第202話 ガーデン・パーティー 2
スサーナが人垣の後ろに引っ込んで花壇やら生け垣やらを見ているうちに、滞りなく主催だか貴賓だかは到着したらしい。
いかにも身分が高そうな人間を幾人も引き連れてきたその人物は予想外にも若く、スサーナの目には成人を経ているのかどうかも定かではないぐらいだった。
やや琥珀みの強いハニーブロンドの波打つ髪に榛色の瞳。甘い顔立ちで少し長めの髪がよく似合っている。中肉中背、というにはやや背が高い、という感じで、繊細な作りの襟飾りが目立つ優美な服装と雰囲気だが、剣か何かの覚えがあるらしく、印象とは裏腹に動きは滑らかでひ弱げということはない。
合図の鐘が鳴らされ、招待された学生たちが庭の入口から続く石畳の道に横一列に並ぶ。
招待主たちは順に学生たちの前に立ち止まり、学生達が一人ひとり自己紹介をして挨拶をするのに微笑んで挨拶を返していく。
一通り挨拶を終えた招待主がわっとばかりに歓談していた客たちに囲まれるのを遠目で見ながらスサーナはやっぱりあれだけ貴族の方々が挨拶をしたがるということは偉い人なのだな、と考えた。
――王族の方ご本人なんでしょうか。そう言われてみればあの髪を真っ直ぐにしてもっとキャラメル色寄りの色にしたら少しレオくんに似ている……かも?
直系王族にどれほど近い相手なのかはわからないが、明らかに厄モノというやつだ。
近くには絶対に寄るまい、とこちらに対しても考えつつも、スサーナは招待主様に対してはそれ以上気にすることもなく、挨拶が終わるまでは入り口傍にいよう、と思っていたらしい貴族たちと、挨拶が終わったことでホッとして談笑し合いながら思い思いに移動しだした学生たちがそれぞれ動き出した人の波に乗り、
「おや、お久しぶりです。まさかこちらにお泊りに?」
「しばらく領地に戻っていまして。急な戻りだったもので、
そこまで距離が離れぬうちに漏れ聞こえた声に、こういう催しに興味があるタイプっぽくないなと思ってましたけど宿泊客でしたか、と、しかしなんでこんな催しに、と思っていたスサーナは納得した。平民がお嫌いなら平民が来る所になぜいるのだろう、と思っていたものだが、きっと他の宿泊施設が取れなかった、とかそんな理由なのだろう。
それからスサーナは、庭園を回遊しながら二人がバゲットに羊肉を挟んだサンドイッチを取る間に緑地を挟んだあずまやでチーズと削りハムを楊枝でまとめたものを摘んだり、早く帰らないかなあと思いながら死角のテントの飲み物を貰って飲んだり、それなりに時間を潰した。
ほとんどの貴族は学生にはろくに興味を示さなかったのでスサーナ自身は特に移動を邪魔されることもなく、それでもたまにジョアンが賢しげに数人の貴族の前で論をぶっているところや。ミアが招待主様に話しかけられ、物怖じせずに演奏試験の話をしているところ、他の学生が遥かに位が上なのだろう貴族に話しかけられて固くなりながら返答したりしているところを目にしたりもする。
――一年目だからあまりすごい話は出来ないだろうけど、ここからパトロンにつながったりする子もいるのかな。
特にジョアンさんは色々頑張ってますし、生活費を出してくれる人とかが出たらいいですねえ、とスサーナは内心そっと応援した。
しばらく庭の中を歩き回った後に、スサーナは近づく人が少ないのをいいことに生け垣で出来た迷路に入り込む。
貴族の若様二人組は飲み物を片手にずっと他の貴族らしい人たちと談笑していたのでそちらにはまさか入ることなど無いだろう、という常識的判断が働いた結果だ。
ホテルの庭に作られた迷路は外から見た感じでは小さな広場ほどのさほど広くはないものだが、生け垣の丈は高く視界を遮り、ぱっと見回しただけでもいくつかの分岐と袋小路、行き止まりがある作りをしている。
生け垣の所々には花木が混ぜられ、バラのアーチやサルスベリの滝のように流れる枝の下にはベンチがあり、日差しを避けてちょっと座れるようになっていたりもした。
――一休みするには丁度いいかも。本当は一人で座る場所じゃないんでしょうけど……
置いてあるベンチの殆どは華奢で可愛らしい作りをしていて、人が丁度二人、身を寄せ合って座るような形だ。多分普段は人目につきづらいのを生かして逢瀬に使われるような用途なのだろうか。
スサーナはカップルシートに一人で座るのに似た居心地悪さを感じて、もう少し座りやすいベンチはないかともうすこし奥に踏み込むことにする。
「……よ…… ……かな……」
――あ、他に誰かいらっしゃる?
