第378話 魔術師達、わからせを受ける。

 遠距離から急速に接近する衛士二体に拘束術式を射出。

 転倒したそれらの横を抜けてくる最初の一体の下半身をターニアットが即座に生み出した石箭で破砕。

 ほぼ同時にツァテヤーが内部で水を急激に気化させる機構の爆裂球付与具を発動させ、転倒した二体を沈黙させた。

 下肢をほぼ破壊され、バランスを崩しながらも跳躍して距離を詰めた一体の振動刃をキンネレアの発雷短杖が止め、返す端をそのまま腹部に打ち込むと溢れた電流が内部機構を灼く。


「へえ、案外脆いじゃん?」


 打ち上げられた魚めいて全身を痙攣させた衛士がごとりと地に投げ出され、キンネレアが鼻を鳴らしてあざ笑うが、一瞬流れた弛緩した雰囲気もつかの間、ツァテヤーが硬い声を上げた。


「エーオー、また増えた」


 キチチチチチ、と小鳥が囀るような音とともに麦を揺らして現れたのは十指に至る傀儡衛士達。


「っはは、アツいなこれは。……最初の一体を確保して通行証を書き換えるつもりだったけど、悠長にしてる暇なさそうだ。」


 エーオーは内心舌打ちする。常民の管理下にある遺跡――稼働状態で、常民を利用者として登録してあるもので、多く巣箱と称される――に潜るとなった時、彼がざっと参照した同様の遺跡群資料では、もっと防衛装置の反応は緩やかだったのだ。

 現状で場に現れているのは末端の免疫系に過ぎなくはあるが、これほどの初速で集合するという記述はどの資料にもない。

 とはいえ、彼が見たのは頻出構造のみを解説した、誰でも手に入るような資料に過ぎず、例外はあるだろうということは確かだったが、それでも一般的なものであれば類似の反応の範疇に収まるはずだったのだ。


 ――くそ、何が違う。大国ゆえの施設規模か? 感受性が高く設定されてる? 大国っても何の異常もない常民の国だろうに!


 彼が拠点を置いているアラゴーという国家はネーゲと一部の境界線を接するがゆえに都市部にはわずかでも漏れ聞こえるかの国の情報を得る手段があり、同時に国土の大半を過酷な乾燥地帯が占める、滅亡した小国だった場所が点在するような土地で、つまり小規模な遺跡の痕跡は望めばいくらでも触れられるような場所だった。議会の魔術師たちは好んで干渉はしてこなかった為、彼のような魔術師が興味を満たすのにはうってつけの場所だ。

 ネーゲの文字盤とそのもたらす知識には大きな興味と期待を抱き、些細な噂すら貪ったし、議会の中央から離れた魔術師とも協調したのに、望めばいくらでも――議会に属した者がいたのだから聞きさえすれば返答もあったろうに――調べられたはずの遺跡について、その多くが議会の統制下にあって目新しく輝かしい新技術を掴むことの期待はできまいという理由から、何の面白みもないとろくに手を伸ばさなかったことを彼は初めて後悔していた。


 ――ネーゲの文字盤のついでに議会の奴らの管理域を滅茶苦茶にしてやれば楽しいだろうぐらいだったが! もうちょっと掘っておくべきだったか……!


 とはいえ、本質的に「遺跡」と呼ばれるそれはすべて遺失技術の残滓である。

 議会の魔術師たちも、入り込めば何が起こるかを愚直に試して観測、記録してあるだけで、内部の動作原理や構造を理解しているわけではないということは彼ら議会の外の魔術師たちにもよく知られたことであったのだが。


