些事雑談 バザーが済んだら女子会しよう 2

 掃き仕事を始めた頃にソニアが戻ってきて、どうもミアは快諾したらしい。


「いいって! ラッキー!!」


 上機嫌のソニアがアイナの手から箒を取って石畳の筋と関係のない方向に滅茶苦茶に箒を使い出すのにアイナがそっとため息をつき、別の箒を取って掃きなおしだす。


「よかったわ。じゃあ、お掃除が終わったら案内するから。……伯母の家の小食堂を使うの。」

「え、あの、それは急にご一緒してしまったらおうちの方にご迷惑になってしまいませんか?」

「いいのよ。食べ物はお店に頼んで届けさせるの。……二件お隣が食べ物屋だから。それに、いつも、伯母様は頼みすぎるの。一杯余らせるんだから丁度いいわ。」

「そーそー! アタシ達の胃袋が一個ずつしかないの絶対わかってないし!」


 おうちでの食事らしい、と気づいて一旦躊躇ったスサーナだったが、アイナの言葉とソニアが力強く太鼓判を押したことでまあそれなら、と考えることにした。



 ミアと合流した後に、一旦荷物と戦利品を寄宿舎に置き、それから待ち合わせたアイナとソニアに続いてアイナの下宿先だというお宅にお邪魔する。


「わあっ、可愛いお家」


 ここだ、と示されてミアが感嘆の声を上げた。

 ついた先は確かに可愛らしい家だった。小ぢんまりとしていて、瀟洒な三角屋根にガラスの嵌った丸窓。白漆喰を基調にした壁のそこここには飾り鈎があり、花の咲いた鉢が掛けられている。

 階段の手摺は薄緑に塗られ、丸っこい花を模した透かし彫り。


「どうも、ありがとう。伯母様も喜ぶわ」


 アイナが微笑み、先に立って中に招き入れられる。

 入った中もそれはそれは全力で可愛らしかった。

 ランプの傘は花を象ったピンクの陶器で、壁際の飾り棚には愛らしい形の香水瓶。壁には恋と女性の美を司るシャレーラの似姿絵。可愛らしい少女の陶器人形が飾り台に置かれ、家具は角が取れて丸っこいフォルムのものが主で、皆淡い色に塗られていた。


 スサーナとしてはあんまりに全力で可愛らしすぎて少し落ち着かない感じはしたが、ミアは目をキラキラと輝かせている。


「わあっ、中もすごく可愛い」

「そうですねえー。」


 くるくる首を回して中を見るのに忙しいミアにソニアがんふふと笑う。


「カワイイっしょ! アイナの伯母様は縁談おばさんしてるから!」

「え、縁談おばさん……?」


 ソニアのよくわからない説明に目を白黒させたミアに苦笑したアイナが口を開いた。


「伯母は美容師なの。その縁で服飾指南をはじめて……気づいたらデートとかお見合いの段取りをするようになっていて……相談に来る人達の受付にもなっているから」

「あっ、なるほどーっ!」


 縁結びの世話役はここ十数年で目立つようになった新しい役割だ。客層はほぼ純粋に平民で、地縁の無い都市部の若者が一緒になる手助けを、という需要のために生まれた職で、多く寡婦の役目である。つまりは前の戦争の余波の一つだったのだが、商人の権勢が上がっているヴァリウサでは、いつしかただの仲人というよりは、洒落て都会的なデートやイベントを提案演出する、というような華やかさのある職になっている。


「なるほど可愛いわけです……」

「ねーっ! 素敵な恋人と一緒にこういう所に来るの、どういう気持なのかな」

「そうですねえー」


 曖昧に相槌を打ちながら、スサーナはミアさんは好きらしいけれど貴族の皆さんはこういうところは来ないだろうなあ、と考える。

 非常に可愛らしくはあるが、キッチュで過剰な庶民向けの可愛さだ。貴族好みの重厚さ上品さは無い、いかにも商家らしいセンスともいえる。


 ――そういえば、ミアさん、テオさんとはどうなんでしょうねえ。

 最近自分は演奏室へは顔を出していないが、なんとなく脈がありそうな雰囲気だったテオとはミアはなにか進展しただろうか。それとも流石に一月では気が早かろうか。スサーナがぽやぽやと考えているうちに、アイナの伯母の使用人が現れ、一同は小食堂に案内されることになった。



