第138話 三石家の反応
イベント参加が決まった翌朝――
制服姿の俺と、乱れたジャージ姿に黒の立体マスクをつけた真凛亞さん、ノーブラキャミソールに髪がサイヤ人化している成瀬さんの三人は、テーブルについて朝食を待っていた。
徹夜明けでグロッキー気味な真凛亞さんに、二日酔いで目が開いてない成瀬さん。
この二人、放っておくと体内時計が狂いまくってすぐ夜型人間になってしまうので、朝食はウチでとることが習慣になりつつあった。
「真凛亞さんはお仕事ですよね?」
「お仕事……急ぎじゃなかったけど……なんか降りてきちゃったから、そのまま朝まで作業してました」
なるほど実にクリエーターらしい。
「成瀬さんは?」
「アタシは昨日の夜動画の編集が終わって、その後酒飲んでゲームして、酒飲んで、寝て吐いて、酒飲んで寝た」
なるほど清々しいほどにダメ人間だ。
キッチンでは鼻歌とともに、腰より長い髪と規格外の胸を揺らす女性。ニットのセーターにロングスカート、優しげな糸目は実は写輪眼を隠しているとも言われる静さん。
彼女はトーストとベーコンエッグが乗った皿を人数分並べると、席についた。
「「「「いただきます」」」」
半分寝ながら食べているエロマンガ家と、サ胸釣りMutyuberを見やりつつ、俺は昨日のことを話す。
「あっそうだ、静さん昨日伊達家で決まった話なんだけど、今度アリスランドでイベントに出ることになったんだ。カップル限定イベントで、多分泊まりになると思う」
「あらあらまぁまぁ、イベントって何をするのかしら?」
「ん~まだ予定らしいけど、テニスとかゲームとか、後泳いだりもするのかな?」
「そうなの、じゃあテニスウェアを買わないとね」
「別に大会とかじゃないからいらないよ」
多分凄いアスリートが集うわけじゃないので、そこまで気合を見せなくていいだろう。
「ん~でも一回着てみたいわ」
「ん? そのテニスウェアって静さんが着るの?」
「ええ、イベントに出るなら必要になるでしょ?」
なぜか参加する気でいる静さん。あれ? おかしいな、俺カップル限定イベントって言わなかったっけな。
「ふふふ、優勝できるといいわね♡」
おかしいな、この人ママさんテニスと勘違いしてないか? 俺カップル限定イベントって(以下略)
「いや、あの……言いにくいんだけど出場ペアはもう決まってて……俺と玲愛さんで出るんだよ」
そう言うと、虚をつかれたように驚き、眉をハの字に曲げる静さん。
「えっ……そうなの? でも、何かあったとき困るから、予備の人はいた方がいいんじゃないかしら?」
「ん、まぁそうなのかな?」
玲愛さんが忙しくて、やっぱ出れんわって言う可能性はある。
でもそうなったら一緒に出るのは火恋先輩か雷火ちゃんで、やっぱり静さんの出番はない気がするけど。
「~♪」
丁度テレビに映ったテニスのニュースを見て、軽く素振りを始める静さん。あかん、これ何言っても出るつもりだぞ。
「え、えぇっと静さん、一応これカップル限定イベントで、優勝すると賞品は結婚式とウェディングリングなんだよ」
「まぁすごい、豪華ね」
パンと手をうち、嬉しそうに微笑む静さん。
「え、えぇっと、それで優勝するとテレビ中継されながらキッスをすることになるんだけど」
「そ、そうなの……? じゃあ心の準備が必要ね」
ポッと頬を染め、ぐっと拳を握る静さん。
待って、なんでこんなに引き下がる気がないの?
あとなんで優勝できる気でいるの?
