些事雑談 200話リクエスト/第三塔さんは普段何をしているの?(小話より移動)

(時系列『王都へ』前のものを小話から移動しました。内容に変更はありません)


 ◆200話コールアンドレスポンス行為の際に頂いたリクエストを元にしております。ありがとうございます!





 ◆  ◆  ◆



 第三塔とは、塔の諸島のいわゆる上位塔、筆頭の十二に属す塔の一つである。

 その修めるわざは医療。ヒトの体構造を主に専門にする魔術師が代々塔の管理を行っている。


 魔術師にとって学問は最終的な目的ではない。

 真理と叡智を旨とする父祖神をもち、殆どの魔術師は体系化された技術を学び、またそれぞれの適性に従って真理の探求を行い、学者のごとく振る舞うが、その本質は長生者ゆえの無聊の慰めである。


 つまるところ、伝統的経験則的に塔には専攻分野があり、各々がそのために尽力しはするが、研究のために何もかも擲つ必要はないし、いくつかの社会的義務は負うものの、塔の使命に命をかける、という方向性に走る必要もない。

 ないのだが、どこの世でもワーカーホリックというものは発生しうるものらしい。


 いつもどおりに予告もなしに訪ねてきた第八塔は、普段なら眉を寄せてお前窓が!とか叫びながら飛び出してくる塔の主人の出迎え――本人は絶対に出迎えとは認めない――がないことに首を傾げた。

 塔の主の不在中には流石に他の塔の守人でも塔本体に簡単に入り込むことは許されない。


「おうい」


 ひと声かけて、それからまだ誰も出てこないのを確認し、設置してある魔術人形にクエリを投げる。


 しばしして人形から戻った返答は、塔の下層、他者の侵入を厳重に戒めた区画に籠もって三日目だ、というものだった。


「気密エリアに三日ぁ? ……一応だが、生きてるか?」


 万が一のことを少し考えた第八塔だったが、センシングデバイスから戻ってくる反応は正常値だという応えが人形からあったために小さく肩をすくめる。


「まあ、じゃあしばらく待たせてもらうかね」


 そう呑気に呟くと彼は居住エリアのソファに転がり、塔内部から魔術人形経由で呼び出せる文献を勝手に表示し、のんびりと読み始めた。



 塔の主が現れたのはそれから数時間後のことだった。

 背が沈み込むソファの感触に負けて盛大にいびきをかいていた第八塔は、数度声を掛けられた後、ぞんざいに揺すられて目を開く。

 目の前には実に迷惑そうな顔をした第三塔がぬーんと立っていた。


 休み無く作業に従事していたものだろうか、普段から鉄面皮極まりなく顔に出づらい相手ではあるが、多少目元に疲労が滲んでいるのが見て取れる。

 気密エリアから出てきたあとで着替えたらしく、感染予防衣ではなく身分を示すローブ略装すら省いたゆったりしたシャツとボトム姿だ。

 公的な訪問者相手であれば失礼だと言われる格好だが、当然非公式にふらっと訪ねた第八塔としては文句をつける部分ではない。どうやら誰が来たのかは人形から正確に伝わっていたらしい。


「起きろ。人を呼びつけておいて随分と熟睡するものだな」

「んあ? ……おう。ふぁ~~ぁ、と言うてもお前、数時間待たされれば寝る……、健康そうで重畳よな」


 大きく伸びをしてあくびを一つ。むにむにと言った第八塔に第三塔は迷惑気な表情を崩さない。


「それで、なんの用だ」

「つれない事を言うなよ。用がなければ来てはならぬということもあるまいて」

「普通用がなければ来ないものだと思うが」


 まあまあ、と曖昧に手を揺らした第八塔は、しかし何をやっていたのだ、3日も。と逆に問いかける。


「珍しい病毒の検体が手に入ったので解析していた。失活が早かったのでね。手が離せなかった」

「あ、それはすまん。珍しい毒か。俺の方に応用は効くやつか?」

「あまり。魔獣の毒でね。呪力の類と現世の機序の切り分けがややこしくて……」

「終わったのか? 魔獣毒とは。ちと興味があるな。解析依頼か?」

「一応完了した。常民からの依頼で当たった。辺境だが、先だっての件が関係あるかどうか……」


 はふ、と息を吐いた第三塔に第八塔はようやる、と呆れたような声を上げた。


「お前もお前の師匠殿もよくやるよなあ。そういえばまだ常民は診てるのか、お前も。ここんとこ塔にもおらんかったがよ」

「ああ」


 医療を修める魔術師達は、魔術師全般には珍しいことに多く常民に関わる。

 というのも、魔術師達は多少の病や怪我は自分たちでなんとかしてしまえる者が多く、さらに総数の問題もあり、症例を集める、もしくは診断に習熟するためには生体のしくみがごく近い常民を相手したほうが効率的なためだ。


