第201話 ガーデン・パーティー 1

 ホテルの庭は、ヴァリウサで一般的な中庭とはだいぶ違う形式だった。


 異国の客が過ごしやすいようにそちらの形式をも取り入れているのだろう、というそこは、青々とした芝生が広がり、それが優美なライン状に切り取られているのは小道をているのだと慣れない子供たちは一拍置いてから気づいたものだ。また、ただ優美な模様を作るためだけに幾何学状に施された芝生の切れ目には輝く白砂が敷かれ、植え込みは几帳面な形に刈り込まれている。


 もちろん設えはそれだけではなく、ユニークな形に刈り込まれたトピアリーの合間には、種類の違う花木を取り合わせて花の色で紋章を表したものや、植え込みで作られた幾何学模様、つる植物を利用したトンネルに、生け垣で作られた小さな庭園型迷路。



 その多くは一応にも貴族とはいえ、気後れした様子の子供たちは、世話役が促すのに従ってそろそろとガーデンに踏み込んだ。


「わあ、すごく綺麗な庭……!」

「お前、大物になるよ」


 はしゃいだミアに目を眇めたジョアンがため息をつく。

 彼はちらりと庭のそこここで既に歓談を始めている貴族らしい大人たちを見た。


 開園から一時間ばかりはゆったり食事をしたり庭を見回ったりしてよく、それからご招待くださったお偉方が庭にやってくるので、ご挨拶の栄誉を賜る、とかそんな手はずになっているのだと事前の説明で聞いている。

 その説明と種々の注意で30分ほど費やしたので、お偉方が来るまでは30分ほどの余裕がある、というところだろうか。


 このガーデンパーティーは一応彼ら成績優秀者を迎えるためのセレモニーだ、ということになってはいるようだが、その実、実際のところは多少違うようだ。

 まず、ガーデンパーティー自体はこの場所では宿泊客へのもてなしとして7日ごとに行われているらしく、ホテル側に招待状を貰った宿泊客が出入りできるのは常と変わらない、という。


 違いは彼ら学生が招待されていることと、学生たちへの挨拶という名目でお偉方――王族か、王族が組織した団体の幹部を任されたやつ――がやって来ることだ。

 ちゃんとしたパーティーではなく、事前に厳選された招待客が居る、というわけではない。それ自体は仕方ないことだ。朝着いた旅客の歓迎を儀式として昼にまともにやる、というのはちょっと想像がつかない。


 つまり、学生たちには何の興味もなさそうに歓談しているいかにも金を持っていそうな奴らは学術に興味があって集められた招待客ではなく、偶然泊まっていた客か、そうでなければ――優秀な学生に挨拶をする、というのが建前だが――本当に学生には何の興味もなく、やってくるお偉方と顔をつなぐのがお目当てで急いでやって来た輩なのだろう。


 入ってきたこちらに目を向ける様子もない大人たちに、今に見ていろよ、とジョアンは思う。

 今は誇れるような実績はまだなにもないが、学績を積んで、王城に上がれるような身分になる。そして、あの時軽んじたのは間違いだったとお偉い貴族の皆様に歯噛みするぐらい悔しがらせてやる。ジョアンはそっと内心拳を握った。


 そして彼は、いや、しかし。と周りを見る。

 貴族の大人共がこちらに興味を向けていないのにも我関せずと言った風情で夢中で用意された卓上の食べ物を目で追い、アレはサンドイッチだろうかとかあれはなんだろう見たことのない料理だ、とかヒソヒソとこちらに向けて喋っているミアと、招待された学生がいるテーブルの辺りから少し離れて――引率の教師たちと同じ場所だ――、こちらもほやけた表情でまわりを見回しているスサーナが目に入る。

 ジョアンは、なぜこいつらが同級の成績優秀者なのだろうな、と少し遠い目になった。

 一点突破式のミアはまだしも、コンスタントによくわからない覚えの良さを誇るもう片方、スサーナには、ジョアンは正直今回の選定の際に成績が勝てているとは思えなかった。

 自分が寝る間を惜しんで勉強している間にもケーキを焼くだの雑用をするだのしているはずなのに、何故か試験で勝てた覚えがない。

 そしてなによりムカつくことに、こいつには成績がいいくせに向上心というものが全く見受けられないのだ。運良く上位貴族のところに近づいた所で、小間使いなどという誰でも出来るような仕事に忙殺されてそれで満足しているような様子だ。