木々の間から漏れ聞こえる声に、まあ、ガーデンパーティーのさなかともなればそれは居るのかとスサーナは一旦足を止めた。
女性はそんなに多いとは思わなかったが、ラブラブカップル二人が愛を育むところにがさがさ入り込んでしまったら気まずいこと限りなしだ。
さて、この声はどちらから聞こえるのだろう、とスサーナは少し耳を澄ませ……。
「あのピンクのドレスの平民の子がご執心の子だね」
意味を取れた単語に、ん?と首を傾げた。
ピンクのドレスを着た平民、というとあの場にはミアしかいない。デザインは多少垢抜けておらず古い品だが、ここのドレスコードはなんとか一応満たしているというものだ。ちなみにわかりやすく平民の女子は後二人いたが、ヨランダのドレスは辛子色、スサーナの着ているドレスは今日は淡緑で、全く条件には一致しない。
――ミアさんのお話?
スサーナはそろそろと会話の出どころを探って足音を潜めて移動し、引き続き耳を澄ませた。
「どう思われます」
「うん、ひたむきで初々しくてとても可愛らしいね。容姿も悪くない。ただ、わたしとしてはあいつらが皆夢中になるほど男心を迷わせるタイプだとは思わなかったけど、やはり素朴さが決め手なのかな。女の子の良さは少し話しただけではわからないし、もう少し色々確かめてみたいね。」
「そういう話ではないのでは……?」
「ははは、何事も仲良くなってみないと解らないだろう? わたしにとってはどちらも重要だよ? まあ、見た通り素朴な娘のようだと思ったけど。……いいねえ、初心で素朴な娘。確かに思ってみれば新鮮だね。染める楽しみがある」
「はぁ……また悪い癖をお出しになられて……」
「人聞きが悪いな。彼女の方だって条件が良い相手の方を喜ぶかもしれないじゃないか」
――んん? これは……何の話題? ミアさん……のことなんでしょうけど……
植え込みに張り付いたスサーナは首を傾げた。
「そう言うおつもりでお会いになるのだとは仰りませんでしたね。そうと知っていれば一言申し上げたのですが。特に今回は成婚年齢にも達していない娘なのですから……」
「はは、一挙両得だろう? 成婚年齢なんてあと半年ないじゃないか。万が一よほど失敗しても子を産ませるにしたって十月掛かるんだから。わたしは年上が好きだけど、年下も嫌いじゃないしね。我が弟ながらあいつの手が早いとは思えないからまだ手は付いてなさそうだし、初心な娘に手取り足取り教え込む楽しみというものは趣深いものがある。」
――うん、ええ。何の話かは依然よくわかりませんけど。とりあえず不埒な意図がある人がいる、ということだけはわかりましたね?
スサーナはとりあえず判断する。
話題はミアのことらしく、どうもなんというかあまり褒められない、と言うべきか、性的含意がある会話がなされている、という事は解る。
――ミアさんが誰かと付き合ってて、それを奪おうとしてる、的な……感じ? なのはよくわからないですけど……、別の方の話題の可能性は無いでも無いのかな。でもあそこにピンクの服の人、他にいました? ミアさん、そんな進んでおられる方がいる感じはない気がするんですけど、進んだのかな。じゃあ、テオさん?
