第167話 メニュー考案右往左往 1
ふてたジョアンによって、レオカディオとフェリスが豪華な衣装を着ているのはやはり正装で、どうやらわざわざ自分を取り戻しに正装できてくれたらしいということを聞き、恐縮したスサーナは二人にお礼を言う。
「ありがとうございました、レオカディオ殿下、フェリスちゃん。私、そんな事になっているなんて全然知らず……」
「いえ! 何事もなかったならいいんです。島の魔術師でよかったです。場合によってはあまり良くない事態も考えられたので……。僕らは立場的に意見が可能なので当然そうしただけというか、気になさらないでください。」
「そーそー。レッくんは代表生徒だしねー。ボクは賑やかしってやつ! まあこーゆー衣装もたまーに袖を通しとかないとね、虫が食っちゃうしさ!」
にこやかに返答した二人にスサーナは再度頭を下げた。
「ええと、近い内に何か……お礼を……」
「いえ、本当に気になさらないでください。結局何もなかったわけですから」
手を振ったレオカディオの横でフェリスがばっと手を挙げ、跳ねる。
「ねー。ほらナンチャラの義務だしー、と言うべきところだけど!はいはーい、それならボクまたあの甘いの食べたい! ねーレッくん、レッくんも食べたいでしょー?」
「あ、それじゃまた何か焼きますね。」
「あ、ええ、その、構わないのでしたら……その、是非。」
その後、ぶすくれジョアンがさんざん肝を冷やしたこっちには何かないのか何かないのかと主張し、ミアが乗ったのでスサーナはそちらにも後でなにか甘いものを作ることを約束した。
「そういえばお前さ、筆記具鞄」
「あ、回収しました。」
「なかったと思ったら……」
ぷすぷすとまたなにやらぶすくれたジョアンが白糖多めな!! とさえずった。
その後、またあしたと皆に挨拶してスサーナは部屋を出る。そして部屋の外で待っていた取り次ぎの人に付き添われて客室まで移動した。
客室に入ると部屋の主はどうやら仕事中で、後ろから覗き込むと大判の薄板に文字が浮かぶものやら中空に浮いたスクリーン状のなにかやらを前にして何処かと話しているらしい。
――ハイテクだ……ちょっとホログラムとかタブレットとか言ったら信じますよね、これ。ただ原理は全然別なんでしょうけど……
「二番根拠地に連絡、届いた術式の解析終了した。図表及び効果予想を送る。」「幻惑効果が主だが一割が完全に未知、実動作の確認は――」
少し思うものの、やり取りされている内容は完全にファンタジーだ。
明らかに邪魔してはいけないやつだ。邪魔しないでおこう、とそうっと大回りして部屋の奥の椅子を借りて座る。
さてどうしよう、寝ろと言われてここにいるのだから、服を緩めてもう寝ようか、なんだか寝られる気がするし、などとスサーナが考えつつ魔術師のおしごとを眺めているうち、そう経たずに相手が振り向いてしっかり目が合ったのでなんとなくスサーナはぴゃっとなった。
「早かったな」
「あ、ええと、すみません。お仕事のお邪魔しましたか」
「いや。こちらはしばらく休憩だ。」
第三塔は伸びをすると床においた荷物の側まで歩み寄り、ふと思い立った、という風にスサーナに問いかける。
「君、そういえば昼の食事は」
「え? えっと、まだです。」
「念のために聞いてみるが、まだなのは何処からだろうか」
「……朝ごはんにスープは飲みました!」
「……よろしい」
予想はしていた、と彼はため息を付いた。
「あの」
スサーナは声を上げる。
「ごはん……って、あの、第三塔さんはこれからご飯ですか? そのう……用意されているものを?」
「そういえば君の用件はそれだったな。」
朝の手紙の内容を思い出したらしい第三塔は小さく眉を寄せ、それからひとつ試してみようか、と言いながら荷物から手を離して扉を眺め、歩みかける。
スサーナは慌ててそれを引き止めた。
「あっあの! 実食はやめておいたほうがいいです! ほんとに!」
「ひどい、とは聞いているが……」
「あっ、やっぱりそういう風に魔術師さん達の間でも……ええと。多分食べると健康被害が出ます。小麦粉の色がおかしかったし、かび臭かったし……ちょっとほんとに変な感じだったので、麦角とかの汚染ももしかしたら」
「……そこまでなのか」
「はい。……食べなかった分は使用人に下げ渡して頂けるって言いますけど、ほんとにそんなものを食べているのか、という疑問が湧くぐらい……」
一応完全に腐った卵は除かれていたし、小麦粉以外の材料は一応「痛みかけを半歩超えた」ぐらいだった気はするので、パンだけとくに酷くて他のものはなんとか食べられるのかも知れないが、それでも普段清浄なものを食べていそうな人に食べさせてはいけない代物だとスサーナは思う。
第三塔はそこまで聞くと黙って戻ってきて、荷物から薄いスープカップめいたものを二枚取り出した。
荷物から更にねじり口の瓶を取り出し、中身を注いだあとで中空から水を呼び出す。
それはどうやら熱湯だったようで、カップの中からあたたかそうな湯気と香ばしい香りが漂いだした。
――あ、インスタントスープ!