「お父さんにもこのイベントのこと教えておこうかしら?」
「ほんとやめて。オヤジおかしくなっちゃうから」
俺がまさか波乱を起こす人がこんなところに……と戦々恐々としていると、隣の真凛亞さんが制服をグイッと引張りチラチラとこちらを伺うような視線を寄せる。
「あの……結婚……するんですか?」
「いや、その場で結婚なんてしないですよ! ってか俺そもそも17ですし」
「そう……ですか」
なんだか悲しげな真凛亞さん。するとベーコンエッグをラピュタ食いしている成瀬さんがにんまりと笑う。
「あっちゃんイベントの遊びなんだから妬くなよ。ククク……いだぁぁぁい!!」
真凛亞さんが無言で成瀬さんの脇腹をつねったらしい。
「妬いて……ませんから」
真凛亞さんって色白だから、顔赤くなるとすぐわかるよね。
「じゃあ、そのイベント皆で行きましょうか。ユウ君が頑張ってるところ見たいわ」
「……いいですね。仕事終わらせます」
「いいじゃん、アタシも行くぜ。面白いもん見れそうだし、動画ネタになりそう」
「え、えぇ……」
「なんだ嫌なのかテメーは」
成瀬さんに頭をグリグリといじられる。
そんな無防備に脇を動かすと、目の前で乳が揺れるからほんとやめて、やめないで。
「俺運動音痴なんで、テニスやってるとことか見られたくないんですよ」
「んだよ、じゃあ今日特訓しようぜ。駅前にラウンドセブンあるから、そこでテニスできるだろ」
「えぇ……成瀬さんにボコられる姿しか見えない」
「いいじゃないユウ君、私も久しぶりに運動したいわ」
俺は(えっ、その乳で? 運動するんですか?)と静さんに困惑の視線を向ける。
「自分も……行きます」
「真凛亞さんまで」
「いいじゃん不健康組連れて行こうぜ」
ということで、放課後はオタクの大嫌いなスポーツ交流会に決定する。
◇
悠介登校後、自宅マンション内――
「はー……寝よう寝よ……もうちょっと描いてから寝よう」
「絵描きは、利き手に脳みそついてんじゃないか?」
「絵描き欲求には抗えないです」
「さてアタシは飯も食ったし、もう一眠りするか、それとも酒でも飲むか」
「……なる先輩太りますよ」
「うるせーアタシは太らない体質なんだよ!」
「それは幻想……内臓脂肪がたまって、ビール腹に……」
「ならねぇよ!」
「あら?」
真凛亞と成瀬が言い合っていると、玄関で静が困っていた。
「どしたんですかママさん」
「ユウ君、体操服忘れていったみたいで」
静は玄関に置き去りにされた体操服袋を持ち、どうしましょうと首を傾けている。
「自分……行きましょうか?」
「いやいい、あっちゃん仕事あんだろ? アタシ届けてくる」
「いいのかしら?」
「ママさんにはお世話になってますから。髪だけ整えたら行きますよ」
「ごめんね、なるちゃん」
「いいっすいいっす」
◇
学校にて、俺は机を挟んで相野と昨日の話をしていた。
「今度アリスランドって言うテーマパークで、カップルを対象にしたイベントがあるんだけど参加しないか?」
「はは、女いないオレに向かって、カップル対象のイベントに誘ってくるとかマジ殺すぞ♪」
相野は顔は笑っていたが、声は全く笑っていなかった。
「すまん、でも別にカップルだけじゃなくて男女ペアなら誰でも参加出来るらしい。しかも参加者は入場料無料」
「マジかよ。オレもラブプラス持っていって、コレが彼女ですって言い張ってやろうか」
「100%追い返されるからやめろ」
「お前はそんな羨ましいイベントを、雷火ちゃんや火恋先輩と行くつもりなんだろ。この野郎」
俺は襟を掴まれ、ガクガクと体を揺らされる。
「違う人とだよ。火恋先輩達のお姉さん。まぁ皆で行くんだけど」
「三姉妹と……姉妹丼かこの野郎! 皆、悠介が美人姉妹と遊園地デートするらしいぞ、許せねぇよな!」
相野は仲間を呼んだ。
モテない男子生徒ABCDEFGHが現れた。
「それは許せないね三石」
「あぁ、我ら童貞魔術師連合に対する冒涜だな」
「連合規約によると、デートをした人間は焼印と定められている」
「美人とのデートだからな、火炙りが相応しいだろう」
俺を縛ろうとする童貞連合。
「やめろバカども!」
「「「裏切り者に死を!!」」」
「三石くーん、お姉さん来てるよー」
嫉妬に狂った男子の腕をさばいていると、女子に声をかけられた。
姉? 静さんが来たのか?
