第204話 特に変哲のない観光のこと

 ガーデンパーティーの後はほぼ予定通りミアとジョアン、そして折角だしと誘ってみたヨランダと一緒に観光に出ることになった。

 レオカディオ王子には祝賀演奏会当日にはミアの周りに誰か居るようにしておく、という手はずを聞いたものの、なんとなくスサーナとしてはその前段階でもミアに近づかせないよう警戒が要るような気がしたため、やっぱり街に出るのはやめようかと思ったものの、一旦スサーナに観光を持ちかけられてその気になったミアが首を縦に振らなかったのだ。

 そうなると仕方ない。ミアを自由にさせておくよりも自分が側で警戒をしたほうが良かろう、とスサーナは初志を完遂することとあいなった。

 皆一旦ホテルの部屋で着替え、スサーナもパーティー前にそっと戻って持ち出してきたちょっといい服からややよそ行きの普段着に替える。


 うまく他の招待客である下級貴族の男子たちと仲良くなろうとしていたらしく、最初スサーナが声を掛けてもいまいち反応が悪かったヨランダだったが、ミアも一緒だと知って俄然やる気を出したようだった。


「ミアさんと一緒にいて仲良くなったら王子様とかの目にとまるかもしれないでしょ」


 というのが本人の言である。

 なぜそれを自分に話すのか、と思ったスサーナだったが、どうもヨランダの意識だとスサーナはミアと親しくしていて貴族の目に留まった仲間、というか先達、というか、そういうものらしい。そこまで間違ってはいないので反論はせずに置く。留まりたくて留まったわけではないし、それでミアと仲良くしているわけでもないのだが。


 スサーナとしては貴族に認識されるなんてそこまで良いことでもないのではないかと思うものの、そのあたりには意見の断絶があると思われた。

 ――レオくんは本当にすごく気さくでいい人だから親しくなってもまあいいと思うんですけど、先程のもうお一方みたいな方の目についちゃったらまずいんじゃないですかねえ。



 そのもうひとりの王子様の方にピリピリしているのはスサーナだけで、話を聞かされたジョアンはいまいち本気にしていないし、断片的に「貴族がミアに目をつけたらしい」と聞いたヨランダもあら素敵ぐらいの反応でスサーナには歯がゆい。なによりミアが全然気にしていないのだ。


「ジョアンさんはもう少し親身になって差し上げても良いのでは……!」

「なんでだよ、っていうかスサーナ、お前が言うのが本当だとしてもお前はそれアリなんじゃないっけ……」

「本人の意志かどうかはとっても重要なんですよ!」

「あー、分かった、分かったったら。でもなんか招待主サマ、顔良かったけど、ミアのやつはどうなの」

「全然本気にしてらっしゃらないのでどうかもわかりませんけど……でもいくら顔が良くても弄ばれるのはナシじゃないです?」

「まァ……なあ。まあでも流石に街中では気にしすぎじゃないか。王族がその気ならそんなまだるっこしいことするもんか。街中になんか出てこないだろ」


 出掛けにジョアンに気をつけるよう言い、最終的に自分がどうするかじゃないのなどと言ってあまり反応が良くないジョアンに抗議したりしつつも四人でぞろぞろと観光に出る。


 ホテルの回りもそれは旅行客向けの店は並んでいるが、宝飾品や高い靴、スサーナとしては非常に興味が湧かないこともないが入るのにはとても敷居が高い高級仕立て店オートクチュールばかりで、平民の未成年四人連れとしてはとても近づけない。

 というわけで、彼らは辻馬車を活用して外周側に出ることにした。


 ホテルが有るのは二枚目の壁の内側で、三枚目の壁の内側までは多少格式があるような扱いらしい。そしてスサーナ達が目指すのは、一番外側の壁に近い街区で、新市街と呼ばれている場所になる。もっとも活発に開発が行われている場所で、街区としては一番広く、戦後に広がった場所だそうだ。


