第2話 とりあえずチート要素を列挙してみるものの
「菓子パンもダメ……っと」
手にした石版の文字の上に蝋石できゅうっと線を引く。
自意識がはっきりしてから二日目。スサーナは色々とチートの可能性を模索していた。
筋力は無理があった。万が一にもなんかすごいスキルとか、と思って中庭で武道の型……おばあちゃんにはなんだか踊っていると思われた……めいた行為などもしてみたが、バランスを崩してしたたかに石畳で尻を打った。
こうなればやはり知識チートだ、それしかない。そう思って、6歳児に出来る範囲でいろいろ調べてはみたものの、スサーナは打ちのめされていた。
記憶にある食事はそれなりにバリエーションがあって、イメージの中世の食事よりもだいぶ贅沢だ。なんなら品数の贅沢さは、紗綾だった頃、体を壊す前に一人暮らしを始めた当初の現代地球のコンビニメインの食事よりも上だ。
――最初から思っていたけど、食事情改善系チートの路線は無理そう。
ちなみに、思い返すとどうも砂糖類似の甘味料はある。そこまでふんだんに使われているという感じもしなかったけれど、それは食事文化の地方性といってもいい範疇だ。
……粉食文化であるせいで米の食事はなさそうだったが、粒食に馴染みがないだけに食べて感動パターンはないだろう。だいいち気候的に稲代用があるのかどうか。
生魚を食べる文化もなさそうだったが、これも寄生虫だの魚毒性だのの知識をつけてからでないとあぶない。
……危なくないと判断できたら個人的に試してみよう。生魚は抵抗が大きい気がするし最初から候補に入れてはいけないやつ。スサーナは心のメモに刺し身、と書き込んでおく。醤油がないならないで多分レモン汁と塩で食べるのが好きだった自分ならいけるだろう。
ケーキじゃない系統の、パン生地に何かを包む系統の菓子パンは見かけなかったのでいけるか、と意気込んだが、うちにはパン焼き窯はないのかと厨房に駆け込んで料理人(忙しい時期にだけ通いでやって来る)に聞いたところ、笑って製粉とパン焼きは神殿の特権だと言われてしまった。
――ああーっ!!ソーク制度ーーーっ!
愕然と、ほかにそういう決まりごとはあるのかと聞くと出てくる出てくる。藻塩を焼いて自由に売れるのは漁民だけ、とか。
氷を商うのは魔法使いの特権である、とか。
ぶどう酒を作って売るのは領主様の認めたブドウ園だけだ、とか。
もちろんうちが仕立てで商売をしているのも小売権をお祖母様がもってらっしゃるからですよ、とか。
へええーーー、まあそういう決まりはあるんだろうと思いましたけど!!
思い出しながらスサーナは叫びだしたくなった。
――異世界にも世の中のしがらみというものはある。ない異世界に転生できていればチャンスもあっただろうけれど、そうじゃなかったものはしかたない。
つまり、単純にあたらしい食べ物なんかで商取引に食い込むのは無理だ。すくなくともちゃんとした身分の人の後ろ盾とかが必要なわけで。ぱっと何か突飛なことを行って軌道に乗る、というのは無理がありそう。6歳児だし。うち、どうも普通の仕立て屋みたいだし。貴族じゃないしなーーー。
貴族だったらなーーー!と唇をとがらかせて、食べ物関係のチート思い付きリストに憤然とぎゅいぎゅいと線を引く。
じゃあ医療チートならどうだ、と思ったが、スサーナが実践できそうなのが強いアルコールを消毒に使う、ぐらいしかない。だいいち石鹸が流通しているのだ。民間レベルでできそうな衛生チートの道は閉ざされているも同然。
……というか魔法があるってことはもしかしたら菌由来で病原性がどうこうって世界じゃないかもしれないしなー。そういえばひどい怪我とか病気のときには薬師じゃない人を呼ぶって言ってたなあ。個人的な健康の維持のためにあとあと気にしておこう。
これもダメ。大項目 医療チートの文字の上にぎゅりぎゅりと消し線。
――あとはなんだろう。機械チート…無理だ。建築チート……無理だね。
本……羊皮紙メインだが見たことがあった。植物紙はどうだろう、と考えるが、なんだかある気がしてならない。
識字率は都市部だからかそう悪くないようだ。こどもであるスサーナがこんな石版と石筆を使える時点で当然……日本語は書いて読めてもこの世界の文字は6歳児平均ぐらいしかわからないわけだが。しかしそれは裏返せば6歳児でも文字を教えてもらえる、ということ。商業の基本を想像すれば印刷方面も発展している、もしくはしつつある可能性が高く、どう考えても既得権益は存在する。
あーとーはー。ああ、まさかこんな理由で理系を専攻するんだったと後悔することになるだなんて思わなかった。大学の専攻はド文系だった。この世界で短歌を流暢に読めても多分あまり評価されませんよねー。評価されないよねぇ……はあ。
なぜそんなに知識チートが欲しいかって、どこでどう生きるにしてもお金はほしいし、安楽に暮らしたいじゃないか。夢がほぼ一日で潰えたことを確認しつつスサーナはぷうっと頬を膨らめる。
どうせ……あと何年か、寿命が何年かはわからないが、普通にここで生まれたからには死ぬまでここで暮らすのだ。転生主人公が元の世界に帰ろうとしないのは何故か、という命題をよく創作物で見たのを思い出すが、別にセーラー◯ーンは月に帰ろうとはしなかったし。ムーとか月とかの転生者と出発点としては似たようなものだ。
――……転生者と言えば仲間探しだけど、いるんだろうか、他の転生者。
スサーナはふと手を止めて考える。
――都合がよく日本人の転生者がいれば、あっちの話とかぐらいは出来るんだろうけど。
同じ世界とはいえ、たとえばジャマイカとか、バヌアツとか、トルクメニスタンとか、つまりあんまり普段接点のない国の人が転生してきていたとしたら、出会っても特になにかいいことがあるかというとなさそう。すごい技師さんとかで協力して……みたいな展開もないでもないけど、そういうことを私一人足して出来る人なら絶対自分なしでも内政チートできてるだろうし。非常に雑なことを言うと、技術レベルの話をしないならば別の国からの転生者はまた別世界からの転生者というのとさほどかわらない。
つまり、無力な6歳児としては、いてもいなくても特になんの違いもない、ということである。
スサーナは盛大に溜息をついて、殆どの項目に消し線の入った石版を見た。
あとは……
都合よく布とかデザインとかには触れ放題の環境だ。やるならこれしかない。これしかない……と思うが。
…………宗教怖い。
神殿があるのだ。この世界の倫理基準はよくわからないが、宗教制度で着る物のデザインが決まっていたらどうする。風紀の騒乱をしたと思われたら?そうでなくても身分で衣類デザインが違う文化なんかぱっと思いつくだけで5つはあげられる。衣類はまずい。服って目立つし本当にとくにまずいやつ。前世の着物警察どころの話ではない。ホンモノの宗教警察がやってきて最悪死ぬかもしれない。
「あーーー。もう何も思いつかない……」
自室の隅でぺったり大の字になりながら、行き詰まりきった少女はふにゃふにゃと情けない呻き声を上げるのだった。
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