 これまた愛らしい色合いの壁装と可愛らしい家具を揃えた食堂に用意されていたのは主に手づかみで食べられるような軽食だ。

 揚げた子羊の肋骨肉や、薄焼きパンに挟んだ肉や干し鱈のパテを盛った黒パン、揚げたチーズに茹で芋のピクルス、バラ水を絡めた揚げ生地菓子などが皿に山盛りで並んでおり、確かに少女二人のためにはだいぶ量が多い。ついでにやや重く、いかにも可愛い食堂とは完璧に調和しているとは言い難く、少し光景として面白い。このおおらかな詰めの甘さもいかにも庶民らしい、と言えるだろうか。

 ほら多いでしょうとアイナが笑い、一同に席につくように促す。


 まずスサーナとミアがお招きに対する感謝を口にし、それから食事が始まった。

 一人だけ居る使用人さんが皆に水で割ったワインを注いでくれ、――スサーナはそっと水かお茶はないかと聞き、ミントティーに替えてもらった――それぞれ何口か食べ物を口にする。初っ端から甘いシロップ漬けの揚げ菓子を齧ったソニアがスサーナとミアを順に見回して含み笑いをし、口をひらく。


「ねぇねぇ、そういえばさぁ、アタシー、そっちの二人に興味あったんだよね!」

「ふえ?」

「む、興味?」


 キョトンとして返した二人にソニアは頷いた。


「そうそう! だから来てくれて丁度良かったってゆーか。アイナも興味あったんだよねー?」

「そうね」


 その言葉に興味深げにアイナも頷く。


「特待生のほうに、女子がいるのも珍しいと聞くわ……。寄宿舎の人たちは寄宿舎の人達同士でとても仲良しだから……あまり喋る機会もなかったもの。話してみたかったの」

「そっか、嬉しいな。これからよろしくね! 街中から通ってる人たちはお金持ちっぽくて、みんなオシャレだし、どう話していいかわからなかったから」

「よろしくおねがいしますね」

「あはは、お金持ちっぽい、って、おんなじ建物に貴族がいるんだしー」


 アタシ達はしがない商家だもんねー、と肩をすくめたソニアがワインを一口。どうやら口を湿らせただけだったらしく、キラキラした目で言葉を続けた。


「貴族と言えばさっ、アタシこれすごく聞いてみたかったんだよね! えっとミアって呼んでいい? ミアってさー、前貴族に嫌がらせされてたじゃん? そんでさ、アレホントなの!?」

「アレ……っていうと……」

「アレだってば! ええっと、王子様とウーリ公のお坊ちゃまと、あと他所の国の王子様が助けに来てくれたーってやつ!」

「そ、それはうん、ホント……かな……」

「キャーーっ! マジ? ホントなんだ!すっごおーい!」


 興奮するソニアとたじたじになるミアにスサーナは、ああ、まだあの噂はくすぶっていたのかと遠い目でミントティーを啜る。

 そう言えばあのあとほぼ流れるように小間使いに就職していたので教室の噂にほぼ関わることはなかったのだが、それはそんなセンセーショナルな噂は簡単に消えはしなかろう。


「ねえねえ、王子様とか偉い貴族のご子息とかってどんなふう? ご寵愛されてるってホント?」

「ええっ、んーん、全然そういう事はなくて……みんなお友達で……」

「放課後いつも貴族の教室のほう行くじゃん? 秘密の逢引ってみんな言ってるけど……」

「お、音楽室に行ってるだけだよ。そりゃ、演奏を聞いては貰ってるけど……」

「私も気になるわ。じゃあ、誰かその中で好きな相手は?」

「えっ、ええっ、えっと、まだ全然そういうことはなくて」


 食いつくアイナにわたわたしているミアに、スサーナは話の腰を折ってやるべきか、追撃したほうが楽しいかやや思案し、結局好奇心と話をはずませる欲求に負けて、やめておけばいいのに言葉尻に突っ込んだ。


「ミアさん、「まだ」、なんですね……」

「キャーッ!」

「ああっ、ちょっとスサーナっ、んもうっ!言葉の綾だってば! 王子様に詳しいならスサーナのほうが詳しいよ! 偉い貴族のお嬢様の小間使いだし、普段から近くで見てるもん、そうだよね!」


 あっ、売られた。

 ミアの暴投で二人のキラキラした目がこちらにも向いたのをスサーナは認識する。

 ――くっ、今日は完全に蚊帳の外かなと思っていたのに!