 いくらもせぬうちに、ターニアットが目を眇め、額の汗を拭うような仕草をした。

 魔力不足だとエーオーはぴんとくる。ターニアットは攻撃手段を術式付与した武具に頼っていない。

 魔力に不安がないことを常々誇り、それゆえに付与具での魔力温存処置に頼らず争いの場に現れることを自慢としていた彼がそうなるというのはあまり見ない事態だ。


「ターニアット、もうしばらく踏ん張ってくれ」

「くっそ! 付与球、もうあんまり数がねえ! マジかよ!」


 ツァテヤーの声に焦りが交じり、彼が打ち漏らした衛士をエーオーは火球でなんとか仕留める。エーオー自身も、仲間内では指揮役を自認し、彼が号令して他の仲間たちが動くのが常。前に立つ為の付与具は持っていない。魔力は十分高い自負はあったが攻撃の度に浪費してはそういつまでも保つものではない。

 攻撃手段の主力を付与武具に頼り、魔力の消費は肉体の補助に使うキンネレアはまだ十分動けそうだったが、そちらも過信しすぎれば綻びる。なにより、彼女は近接戦闘を好むこともあって、多対一の状況では分が悪かった。


 エーオーが呟きを聞いたのはその時だった。


「……二層に至ったな。これでこちらは一安心というところか」


 その声は、衛士があらぬほうに逸れていこうとする度に拘束術式を打つ程度の働きをしていた議会の罪人のもので、エーオーは一瞬考えて、その意味を理解する。


「お前、常民共にマーカーを入れてたんだな? そうか、二層の入口が近いってことか……!」


 見返してきた議会の罪人の表情は安堵でもなく、かといって現状への焦りでもなく、妙に落ち着いて気に食わなかったが、それは最初あの常民達に引き合わされてよりずっとの事だったのでエーオーはさほど気にもとめなかった。

 常民風情のくせに最初からこちらを囮扱いするつもりだったらしい願主達には身の程をわからせてやらねばと思ったものの、それは通行証を確立してからでいいと思っていたために先ほどはマーカーを入れる手間を掛けはしなかったが、この議会の魔術師がそうしていたなら手間がなくていい。なにより、それで二層への最短ルートが分かるというならこれほど好都合なことはない。


「キンネレア、あまり前に出るなよ! 下がりながら二層に降りるぞ! ……そういえば、お前も議会の一員だったなら知ってるのか? 諸王国の遺跡の常態、こんなんなのかよ、調整おかしいだろ。古遺跡だと言ったって、リソース吐きっぱなしでさあ……」

「常態……ではないだろうな」


 指示に続けたぼやき混じりの声に返事が返る。議会の罪人の手首を戒めた鎖がぎちりと軋んで鳴り、何かその内側で魔力が動いたらしいと察せられるが、何か術式を書いた様子もない。


「くそ、何の要因だってんだよ……まあいい、案内! そっちだったな!?」


 最接近していた一体を片付け、少し距離が残っていた数体に底をはたいた魔力で拘束術式を掛ける。先ほど常民達が走った方角を指差すと仲間達はそれに従って動き出したが、何故か議会の罪人はそちらに移動しだすことはなく、尽きず現れた衛士達のほうを眺めた。


「常態ではないが、どちらかと言えば掛けたほうだな。……本当に、イレギュラーが多い、困ったことに……。」

「は!? なに悠長にやってんだよお前!?」


 キンネレアが振り向き、足を止めて苛立った声で叫ぶ。

 議会の罪人はただそちらを見返した。衛士達を示す麦の揺れが近づく。


「案内は出来ない。悪いが――」

「っち、なん――まさか、お前あいつらに義理立て……いや、流石に常民に義理立てはないか。そうか一応願主だもんな? だが、略式の約定なんかどうにでもなるだろ? 無理って言うなら後で俺達が外してやってもいい、いけるな?」