 馬車から見える外周に近い街はそこそこ猥雑で、貴族街と違って生活の匂いがした。

 それでも王都らしく、最近見慣れだしてきたエルビラの街とはだいぶ雰囲気が違うようだ。


 街門側で降ろしてもらう。

 王都に入ってすぐ、街門回りの通りが一番巡礼や旅客に対しての食べ物屋や土産物屋が並んでいる、とホテルの受付のお姉さんが言っていたからだ。


 王都の下町はエルビラの中心に比べても人がずっと多く、建物が密で、しかし通りが広い。

 石造りの低層階と木造らしい高層の作りで、みなテイストが揃った四階、五階建てみたいな建物が通りの両側にみっちり並んでいるのも違いだろう。エルビラではてんで好き勝手に建てた建物の天井裏まで入れて四階、半地下の地階までカウントしてようやく五階、というのがせいぜいだった。

 そしてやはり、目を上げると新旧のしっかり高い壁が目に入る、というのが最大の差だろうか。


 スサーナとしては通りの脇と真ん中で石畳の組み方が変えてあり、まるで歩道と車道のように――意図としては馬車が通る場所なのだから、近いものだろう――してあるのが懐かしいような面白いような感覚を覚える点だったりもする。

 人々はその区分を完全に無視して歩いているので、そこまで馬車が通るわけではないのかもしれない……とスサーナは最初思ったものの、結構な頻度と速度でやってくる馬車と、馬車の車輪の音がするたびに人々がすっと左右に避ける光景を目撃してなんだかすごく異文化に接したような気分になった。


「うわあ、人が多いね! もしかして今日って何かお祭りだったりするのかな」


 街路を歩く人波にミアがはしゃいだ声を上げ、スサーナは前世の「渋谷のスクランブル交差点を見た人の決まり文句」! となんだか少し面白くなる。

 とはいえ、確かにとても人は多い。

 これまで「多い」と言っても、少し早足になると人と人の間をすり抜けて歩かざるを得ないような人混みはスサーナは今生ではほとんど経験がなかったが、この街門側の通りはそれに近い感覚だ。

 からからに乾いているはずの空気がむっと籠もって感じるのは人いきれのためだろう、というほどの人、人、人。


「違うだろ。……多分。特に目的地がある感じじゃないし。」


 突っ込んだジョアンの言い方も半信半疑で自信なさげだ。


 一同は人波に混ざり、何かお土産になりそうな物を探すことにした。

 スサーナはちらちら露天を冷やかしつつミアについて歩いて警戒するのがメインだ。


「祝賀を記念して作ったメダルだよ」

「祝いの文句を焼印した薄焼き菓子だよ、一つどうだい」


 歩くうちに、ミアの言った「お祭り」というのも大きく間違っているわけではない、ということをスサーナはなんとなく察しはじめた。

 盛んに呼び込みをする商店主や露店主たち、立ち止まった客や売り子同士で喋るのを聞くと、どうやらこの人混みは普段からここまでというわけではなく、祝賀の期間中に国中全部と関係の良い国外からもどんどんと人が集まっているのだということらしい。

 ミアが立ち寄った焼き菓子売りの小母さんに、スリが増えているからお上りさんは気をつけなさいと親切に忠告されたりもする。


「あ、荒事屋だ。」


 ミアが菓子を買うのを待つ間、ジョアンが道むこうを見て呟く。

 最近、というよりも、森で魔獣と出くわしてからジョアンは荒事屋が少し気になるらしい。概ね好意的な目線を向けているようで、彼らに助けられた、というのは嘘八百なのですこし後ろめたい気もするスサーナだ。


「あ、ほんとだ。結構いるのねえ。さすが王都ー。」


 こちらも買った菓子を齧っているヨランダがのんびり同意する。

 いわれて意識してみると、群衆の中に傭兵やら荒事屋らしい格好の人物がそれなりに混ざっており、特になにか警戒している、という様子でもなく各々好きに振る舞っている様子だった。