スサーナは大体一致しそうな概念を想像しつつその様子を眺める。
フリーズドライの発想はないのか、それとも生タイプのスープの素が好みなのかは不明だが、多分それで間違いなさそうだ。
カップを机に置き、それから更に荷物から大判の乾パンらしいものと白いカード状のものを取り出し、それぞれ二つに割る。
「良ければ食べなさい」
カップの一つと、薄いプレートに載せた乾パンと白いものの半分を差し出され、スサーナはそれをまじまじと眺めた。魔術師はちょっと思案した様子の後、水のグラスも出してくる。
「……流石にお家で食べるものと同じものを食べている、というわけじゃない……んですね?」
違う、と思ったものの、実のところスサーナは魔術師が塔で何を食べているのかを知らないので曖昧な言い方になる。
「ああ。携帯用の糧食だ。……滋養は摂れる。」
おっかなびっくり啜ったカップの中身はあっさり目のクリームスープのようだった。
見れば第三塔は割った乾パンをカップの中に入れて食べている。
スサーナもそれを真似することにして、入れたパンがふやけるのを待つ間に白いカード状のものを齧ってみることにした。
――おしどりミルクケーキ……
スサーナが具体的な商品名をぱっと思い浮かべたそれは、練乳を固めたような味のほろほろとした固形のものだ。なんとなくミルクセーキっぽい感じもするので卵も入っているのかもしれない。
「あっ、美味しいです、これ」
「気に入っただろうか。……丁度いい。それをいくらか置いていくつもりだった」
「これを?」
「それだけに頼るものではないが、栄養補助に使うのにいい。」
「固めた練乳みたい……たしかに栄養はありそうですね」
「何? ……確かに乳成分は使うが。」
数言言うのを聞くと、どうやらビタミン添加高栄養食のような位置づけらしい。つまり固形のエンシュアみたいなものだったか、とスサーナは理解する。
しばらく食べるのに集中する。とはいえ総量がさほどあるわけではないので第三塔はさっと食べ終わり、黙って水を飲み、スサーナが食べ終わるのを監視するのに移行したらしい。
「美味しいですけど……」
スサーナはなんとなく手持ち無沙汰というか、所在ない気持ちで声を上げた。
「もしかして、魔術師さんたちは調査に来ている間みんなこんな感じの保存食を?」
「ああ。内部班になった場合に携帯しやすい物を選ぶのでね。小異はあるが、大体こんなもののはずだ。」
頷いた彼にスサーナはかるく首を傾げる。
毎食毎食乾パンとスープと補助食品と水。まあ、毎食オールインワン完全食、というよりも潤いはある気はするが。
「頂いておいてこういう事を言うのは失礼かもしれないですけど……ずっとだと……飽きませんか?」
「……まあ……率直に言えば飽きるそうだが」
期限がハッキリしているからなんとか耐えるらしい、とすこし遠い目になった第三塔にスサーナも遠い目になる。
「こっそり常民のフリして町中にご飯食べに行ったりとかは」
「そこまで常民馴染みをしていない者が多くてね。それに、……見た目を変える術式は一般的ではないんだ。」
しかも頑張って食べに行った所で、出てくるものが口に合うかは運なのだな、とスサーナは察した。
なるほど、とスサーナは思う。
――これ、メニュー改善したら魔術師さん達にも得ってありますね……。
ぜんぜんあちら側にはどうでもいいことで終わるかも知れない、と思っていたが、どうもそうではない気配がなんとなくする。
「そういえば、ですね。朝届けたお手紙の内容なんですけど……ええと、つまり、食べられるものが用意されていたら、普通に嬉しかったりとか、します……?」
「それは……まあ、そうだろう。」
さて、どうしたものか。スサーナはカップをすすり、もう一思案することにした。
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