 とはいえ、本来は彼らの技倆スキルは同族に振るわれるためのものだ。

 稀少な症例ならまだしも、よくある病で簡単に死ぬ常民に細かに手をかけようと言うものはそう多くはない。


 そのあまり多くない魔術師の一人が今の王宮魔術師である前の第三塔であり、――とはいうものの、前の第三塔は常民が好き、というふうでもなく、冷淡さでいうならむしろ上だと第八塔は思っているのだが――それが高じていくつもの国に関わり、結局今も王宮魔術師などをやっている。そして今の第三塔もその薫陶を受けているせいか、求めに応じて度々塔を出ては常民相手にその技術を奮っているようだった。


「塔に戻ってすぐに解析作業か? その上三日とは……。お前にしても働きすぎではないのか。」

「こればかりはどうしようもない。サンプルが手に入っただけでも幸運だったんだ。時間を置いては解析が十分できなかっただろう」

「いや、本当によくやる。根は詰めすぎるなよ。というかな、お前、師匠殿から最近随分使われている上に評議会からも色々請け負っておるのだろう。アレだ、いっそのことナーウィ遺跡の解析の頻度をもう少し減らしてもらえばどうだ」


 上位の塔の筆頭ともなると、塔の評議会から細々とした仕事も押し付けられる。その手の義務に関してはのらりくらりと逃げている第八塔とは違い、第三塔は細々した管理業務等もおとなしく請け負っているようだ。第八塔からしてみれば、それだけ仕事が多いのならばもっと自分の研究に専念できるように雑事は減らしていけばいいと感じるものだが、どうも第三塔はそうは考えておらぬらしい。


 しかし、どうしても外せないものならばいざしらず、他の塔でも十分担えるものがあれば、それぐらいはもっと手の空いた他の塔に頼ればいいものだ。

 とりあえず師匠殿の頼みを断りきれず受けた遺跡調査の、その二度目以降などは正直誰でも出来るはずのもので、何故こう忙しくしている彼が黙って続けて受けているのか理解に苦しむ。高性能の死体人形を使う第八塔自身は外せぬ役割だが、解析なら誰でも――得手不得手はあるし、第三塔が得意なのは確かだが――出来るのだ。


「なんだったら、俺から上申しておくか? 術式解析なら十二塔どこでもある程度こなせるだろう。まあ、俺としちゃお前が組んでくれたほうが気が楽でいいが。」

「……別に必要ない。大した手間が増えているわけでもないだろう」

「……そうか? 」


 同じ遺跡に関わる任務を受けている第八塔にしてみれば、移動も面倒なら実働の手間もかかる、面倒な任務だという感想しか無いものだ。


 再度問いかけても第三塔は首を縦に振らず、第八塔は翻意を早々に諦めた。

 彼としても気心の知れた相手が同じ任務の担当であるほうがずっと気が楽でありがたいのだ。本人がいいと言っているのだから心配しすぎることもないだろう。


「まあいい。お前がそれほど俺と組みたがっていたとは思わなんだが。」

「……は?」


 低音のは?をスルーして第八塔はひひと笑った。


「待て。それは訂正しろ。」

「なんだよ。照れるな。」

「照れているものか!」


 ええい鬱陶しい、と第三塔は叫び、結局なんの用件なんだと寝椅子から第八塔を叩き落とした。



「なんか食えるものないか、ちょっと魔術人形の処理記述を白紙にしてしまってな。飯も作れん。ああ、出来たらパンケーキ以外」

「言うに事欠いてそんな用件か。パンケーキ以外が口にできると思うなよ」


 第三塔が座った目で呟き、粉を減らせるならば仕方ない、付いて来い、と階下へ続く移動装置を示す。

 一体何がどうしたのか第五塔から大量に買い付けた小麦粉はまだ厨房に唸っているらしいと第八塔は察し、まあ食えないよりもマシだがよ、とぼやいた。

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