらないならトランプでもして遊ぼうぜ。一日くらい徹夜しても大丈夫だし、寝るとエロいこと始まりそうで怖いし」

「「「それでいいの!」」」


 三人が声を合わせてきて驚く。


「兄君、これを見て」


 天が取り出したのは、エロ漫画でよく見る安全戦士コンドム。


「今日ボクはヤリにきた」

「ストレートで好感が持てるが、年頃の女の子が言うセリフじゃないぞ」

「そう言わず一回やってみよう」

「テントの中でしてたら、巡回の先生にバレてえらいことになるぞ」

「最悪野外でも可だよ」

「俺がヤだよ。蚊も多いし」


 乗り気でない姿勢を見せると、一式と天が何やらアイコンタクトを行う。


「ではでは、御主人様が眠くなるまでゲームをしませんか?」

「ゲーム?」


 一式はひらがな50文字と、記号、はい、いいえが書かれたシートを取り出す。


「こっくりさんゲームはいかがです?」


 こっくりさんゲームとは、参加者全員が1枚の硬化の上に指を乗せ、こっくりさんに質問を行うと、硬化が勝手に動いて質問に答えてくれるという。

 当然霊的なものが硬貨に憑依しているわけではなく、参加者の誰かが動かして質問に答えているだけ。

 しかし、誰が答えているかわからないというのがミソである。


「いいけど、誰が質問を考えるんだ?」

「では、私が」


 全員が硬貨に指を乗せ準備完了。

 一式はコホンと咳払いして、第一の質問を出す。


「まず最初は軽く……天お嬢様の秘密を教えて下さい」


 するとススっと硬貨が動き出す。

 当たり前だが、動かしてるのは天である。


「なになに」

「じ」

「つ」

「は」

「ま」

「だ」

「の」

「ー」

「ぶ」

「ら」


 これはまた確かめにくいことを……。

 すると天がジャージの前をゆっくりと開く。


「さてこっくりさんが言ったことは本当でしょうか、嘘でしょうか?」


 天はニヤニヤとした目でこちらを見やる。

 俺はこのゲームのまずさを一回で理解した。


「確かめてみなよ、別に突いてもいいし揉んでもいいよ」


 ウチの嫁が小悪魔すぎる。


「そんなことしなくても大丈夫だって」

「あれ、兄君やっぱ童貞だから芋引いてるの?」

「やってやらぁ!!」


 童貞に脊髄反射した俺はつい叫んでしまう。

 俺の指は震えながら、天の胸をプニッと突き刺す。

 すごい、どこまでも沈み込んでいく。ブラジャーの硬い感触はない。


「息巻いてたわりにはソフトタッチだね」

「この辺りで勘弁していただきたい」

「しょうがないなぁ、じゃあ次ボクから。こっくりさん今日この後、エッチなことが起きる?」


 俺は即座に硬貨を”いいえ”の方に向かわせる。しかし、3人の強い力によって”はい”へと向かう。


「君たち力を入れるんじゃない」

「やだな、これはこっくりさんが動かしてるんだよ? もしかして兄君力入れてるの?」

「いや、全然だけど? (めちゃくちゃ指に力入れながら)」


 硬貨の押し合いになっていると、勢い余って硬貨が吹っ飛んでしまう。


「これは無効でいいかな」

「「「チッ」」」

「では次はわたくしが、えぇ……主人が嫁の中で一番好きだと思う人物の名前を教えてくださる?」


 なんて嫌な質問なんだ。

 さっきまでものすごいスピードで硬貨が動いていたのに、今度はピクリとも動かないじゃないか。

 天達、完全に俺が動かすのを待ってるな。

 俺は観念して、硬貨を動かす。


「「「み、ん、な、い、ち、ば、ん」」」


 三人は露骨に顔をしかめる。


「そういう綺麗事を聞きたいんじゃないから」

「申し訳ございません、もう一度やりなおしでお願いします」

「ほら主人、早く」

「もう動かしてるの俺ってわかってるじゃん!」


 なんとかごまかして、俺の最後の質問でこの場を逃げ切る。


「こっくりさんこっくりさん、この4人はこの後どうしますか?」


 俺は硬貨を「寝る」に動かす。しかし天達はそれを許さず「せ」に持っていこうとする。

 セはマズイ、セック―に繋がってしまう。

 俺は無理やり硬貨を動かすと、今度は「え」に向かおうとする。

 えもマズイ。エッ――に繋がってしまう。


「君等力入れすぎだろ! 3対1は卑怯だぞ!」

「なんのことかわかんないな」


 一進一退の攻防を繰り広げている時だった、テントをポツポツと雨が打つ。

 その音は次第に大きくなり、雷を伴い始める。

 ガラガラピシャっとでかい落雷音が鳴り、別に雷に恐れがない俺でも肩がビクッとした。


「音でかっ、近くに落ちたんじゃないか?」

「こ、怖いですね」

「なんだか気温も大分落ちてきましたし」


 確かに、ダダダダっと降り注ぐ雨で、地面の温度が奪われ急激に肌寒くなってきた。

 自然と俺達4人は身を寄せ合って横になる。

 4人脚を絡ませあい、薄い体操服で抱きしめ合う。

 いい感じに体温で暖かくなり、雨音の心地よさで気づけば意識は落ちていた。


 翌朝――

 巡回の先生が雨でサボったのか、伊達水咲に関わりたくなくて忖度されたのか知らないが、俺達は特に注意されることもなく朝を迎える。

 キャンプ場広場に集合した生徒たちは、教師の締めの挨拶を聞き終え、帰りのバスへと順次乗り込んでいく。

 その中で頬に真っ赤なもみじマークをつけた相野の姿があった。

 同行した入江に何があったか聞いてみる。


「あぁ、相野の奴山岸のテントに突撃した後、オレの女になればいいじゃないと言って飛びかかったべ」

「とんでもない告白だな。ほぼゴブリンじゃないか」


 それで返り討ちにあったのか……。


「その時の写真撮ったから後で見せてやるべ」

「人の心とかないんか?」

「あいつが撮れって言ったんだべ」


 気の毒な奴と思ったが、山岸は相野の頬を見て笑っている。

 相野はそれに対して「昨日はごめん」なんて返してる。

 山岸のさっぱりした性格が良かったのか、二人の間にわだかまりはなく、帰りの車内でお菓子の交換をしていた。

 これは案外相野の春も近いかもしれないと思いつつ、林間学習に幕を下ろした。




天下統一林間学習     了

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