第261話 偽物令嬢、愚痴を聞く。2

 そのまま同席していてもいい、と戻ってきたお父様に言われたスサーナは、レオカディオと一緒に詳しい話を聞くことになる。


 とはいうものの、そこまで詳細になにか説明されるというわけではない。

 ザハルーラ妃のすることにしばらく口は出さず、好きにしてもらう、ということ、ただし何をするか、ということは事前に連絡してもらえるようにする、ということ。その内容をレオカディオにちゃんと説明するし、彼の意志に反して話がのっぴきならない方面に進まないように自分が責任を持って堰き止めになる、ということを殊勝な表情でお父様は約束するようだった。

 スサーナは口を挟まずにその話に耳を傾ける。

 ――公表するかどうか、のときにちょっと話していましたけど、これも「亜麻色の髪の乙女」が狙われているのを利用してどうにかする、みたいなことの関係なんでしょうね。

 そしてこの感じ、そのあたりはレオくんには説明されていなさそうだな、とスサーナは判断する。レオくんは結構聡いから、自分が直接被害者だというパニックが去れば確信まで行かずとも察する気はするが。


 なんとなくこれはお父様は貴族の誰かの内通も疑っているのかな、というような気がするな、と思う。その上で動きやすそうな状況を作って観察している、というところだろうか。ザハルーラ妃がお父様の協力者か、というとなんだかお茶会の時の物言いからすれば、無自覚なのだろうけれど。

 スサーナはそのあたり、そっと意識しておくことにした。



 話が終わったときには本格的な深夜になっており、レオカディオは泊まっていく、ということになった。

 こんな時間から寝間の用意は出来るのだろうか、と小間使い経験があるスサーナは心配になったものの、レオカディオ用の部屋には元々必要なものは全部揃っているわけで、そこが急いで整えられていたらしい。誇らしげな使用人たちがファインプレイの雰囲気を漂わせ、レオカディオの部屋には数年越しにはじめて主が入ることになった。


「なんでも先んじて用意しておくものですな。ああそうだ殿下、ザハルーラ妃様とお顔を合わせるのに不都合な日もありましょうし、そのような時はいつでもお使いになられるとよろしい。いつでもお寛ぎできるよう、整えておくように申し付けておきます。」

「……そうですね。正式に宣が下ってから、と思っていましたけど、今の事情ですと細かいことを気にする者もいないでしょうし。」


 お父様の申し出にレオカディオが頷き、なにやらなしくずしな感じで今後は結構屋敷に滞在するらしい、ということが決定したようだった。


「ああ、じゃあお暇なときにはお声がけしてくださいね。お茶ぐらいでしたら私でもなんとか礼を失しないでお付き合いできますし……多分。」

「それは嬉しいです。いっそ珍しいお茶とお茶菓子を城から持ち込んでしまいましょうか」


 スサーナの申し出に、まだちょっと憂鬱そうな色が雰囲気に残っていたレオカディオがぱっと表情を明るくした。

 スサーナは、まあ、普通にしていれば大体礼儀作法を失敗したりはしないはずだし、そうそう頭からお茶を被るなんて面白いこと、起きたりはしない……はずだよね? とそっと内心首をひねったりする。そうそうそういうことは起きないはずだ。多分。きっと。願わくば。


「王宮のお茶菓子ですか……! それは気になりますね!」

「ふふ、島のものほど珍奇なものがあるかどうかはわかりませんが、母たちが面白がって色々取り寄せますから、珍しいものもあるんですよ。」


 スサーナは目を輝かせてみせつつ、内心少しは注意深くしよう、と決める。基本は庭で、昼間屋敷の中で話すのはやめにして、皆には出入りにも気をつけてもらおう。ネルやミッシィはこの屋敷の中ではちゃんと溶け込んでいるが、少し後ろ暗い立場なのだからして。

 カリカ先生は論外だがまあカリカ先生だしどうとでもなりそうなのでともかく。


 同じ義理の父親を持つ間柄……しばらくは違うけれど、ともかく近い人間になるわけだから家族っぽいことが出来るのはとてもいいことだと思うし、そう言う立ち位置になるからには打ち解けたことをするのは大歓迎ではあるが、レオくんはれっきとした王子様には違いない。流石に護衛官や、他についてくる者たちはきっと勘も感覚も鋭いだろう。必要もなく危険な橋をわざわざ渡ってもらうことはないのだ。


