第203話 ガーデン・パーティー 3

 パーティーのお開きまではまだいくらかある。

 レオカディオ王子がずっと第二王子と会話をしてくれていたらいいなとスサーナは思ったが、流石にそれは園遊会で皇族が来賓に話しかけないようなものだ。当然そうはいかないらしく、レオカディオ王子も話しかけてきた貴族らしい人たちに折り目正しい挨拶をし、招待された学生たちをとても優秀な方々ですなどと紹介したり、学院のシステムの有用性を語ったりしてもいるようだった。


 それはとても意味のあることであるようだったし、その側で誇らしげに彼の言葉にうなずいている下級貴族の少女たちと一緒にいれば余計な目にも逢うまい、とスサーナは一旦判断したものの。


「お前、さっきどこ行ってたの? 折角語学だのに興味があるってお貴族様が居たのにさ」

「あ、ええと……ちょっと色々見て回ってまして。それよりですね、ええっと、ミアさんは?」

「ん? さっき滅茶苦茶飯食ってたけど。あ、ほら、あずまやの方にいる」


 ――そうですねミアさんが大人しく大人の社交辞令を聞き続けてる、ってことはないですね!

 瀟洒なテーブルと椅子が置かれている、飲み物を配るあずまや側。

 小規模な楽隊がそこに置かれ、ずっと静かに音楽を奏でていたのだが、ミアはどうやら彼らが新しく弾き始めた曲目に興味を持ったらしい。


 人の輪を外れてすうっとそっちにそれ、一人で音楽を聞き出したミアを見つけてスサーナはそっと歯噛みした。すぐに横にでも並んでしまえばいいかと思うものの、これがエレオノーラのお兄様たちの結構側だというのがいけない。

 スサーナがしばらくグズグズしている間に一曲が過ぎ、ミアに気づいたらしい招待主様が「人の輪から外れた相手にも分け隔てなく声をかけるよ」というような顔をして飲み物を取りに行ったついでという風情でそちらに足を向けたのでなおさらである。


 ――あ、レオ君やっぱり気にしておられるんですね。でもそちらに行くというわけにはいかなさそう。

 レオカディオ王子が少し落ち着かない様子でちらちらとそちらにたまに視線を向ける様子に、やはり気になっているのかとスサーナは思う。しかし、会話の相手が熱っぽくなにやら自分が行っている事業やら政策やらの話をしている所を中座する、という不作法は出来なかったらしい。そちらに行くという様子はなさそうだった。

 ――ええとええと、これはどうしよう。

 第二王子は物腰は優美であるし容姿は美しいし、これが普通のパーティーならきっと第二王子に話しかける令嬢が一杯発生し、人の壁になって逆にミアは安全だったろうが、このガーデンパーティーは経緯上、招待された学生と大人の男性が殆どだ。

 もちろん大人の貴族でも話しかけたそうにしている人たちは沢山いるものの、流石に「招待主が招待客に対して話しかけている」という状況で横から割り込むという不作法をするほどの者はスサーナにとっては残念だが存在しないようだった。

 下級貴族の少女には第二王子の顔をうっとり眺めているものもいたが、流石に積極的に話しかける勇気があるものは居ないようだった。なにより数人居るその手の少女達はレオカディオ王子のファンクラブも兼ねているらしい。身近さという点でレオカディオ王子に軍配が上がっているらしく、側を離れる様子がない。

 ――うぐぐぐ、これは仕方ないですね……!


 ミアににこやかに話しかけた第二王子の顔が絶妙に近いのとか、ごく気さくにぽんと軽く二の腕に触れた手とか――いや、貴婦人に対しての礼儀としてはむしろかなっているやつなのだがそれはそれこれはこれだ――にスサーナは仕方なく、行動基準を変更することにした。

 すーはー、と息を吸い、台詞を用意してマインドセット。それからスサーナは肩をいからせてずんずんとミアの方に歩いていく。




「まあ貴女、先程から見ておりましたらずっとそちらの方を独占しているのではなくて? 無作法ですわよ!」


 第二王子ウィルフレドは横手から響いた高慢そうな声に振り向いた。

 進み出てきた娘はふんと鼻を鳴らし、ウィルフレドの横に立った娘の二の腕を掴む。

 衣装からすると富裕な商人の娘だろうか。服の趣味は平民の割にそれなりに良い。なかなか上品な仕立てと取り合わせで、こちらからしてみると悪趣味に振れがちな平民の流行からすれば、よほど良いメイドでも付けているのかな、と彼は考えた。弟のお気に入りだという平民の娘の垢抜けない衣装と比べると落差はなかなかのものだ。同じぐらいの年齢に見えるが、先程の挨拶の中には居なかった。招待客ではないだろう。宿泊客の娘だろうか。


「え、ええと……?」


 弟のお気に入りの彼女は二の腕を掴まれながらきょとんと疑問げな表情を浮かべている。威圧されている、ということにすら気づいていないようなその様子になるほどこれは無垢でいたいけらしく、悪くないかもしれないな、と第二王子は評価する。