「うん、そちらも気になってたわ……。」

「あー、そっか、すごい出世だーってみんな話してたけど、王子様の近くなんだ、うわー、マジいいなー! ねえねえ、王子様たちって普段どういう生活してるの?」

「どう……と言いましても、授業じたいはこちらとそう代わりませんよ。」

「えっ、でもこっちのバカ男子達とは違うでしょ」

「ええ、まあそれは……ええと、わかりやすい差といいますと、朝女の子たちが貢物を渡す行列ができているとか……?」

「やっぱり、そういうのあるのね」

「いいなー、偉くて顔がいいって最強じゃん……」


 その後しばらく双方に質問は続き、使用人さんが飲み物のおかわりを持ってやってきたころに一旦途切れることとなった。

 彼女たちの問いかけが一旦途切れたのは、小食堂に陽気そうな女性が入ってきたためでもある。


「あら、楽しそうね。ゆっくりしていってね」

「伯母様」


 アイナが声を上げる。

 アイナの伯母という女性は、いかにも活気に満ちた商家の女主人、と言った雰囲気の女性だった。


 簡単に挨拶をし、愛想よく何かもっと食べたいものはあるかと一同に聞き、それから少女たちのグラスに手づからワインを注いで回る。


「アイナの新しいお友達に私も乾杯させてくれる?」


 彼女はそう言うと自分のグラスにもワインを注ぐ。


 スサーナは少し困ったが、そう言われてしまってはミントティーを飲んでいるわけにも行かない。

 別に飲酒に年齢制限はないものの、せめて18成人ぐらいまでは酒を口にせずいたかったスサーナだが、こういう流れで自分はお酒は結構です、というのも無作法だ。

 ――まあ、お酒漬けの果物とか食べてますし、アルコールが駄目な体質ってこともないはずですよね。


「それじゃ、皆さんの健康を祝して!」


 こちらの乾杯はグラスを上げてからぐっと飲む、というやり方だ。

 鮮やかにグラスを持ち上げたアイナの伯母に続いて皆グラスを上げる。

 スサーナは覚悟を決めてごくっとやり、まともに飲むのは確か前世ぶりの濃いアルコール飲料が喉を焼く感覚に負けてけほけほと噎せた。


「あらまあ、大丈夫かしら」

「す、すみません、噎せただけです」


 恥じ入るスサーナにミアがハンカチを差し出してくれる。


「スサーナ、これ使って」

「ミアさん、ありがとうございます……」



 お礼を言ったスサーナがハンカチで口元を押さえると、その隙間からころころと何かが転がり落ちた。


「あら、何か落ちたわよ」


 身をかがめて拾い上げてくれたアイナの伯母が何故か目をキラリと輝かせる。


「あらあらまあまあ、珍しいものを持っているのね」


 彼女が手のひらの上に載せたのはさっきオビにもらった恋酸漿ハスクベリーである。

 アイナの伯母は手のひらに鼻を近づけて香りを嗅ぎ、なにか納得したように頷く。


「鮮度もいいままだし、いい品ね。これはどうしたの?」


 ミアの前にそっと恋酸漿ハスクベリーを置き、彼女は楽しげにミアに問いかけた。


「ええと、今日のバザーで友達に貰ったんです。ね、スサーナ」

「あ、はい。ええと、お兄さんから作り方とかを聞いたって、友達が」


 ――ええと、森に入った騒ぎの子たちだ、っていうのは隠しておいたほうがいいかな。

 スサーナはそう考えて曖昧に答えることにした。何となく自分もポケットに入っていた物を取り出して卓上に置く。


「まあまあまあ、なるほど、そうだったの」


 アイナの伯母がぱっと恋酸漿ハスクベリーに混ざった強壮蘭サテュリオンをぱっと摘み上げ、スサーナはあっ、忘れてた、とちょっとだけ後悔する。


 ――ちょっと倫理的にまずいものがそういえば一つ混ざってたんでしたっけね!

 後悔してみてもやや遅い。スサーナはしげしげとそれを眺める彼女からちょっと目をそらし、何も知らないフリをすることに決めた。




「アルバおばさん、それって何?」


 ――ああっ、ソニアさん、興味を持たないでいてくださると有り難かったんですが!