 金持ちけんかせず、というやつなのか、とひっそり劣等感を抱いた瞬間もあったものの、今ジョアンはそれは絶対違う、と言い切れる。

 性根が呑気なのだ。

 ぽけぽけと春の野っ原のように頭があったかく、気性がのほほんとして、ほうっておくときっとそこらへんのたんぽぽでもかじって反芻を始めるに違いない。

 どう考えても二枠こちらだったはずの成績優秀者枠をバランスがどうとかいう理屈でさほど頭がいいとは言い難い商家のやつに取られたうえ、偉い貴族の教室に出向しているだなんて言う理由で枠から外される、なんていう二重にチャンスをかっさらわれる羽目を見ても――試験一位は間違いなく彼女だ――文句一つ言わず。学徒としてパトロンを得たいなら、列席者が学問に興味がなかろうが、こういう集まりがあれば顔を出して優秀な学生だと覚えられるのが最短距離だ、というのは常識だというのに、優秀な学生としてお貴族様に顔と名を売る数少ないチャンスであるこのガーデンパーティーにだってジョアンが気を回してやらなければ混ざろうともしないほどなのだから。

 性根がゆるゆるぽやぽやしているのでもなければそんな風に甘んじている理由がジョアンには想像がつかない。


 ――まったくほんとに、世話が焼けるよな。

 ジョアンは思う。相手がこちらを軽んじていようと、ピリッとした成句の一つ、詞章の一つでも述べる、天体の運行を語ってみせる、貴族様の前に出て学徒として興味をもたせる手段は色々あるが、あの二人はその手の準備をしているようにも思えない。

 ――ほんと、なんであの二人が同級なんだっていうんだよな。

 実際つまらない数合わせの商家のやつはどうでもいいが、それでも自分の面倒だけ見ておけばいいというわけにはいかぬ。うまくあいつらの分野に興味を持ちそうなお貴族様が居たらちょっとは話をつないでやらなくては。ああ、何故俺があいつらの面倒を見てやらないといけないのか。


 スサーナに知られたら「ジョアンさん、へんなところで本当に面倒見が良いですよねえ」なんてしみじみされそうなことを考えつつ、少年はそっとやきもきしているのだった。



 学生たちに飲み物が配られ、ぎこちなくも彼らも庭の中に散らばる。

 庭の中数カ所に作られたあずまやと差し掛けの下には料理人と給仕人が待機し、ちょっとした軽食を配っている。

 メインイベントであるご挨拶までは場もたせのごく軽いもので、挨拶が終わった後にややしっかりした物が出てくる、という触れ込みだ。


「ねえ、スサーナ、食べるものは取りに行かないの? わたし取ってこよっか?」

「ミアさん、おかまいなく。私はこちらのジャスミンのトンネル仕立てが気になるもので、ちょっとじっくり見たいかなあと」

「……ねえ、スサーナ、それってトンネルみたいな作りだけど、人が通れるようにはできてないと思うんだけど。頭を突っ込むのってちょっとどうかと思うんだ」


 さて、ジョアンにたんぽぽを反芻しそうだの勝手なことを思われていたスサーナも、内心はそこまでのどかというわけではない。



 庭園に入って中を見回した際に、知った顔を見つけてしまったのだ。

 昨日出くわしたエレオノーラの兄君と、そのご友人。

 目が合った、とかそういうことはなく、貴族の服を着せられてその上でたっぷり白粉を叩かれ、目元に色粉を引いて馴染まぬ化粧をさせられていた昨日と、上品ながら平民らしい服装で、化粧はほぼ無く、しっかりと目立たぬ髪抑えで髪を覆った今日では見た目もだいぶ違うだろうから気づかれないかもしれないとは思うが、気づかれたらとても面倒そうな気がした。

 ――出来るだけ距離をとっていましょうね……

 スサーナはそう心底決意し、そちらからは極力視線を外してすすっと下がり、とりあえず、まずは引率の教師たちとあまり身分の高くなさそうな宿泊客達が固まっている一角で出来るだけ気配を殺していることにした。

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