 普段からこんなふうなら、これは大層男の庇護心をそそるに違いない。


「ねえ――」

「お黙りなさい。(ええと)貴女みたいな下層の方が素敵な方とお話になるなんて、身の程知らずですわ。大人しくあちらでお友達とお話してきたら?」


 何か言いかけた彼女を睨みつけたほうの娘も容姿は悪くない。非常に不機嫌そうにきりきりと目を釣り上がらせているのは神経質そうだし、髪一筋も外へ出すまい、という感じできちんと着けられた髪抑えは厳格な家庭教師や何かめいて古臭く、彼の好みとは外れたが、長い睫毛に縁取られ、彫りの深いアーモンド型に切れ上がった目元や――化粧担当のメイドの渾身の努力の賜物なのかもしれないが――日に当たったことのないような、ある種の陶器めいた肌は単純に美しい。

 物言いからして自分のことを王子だとは気づいていないのだな、とウィルフレドは判断する。


「えっと……ごめん、なさい? じゃあえっと、戻ってる……ね?」


 不思議そうに、いっそあどけないとも言える仕草で首を傾げた少女がやぼったいピンクのドレスを翻して人の輪の方に戻っていくのを彼は引き止めかけてやめた。この後も十分接触する機会はあるのだから今無理に距離を詰めずとも構うまい、と考える。

 彼女を追い払った方の少女がふうっと息を吐いたのが聞こえる。


「駄目ですよお嬢さん、わたしと話したいと思ってくれるのは嬉しいけれど、あまり冷たい表情かおをしては。綺麗な顔が台無しだ。」

「ま、まあ、お恥ずかしいですわ。ええと、でもどうしても貴方様とお話してみたくって……あんな子とばかりお話しておられるんですもの」

「そう、それは光栄だ。彼女は今日の招待客だから言葉をかわすのもわたしの努めでね。丁重に接しなくてはいけないんだ」


 少女が田舎っぽい少し崩れた言葉遣いで口元を抑えて微笑む様子に彼はやれやれと苦笑した。

 ――陰険そうなは後が面倒そうだからあまり好みではないんだけどね。

 ついこの間まで子供だったような年齢でも女は女だな、と思いながらもにこやかな表情を作る。

 ――顔は悪くないし。子供の相手は長くするならそれなりにやる気が要るけど、味見ぐらいには悪くないタイプかな。

 ここで挨拶だけして、二度と思い出さないという可能性のほうが高い相手だが、にこやかに接しておいて損はない。一口二口齧る機会もあるかもしれないし、そしたらこの年代の娘との接し方の勘所を得るには良さそうだ。そう思いながら彼はそちらの少女に微笑みかけた。


貴女あなたはここに泊まっているの。商家の人かな? 我が国は商業に支えられた国だからね、商家と良い関係を持つのは大切だと思っているんだ。知り合えて嬉しいよ」

「ええ、ええと、招待状を人から頂きまして、ええと、そう言って頂けて、とても嬉しいです……わ。」


 敬語に慣れていないのか、訛りを消しているのか、少しぎこちない口調で少女が言い、やや硬い媚びた表情ではにかむ。


「そのドレス、とても良く似合っているね。貴女の白い肌によく映える。ご両親は素晴らしい技量の裁縫師を雇われたようだ」


 とりあえず目についた部分を褒めてみせたウィルフレドは陰険そうと評価した娘が一瞬ぱっと無邪気な誇りと喜びを表情によぎらせた気がしておやと引っかかったが、評価を上方修正する前に近づいてきた弟が声を掛けてきたのに気を取られた。


「兄上」

「ああ、レオ。どうかしたのかい」

「……いえ。この後の予定についてお話したくて。」


 弟が片手の動きで護衛官を呼び、弟の護衛官ラウルが娘を人垣の方に追いやるのが見えた。ウィルフレドはそれ以上その娘のことは気に留めず、さて、ピンクのドレスのあの娘とはどう再会しようか、などということを考えながら弟の話に付き合うことにしたのだった。




「ねえスサーナ、さっきのアレ、なんだったの?」


 ラウルに追い払われて――一刻も早く離脱したかったので、心の底から感謝に満ちて――人の輪の方に戻ったスサーナは、顔全体に疑問符を浮かべたミアに問いかけられてさてなんと返答しようかと考える。


「口調とかも変だったし……」


 なんとなくマインドセットの結果、エレオノーラお嬢様の取り巻きの子たちをベースにした態度で、口調も島訛りを消して本土の地方の人のイントネーションを混ぜ、地方の豪商のお嬢様、みたいな雰囲気を出してみたスサーナだ。それはともかくとりあえず端的に何を心配していたのかを告げる。