「どーせ印は打ったけど追う術式を組む技量がねーとかだろ!? もういいエーオー! そいつぶった切って燃料にしちまおう、痕跡ならターニアットが術式で追える!」


 焦りと怒りにまともに殺気を漏らしたツァテヤーに動じすらせず、衛士達が近づく方へゆっくりと歩みだした相手にエーオーが感じたのは不可解な恐れだ。


「おい冗談だろ、馬鹿かよ……動かなきゃお前だって命はないだろう!」


 がしゃんと鎖が揺れ、議会の罪人が胸丈に手を差し上げる。


 なにかが起こると直感したらしいキンネレアが投げつけた火球は手のひらほどもないちゃちな障壁に叩きつけられ、もろともに消えた。


「議っ会の雑っ魚風情がよお……!!」

「皮肉だな。お前達は”議会の魔術師”を寄り集まらぬことには何も出来ぬ、旧弊に囚われた惰弱で愚かな群れと嘲っていたが――お前達がもっと数を揃えて組織的に動いていれば、もっと別のやり方があったかもしれず、体系的な知識を学んでいたなら、もっと早くに異常を感知できていたかもしれない。」


 駆け戻ろうとする彼女をターニアットがとどめる。議会の罪人の周りに転がった衛士の残骸がきゅいと奇妙な甲高い音を立て、端から脆け、小さな虫の集まりめいて別の何かを形作り出したのを見たからだ。

 そのまま気づかず喋り続けて、手遅れになってやられてしまえ、エーオーがそう暗い喜びに思考を踊らせたのもつかの間、それはすぐに疑惑に取って代わる。

 先程までに見た機動力であれば十分射程範囲であるはずなのに、近づいてきた衛士達が飛びかかろうとしない。

 その間にも組み上がっていくものは、襲ってきていたものよりも二回りほど巨大な衛士であるようだった。女性に似せた頭部と異形でも流麗ではあるラインを備えた先の衛士とは違い、太径のパイプを組み合わせて極めて大柄な男性の胴体と四肢を形作り、をよじって曖昧に首と頭の位置に纏めおけばこのようなものになるだろうか。

 ――貪食系か……

 判別がつかぬ何かでなかっただけ幸いというべきか。形作られていくものは単機能でより肉弾戦向けの種の衛士だ。


「それと…… 議会の魔術師と侮るものがどういうものなのか、もっと知っておくべきだった、多分。お前達が権威付けの虚仮威しと見做しがちな、繰り返し魂を磨くという言葉が何を意味するのか。」


 どうあれ、これは異常な事態だ。衛士に加えて、こんな時に裏切ってきたらしい議会の魔術師まで――いかに弱かろうと、だ――相手にするには状況が悪い。衛士達が動かず、奴がこちらを舐めきって御高説を述べているなら、その間に離脱する。そう決めてエーオーは視線を巡らせ――

 いつの間にか、進行方向や背後、今意識から逸れていた位置に、先程まで絶対に存在しなかったはずの大型の衛士が現れ、行く手を塞いでいる。

 議会の罪人が急に饒舌に喋りだしたのは地表を移動した微小部品が組み上がる作動音をかき消すためだったのだとエーオーは悟り、ひゅっと息を呑んだ。


 議会の罪人は数歩歩み、それからこちらに向き直る。


「……遺跡を構成するものは動作原理も不明な遺失技術、登録された使用者が定められたとおりに入出力することしか出来ない。それが広く知られた知識だ。 だが――断片的にでも技術が戻ってくることはある。……私のように、片鱗であってもかつての記録を持ったものが生まれて来さえすれば。時間は掛かるがこうして管理機構を掌握することも出来る。そして。これは魔力が制限されていようと関係無いんだ」


 攻めあぐねて死角を求めるエーオー達の周りに、議会の魔術師の側に、衛士達は構築され、もしくは現れてひしひしと取り巻いていく。


 魔力を封じられ、その上で生来の容量もエーオーたちに較ぶべくもない、取るに足らぬ惰弱な存在であるはずの議会の魔術師は薄い微笑みを浮かべ、物言わぬ衛士たちを従えて彼らに視線を投げかけた。


「衛士を一層ここから出すことは能わないし、普及の”育苗槽”以外にあまり応用が効くものでもない。しかし、この場を押さえるには十分だろう。……まったく。随分と面倒なものを請け負ったことだ。――さあ、慮外の事態がこれ以上起きぬうちに先に追いつかなくてはいけない」

「くそ……」


「これ以上、手間を掛けさせてくれるなよ」

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