 アイナの伯母はもったいぶって綺麗に紅を引いた口元に指を当てると、スサーナの願いも虚しく口を開いた。


「そうねえ、これは、恋を成就させるためのおくすり……を作るための材料よ。」

「えっ、なにそれ凄い!どうすんのそれ!」


 ソニアが目を輝かせ、アイナも興味を持ったような目線を伯母に向ける。


「こっちは殿方の飲み物に入れるか、自分の香水に混ぜて使うと、殿方に自分の魅力に気づいてもらいやすくなるのね」


 アイナの伯母はスサーナの横に立ち、恋酸漿ハスクベリーをまず光にかざす。

 ――あっ、さすが大人、オブラートに包んだ表現がお上手!


「それでこっちは……食べ物や飲み物に混ぜると、そうねえ。殿方をその気にさせる……と言えばいいかしら、うふふ」


 次に持ち上げたのは当然スサーナが話題に出さずに置きたい際どい効果の球根、強壮蘭サテュリオンだ。

 うふふ、で微笑みかけられたスサーナは頬が引きつらないように実に曖昧な笑みを浮かべる努力をする。

 ――私、無垢な13歳なので、なんのことかわかりませんとも! ええ!

 その努力はそれなりに実を結んだらしい。まだ早いお話よね、と言ったアイナの伯母は特に突っ込んだ話をしようとしたりせずに、貰ったモノたちをハンカチの上に纏めて置いた。そしてスサーナとミアに問いかける。


「ねえ貴女方、これ、使い道がないなら売ってくださらない?」


 スサーナは一も二もなく頷く。


「えっ、あっ、はい! それはもう。差し上げてもいいぐらいです。使い道もないですし。ええっと、使い方もよくわかりませんし? ねえミアさん」

「え? うん、そうだね、使うことないもんね。」


 キョトンと一瞬目を瞬いたミアもスサーナに同意して頷いた。

 アイナの伯母はほほと優雅に笑い、それじゃ人を薬種問屋に調べに出させますからそのお値段でいいかしら、と言う。当然スサーナに否は全く無かった。ミアも喜んだ表情で快諾する。



「えーっ、いいなー、アタシも欲しいー」


 ソニアが口をとがらせてため息をついた。


「ソニアったら……またそういうこと言って……。わたし達にはまだ早いわよ……。」


 頬に手を当てたアイナが諌めるようにそれに声をかける。


「だってぇ、これを使ったらいい男侍らし放題! ってことだし! めっちゃ憧れるー……」


 ――おお、ギャル。さすが進んでいらっしゃる。

 スサーナが何やら感心していると、ソニアにアイナがおっとりとしたふうにまた声を掛けた。


「貴族の人の使うようなものだろうけど、使ったら、それはそれで色々大変そうじゃないかしら……」

「えっ、どして?」

「ソニアはそれをどう使うつもりなの?」

「えーっと、例えばー、そっちの丸いのを……観劇会の前のお茶に入れておいたら、エスコートを頼む相手がよりどりみどり! とか!」

「うーん、それは本当に色々と大変なことになりそう……」

「えー、そー? でもその気になってたら何でもいうことを聞いてくれる……らしいじゃん?」

「うん、そうね。でも「その気」になってたら色々とそれどころじゃないと思うわ。……もし使うのでも一人よね。二人……でもうまくあしらうのが大変になりそう」


 ――あ、違う。このギャルの子ピュアッピュアだ。

 むしろ清楚系の見た目のアイナのほうが効果を正確に把握しているぞ、と察したスサーナはちょっと第一印象からのイメージをそれぞれ変更しておくことにした。


「ええそうね、アイナの言う通り。そっちは決まった殿方が出来てから使うものね。」


 アイナの伯母がふふっと笑う。


「決まった相手かあー」


 んーむ、という風情でソニアが腕を組む。


「まだあなた達の年齢だとイメージできないかもしれないわね。いい? 今のうちにどんな殿方が好みか、とかどんな方と一緒になりたいか、とか考えておくといいわよ。」


 そして希望に合う素敵な殿方を捕まえたら一緒に来てくれたら、おばさんたっぷりサービスするわ、とアイナの伯母はぱちんと見事に片目を閉じてみせた。

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