「ええとですね、あの方……第二王子様なんですね。ミアさんを狙っておられるようだったので……」

「あはは、スサーナ変なこと言って。そんなはずないよー。」

「いえ、本当に。あのですね、なんというか、悪い女たらしの気配がすると言いますか……こう……平民を面白半分に弄ぶようなことをさきほど漏れ聞きまして……」


 一片も本気にした様子のないミアにスサーナはううんと悩んだ。レオくんがミアさんのことをお好きだってあの方が知って……と言って説明するのは容易いし、比較的納得材料になるかな、という気もするのだが、なんというかレオくんの感情は他人の口から伝えたら瓦解してしまう事項のような気がするのだ。

 ――ミアさんが何方がお好きか、というのは話題にできても、シリアスな話の上でレオくんが……じゃなかった、レオカディオ殿下が、とかお伝えするのは良くないやつですよねえ。

 それは少し責任のないコイバナというやつの範疇を超えている。

 テオと上手くいくにせよ、レオ王子と上手くいくにせよ、ミアにもっと別の好きな人ができるにせよ、本人が告げていない感情を真面目な文脈で告げるのはよくない。


「ほんとに。もてあそばれて捨てられちゃったりしたらとっても良くないと思いますので! ほんとにお気をつけてください」

「スサーナって、そういうの心配症だったんだねえ……なんだか意外。でも大丈夫だよ、だって王子様だよ? 私みたいな平民をからかうより素敵な人がいっぱい身の回りにいるよー。それに、ここでのご挨拶以外にお会いする機会なんて無いもん」

「そりゃ……普通に考えたらそうですけどねえ……」


 むん、と腕を曲げてだいじょーぶだいじょーぶと笑うミアにスサーナは悩み、まあもはや顔を合わせる機会はないだろう、という意見はわからないでもなかったし、このガーデンパーティーで口説く、という話だったのだったらもう大丈夫だろう、と一旦は判断することにした。

 ――まあ、レオくんも来ましたし大丈夫ですよね。


 スサーナは王子二人が離れた位置で会話しているのを確かめ、あずまやに飲み物を取りに行くことにする。

 絞ったオレンジにはちみつを入れたジュースを一つ受け取り、スサーナはふと強い視線に来し方を眺めやった。

 そこにはエレオノーラの兄君、の友人、昨日であったプロスペロがおり、ひどく不機嫌そうな表情でスサーナの方を眺めているのが見える。

 ――わ、気づかれ……た?

 スサーナは身をすくめ、他の飲み物を取りに来ていた客の影に隠れるようにミアやジョアン達がいる人の輪の辺りに戻った。


 その後しばらく庭園で歓談が続き、パーティーはお開きになる。

 さて今度こそミアとジョアンと観光に出るのだ、と意気込んだスサーナはホテルのロビーでラウルにふっと呼び止められ、後をついていくとその先にはなんだか疲れ切った表情のレオカディオ王子が待っていた。


「スサーナさん」

「レオカディオ殿下」

「レオくんで結構ですよ。ラウル以外に誰かいるわけではありませんから。」

「いえ、あの、それは。じゃあレオカディオ様。どうされましたか? あ、その、もしかして先程の……」

「ええ、先程のことなんですが……」

「ええと、申し訳ありません。第二王子殿下にあんな話しかけ方をするのは不敬でした。レオカディオ様にもご迷惑を……」

「いえ、中の兄に不敬だなどと考えることはありません。いえ、ええと、そうではなく……大丈夫でしたか? 何かおかしなことをされた、というようなことは……」


 なにやら心配そうな顔をしているレオカディオにスサーナはあっと納得した。


「その……レオく、レオカディオ様にもさきほどのは様子がおかしく見えましたか……? 実は……私、密談をしているのを聞いてしまいまして!」

「スサーナさん、落ち着いて。密談ですか?中の兄が?」

「はい。あの、お付きの方……と、ええと、その、驚かないで聞いてくださいね。実は、第二王子殿下がミアさんに不埒なことを企んでいると言いますか……ええと、誘惑したいというような……そう言うことを仰っておられて。それで、その後距離が近くて……ですから、ミアさんを引き離さないといけないと思いまして……」


 レオカディオは片手で目の上を抑え、ああ、と声を上げた。


「やっぱりか……。中の兄はそういう人なんです。女性にだらしないと言いますか……面白い遊びのように思っているんです。学内に無責任な噂が広まっているのをスサーナさんもお聞きになったことがあるとおもいます。それで……それを聞いたんでしょう。面白半分に、そういう事を……」

「そ、そうだったんですか……」


 ご苦労をしておられますね、とか心中お察しいたします、的なことを言おうかどうかスサーナは迷ってから言葉を濁した。


「はい。ええ、ですから、その。スサーナさんもどうか中の兄にはお気をつけてください。ミアさんの事は……多分、演奏会の際に声をかけるつもりでしょうから、皆にも声を掛けてさり気なく気にするようにしておきます。」


 ぐったりした表情で言ったレオカディオにスサーナは深く頷く。


「はい、ちゃんと気をつけておきますね」


 気をつけてミアさんに妙なちょっかいを出されないようにします、という気持ちを込めてスサーナはそっと拳を握りしめた。

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