「何かあったのかな?」

「護衛の仕事が今の時期多いのよね。よそから来る人が多いでしょ。やっぱり治安もちょっと悪くなるしね、ここはほら、壁の中の方と違っていろんな人がいるから。」


 首を傾げたミアに焼き菓子屋の小母さんが笑う。


「だからね、アンタ達いかにもお上りさんって顔してるし、気をつけなさいよ。知らない人にうまい事言われても付いてっちゃ駄目よ。夜出歩くんなら親御さんとね。いいカモにされちゃうかもしれないからね」


 今の時期は貴族街への門は検問が厳しいけど、新市街へ入るのはゆるゆるだからね、なんせ厳しくしてたら警備の門番さんたちがへばり死んじゃう、と小母さんに言われて、へえそんなに人が、とスサーナは感心した。


 ――なんとなく、庶民には関係ない行事のように思っていましたけど、実は国を上げて系の大きなお祝い事なんですね。

 学徒をしていると、お得意先やお客様のうわさ話を聞けた島に居たときよりも実のところ世の中の話を聞く機会が少なくなっている。貴族の子どもたちの会話に口を挟むことは殆どないし、あまり突っ込んだ話をしている会話は聞こえないように気を使うのでなおさらだ。

 ちゃんと世の中のことを気にしていないと外の情報が得られないなあ、とスサーナは少し反省する。

 ただでさえあまり世の中の情勢のことに興味を持つタチではないし、どこかマスメディアが存在していた前世の感覚が残っていたのでなおのことだ。あんまり気にせず居ると置いていかれてしまう。とはいえあまりネルに色々聞いてやる気になってもらうのも良くはない気がするのだが。


「そんな一杯人が来てるんだ……そんなに凄いお祝いなんだね!! じゃあ、目玉の演奏会の楽団なんてどれほど凄いんだろう……楽しみだなぁ……」


 ミアがとろけそうな笑顔で呟いた。

 焼き菓子を買い終わり、歩いて少し。

 荒事屋の仲介をやる酒場、なるものの入り口に引っかかったジョアンにスサーナは少し呆れ――冒険者の店だ! といういわく言い難いわあい感も本人もないでもなかったのだが――お店に用がある方々の通行の迷惑ですよ、と引き離す。

 すぐに正気に戻ってくれたのを良いことにそぞろ歩きに戻ろうかと思ったものの、ミアが姿を消していた。


「み、ミアさん!? そこら辺に……いま、せん、ね?」

「……まさかその王子様とやらが来たとは思わないけど、ごめん。急いで探す――」


 一瞬慌てた二人だったが、怪訝な顔をしたヨランダが指摘したことで沈静化する。


「ミアさんだったらそっちにある礼拝堂に吸い込まれていったけどー?」


 指差した先は音楽神の礼拝堂で、ジョアンは目を眇めて呆れた息を吐き、スサーナはへたへたとへたり込んだ。



 中に入るとミアがうっとりした顔で奥の鍵盤楽器に張り付いているところだった。


「ミア、お前な……急に居なくなるなって」

「そうですよ! 一瞬どうしようかと」

「あ、ごめんね! でもあんまり聞かないタイプの風琴オールガノだったから……」


 どやどややって来た残り3人に鍵盤楽器の蓋を閉めた神官が笑いかける。


「見ない方々ですね。観光ですか? 皆様と共に心揺るがす調べがありますよう」


 礼拝音楽を弾いていた侍祭らしい女性の神官は気さくな人柄らしく、入ってきたいかにもお上りさんらしい子供たちがエルビラから祝賀演奏会を聞きに来たのだと聞くとにこやかに色々と話してくれる。


 音楽堂では国で一番優れた楽団が演奏するし、国中から集められた素晴らしい楽師達が丸一日中交代で演奏し続けるんだそうだよと言ったもので、ミアはうっとりとため息をついた。


「はぁ……楽しみ……本当に来られてよかったぁ」


 スサーナはだからといって招待してくれた第二王子様に好感を抱いたりしたら困るなあ、と思いつつも、

 ――まあこの分ですと、当日は口説き文句なんかを言われましても右の耳から左の耳に抜けちゃうと思いますけど。

 まさか第二王子もミアがこのタイプのこういう人間だとは思うまいな、となんとなく遠い目になったのだった。

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