第168話 メニュー考案右往左往 2 (尾籠な話が混ざります)
思案していると、そういえば、と声を掛けられる。
「断片的に想像は可能だが、一体何故ああいう連絡を?」
なるほど話すにはちょうどいいタイミングだ。
スサーナはパンが溶けてポタージュ状になったスープを飲みつつさて何から話そうと思案し、とりあえずわかりやすく端的に説明することにした。
「ええと、色々あってガラント公のご令嬢、エレオノーラお嬢様という方にお仕えしているんですけど、ええと、今回の調査会の接待の責任者が、日程の問題とかで大人の方がいらっしゃらず、なんだか急遽エレオノーラお嬢様になったそうでして、ええと……真面目な方なんです。」
「……なるほど?」
「なんというか……貴族らしいところで生きてこられた方で? 13歳ですから当然なんですけど、おもてなしに準備したごはんに手を付けられないということで、そのう、ショックで怒ったりとか……泣くような……」
大嘘はついていない。
何やら13などと呟いて渋い顔をした第三塔を見て話を続ける。
「雇用主のご機嫌が悪いとこう、あまり職場の空気が良くないので……。それでええっと、ご機嫌を良くしてもらうには何かそういう実績と言いますか、そういうのがあったらな、と思って……いろいろあるわけですけど、とりあえず何か魔術師さんに食べて頂けるものを宴席に出せるようにして食べて頂けるようになればまあ実績かなあと……。それでこう、魔術師の方が食べる気になるようなものがあれば、と思いまして……。魔術師さんのことはそれは魔術師さんに聞いたら早いなーって……。それで、お手紙を。」
そう説明し、まあ、とスサーナはもごもご言った。
「……ちょっとそれどころじゃなくご機嫌が悪くなる要素が発生しちゃったので正直それどころではない気はするんですけどね、現状、ご機嫌の問題としては。」
自分の関係者が魔術師のいるところに立ち入ったという苦情が上がってきた、というのは激怒案件だろうなあ、と遠い目になるスサーナである。
「まあ、ええと、それはそれとして、私は一介の使用人なので上申するぐらいしか出来ないですけど、宴席の現状、改善できたら改善したいんですよね……」
それなりに昨日からその事ばかり考えてきたが、とりあえずスサーナは放って置くより改善したほうが良さそうだなあ、と例の事態について結論づけていた。
まず1つ目の理由、当座のエレオノーラのご機嫌問題。これはご飯だけのことではないが、要素を減らせばマシにはなるかもしれない。
そして2つ目、と言うべきか。エレオノーラは入学一年目であり、卒業年までこのお役目がエレオノーラのものになる可能性を考えると、最悪以降十年以上続く。スサーナがどれだけ小間使いをするのかはわからないが、運が悪ければ毎年エレオノーラの不機嫌にさらされかねない。お役目を引き継いで構造改善とか言い出した今のタイミングにかこつけて改善するのが一番楽そうだ。
3つ目に、横領の問題。放って置いても、と一旦は考えたものの、エレオノーラお嬢様の情熱が何処にどう向くのかは予想ができない。しかも彼女の担当である期間がいつまで続くかわからない。
あと10日あまりで終わればいいが、数年以上続くことになると露見の可能性はスサーナがバラさずとも当然足し算されていく。これまでは良くても何かのはずみにうっかり露見したらエレオノーラが激怒する、ということはありえない話ではなさそうなのだ。
ここのところの彼女の感じを見るに、清濁併せ呑むという方向性とは遠そうな潔癖さと正義感。ついでに平民に対する不信というか、悪く見る部分もある――スサーナ個人としては迷惑を被っているとは言い難いので、これは「顔の見えない、個人性を見出していない平民」に強く適用されそうだ――ということ。
それでもってどうも横領の歴史は長く、もはや横領意識すらない可能性すらある。
結果大粛清とかが発生したらとても後味が悪そうだな、ということに気づいたスサーナだ。
うまく誤魔化して仕入先を変えたりするなどし、取引先の刷新に持ち込めたらそのほうがいいような気がするのだ。まさか所得の全てをこの宴席取引関係で賄っている、という人は……いないといいなあ、と思う。
トドメの4つ目。宴席料理に手を付けずにいる魔術師さんたちが自分たちで何か美味しいものを食べているならいいのでは、と思いはしたが、基本は保存食で、しかも飽きるものだと当事者の口から今聞かされた。
となると、多分魔術師さん達の食べるものより劣っている常民の食べ物でも、食べられないこともない、ぐらいのものを出したって、もしかしたら嬉しいかもしれない。
そんなわけで、とりあえずスサーナは経緯と現状を説明し、第三塔さんからもうしばらくは暇だという返答を貰ったのをいいことに、聞き取り調査をすることにした。
「もしあるとしたらどういう物が喜ばれると思います? ……とりあえず実現可能性はともかくとして、ぱっと思いつくものがあれば」
「そうだな。……実利に振ったものと、満足感を求めるものか。生食出来る果実、花があれば消耗回復に摂りたがる者は居るだろう」
「あ、魔力の回復……ですよね?」
「ああ。」
「そういえば、花と果物……ってお話ですけど、他のものは駄目なんですか?」
「そういうわけではないが……非煮沸の獣乳、卵などもその用途で使うし、生の茎葉もやや劣るが使えないわけではない。だが……」