そう思い教室の扉を見やると、そこには燃えるようなオレンジ髪の女性が悪戯っぽい笑みを浮かべて立っていた。
「うげ、成瀬さん。なぜここに」
彼女の格好はへその見える白のチューブトップの上に毛皮のアウターを羽織り、下は真冬なのに露出度の高いマイクロスカートとロングブーツ姿。
腰にはX字のブランドバックルがキラリと光るベルト。
清楚という言葉に中指を立てそうな、いつもどおりの成瀬さんの
スタイルの良さと相まって、クラス中の男子の視線が釘付けになっていた。
「おい悠介、あのギャルモノAV女優みたいな人は誰だ?」
「ただのダメ人間日本代表だ」
彼女はしたり顔で、体操服の入った袋を揺らす。
「あっ!?」
俺は机にかけた荷物を確認すると、4限目に使う予定の体操服がなかった。
どうやら家に置き忘れてきたのを届けてくれたようだ。
「す、すみません」
俺は小走りに近づくと、成瀬さんはポスっと袋を手渡す。
「お前教室の外からでも陰キャ臭すごいぞ」
クククと笑う成瀬さん。
「知ってますよ。俺は元から陰キャなんですから」
なんというかこういう表現はおかしいかもしれないが、陽キャの姉に助けられた感がある。
その後ろから相野含めた童貞連合が、手もみしながらゾロゾロと近づいてきてた。
「あのーわたくし悠介の親友の相野と申します。えっと、多分ご家族ではないと思うのですが、どのような関係でしょうか?」
「お前アタシのこと学校でなんて言ってんの?」
「えっと、それはですね……」
「悠介からは、ダメ人間日本代表と聞いておりますが」
おいバカやめろ本当の事を言うな。
「ほほー、せっかく体操服を持ってきてやった聖人をダメ人間呼ばわりね」
「これには悲しい誤解があってですね」
言い訳するが、彼女は一瞬イタズラ猫みたいに目を光らせた。嫌な予感がする。
「アタシ、こいつの女だから」
そう言って成瀬さんはぴょんと飛び跳ねて俺の腕をとった。
「「「「は?」」」」
俺含めた全員の「は?」
「そんじゃ、学校終わったらパンパンしような。じゃーなー!」
アハハハと笑いながら投げキッスしつつ、成瀬さんは去っていった。
最悪だあの女!! 絶対この前のおっぱいコントローラー根に持ってるな!!
最後の表現は悪意しか感じない。
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
「理不尽理不尽理不尽理不尽理不尽」
「しねしねしねしねしねしねしねしね」
後ろを振り返ると、殺意の波動に目覚め語彙力を失った童貞連合が血涙を流していた。
「あの、言っておくけど最後のはテニスのことだからな! 決してやましい意味じゃないからな!」
「「「つまりそんだけ仲良いってことだろうが!」」」
童貞共が首の前で親指を横に切り『
◇
チャイムが鳴り、担任教師が出席確認を行っていく。
「中村ー」
「三石悠介をコロシマス」
「西岡ー」
「三石悠介をコロシマス」
「橋本ー」
「三石悠介をコロシマス」
「前田ー」
「三石悠介をコロシマス」
「三石ー」
「…………」
「三石ー?」
「はい」
「どうした顔が腫れてるぞ、ケガしてるのかー?」
「クラスメイトから酷い暴力を受けました」
「そうかー、何したか知らんが、みんなほどほどにしておけー」
おかしくない? 出席点呼の返事が「三石悠介をコロシマス」になってる時点でおかしいよね。
事なかれ主義の担任は、今日もイジメはありませんと授業を開始したのだった。
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