 というわけで、レオくんが部屋に行くのを見送り、お父様にお疲れ様でございましたおやすみなさい、とご挨拶したスサーナは部屋に下がって、まず隣室の使用人の控室のドアをそっとノックした。

 屋敷が騒がしいぞ、と察したあとでミッシィには部屋に下がって先に寝ていてもらってもいい、と言い渡してあったのでその確認だ。

 ややあって、ドアが開く。


「んんー、お嬢様おかえんなさい。なんだったー?」

「ミッシィさん、もう寝ておられました?すみません。」


 眠そうな顔をしたミッシィがにゅっとドアの隙間から首を突き出してくる。どうやら寝てはいたらしく、一応ドア越しになる形にされている首から下は侍女のお仕着せではなくて全裸だ。

 スサーナは久しぶりに直に目視した暴力的サイズのたわわにいやあ何を食べたらこうなるんでしょうなどと考えつつ、冷えちゃうのでなにか巻くか着てきてください、とお願いした。継続的な栄養状態は自分のほうがいいはずなんだけど、などということを一瞬考えたのはとりあえずどうでもいいことにしておく。


 毛布を巻いてミノムシみたいになったミッシィにとりあえず手早く王子様が来ている、という事情と、お父様ミランド公が後見人で、これからちょくちょく来るだろうから悪巧みをする際に気をつけよう、ということを説明する。


「王子様かあ。第二王子殿下とやらなら何回か顔を合わせたことがあるかも。」

「ああ、お顔を覚えられてるかもというのもありますね。ええと、来るのは第五王子……レオカディオ王子殿下なんですけど、会ったことは?」

「んー……多分無いと思うけど。お嬢様の邪魔しそうな方なの?」

「いえ、レオくんはいい子ですから、もしバレても説明すれば…… ……すごく心配される気はするのでバレたら不味いと思いますけど、こちらの行動を悪く取る方じゃないと思います。ただ、周りの方はプロですし。優先順位ってものもありますから。気をつけるに越したことはないので。」

「ふぅーん。分かったわ。」


 頷いたミッシィに、これだけお伝えできればと思いまして、もう遅いですから詳しくは明日にでもとスサーナは言い、それからふと首を傾げた。


「そういえば、ネルさんは? 今日はお戻りになる日ですよね……?」


 ネルは今、色々と動いてもらっていて屋敷に居ないことが多い。

 使用人たちには彼が園丁の真似事をできるだとか、ちょっとした薬草の目利きができるとか、馬を駆れるとかを見せてあるので「お嬢様の庭で仕事をしている」「お嬢様のご用事で出ている」が納得してもらいやすいのでやりやすく、居なくてもそうそう問題はないのだが、こうなるとネルにも事情は伝えておかなくてはなるまい。


 今日は余裕があれば戻ってくるという日なのだが、戻ってきたなら庭か、部屋の隅にこしらえた待機用の場所で控えているはずだし、流石にミッシィも隣室にネルがいる状態でフリーダムに全裸にはならなかろう。

 予想通りミッシィはふりふりと首を振る。


「今日は見てないわねー。多分寝てる間にも来てないと思う。」

「そうですか……。私が居ない時に顔を合わせたらネルさんにも事情をお教え願えますか。あ、あとこちらのわるだくみにも関係のある感じなので、そちらの説明もすべきですね」


 戻る予定の日といえど当然やっていることがやっていることなので予定は流動的だ。なにかあったなら心配ではあるが、そうそう今のネルに命の危険があるとは思いづらくはあるし、とりあえずネルに関しては注意して――安全を祈りつつ――帰りを待つ方針で行くことにする。屋敷の中で出くわすと面倒な人たちと出会う前に説明できればいいのだ。


 さて後は一応カリカ先生だな、とスサーナは考え、いやうん、とはいえ一体何を気をつけてもらうというのかと、そっと自分にツッコミを入れた。

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