考えている間にも植え込みを隔てた少し離れた場所で誰かと誰かはいくらか会話をつづけ、そして一段落したようだった。
「さて、そろそろ戻りませんと。誰か探しに来たら面倒です。」
「そしたらお前と逢瀬を楽しんでいたと言うことにするさ」
足音が離れ、どうやらぐるっと回ってこちらを通るルートに入るのではないか、と察したスサーナは少し離れた一角のベンチに座り、手にした飲み物をすすってやりすごすことにした。
迷路の向こうからやってきたのは男性の二人組だ。
スサーナをちらっと見て、特に注意を向ける様子もなく前を通り過ぎていった二人組を見送ってスサーナは口に含んだ飲み物をごくんと飲み干し、へんなところに入って噎せかけるのを抑える。
――ええと、今の方々、招待主の方と、一緒についていたお付きの方……でしたね?
それからしばし耳を澄ましても他に人の気配らしいものはない。
――なんで?
スサーナは首を傾げ、飲み物を飲み干したあとで自分も迷路から出ることにした。
迷路から出ると人の集まっているあたりがざわついているのが見える。
なにか悪いことが起きた、という風ではなく華やかなざわめきのようで、近づいたスサーナはすぐにその理由を悟ることになった。
「レオカディオ殿下! 殿下もいらしておられたのですね!」
よく朝のご機嫌伺い行列に混ざっていると記憶していた下級貴族の女子が頬を紅潮させて胸の前で手を握り、感極まったように言うのが見える。
人垣の中にいるのはレオカディオ王子と護衛のラウルで、招待主とそちらのお付きらしい人が二人に親しげに近づいていく。
「ええ。僕も祝賀演奏会には出席しますから。皆、長旅で大変でしたね。健やかな姿を見られて嬉しく思います。」
レオカディオ王子が下級貴族の少女たちに親しげに声を掛け、それから招待主に向き直る。
「やあ、レオ。おまえがこういう所に来るのは珍しいね。」
「二の兄上に置かれましてはご機嫌麗しく。……兄上に挨拶をしようと城に上がりましたら僕の学友たちを迎えてくださるために御出になられたと聞きましたので、取り急ぎ伺った次第です。」
――ん? 二の兄上?
つまり第二王子ということか。予想以上の大物さにスサーナは驚き、それから耳に引っかかった単語を繰り返し、さっきの会話を脳内で反芻する。
「ああ、ふふ。それは気をもませたね。急に思い立ったことだったから。良い学友達だねレオ。しかもなんと美しいお嬢さん方が多いことだろうね。柄にもなく心が浮き立ってしまったよ。まるでこの庭に咲く
「ええ、兄上。花とは違って美しいだけではなく良き学問を修める、素晴らしい才覚を持った方々ですよ」
――ええとつまりですよ。さっきの会話からすると、ええと、レオ君が、ミアさんのことをお好きだと?
確かにさっき、『我が弟ながら』とか言っていた。
スサーナは目をまんまるにした猫みたいな具合で数度瞬きし、表面上にこやかに会話する兄弟王子を忙しく見比べる。
――え、ええー、知らなかった!
誰もそれを勘違いだと突っ込んでくれる者はなく、スサーナは目をぐるぐるにしてそっと興奮した。
普段からそんな様子は見えなかったので何か勘違いということもあるな、とは思うものの、知り合いの係累がそう思っている、というということは何か根拠はあるのかもしれない。
――ええと、ええとつまり? レオくんのお兄様が、レオくんが好きかもみたいな相手を見に来て? ひと目見て恋に……いえ、ええとそれは違うかな。なんだか純情さの足りなさそうな物言いでしたものね。
スサーナはとりあえず会話の内容と関係性から納得いきそうな理由を拾い上げた。とりあえずなんで、かは分かった。ような気がする。
――こ、これは、テオさんとうまくいくのかレオくんとうまくいくのかはともあれ!第二王子様……にちょっかいを掛けられるのって多分良くありませんよね。……一応ミアさんの男性の好みを聞いてからですけど、ミアさんのことはなんとかカバーリングしませんと。
スサーナはそっと決意を新たにした。
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