第三塔は少し困った顔をして、スサーナがスープを飲み終わった器を確認し、術式を書いて洗浄して荷物に仕舞った。
「ああ、本土のだと何かだめな理由があるんですね。卵と牛乳はなんとなくわかりますけど……お野菜もですか?」
なんとなく一拍空いた感じになったのを疑問に思い、スサーナは重ねて聞いてみる。
魔術師は微妙に言葉を探したようだが、不思議そうに見上げられて口を開いた。
「実現可能性が無くとも、という条件である以上提示しないのはあまり良い態度ではないが……施肥の仕方が……いや、洗浄の仕方と言うべきか。魔術式ではある程度以上の生体の排出は少し手間が」
「わかりました葉野菜のサラダは駄目」
スサーナは即座に頷いた。
「ええとつまりこう、消化管由来だったりする生物汚染の問題ですね、わかりました、詳しい描写は結構です」
「……話が早いな。簡単に納得してもらえるとは実は思っていなかったが……」
「ええと、図書館で昔の宴席の記録を調べたときに、魔術師さんたちが食べていない
「そこを察することが出来るのは……いや、まあ、いい。当たっている。」
スサーナはご飯が終わったのを確認する気遣いがありがたいやらもう少し話を逸してくれてもいいような気がするやらそんな気持ちである。
つまりアレだ。笑ったり空を飛んだりひみつだったりし、中間宿主だったり最終宿主だったりで症状の激烈さが違ったりするやつだ。
化学肥料バンザイ。それはそれとして島でも堆肥は間違いなく使っているはずなのでいつかうっかり自分由来のやつを目視するかも知れない。覚悟をしておこう、とスサーナは思った。
「こほん、ええと。じゃあ、魔力の回復以外に、と言いますと……」
スサーナは仕切り直した。食べてすぐ引っ張りたい話題ではない。
特に異存はなかったようで、すぐに第三塔さんが合わせてくれてスサーナは感謝する。
「先程言ったように満足感を求めるもの、つまり普通の料理だ。」
「普通の料理……。と言っても、魔術師さんたちはどういうものを食べてらっしゃるんでしょう?」
戦前の記録を見るに、魔術師さん達の口に合わなかったと思われる宮廷料理も一応普通の料理の範疇……と言えないことはない。
そう聞いて首を傾げたスサーナに彼は少し思案する。
「そうだな。生国と居住国にある程度影響されるが……やはり長く生きるものほど
第三塔が説明するのを聞いたスサーナが脳内で組み立てたところに寄ると、基本的には温和な味のもので、味付けは繊細に寄る。素材にはやはりある程度新鮮さが求められる……のは間違いないところのようだった。
とはいえ発酵食品は食べるようだし香りの強い香草を使わないかと言うと使うらしいので傾向は傾向というやつだ。
「結構島の食べ物に近い……感じはあるんですね。」
「それはね。」
第三塔は頷く。
魔術師が共通の食文化を発生させられるほど高密度で存在するのは基本的に塔の諸島で、彼らの口に合う食材は開発された後に栽培ノウハウと共に――つまり、ナスのようにだ――島民に売られる事も多く、さらにある程度一般化したものは自家栽培ではなく、島民の作ったものを買ったりもするため、素材はそこそこ高い割合で共通。
更に島の食文化は常民の間での経年の改変やローカライズ、作りやすくする省略を経ているものの魔術師から伝わったものを取り入れている割合が多い、というのだ。
「……例えば魚のサラダ……あれは確か話によると200年ほど前の十一塔の担当者が好んだもののはずだ」
「えっあれ魔術師さんの食べ物だったんですか!? 確かに他のもので生魚をあまり食べないから不思議だと……」
「その頃は生ではなかったらしいけれどね。油脂分の強い魚肉に塩を浸透させて急速に脱水し、冷燻にしたものを使ったそうだ。」
「お話を聞いただけで美味しそう……うう、いえ、では、島に近いものを食べているならお口にあわないだろう、と思ったのは正解だったんですね……。本土も現代のご飯はそんな感じはしませんけど、資料にあった宮廷料理はスパイスの使用量が凄かったし……」
カンが当たっていたことにスサーナは納得し、ついでにじゃあメニューを考えるなら島に寄せると当たるのだろうな、と見当をつける。
「今も、いわゆる宮廷の宴席料理は『普通の料理』と呼び難いらしいが。ともあれ、口慣れたほうを好みがちなのは間違いない。宮廷料理と島の常食なら後者のほうが食べられやすいだろう」
魔術師達の食文化が保守的で変わったものを食べたがらない、というわけではないが、それなりに苦難が多く疲弊する仕事の前後だ。喜ばれるのはあるていど慣れた系統の味付けのものだろう。
第三塔はそうまとめてみせた。
なるほど、とスサーナは考える。
では魔術師さんたちが食べそうなもの、と考えるなら、メニュー自体は自分が想像できるものでまとめるのが一番無難だろうか。
次の問題は、本土での手に入りやすさ。次年度以降に継続性があるか。それから内容をどう実際作る人達に納得させるかだ。
実際、うまく自分の考えたメニューをねじ込むのには一体どこの担当の人を納得させればいいだろう。
――調べなくちゃいけませんね。エレオノーラお嬢様を言いくるめるのが早い気はするんですけど――
それから、なにより。
どうエレオノーラお嬢様にメニュー変更を穏便に納得していただくか――
それが一番難問そうだなあ。スサーナはそう思った。
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